もう少し具体的に掘り下げていきたいんですが、要するに拡張された技術要素として、リアルな空間で何かを楽しむとか、テクノロジーと人との境界領域みたいなところに、テーマが広がってきた、ということですね。
VRという技術が登場したのは、80年代のちょうど終わり頃ですよね。その頃のVRって、ゴーグルをかけて、データグローブという特殊な手袋をはめて、目の前にあるCGの物体とリアルタイムでインタラクションできる技術が登場してきたわけですね。つまり、自分がそのCG世界の中に入り込んだということになる。これはすごく新しい概念でしたね。
まずそこを軸足として、いろんな方向へと進化が進んだんですね。最初、VRって言うと何かゲームの亜流みたいな感じで、1年ぐらいでブームは過ぎるだろうと言われていたんだけども、なかなかこれがしぶとかった。今にして思えば、それまでのコンピュータ技術とずいぶん行き方の違う技術だったってことですね。少なくとも、90年代のコンピュータのある部分は、VRがかなり引っぱったんじゃないかな。
当初、バーチャルな世界といえばコンピュータという箱の中で閉じた世界だったんだけれども、その箱の中の世界に限界が生じてきた。そこでまず第一の意味拡張が起きるわけですね。VRが箱の中から外へ出た。リアルな世界とバーチャルな世界を同時に見たいということで生まれた概念がミックスド・リアリティ(以下、MR)。即物的に言えば、ゴーグルをシースルーにして、リアルな世界も見えるんだけれども、バーチャルな世界も見える、重ね合わせってことから始まったんですよね。
しかし、狭い部屋の中でリアルとバーチャルを重ね合わせただけでは面白くないから、もっと広い所に出たいってことになるんですよね。で、それがモバイル・コンピュータと一緒になって広がりをもつという、もう一つの大きな方向性が生まれた。だから、はじめの頃のMRは単にバーチャルな世界とリアルな世界の二重写しだけの話だったんだけれど、ウェアラブルとか別の技術と一緒になることによって、バーチャルな世界が実空間の中に拡張されたというか、技術の性格自身が変わっていったように思う。
VR技術のもう一つ面白い点というのは「五感」ですね。例えば、目の前に非常にリアルなCG映像が広がると、必ず人間は触りたがるということ。それは人間が、世界を認識する時には、単に目で見てそれが動くだけでは面白くなくて、やはり触ってみたいとか、匂い嗅いでみたいとか、場合によっては味わってみたいとか。自分の感覚で世界を確認したいって欲求があると思うんですね。
医学部の養老先生が「モノ」の定義をおっしゃっています。単純に一つの感覚だけで確かめられるもの、例えば虹みたいなものは、あれは「現象」で、全ての感覚で確かめられて初めて「モノ」と呼べるんだそうです。それはやや哲学的なお話なんだけれども、感覚全部をバーチャルに合成しちゃったら面白いよね。哲学者は困ると思う。
今までのコンピュータ・サイエンスは、キーボードであるとか、ディスプレーであるとか、身体の動きはほとんど無視して、我々の感覚の広がりってものを使ってこなかった。でも、大きな空間の中にバーチャルな要素が出てくると、身体感覚とコンピュータという新しい世界が開けてくる。
これまでの話をまとめると、VRには2つの進化の方向があって、一つはモバイルとウェアラブル、もう一つは五感に関係するもの。この2つは、もしかしたら裏でつながるかもしれないですね。
具体的な研究の内容について、話をお聞きしたいのですが。
ちょうど、山下君が関わった展示が終わったばかりですね。それは、国立科学博物館で開催していた
「ゲーム展(テレビゲームとデジタル科学展)」。このゲーム展の中で、リアルな展示とバーチャルな展示とを、動き回りながら同時に楽しむことができるような、新しい展示の仕方というのを考えた。その実験がここ3ヶ月ぐらい続いてました。
今回とても良かったのは、システム全体をコンパクトにまとめて、本当に面白い展示ができたってことでしょうね。それと、どうして今までやらなかったのかと思うんだけれども、視覚じゃない方法によって、人とコンピュータをインタラクションさせたわけです。人は、動き回りながらディスプレーは見ない。それを今まで無理やりディスプレーに表示しようと思っていたのが間違いで、動き回りながらだと、聴覚であるとか触覚であるとか、そういうものを介してやらないといけない。それと、今回、きちんとしたコンテンツを作ったということ。プロの声優さんに声を入れてもらいましたよね。やっぱり、同じ声でも研究室の学生がごそごそ言ってる声は誰も聞かないんだけど、ちゃんとした声優さんにはそういうスキルがあって、みんなちゃんと聞くんですよね。コンセプトの面白さだけではなく、内容の面白さがあって初めて、技術の面白さも伝わる。コンセプトとコンテンツ、その両方がないとやっぱりだめだと思いますね。
こういう議論が、最近言われているコンテンツ問題とちょっと違うのは、映画のように固定された技術の中で優れた演出を考えていこうというコンテンツではないということです。今我々がやってるのは技術のフレームワーク自身もいじりつつ、さらにその中で面白いコンテンツを作っていこうとしているわけです。その意味では、コンテンツだけを切り離してはいないんです。技術とコンテンツが一緒になっている。特任で岩井先生を呼んだなどというのも、そういう理由からです。
ただ単に技術的な土台を作っていくとか、コンセプトをやってるだけでは、もはや伝わらない部分がいっぱいあるということでしょう。この土台の上にこのくらいのものができるというフィージビリティを見せることが重要なんでしょうね。情報技術は今、曲がり角に来ていて、これは単にアプリケーションが見つかればいいとかそういうレベルの話ではなくて、どんな面白いコンテンツがその中で描けるかってところだろうと思うんですね。