ページトップ | 本文へ | グローバルナビゲーションへ | サイト情報へ |

グローバルナビゲーションの開始

サブナビゲーションへ |
本文へ |
サイト情報へ |

本文の開始

研究内容

大見出し リボザイム、クオラムセンシング 
“切磋琢磨”で異端から先端へ切り拓く

インタビュアー:助手 村上 裕
質問私は菅さんから、よく研究に対するフィロソフィーについて聞かされるんですよ。フィロソフィーを語らないと、研究の内容に入りにくいので、まずそこから聞かせてもらいたいんですけど。
私のフィロソフィーは、できる限り異端をするということ。異端になって多くの人の意識が到達した時に、それは先端に変わる。しかし、異端のことを見つけて進めて行くのは難しい。やってる本人たちが自分たちは異端で、それがいずれ先端になるんだっていう意識を確実にもっていないと、なかなか異端を続けられないでしょうね。
当然、世界の中で異端を考える人は必ずいる。その人たち負けないように先端まで持っていってしまわなければいけない。それが我々のミッションっていうか、そういうとこからスタートしてますね。
質問そこから始まって、今までどういった研究を進めてこられたんでしょう?
私は大学院の修士までは日本、その後アメリカへ行ったんです。アメリカへ行った一番の大きな理由は、当時、化学をやっててバイオロジーをやる、もしくは生化学に足を突っ込む人は日本にはほとんどいなかった。私がアメリカ行ったのは89年なんですけど、だいたい85、6年からそういう人たちがたくさん出て、95年半ばにはもうアメリカの一つのトレンドになってしまった。今だったら日本でもできないことはないと思うんですけど。その頃には、違う領域のものを融合して新しいものを作ろうと、意識的にやってる人は当時の日本には少なかった。
質問当時は、化学と生物っていうのは完全に分かれていましたよね。
80年代はそれが日本のやり方だったから。で、アメリカに行ってまず最初にやったのは触媒抗体。抗体を使って酵素を作るっていう仕事を始めました。MITで私が師事した正宗悟先生は有機化学主体の研究者だったのですが、バイオさらにはサイエンス一般に関して、非常にアグレッシブな考えを持っていらっしゃる先生で、彼からかなり多くの科学哲学を学びましたね。とにかく新しいことをやっていかないとだめだと。ただ、その先生は産学連携みたいなことは全く興味なくて、本当に自分がやりたいこと、興味があることをやって、それが新しいことであれば満足っていう先生でしたね。本当に、科学者という名にふさわしい先生でした。残念ながら、昨年他界されてしまいましたが、彼の意志を継いで私自身は研究をしているつもりです。
質問その後、博士研究員に?
ハーバード大学の医学部、マサチューセッツ総合病院っていうところにポスドクで行きました。そこで師事したショースタック先生は、専門が生物学ながらもケミストリーのことが結構好きだったっていうところが、私と彼との接点ですかね。独立してから9年目になるんですが、そこで勉強したことが、現在でも私の研究のメインテーマになってる。それが触媒RNAです。触媒抗体から今度は触媒RNAへ、要するに抗体から今度は核酸に移って、核酸で人工酵素を作ろうっていう手法に変わった。そういった意味からは、私の興味は一貫しているかもしれません。そのショースタック先生は当時、化学の人にはほとんど知られていませんでしたが、バイオ系の人たちの間では非常に有名で、ノーベル賞受賞候補としてしばしば名前が挙がっていた研究者のひとりです。私より10歳しか違わないのに非常に多くの優れた仕事をすでに行っていて、すごく頭の切れる先生でしたね。領域を自由にどんどん移っていくタイプの人だったので、その辺はすごく影響を受けました。

中見出し 触媒RNAを創製することは、
生命の起源への探求

質問では、具体的にRNAの触媒の進化について、実際に菅さんがどのようにこのテーマを立ち上げ、展開したかについて聞かせてください。
博士研究員をやった後に今度はニューヨーク州立大学のバッファローで、アカデミックのポストを取って研究室を持ちました。プロジェクトのアイディアは、ショースタック研の博士研究員の時に持っていたものです。ポスドク時には、自分の目標としたことが実らなかったので、それをどうしても実現に漕ぎ着けたかった。
触媒RNA、つまりリボザイムを人工的に作る。その中でもリボザイムがアミノ酸を認識して、トランスファーRNA(tRNA)のアミノアシル化、つまりエステル結合でアミノ酸とRNAをつなげる、そういう触媒を発見したい。もともと私のRNA触媒の創製への本来の化学的興味は、生命の起源に由来しているところがあって、生命の起源をある意味で実験的に探求しようという一つの試みだったわけです。
で、何でアミノ酸かというと、私の興味は「RNAワールド」から「RNAとタンパク質ワールド」が生まれる過程の橋渡しをするものにあった。それがアミノアシル化反応という、RNAがおそらくアミノ酸に初めて会ったプロセスにおいて、触媒できる酵素を見つけたかった。さらに、非天然のアミノ酸をトランスファーRNAにくっつける触媒に展開していこうという技術的な応用への考えもあって、このトピックを選びました。
独立した研究室をスタートして、最初の2年くらいは研究室も小さく非常に苦労したんですが、トランスファーRNAにアミノアシル化をするリボザイムを進化させたという実験結果を、世界に先駆けて、2000年に「Nature Structural Biology」という雑誌に報告しました。翌年、同じ触媒機能を持ちますが、よりシンプルなメカニズムを持つ新しいリボザイムを進化させて「The EMBO Journal」に発表。その翌年にまた、違うコンセプトでもう一つリボザイムを単離して、それは「Nature Biotechnology」に。独立してから3年連続でメジャーなところに発表して、その領域で名前を売り出すことになりました。
進化という意味では目的のリボザイムが完成に近づいてきていたのですが、このリボザイムを技術的に展開したいと思っていたところに、今の助手をやってくれてる村上君が、アメリカの私の研究室にポスドクで来てくれて、一気に技術的な応用面を展開できました。それを東大でさらに展開しようということで、まさに今、異端の仕事をやっていると自分では思ってるんですけど、私と村上君、さらに研究室の皆さんと一緒に頑張ってるところです。
また、昨年(2003年)、「Nature Structural Biology」に発表した酸化還元機能を持つリボザイムのアイディアをさらに発展させたリボザイムの創製にも挑んでいます。

中見出し 細菌がもつシステムの面白さ 
-クオラムセンシング

あともう一つ、応用を主目的にした研究を一つ持っています。それはRNAや触媒は全然関係なくて、グラム陰性菌の細胞間コミュニケーションを阻害する薬を発見しようという仕事です。そのコミュニケーションを科学用語ではクオラムセンシングというのですが、病原性細菌、たとえば院内感染の原因菌のひとつである緑膿菌は、人間に感染しても最初は悪いことをせずに静かに増え続けて、高細胞密度に到達した時に初めて毒素と放出して、宿主つまり人間を攻撃する。細菌にとってクオラムセンシングは、人間の免疫システムから逃れるために、進化の過程で得た遺伝子発現制御メカニズムなのです。一方、感染される人間から見れば、クオラムセンシングは攻撃のタイミングを計るために細菌の持っているやっかいなシステムというわけです。96年ぐらいからアメリカで火がつき、ちょうど私がポストを取る寸前に、そういう報告がありました。さらに、それがいろんな病原性に関連してることが、99年ぐらいから広く認知されるようになりました。私の研究室では、98年からこの仕事を始めて、02年ぐらいからようやく結果が出だし、03年、「Chemistry & Biology」の1月号と6月号に2報続けざまに報告しました。このプロジェクトは、帰国して以来産学連携という形で、ある企業と一緒に共同研究を始めています。これから、薬剤として開発することを最終目標にすえて、産学連携をしながら研究室で展開していこうと思っています。
質問菅さんは、クオラムセンシングを技術的な応用、つまり薬を作るという目的からこの研究を始めたんではなく、純粋に、このシステムは面白いっていうことで始めたんですよね。
結果的に薬を発見するのを最終目標にしているわけですが、この研究を始めたきっかけは、細菌の細胞間にそういうシステムがあることに対して私自身、純粋に科学的面白さを感じたからです。化学者としてその領域に飛びついたのは、世界で早い方だったと思うんですよね。そういう意味でも、まず異端的に始めて、それで今は先端になれたかなと。

本文の終了 |
本文の終了 | ページトップへ