大学には、国公私立を問わず、様々な研究所や研究センターが附属している。これらは何をする場所なのか。「大学の使命は教育と研究」とは決まり文句だが、研究所は研究だけをしているのではない。研究所にも多くの大学院生がいる。先端研を例にとって、研究所の役割について一つの手掛かりを示したい。
そもそも大学の第一の役目は、次の世代の人材を育成することである。この文脈の中では、教育とは確立された知識を体系的に伝承すること、研究とは新しい知識の創出を実践させること、と区分けできる。
しかし、この区分けの中で組織としての研究所の役割は見えてこない。ある特定の対象を、十年百年の単位で定点観測的に研究することを使命とする研究所がある一方、教育の中身もその教授法でさえ、時にはドラスティックに変化する。
例えば、e-ラーニングはわが国ではようやく大学で取り入れられつつあるが、英国ではこれにより小学校の教室から黒板が姿を消したと聞く。このように確立した知と、変化しつつある知という対立図式で、教育と研究をくくると現実を見誤る。
大学で起きている変化を示す例を挙げよう。
話題の新型万能細胞(iPS細胞)にみるように、生命科学では基礎から応用までを一気に見通せる。しかし、学問としてその両端の距離は果てしなく遠い。
先端研には細胞膜タンパクに特異的に結合する抗体を作り出すことに高い能力を持つグループがある。細胞ががん化するとタンパクに変異が生じるので、これを標的にすれば副作用が少なく薬効性の高い薬ができる。
「膜タンパクと薬の結合様式は計算機シミュレーションで明らかになる→計算するにはタンパクの構造が必要→加速器を使ったX線構造解析が必要→良質のタンパク結晶が必要→生体内に微量しかないタンパクを選択的に収集、配列させる→抗体を使う」という長い論法で先端研のグループは抗がん創薬の研究連鎖の中に位置している。
彼らの手法は純粋に生化学的なものだが、単に抗体を見つけるだけでは十分でない。次の結晶化のプロセスに堪える抗体を見つけるために、結晶化が具体的にどのように行われるか現場で経験を共有する必要がある。
このため、このグループの学生は米国の大学に一ヵ月派遣される。逆もまた真。米国からも短期研修生がやってくる。
抗体が膜タンパクに結合すると構造変化が起こるが、そのシミュレーションは数学であることはもちろん、物理学であり生化学でもある。そこで、他の大学で数値計算を専門としていた学生が、先端研のこのグループに学生として新たに入学するという事態が起こる。
もちろん、このような教育と研究の渾然一体化は、大学本体の学部・研究科でも起きていることで、研究所をそれほど際立たせるものではないかもしれない。では、次の事例はどうだろう。
先端研では、バリアフリー研究から出発した学問領域が、十年近い歳月をかけてできつつある。最初は文字通り障害者の困難を取り除く研究から始まった。しかし、研究の進展に伴い単に工学的物理的な支援だけでなく、ある身体機能が失われたとき、脳の働きがどう変化するかという心理学や認知科学、脳科学まで包含して初めて研究として成立することが明らかになってきた。新しい学問領域の誕生である。
研究所は、このような既成のディシプリン(学問分野)を越えた統合的な試行錯誤を可能にする組織でもある。
確立した分野を深く掘り下げる教育・研究もあれば、分野をつくる活動もある。前者を縦糸とすれば後者は横糸であり、両方があって初めて大学という布が完成する。
かつて、一人の指導者の下に複数の学生が集まるのが大学であった。今は一人の学生に多くの指導者が寄り添う形が必要とされる。その際、異なる領域の研究者が単に共同研究しているという以上の、仲間意識とでも呼ぶべき感覚でつながっていることが必須である。
先端研は社会人に大学院の門戸を開いた最初の組織である。その伝統は今も受け継がれ、新しい試みとして「イノベーターコース」を来年度から始めるべく準備している。ここでは単に主専攻・副専攻というのと違う、上述したような学生・指導者関係の実現を目標の一つに掲げている。
大学の法人化で、様々な制度が無くなった。先端研もいち早く大部門制を廃止し、すべての人事を研究所全体の戦略から検討することによって、教員のリクルートの柔軟性が格段に向上した。バイオ研究者と政治学者が政治思想研究分野で新人を採用すべきかどうか、日常的に議論している。
この例は奇をてらったわけではない。前出の生化学グループは研究所内に生命倫理の専門家の同僚がいることで、研究上の安心感が倍増するといっている。文理融合などといわれるが、学問の融合は何も共著論文を書くことを意味しない。
新しい事態には、柔軟に対応できる仕組みがぜひ必要だ。研究所はそのような仕組みの一つなのである。
最近では、「異分野融合」「人材育成」「大学間連携」などをキーワードとする様々な予算措置が講じられている。またポスドク一万人計画や、留学生三十万人計画など、数値目標を掲げた政策的誘導も行われている。人的資源の涵養(かんよう)に国が目を向けるのは結構だが、この予算を使って、「もっと黒板を増やす」愚を犯さない注意が必要だ。研究所の機能を生かす支援がなされるよう注視したい。