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宇宙X線を捉える大型ミラーの製造技術を確立
―精密電鋳法の開発によりミラーの高精度化に成功―

  • プレスリリース

2023年12月14日

東京大学
名古屋大学
夏目光学株式会社

発表のポイント

  • X線望遠鏡用のミラーを、従来よりも高精度に、かつ効率的に作製する技術を開発しました。
  • 電鋳法において、ミラーに生じる欠陥の有効な防止方法を発見したことで、大きなミラーを作れるようになりました。
  • X線望遠鏡の性能向上と開発コストの低減への効果が期待されます。
  • 高精度筒形ミラーを用いたX線望遠鏡
  • 高精度筒形ミラーを用いたX線望遠鏡

概要

東京大学先端科学技術研究センターの三村秀和教授と山口豪太客員研究員、名古屋大学の三石郁之講師、夏目光学株式会社の橋爪寛和取締役常務による研究グループは、1マイクロメートルを上回る高い精度で、X線望遠鏡用の高精度筒形ミラー(図1)を作製する技術を確立しました。
宇宙には、私たちの目には見えないX線を放つ高エネルギーの天体がたくさんあります。これらを詳しく調べるためにはX線望遠鏡(注1) が必要です。その性能の鍵を握るのは、大型のミラーをどれだけ正確に作製できるかにあります。研究グループは、電鋳法(注2)と呼ばれる転写(レプリカ)手法を用いたX線ミラー作製技術の開発に取り組んできました。しかし、ミラー内部に穴欠陥が生じてしまうため、これまでは小指ほどの小さなミラーしか作ることができませんでした。今回、穴欠陥の有効な防止方法を発見したことで、X線望遠鏡に適用可能な大きなミラーを作れるようになりました。本研究成果は、X線望遠鏡の高性能化とX線天文学の進展に貢献し、望遠鏡開発の低コスト化にも寄与すると期待されます。

  • 図1
  • 図1:太陽をX線で見るための望遠鏡に搭載される筒形ミラー
    筒形状で内面が高精度な鏡となっており、X線が反射する(長さ200mm、直径約60 mm)。

本研究成果は、国際雑誌「Review of Scientific Instruments」(2023年12月14日)にオンライン掲載されました。

ー研究者からのひとことー

東京大学が開発した高精度電鋳プロセスの採用により、X線望遠鏡用のミラー開発に成功しました。このミラーは、日米国際共同プロジェクトFOXSI4に採用され、2024年打ち上げ予定の太陽観察ロケットに搭載されます。日本製のミラーが搭載されるのは初めてです。今後もミラーの高精度化を進め、X線天文学分野に貢献していきます。(追記:三村秀和教授)

発表内容

X線は非常に高いエネルギーを持つ光であるため、一般的なレンズやミラーで集めることはできません。そこで、宇宙X線観測用の望遠鏡では、ウォルターミラー(注3)と呼ばれる特殊な筒形ミラーが用いられます。ウォルターミラーは、円筒形の内面にナノメートルオーダでの鏡面加工を必要とするため、その作製は困難でした。
ミラーは電鋳法で作製されます。新しい作製技術(図2)では、まず、マンドレルと呼ばれるガラス製の「型」を作製します。次に、電気めっきの原理で、マンドレルの表面を覆うように厚さ0.5~2 mmの「殻」を作ります。この殻をマンドレルから引き抜くと、マンドレルの表面形状が殻の内側にコピーされ、円筒形のウォルターミラーが完成します。マンドレルは繰り返し使用することができるため、たくさんのミラーを効率よく作ることができます。
殻を形成する際、副反応によりその表面に気泡が生じます。この気泡は殻に穴欠陥を生じさせることでミラーの形状を歪めてしまいます。ミラーが大きいほど穴欠陥の防止が難しくなるため、これまでの研究では、小指サイズの小さなミラーしか作ることができませんでした。本研究では、真空を利用した新しい気泡除去手法を用いることで、大きなミラーでも欠陥なく高精度に作ることが可能になりました。

  • 図2
  • 図2:大型筒形ミラーの作製手法の概要

今回の研究では、太陽観測ロケット実験FOXSI-4(注4)のX線望遠鏡に用いられる直径60 mm、長さ200 mmのウォルターミラーを作製しました。ミラーの精度の指標の一つである二乗平均平方根(root-mean-square,RMS)形状誤差を求めたところ、0.3マイクロメートルという従来にない高い精度で作製されていることがわかりました(図3(a))。望遠鏡に搭載した場合の性能をシミュレーションしたところ、約12秒角(約0.003度)の解像度を期待できることがわかりました(図3(b))。これは、欧米のグループの主導で過去に開発されたX線望遠鏡の性能に比肩するものです。さらに、同一のマンドレルから三つのミラーを作製することに成功し、開発した電鋳プロセスがミラー製造における有力な手法の一つであることが実証されました。
 

  • 図3
  • 図3:大型筒形ミラーの作製誤差分布と光学性能のシミュレーション結果

今回の結果は、X線望遠鏡の性能向上、そして天文学の進展につながる大きな成果です。ウォルターミラーの精度向上は、X線望遠鏡の解像度(注5)の向上に直結します。すでに開発したミラーのFOXSI-4への搭載が決定しており、2024年に実観測が行われる予定です。日本発のX線望遠鏡により、太陽フレアの謎が解明されることが期待されます。さらに、高効率な作製手法であるため、X線望遠鏡開発の低コスト化や、新しい観測技術のアイデアの実現に貢献します。次世代のX線望遠鏡ではさらに高い性能が求められるため、この高精度かつ高効率なミラー製造技術は今後のX線天文学の発展にとってますます重要になります。

発表者・研究者等情報

東京大学 先端科学技術研究センター 超精密製造科学分野

  • 三村 秀和 教授
  • 山口 豪太 客員研究員

名古屋大学 大学院理学研究科 理学専攻

  • 三石 郁之 講師

夏目光学株式会社 テクノロジーセンター

  • 橋爪 寛和 取締役常務

論文情報

雑誌:
Review of Scientific Instruments(12月14日)
題名:
Efficient and precise fabrication of Wolter type-I X-ray mirrors via nickel electroforming replication using quartz glass mandrels
著者:
Gota Yamaguchi*, Yusuke Matsuzawa, Takehiro Kume, Yoichi Imamura, Hiroaki Miyashita, Akinari Ito, Koki Sakuta, Kazuki Ampuku, Ryuto Fujii, Kentaro Hiraguri, Hirokazu Hashizume, Ikuyuki Mitsuishi, and Hidekazu Mimura
*責任著者
DOI:
10.1063/5.0160262別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費補助金基盤A「高精度大型ウォルターミラーの開発とX線望遠鏡・X線顕微鏡への展開」(課題番号:23H00156)、特別研究員奨励費「電気化学反応の精密制御による電鋳プロセスの高精度化(課題番号:18J23036)」の支援により実施されました。

用語解説

  • (注1)X線望遠鏡
    宇宙X線を観測するために特別に設計された望遠鏡です。X線は非常に高いエネルギーを持つ光です。地球の大気はX線を吸収するため、X線望遠鏡は通常、宇宙空間で観測を行います。X線望遠鏡は、宇宙の最も高エネルギーな現象を研究するのに不可欠なツールです。例えば、ブラックホール、中性子星、超新星残骸などがX線を放出しています。X線望遠鏡を使用することで、これらの天体の性質や、高エネルギー物理学の基本原則についての理解を深めることができます。X線望遠鏡の設計は、可視光を扱う通常の望遠鏡とは異なります。高度な技術と精密な構造が要求されるため、その開発と運用は非常に複雑で高価です。日本は、X線天文学の分野で重要な役割を果たしており、これまでも多くのX線天文衛星を打ち上げています。例えば、「すざく」(ASTRO-EII)や最近打ち上げられた「XRISM」などがその例であり、これらにはX線望遠鏡が搭載されています。
  • (注2)電鋳法
    めっき技術を応用した形状転写手法です。目的とする形状の反転形状を持つ型の表面に、金属を厚くめっきし、それを分離し目的とする製品を得ます。一般的な加工では難しい、微細な凹凸や中空構造を高精度に作製できる利点を持ちます。この特長から、金型製造などにおいて不可欠な技術の一つとなっています。
  • (注3)ウォルターミラー
    X線望遠鏡の光学系として1952年にHans Wolterにより提案されたミラーです。全反射現象を利用してX線を結像します。円筒形の内面にナノメートルオーダの鏡面加工を必要とするため、作製が非常に困難です。
  • (注4)太陽観測ロケット実験FOXSI-4
    日米共同の観測ロケット実験で、NASAの観測ロケットを用い、太陽フレアから放たれるX線を詳細に観測します(FOXSI:Focusing Optics X-ray Solar Imager)。これまでに3回の観測が行われ、4回目となるFOXSI-4の打ち上げが2024年に予定されています。過去の観測ではNASAのグループが作製したX線ウォルターミラーが使われていましたが、次回のFOXSI-4では、本研究の手法で作製されたウォルターミラーが、全7台のうち2台の望遠鏡に使われる予定です。
  • (注5)望遠鏡の解像度
    天体の小さな構造をどこまで観測できるかという性能を、解像度(分解能)と呼びます。天体の見かけの大きさは角度を用いて表される(例えば太陽のみかけの直径は約0.5度)ため、望遠鏡の解像度も同じく角度で表記されます。一般に天体の見かけの大きさは1度より小さいため、それより細かい単位である分や秒もしばしば使われます。今回、シミュレーションで見積もられた12秒角という解像度は、約0.003度の大きさに相当します。

問合せ先

東京大学 先端科学技術研究センター 超精密製造科学分野
 教授 三村 秀和(みむら ひでかず)

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