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いまと未来の社会に必要な自然環境を把握するための課題と解決策

  • 研究成果

2023年7月20日

東京大学先端科学技術研究センター生物多様性・生態系サービス分野の森章教授、鈴木紅葉特任研究員、岡野航太郎学術専門職員らの研究グループは、自然環境と社会情勢の変動の中での長期的な生態系観測の持続可能性についての意見論文を公表しました。本稿は、2023年7月17日付けでPhilosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences誌に掲載されました。

地球温暖化と生物多様性の消失は双子の環境問題と呼ばれており、温暖化が進むと生物多様性が失われ、さらに温暖化が加速すると言われています。その一方で、温暖化が抑制されると生物多様性が保全され、炭素吸収が進み、温暖化がさらに緩和される可能性も示されつつあります。つまり、生物多様性の保全は双子の環境問題の解決の鍵になると考えられます。そこで、生物多様性の変化がベースラインからどれだけ逸脱したかの検知(detection)と、その変化をもたらす主要因の解明(attribution)が喫緊の課題となっています。ベースラインを把握し、逸脱度を検出するためには、長期的な生態系観測が必要不可欠です。しかしながら、広域かつ高解像度な生態系観測を確立・持続させるためには多くの課題が存在します。

当研究グループは、日本の事例と新たな枠組みにも注目しながら、衡平(各々の状況の違いを前提とし、その違いに応じて目的達成に必要な異なる待遇を施すこと)で実現可能な体制で生態系観測を実施する上での課題および課題解決のための今後の展望について提言しました。立ちはだかる課題として、1)生物多様性と人為的原因の両方を含めた包括的観測の不足、2)組織的に生態系観測を設立・維持することの難しさ、3)グローバルなネットワーク構築に向けた、国・地域や分野を超えた衡平な解決策の必要性を挙げました。これらの課題が存在する一方で、観測データ活用の可能性は広がりつつあります。例えば、人工衛星やドローンを用いたリモートセンシング技術、日本発の大規模環境DNA観測網「ANEMONE」に代表される、環境DNA(環境中に存在する生物由来のDNA)と市民科学との連携、再測生態学(過去の調査サイトの再測定)を活用することで、標準化された手法による国を超えた継続的なデータ収集の実現が期待されます。上述の課題解決とデータ活用可能性の最大化のためには、データの取得、分析、利用に関する国際的に衡平な枠組みが不可欠です。その例として、現地での研究研修を通じた、先進国と途上国の科学者間での共同事業、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のもとで企業の持続可能な産業展開に必要な、セクターを超えた科学者と産業との連携を提示しました。

双子の環境問題を解決するためには、環境危機を克服する機会を逸することのないように、生物多様性の変化を検出する長期生態系観測が必要です。しかしながら、非英語圏の取組みや活動は世界的にあまり認知されておらず、観測データが公開されていても、文化・言語の壁が大きく、膨大な量のエビデンス(データ)が活用されずにいます。本稿のように、非英語圏で発表された研究を統合することは、エビデンスに基づいた保全を世界的に促進する鍵となります。衡平で実現可能な体制に基づく生態系観測は、次世代の地球環境の持続可能性を維持するために重要な役割を果たすことが期待されます。

森章教授は次のように述べています。「生態系や生物多様性の変化をより詳細に把握することの必要性はますます高まっています。一度失った自然を取り戻すことは困難であり、自然環境が劣化してしまう前に、未然に防ぐことが必要です。これは地球環境の健康診断とも言えます。人の健康で例えると、不摂生な生活をして健康を損ねてから治療を受けるよりも、健康な生活を心がけて病気にならないようにすることのほうが大事です。同様に、本当に取り返しのつかないような変化が自然環境で起こる前に未然に防げるようにするためには、網羅的な自然環境モニタリングの仕組みが必要です。ただし、健康診断でも体全体を網羅的に検診することが必要なように、地球全体のさまざまな場所を網羅的に観測し続けることが大事です。そのためには、地域や文化を超えた協働の枠組みが必要です。まだまだ生態系観測、モニタリングの仕組みは一部先進国を中心として整備されている状況です。地球全体で協働するためには、経済や文化、言語などのバリアを超えた枠組みが必要です。本論文では、より包摂性に富み、多様性や衡平性を考慮した次の世代のための生態系観測の必要性を訴えています」

本稿の内容は、日本長期生態学研究ネットワーク(JaLTER)などの共催による、第69回日本生態学会大会シンポジウム「自然環境と社会情勢の変動の中で長期生態系観測をどう進め活用するのか?」での議論内容がもとになっています。本稿は、SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(JPMJRX21I4)などの研究助成の支援を受けました。

  • 森林の生物多様性の観測地点の位置図
  • 森林の生物多様性の観測地点の位置図
    マゼンタ色の点は世界森林生物多様性イニシアティブ(https://ag. purdue.edu/facai/data/gfbi.html)の観測地点(Liang et al. 2016 Science; Steidinger et al. 2019 Nature)、異なる背景色は異なる森林バイオーム(Olson et al. 2001 BioScience)を示しています。樹木の長期観測の地点分布には世界的に大きな偏りがある一方で、日本やアメリカでは、観測地点の座標で国全体の地図が描けるほどにデータが非常に充実していることが分かります。なお、ニュージーランドの観測地点の位置は公開されていないため、この可視化からは除外していますが、同国ではデータが豊富に存在します(https://www.gfbinitiative.org/metadata-gfb1)。© 2023 岡野 航太郎・鈴木紅葉
  • ドローンによる高解像度の森林3Dスキャン画像と樹木個体の色分け画像
  • ドローンによる高解像度の森林3Dスキャン画像と樹木個体の色分け画像
    LiDAR(light detection and ranging)を搭載したドローンによるレーザ測量では、ドローンから地表面に向けてレーザを照射し、センサまで戻ってくる反射パルスの時間および強度から、三次元点群データを取得することができます。知床国立公園の森林再生地周辺の様々な森林タイプが含まれるように、赤色の枠線で囲まれた範囲でドローンレーザ測量を実施しました。この高解像度データにより、樹木一本一本の識別が可能です。© 2023 岡野 航太郎・鈴木 紅葉

【掲載論文情報】

著者名
Akira S. Mori, Kureha F. Suzuki, Masakazu Hori, Taku Kadoya, Kotaro Okano, Aya Uraguchi, Hiroyuki Muraoka, Tamotsu Sato, Hideaki Shibata, Yukari Suzuki-Ohno, Keisuke Koba, Mariko Toda, Shin-ichi Nakano, Michio Kondoh, Kaoru Kitajima, Masahiro Nakamura
タイトル
Perspective: sustainability challenges, opportunities and solutions for long-term ecosystem observations
雑誌名
Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences
オンライン掲載日
2023/5/29
DOI
10.1098/rstb.2022.0192
URL
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rstb.2022.0192別ウィンドウで開く

【問い合わせ先】
生物多様性・生態系サービス分野 教授 森 章

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