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高分子溶液系の相分離の謎を解明

  • プレスリリース

2023年9月8日

東京大学

発表のポイント

  • 通常の液体の混合系の相分離では、少数の相は球状の液滴を形成し、その構造は時間と共に自己相似的に成長することが知られている。一方で、高分子溶液系では、少数相がネットワークを形成し、しかも自己相似的な成長に従わないことが知られていたが、その微視的な起源は未解明であった。
  • 今回、ネットワーク構造の形成を伴う高分子溶液の相分離について、高分子鎖が長い、もしくは相分離温度が低い場合に、相分離の速度に比べ高分子鎖の動きが遅いことに由来する粘弾性効果により、相分離構造の自己相似的な成長が妨げられることを突き止めた。
  • 高分子溶液の相分離現象は、ネットワーク構造を形成する工業プロセスや、最近注目を集めている細胞内相分離現象においても重要な役割を果たすことが知られており、本研究で得られた知見は、広範な分野にインパクトを与えると期待される。
  • 高分子溶液の粘弾性相分離において観察されるネットワーク構造のスナップショット
  • 高分子溶液の粘弾性相分離において観察されるネットワーク構造のスナップショット

発表概要

東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野の田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学 名誉教授)、ユアン ジャアシン 特任研究員、舘野 道雄 特任助教は数値シミュレーションにより、高分子溶液中でのネットワーク状の構造形成を伴う粘弾性(注1) 相分離(注2)の微視的メカニズムを研究しました。相分離現象として最も身近なものは、サラダドレッシングで見られる水と油の相分離です。このような一般的な相分離現象では、体積分率が少ない方の相(少数相)が、体積分率の多い母相の中で、球形の液滴を形成します。一方、高分子溶液においては、このような相分離の常識に反し、少数相である高分子が濃厚な相が、ネットワーク構造を形成することが知られていました。この特異な現象の起源は、遅いダイナミクスを持つ相の粘弾性に起因することから粘弾性相分離と呼ばれ、コロイド分散系やたんぱく質溶液系でも同様の現象が見られます。この粘弾性相分離においては、時間とともにネットワーク構造が成長します。コロイド分散系やたんぱく質溶液系においては、ネットワークの特徴的な大きさが、時間tに対してt1/2のような冪乗則(べきじょうそく)に従って大きくなることが報告されていますが、高分子溶液ではこのような冪乗則が成り立たないことが知られていました。しかし、この冪乗則の破れの微視的なメカニズムは未解明でした。研究グループは、溶媒の流れの効果を正しく取り入れた数値シミュレーションにより、高分子溶液の粘弾性相分離に伴うネットワーク構造の形成を再現することに成功しました(図1)。さらにネットワーク相の高分子の変形速度が高分子鎖の動きより早くなる場合、高分子鎖が引き延ばされることで生じる粘弾性力が、相分離パターンの成長を阻害し、これが自己相似的な成長(注3)法則の破れを引き起こす原因であることを明らかにしました。この発見は、近年注目を集めている細胞内の相分離の理解や、多孔質材料形成など、ネットワーク構造が重要な役割を果たすさまざまな分野に新たな基礎的知見を与えるものと期待されます。

  • 図1
  • 図1:高分子溶液の粘弾性相分離において観察されるネットワーク構造のスナップショット
    引き延ばされた高分子(赤で色付けされた領域)が生じることにより、相分離構造の自己相似的な成長が妨げられる。

本成果は2023年9月7日(米国東部夏時間)に「ACS Nano」のオンライン速報版で公開されました。

発表内容

相分離は私たちの日常生活でよく目にする自然界で広くみられる現象です。例えば、サラダドレッシングをよく振ると、時間とともに液滴の粒がだんだん大きくなり、油と水の相に分離していく様子が見られます。このような一般的な相分離では、少数の相は必ず球状の液滴を形成します。研究グループは、これまで、この常識は二つの相の運動がおおよそ同じ速さである場合にのみ成り立つことを示してきました。一方で、一つの相の運動性が他の相よりもはるかに遅い場合、少数の相でも全系に広がったネットワーク構造を形成することがあります。このタイプの相分離は「粘弾性相分離」と呼ばれ、コロイド分散系、たんぱく質溶液、高分子溶液など、系を構成する成分の間に大きな運動性の違いを有する混合物に広くみられる現象です(参考文献1)。

一般的に、相分離のパターンは「自己相似性」を保持しながら成長し、その帰結としてドメインのサイズは経過時間の関数としてべき乗則で増加することが知られています。20年ほど前に行われた実験によると、高分子溶液中の粘弾性相分離では、このような自己相似的な冪乗則に従う成長法則が破れることが報告されていましたが(参考文献1)、長年の間この現象の微視的な起源は未解明のままでした。

今回、本研究グループは、多体的な溶媒の流れの自由度を取り入れた大規模なシミュレーションを通じて、自己相似性の破れの背後にある微視的な起源を明らかにしました。クエンチ(注4)が深い場合、相分離の速度が高分子鎖の動きより早くなり、高分子鎖は相分離によって引き起こされるドメインの変形についていくことができず、その結果、高分子鎖は大きく引き伸ばされ、粘弾性応力が発生します(図1)。この高分子の持つ大きな内部自由度に由来した粘弾性応力により、相分離構造の自己相似的な成長が妨げられることが明らかになりました。

しかしクエンチを浅くしたり、鎖の長さを短くしたりすると、高分子固有の自己相似性の破れはそれほど顕著でなくなり、パターンの成長ダイナミクスはコロイド分散系の粘弾性相分離に類似したものとなります。コロイド分散系の粘弾性相分離ではこの系に特異な成長指数1/2が観察されていましたが(参考文献2)、この指数は一般的に用いられる溶媒の流れの寄与を無視したシミュレーション法では再現できないことから、粘弾性相分離において高分子間の溶媒の流れを介した相互作用が極めて重要な役割を演じることが示唆されます。研究グループは、クエンチと高分子鎖の長さを系統的に調査し、長い鎖長の場合に非自己相似的な成長を示す領域が著しく拡大することを見出し(図2)、これが前述の実験観察と整合することを示しました。図2の横軸は高分子の鎖長Ncを、縦軸はクエンチ(温度)の深さT/Tb(Tは温度、Tbはバイノーダル線(注5)における温度)を示しています。丸印と三角印はそれぞれ、自己相似的成長を伴う粘弾性相分離と伴わない粘弾性相分離に対応しています。これは高分子鎖が長いほど、また、クエンチが深いほど高分子らしさが強く表れ、自己相似性が破れる傾向にあるということを示しています。

  • 図2
  • 図2:高分子溶液の相分離ダイナミクスの動的相図
    横軸:高分子の鎖長Nc、縦軸:クエンチ(温度)の深さT/Tb(Tは温度、Tbはバイノーダル線における温度)。丸印と三角印はそれぞれ、自己相似的成長を伴う粘弾性相分離と伴わない粘弾性相分離に対応する。

本研究成果は、高分子科学、生命科学、産業応用等、相分離現象に関わる基礎科学分野に新たな知見をもたらし、例えば、多孔質材料のマテリアルデザインや細胞内相分離のメカニズムの理解に大きく貢献することが期待されます。

参考文献

  1. H. Tanaka, Viscoelastic Phase Separation, J. Phys.: Condens. Matter 12, R207 (2000).
  2. 東京大学 生産技術研究所 最新の研究「ネットワーク状の相分離構造の新たな成長則を発見」
    M.Tateno, H.Tanaka, Power-law coarsening in network-forming phase separation governed by mechanical relaxation, Nat.Commun.12, 912 (2021).
    http://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/research/archive/3486/別ウィンドウで開く

発表者

東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野

  • ユアン ジャアシン(特任研究員)
  • 舘野 道雄(特任助教)
  • 田中 肇(シニアプログラムアドバイザー:特任研究員/東京大学 名誉教授)

論文情報

雑誌:
ACS Nano(9月7日)
題名:
Mechanical slowing down of network-forming phase separation of polymer solutions
著者:
Jiaxing Yuan, Michio Tateno, and Hajime Tanaka*
*責任著者
DOI:
10.1021/acsnano.3c04657別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、文部省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)若手研究(JP20K14424)の支援により実施されました。また数値シミュレーションの一部は東京大学 情報基盤センターで実施されました。

用語解説

  • (注1)粘弾性
    分子の遅い運動に起因して、短時間では弾性的な、長時間では粘性的な力学応答を示すことがある。このような性質は粘弾性と呼ばれ、コロイドや高分子等の巨大分子に顕著に現れる。
  • (注2)相分離
    相分離とは、粒子間の引力相互作用の影響が熱運動のそれを上回ることにより、均一な系が複数の相に分離する現象を指す。
  • (注3)自己相似的な成長
    相分離構造の特徴的なサイズLは、多くの場合、時間tに対して冪乗則L∝tνに従って成長する。このような冪的な成長則は、特徴サイズにより相分離構造を規格化すると、異なる時間の構造が統計的に全く同じになるという、自己相似的な成長に由来する。この冪乗則の指数νは成長指数と呼ばれ、成長機構に応じて異なる値をとる。
  • (注4)クエンチ
    温度を低温に下げること。クエンチが深い(温度が低い)ほど、分子間相互作用の影響が熱運動に比べて顕著になる。
  • (注5)バイノーダル線
    二相に相分離した状態と一相に混ざり合った状態の境界線のことを指す。

問合せ先

東京大学 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野
 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)田中 肇(たなか はじめ)

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