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偏西風の蛇行が中高緯度海洋との連動によって増幅される仕組みを解明
―季節的な異常天候の予測精度向上に繋がると期待―

  • プレスリリース

2024年3月15日

九州大学
東京大学
  富山大学
海洋研究開発機構

発表のポイント

  • テレコネクションパターンは同じ地域で繰り返し現れる大洋スケールの大気循環変動パターンで、偏西風の蛇行や強化をもたらすことから、その地域での異常天候の発現と密接に関係しています。エルニーニョ現象などの熱帯海洋の変動がテレコネクションパターンの形成や持続に影響を与えることが知られていましたが、中高緯度海洋の役割は未解明でした。
  • 本研究では、中高緯度海洋の影響を検出するために大規模な数値シミュレーションを実施し、中高緯度域における大気と海洋の双方向作用がテレコネクションパターンの変動(すなわち偏西風の蛇行や強化の振れ幅)を強化していることを発見し、その仕組みを解明しました。
  • 本研究の成果は、1か月予報などの長期予報の精度向上や、将来の気候変動予測の不確実性低減に繋がることが期待されます。

発表概要

暖冬や寒冬などの季節スケールの異常天候は偏西風の蛇行によって生じることが多く、偏西風の蛇行をもたらすテレコネクションパターン(注1)の形成・持続メカニズムを理解することは、異常天候の予測や防災の観点からも重要です。エルニーニョ現象(注2)に代表される熱帯海洋の海面水温変動がテレコネクションパターンの形成や持続に大きな影響を与えることが知られています。一方で、テレコネクションパターンは主に風の強弱を通して中高緯度海洋の海面水温を変化させますが、その水温の変化が上空の偏西風の蛇行にどのような影響を与えるのかこれまで明らかではありませんでした。
九州大学応用力学研究所の森正人助教、時長宏樹教授、東京大学先端科学技術研究センターの小坂優准教授、中村尚教授、富山大学学術研究部都市デザイン学系の田口文明教授および海洋研究開発機構の建部洋晶グループリーダーらの研究グループは、最新の大気海洋結合モデル(注4)ならびに大気モデル(注5)を用いて4,100年分にも及ぶ大規模な全球気候の数値シミュレーション実験を実施し、中高緯度域の大気と海洋が連動して双方向に影響を及ぼし合うこと(大気海洋結合と呼ぶ)が、北半球冬季(12-2月)の主要なテレコネクションパターンの変動を選択的に増幅していることを明らかにしました。具体的には、太平洋・北米パターン、北大西洋振動、北極暖気・中緯度寒気パターンそれぞれの変動のうち約13%、11%、10%が大気海洋結合によって説明されることがわかりました。
本研究成果は、大気海洋結合の影響が考慮されていない1か月予報などの長期予報の精度向上や、将来の気候変動予測の不確実性低減に繋がることが期待されます。
本研究成果は、Nature Publishing Groupの国際科学誌「Communications Earth & Environment」に2024年3月15日(金)午後7時(日本時間)に掲載されました。

ー研究者からのひとことー 左から中村尚教授、小坂優准教授(3月15日追記)

大気よりもゆっくりとした海洋変動が大気に影響を与えるとき、長期の天候予測への貢献が期待できます。しかし、特に中高緯度では、海洋変動がその直上の気温に影響することは知られていたものの、気圧配置や風の吹き方などの大気循環に与える影響はよく分かっていませんでした。この研究は、中高緯度の海洋変動によって大気循環変動が強められることを示しました。しかも、この強化はあらゆる大気変動に働くのではなく、長期予測で重要となる主要なテレコネクションパターンを選択的に増幅します。この知見は天候の長期予測の精度や信頼性の向上につながると期待できます。(小坂優准教授)

発表内容

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    図1:シミュレーションより得られた北半球冬季に卓越するテレコネクションパターン
    a) 太平洋・北米パターン、b) 北大西洋振動、c) 北極暖気・中緯度寒気パターン。実線は500hPa高度場が高気圧偏差、点線は低気圧偏差であることを表す。色は850hPaにおける気温偏差。

【研究の背景と経緯】
テレコネクションパターン(注1)は同じ地域で繰り返し現れる大洋スケールの大気循環変動パターンで、偏西風の蛇行や強化をもたらすことから、その地域での異常天候の発現に密接に関係しています。従って、テレコネクションパターンの形成・持続メカニズムを理解することは、異常天候の予測の観点から非常に重要です。また、異常天候の発現が地球温暖化の進行に伴い将来どのように変化するのかを予測する上でも重要です。
エルニーニョ現象(注2)に代表される熱帯海洋の海面水温の変動がテレコネクションパターンの形成や持続に大きな影響を与えることが知られていましたが、中高緯度海洋の役割はこれまでよくわかっていませんでした。テレコネクションパターンは主に海面付近での風の強弱を通して中高緯度海洋の海面水温や海氷分布に変動をもたらしますが、変わった水温や海氷分布が上空の偏西風の変動(すなわちテレコネクションパターンの変動)にどのような影響を与えるのかは長い間謎のままでした。このような、大気と海洋が連動して双方向に影響を及ぼし合うこと(以後、大気海洋結合と呼ぶ)の影響の理解を妨げていた主たる原因は、中高緯度域で非常に活発な大気の内部変動(注3)が、相対的に弱い大気海洋結合の影響を容易に覆い隠してしまうからです。これは、 大気海洋結合の影響を信号、大気の内部変動を雑音に例えると、信号対雑音比が小さいことを意味しています。

【研究の内容と成果】
そこで本研究では、信号対雑音比を大きくするために、この種の研究としてはこれまでにない大規模な数値シミュレーション実験を実施し、中高緯度海洋の影響を世界で初めて精度よく検出することに成功しました。具体的には、大気海洋結合過程を表現する最新の 大気海洋結合モデル(注4)と、結合過程を表現しない 大気モデル(注5)とを用いて、それぞれ2,050年分の全球気候の数値シミュレーションを行いました(計4,100年分)。これら2つのシミュレーションで得られた気象要素の統計値の差によって、テレコネクションパターンに対する大気海洋結合の影響を評価することができます。
その結果、中高緯度域における大気海洋結合が、北半球冬季に頻繁に現れる複数のテレコネクションパターンの変動(すなわち偏西風の蛇行や強化の振れ幅)を選択的に増幅していることがわかりました。具体的には、太平洋から北米域の主要変動であるPacific/North American pattern (PNA: 太平洋・北米パターン、図1a)、北大西洋域の主要変動であるNorth Atlantic Oscillation (NAO: 北大西洋振動、図1b)、北極域からユーラシア大陸上で卓越するWarm-Arctic Cold-Eurasian patterns (WACE: 北極暖気・中緯度寒気パターン、図1c)が選択的に増幅され、それぞれの変動のうち約13%、11%、10%が大気海洋結合によって説明されます。
テレコネクションパターンは中高緯度海洋との熱のやりとりを通して熱的な減衰を受けますが、詳細な解析の結果、大気海洋結合過程を忠実に表現する方が、この熱減衰が弱くなることが分かりました。それによりパターンのエネルギーが大きくなり、変動も大きくなります。

【今後の展開】
本研究の結果は、中高緯度域における大気海洋間の双方向作用によって生じる熱のやりとりが、テレコネクションパターンの強度や変動度合いを変え得ることを示しています。熱のやりとりは乱流や降水過程を介して行われますが、これらの物理過程は数値モデルで今後も改善が必要な部分です。従って、大気海洋結合の影響の評価はモデルの性能に依存する可能性があり、より正確な影響評価のためには今後も継続的にモデルを改善していく必要があります。また、これらの物理過程の改善は、テレコネクションパターンの表現の改善を通して、季節予報などの長期予報による異常天候予測の精度向上に繋がると期待されます。
本研究では、12–2月の冬平均場における大気海洋結合の影響を定量化しましたが、月平均の時間スケールでも大気海洋結合の影響が無視できない可能性があります。気象庁で運用されている1か月予報では、現在のところ大気海洋結合過程を表現しない大気モデルが用いられていますが、結合過程を表現するモデルを採用することで予報精度が向上する可能性が示唆されます。今後さらなる調査が必要です。また一方で、近年、地球温暖化に伴う中高緯度域の海面水温の上昇や海氷の減少が顕著になっています。このことが大気海洋間の熱のやりとりに影響を与えることが考えられます。テレコネクションパターンや偏西風の蛇行にどのような影響を及ぼすのかを明らかにするのに、本研究の成果が役立つことが期待されます。

論文情報

雑誌:
Communications Earth & Environment(3月15日)
題名:
Northern Hemisphere winter atmospheric teleconnections are intensified by extratropical ocean-atmosphere coupling
著者:
Masato Mori, Yu Kosaka, Bunmei Taguchi, Hiroki Tokinaga, Hiroaki Tatebe, and Hisashi Nakamura
DOI:
10.1038/s43247-024-01282-1別ウィンドウで開く

謝辞

本研究は文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム」(JPMXD0722680395)、文部科学省「ArCS II 北極域研究加速プロジェクト」(JPMXD1420318865)、新学術領域研究「変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot」を含む複数のJSPS科研費(JP19H05701、JP19H05702、JP19H05703、JP19H05704、JP20H01970、JP22H01292、JP22H01299、JP23H01241、JP23H01250)、環境省・(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20222002)、JST共創の場形成支援プログラム(JPMJPF2013)の助成を受けたものです。

用語解説

  • (注1)テレコネクションパターン
    “テレコネクション(遠隔相関、遠隔結合)”とは何千キロ、何万キロも離れた別々の場所で観測された気圧などの気象データが、互いに相関をもって変動する現象のことです。ある基準地点とその他の多くの地点との間の相関係数(連動度合い)を地図上にプロットすると特徴的なパターンが得られ、テレコネクションパターンと呼ばれます(図2)。地域毎に現れ易いパターンが存在し、それぞれ名前が付けられています。図2はPacific/North American (PNA) pattern(太平洋・北米パターン)に対応します。
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          図2:冬平均の500hPa高度場偏差の一点相関図
      基準地点をAとし、地点Aにおける高度場偏差の年々変動と、その他の地点の変動との相関係数をプロットしたもの。例えば地点Aと地点Bの相関係数は-0.53で、地点Aが高気圧偏差である冬には地点Bの気圧は低気圧偏差に、逆に地点Aが低気圧偏差である冬には地点Bは高気圧偏差といったように、遠く離れた地点の気圧がシーソーのように連動する傾向があることを表している。
  • (注2)エルニーニョ現象
    エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の中部から南米沿岸にかけて、海面水温が平年よりも高い状態が数か月以上続く現象です。テレコネクションパターンを強制することで、遠く離れた中緯度域へ遠隔的に影響を及ぼします。
  • (注3)大気の内部変動
    この研究では、大気の自然の変動のうち、大気の外部要因(太陽活動や火山噴火、海面水温や海氷の状態など)によらない現象を内部変動と呼びます。偏西風の蛇行や移動性の高低気圧などの気象擾乱がこれにあたります。
  • (注4)大気海洋結合モデル
    大気海洋結合モデルとは、大気と海洋の流れや温度などをシミュレーションするための数値プログラムのことです。気候モデルとも呼ばれ、地球温暖化予測に用いられています。本研究では、東京大学大気海洋研究所、国立環境研究所、海洋研究開発機構で共同開発されている最新の全球気候モデル「MIROC6」を用いました。
  • (注5)大気モデル(大気大循環モデル)
    大気モデルとは、大気の流れや温度などをシミュレーションするための数値プログラムのことです。海洋の水温や流れは計算しないため、海面水温と海氷のデータを外から入力する必要があります。本研究では、「MIROC6」の大気に関する部分を用い、結合モデルで計算された海面水温と海氷のデータが入力されました。

問合せ先

東京大学 先端科学技術研究センター
グローバル気候力学分野 准教授 小坂 優(こさか ゆう)
気候変動科学分野 教授 中村 尚(なかむら ひさし)

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