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イプシロンニアゼロ材料における磁気光学効果の増強を発見
― 新しい磁気光学材料の可能性を拓く ―

  • プレスリリース

2023年9月21日

電磁材料研究所
慶應義塾大学
東京大学

発表のポイント

  • 特定の波長で誘電率がほぼゼロとなるイプシロンニアゼロ(ENZ(注1))材料において、ENZ波長付近でファラデー効果(注2)、誘電率がほぼ1となる波長付近でカー効果(注3)が大きく増強されることを見出しました。
  • 磁性を持たないENZ材料でありながら、磁性材料に匹敵する磁気光学効果(注4)を有することを確認しました。
  • 本研究成果は、ENZ材料の新たな応用の可能性を拓き、光回路のさらなる高密度集積化の進展などENZフォトニクス科学のさらなる進歩にも貢献することが期待されます。

発表概要

誘電率がほぼゼロとなる波長では、興味深い光学現象が観察されます。このような特徴を有する材料は、ENZ材料として知られており、多くの研究が行われています。光学デバイスの波長帯域における磁気光学効果は小さいですが、ENZ材料を用いることにより大幅に増加されると予測されており、コンパクトな光学デバイスの実現を期待することができます。 しかし、従来のENZ効果を用いた磁気光学効果の増強の試みは、複雑な加工を施したENZ媒体のみにとどまるため、ENZ材料を用いた光学デバイス開発の大きな制約となっています。
(公財)電磁材料研究所の池田賢司主任研究員、小林伸聖研究主監、中国科学院の刘天際准教授、慶應義塾大学の太田泰友准教授および東京大学先端科学技術研究センターの岩本敏教授らの研究グループは、誘電率がゼロに近い値を示すENZ効果と呼ばれる特性をもつインジウム錫酸化物に注目し、実験解析および数値計算を行いました。その結果、光通信の波長帯域でENZ材料の磁気光学効果が大幅に増強されることを明らかにしました。
この成果は、従来技術では実現が困難であった集積型光アイソレータや一方向性トポロジカル光導波路(注5)などの実現可能性を拡大し、光回路のさらなる高密度集積化に貢献するほか、薄膜偏光素子や磁気センサーなどへの適用も期待されます。
本研究成果は、2023年9月15日(米国東部標準時)に米国科学誌「Advanced Optical Materials」のオンライン版に掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「トポロジカル集積光デバイスの創成」 (JPMJCR19T1)、科研費・基盤研究(B)(20H02468, 20H02447)、科研費・基盤研究(C) (20K03843)の支援により実施されました。

発表内容

<研究の背景>
磁気光学効果は、非相反性を実現する上で極めて重要な役割を果たすことから、機能的な光学システムを構築する上で重要性が高くなってきています。しかしながら、光の波長では磁気光学効果はかなり弱いことが知られています。 これは、光学デバイスのサイズ増加につながるため、光アイソレータを備えた光集積回路の小型化の障害となっていました。
ENZ材料は、磁気光学効果を増加させるための手法として知られています。 ENZ 媒体は、ゼロに近い誘電率を持ち、さまざまな光学現象を示すことが知られています。赤外線領域では、インジウム錫酸化物(ITO)やアルミニウムを添加した酸化亜鉛などの透明電極材料においてENZ効果が確認されています。磁気光学効果の強化は、ENZ材料に期待されている特異な性質の一つです。 これまでの磁気光学効果の増強は、フォトニック結晶(注6)技術により設計された周期的ナノ構造または金属と誘電体の複雑な組み合わせによるENZ 媒体で観察されています。 ENZ材料を光学デバイスに広く応用するためには、連続的なENZ材料における磁気光学効果の増強を確認することが求められています。
しかし、光回路で利用される通信波長帯において、ENZ材料における磁気光学効果の増強は確認されていませんでした。そのため、光回路に応用可能な一般的なENZ材料における磁気光学効果の増強が望まれています。

<研究内容>
本研究では、赤外の光通信波長帯でENZ特性を発現することが報告されているITOに注目し、磁気光学効果の解析を行いました(図1)。酸素濃度を変えてスパッタリング法にてITO薄膜の作製を行った結果、通信波長帯の異なる波長でENZ特性を示すことが確認されました(図2)。磁気光学効果の測定では、ENZ特性を示す波長付近でファラデー回転角のピークが確認され(図3)、誘電率がほぼ1となる波長付近でカー回転角がピークを形成することが確認されました(図4)。数値計算の結果も実測データとおおむね一致していることから、ENZ特性を示すITO薄膜において、ENZ特性を示す波長近傍でファラデー効果が増強され、誘電率がほぼ1となる波長付近でカー効果が増強されることが実証されました。
以上の結果は、ENZの活用により、広帯域で動作可能で大きい磁気光学効果を示す新しい材料の実現可能性を示すものです。同研究グループでは、ENZ材料と強磁性体を組み合わせる材料の開発にすでに着手しており、ENZ特性に基づく特性変化を観察することに成功しています。

<社会的意義>
本研究成果により、ENZ材料の新たな応用の可能性を拓き、新しい磁気光学材料の開発や光回路のさらなる高密度集積化の進展などENZフォトニクス科学のさらなる進歩にも貢献することが期待されます。また、トポロジカルフォトニクス(注7)研究の進展に寄与するとともに、ナノグラニュラー構造(注8)などへの適用による強磁性材料との組み合わせにより、新しい磁気光学材料の開発が期待されます。

  • 図1:本研究で検討した磁気光学解析の模式図。
  • 図2:ITO薄膜の誘電率スペクトル。作製時の酸素濃度が小さいほど、ENZ特性が低い波長で発生していることが分かる。
  • 図3:ファラデー回転角スペクトル。ENZ特性を示す波長付近でピークを形成している。
  • 図4:カー回転角スペクトル。誘電率がほぼ1となる波長付近でピークを形成している。

発表者

東京大学 先端科学技術研究センター 極小デバイス理工学分野
岩本 敏(教授)
 

電磁材料研究所 研究開発事業部 新機能材料創生部門
池田 賢司 (主任研究員)
電磁材料研究所 研究開発事業部
​小林 伸聖 (研究主監)
 

中国科学院 長春光学精密機械物理研究所
刘 天際 (准教授)
 

慶應義塾大学 理工学部
太田 泰友 (准教授)

論文情報

雑誌:
Advanced Optical Materials(9月15日)
題名:
Enhanced magneto-optical effects in epsilon-near-zero indium tin oxide at telecommunication wavelengths
著者:
Kenji Ikeda*, Tianji Liu, Yasutomo Ota, Nobukiyo Kobayashi, Satoshi Iwamoto*
*責任著者
DOI:
10.1002/adom.202301320別ウィンドウで開く
 

用語解説

  • (注1)ENZ
    Epsilon-Near-Zeroの略で、誘電率がゼロに近い値を持つ特性のことを指します。ENZ領域ではさまざまな光学現象が発現することが確認されています。
  • (注2)ファラデー効果
    材料を透過する光の伝搬特性が変化する現象のことを指します。
  • (注3)カー効果
    材料を反射する光の伝搬特性が変化する現象のことを指します。
  • (注4)磁気光学効果
    外部磁場や材料のもつ磁化により光の伝搬特性が変化する現象のことを指します。
  • (注5)トポロジカル光導波路
    適切に制御された周期的光学構造の端や界面にはトポロジカルエッジ状態と呼ばれる特殊な光状態が現われます。このトポロジカルエッジ状態を用いた光導波路のことを指します。
  • (注6)フォトニック結晶
    光の波長程度の周期構造です。原子が周期的に並んだ結晶のなかで電子がバンド構造やバンドギャップを持つように、光に対する周期構造であるフォトニック結晶では光に対するバンド構造やバンドギャップが現れます。この類似性により、トポロジカル絶縁体などの電子で培われた概念を光の世界で実現する一つのプラットフォームとなっています。
  • (注7)トポロジカルフォトニクス
    光のトポロジカルな性質を理解し制御・活用しようとするフォトニクスの新しい分野の一つです。光のトポロジカルエッジ状態などを活用した構造揺らぎに強い導波路や高機能レーザ、その他の新奇光デバイスへの応用の可能性が期待されています。
  • (注8)ナノグラニュラー構造
    誘電体の母材のなかに、ナノサイズの微小粒子が分散した構造を有する材料。鉄やコバルトなどの強磁性金属を分散させた系では大きい磁気光学効果が発現することが報告されています。

問合せ先

東京大学 先端科学技術研究センター 極小デバイス理工学分野
 教授 岩本 敏(いわもと さとし)


 

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