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次にオーラル・ヒストリーの話に移っていきますが、先生はオーラル・ヒストリーに取り組まれて10年ぐらいになりますが、オーラル・ヒストリーとはそもそも何かというところからお話しいただけますか。
今、僕がやっているオーラル・ヒストリーの意味について定義しますとね、まず、いわゆる公職の体験者が自分の体験を中心に、自分の一生全て、あるいはそのある部分について述べる行為があります。ただし、それを述べるにあたっては、本人が自由勝手に述べるのではなく、オーラル・ヒストリーに関するプロフェッショナルが質問を用意し、その質問と応答という形で記録を作り上げていくと。出来上がった記録は、できるだけ速やかに研究者ないし世間一般に公開されて、その記録が利用されるところまでを含めて、オーラル・ヒストリーという言葉でまとめているんですね。オーラル・ヒストリーの効果は、歴史を回顧するという意味を越えて、将来の政策選択の基礎基盤に使われるという話へ移行しているように思いますね。
政策選択の際に消えてしまった可能性は資料には残らないから、それを掘り起こすのがオーラルの意義の一つだとも言われてましたよね。
インタビューで面白いのは、やはり最初からある政策が必然的に出てくるという状況は、どのような場合にもないんですよ。ある方向性が決まっていて、その方向性を決定付けるために、ある法案が出たような話になりますが、実はそうではない。たとえそういう状況であったとしても、しがらみは深いというか、Aという省がある政策を掲げれば、Bという省はそれについて何も考えていなくてもとにかく出すと。しかし、残っている資料には、ずっと昔から考えて出したようになっているものなんです。
研究者って必然論で書きたがるんですよ。歴史の流れを背中に感じながら書いている方が安心なんですよね。だから逆に、歴史の流れと違う可能性があるなんて書くこと自体が苦しくなったりしてね。だけど、必然論の中で、偶然論のかたまりが歴史を作ってるってことは、オーラルをやっていて、はっきりしてきた感じがしますね。
理系の方や企業の方とお話しすると、現状では失敗の経験が生かされず、失敗は失敗で終わっているけれども、その政策というか、会社の方針の決定にも応用が利くんじゃないかなんてお話も出てきますね。
組織として失敗例とか、その時に採択されなかったオルタナティブっていうのは、消すというか忘れることが、組織本体には必要なんだと思うんですよ。逆にいつまでも気にしてたら、今やってる政策決定もね、オーソドキシーだって怪しくなるんですよ。忘れること、捨てること、そこから唯一取られた一本の政策に対して、これしかないと揺るがずに進むことになるんです。だから異論を言った人もこれに全部賛成だったということにして、前に向かって走っていく。それは高度成長期から今日までの日本で、右肩上がりの時には正解だったんじゃないですか。だめだった政策について、いじいじ考えるなんてのは、とんでもない話で、組織を運営し組織を生かしていくのは、まさにそれが一番だったと。でも、右肩上がりばかりじゃないなと気づいてくると、昔はもうちょっと別な考えがあったんじゃないかと、ようやく思い始めるのですよ。だからオーラル・ヒストリーって、若くて元気な時期とかそういうタイプの人にはやらない。活動期の真っ盛りにね、絶対考えないから、人は。
今、オーラル・ヒストリーのプロジェクトは、内閣法制局の研究、内閣官房の研究などが軸としてありますが、この辺りの目的などをお聞かせください。
僕は、都立大と政策研究大学院、そして先端研で、ずっとオーラル・ヒストリーの研究を発展させてきたわけですけれども、最初はとにかく質より量といった感じでやってきました。それはその当時としては決して間違ってはいなかった。それによって随分、オーラル・ヒストリーが広く認知されるようになりましたからね。ただ、オーラル・ヒストリーを方法としてリファインするためには、何のためにこれを使うかということを考えなくちゃいけない。当然、かなり大きなテーマ設定をしなきゃいけないと。
国鉄の民営化とJRの展開というのは、これからの日本の公共政策にとって、非常に大きなインパクトがあるトピックだった。それから法制局は、今唯一の政府の公定の、法律や政策の解釈の機関であると同時に、そこを通さないと政府立法というのはできないという機関であって、そこで何がおこなわれているのかをきちんと押さえておく必要がある。もう一つ、内閣官房。これは僕はかつて副長官を務めた石原信雄さんをやったことがあって、そして今まさに古川さんという次の副長官の方を始めたばかりですけれども、それを通じて内閣官房こそね、文書が残っていないところですから。文書がないとなれば、やはり語ってもらわないと困るわけで、従来はそこをそんなに重視しなくてもという考えがあったんだけれども、今は特に中曽根以後と言っていいけど、中曽根以後はやっぱり官房、そして今日は内閣府まで含めてだけど、内閣っていうものの存在と、その重みっていうのは考えられないくらい大きくなっていますからね。90年代というのは、党の決定だけ見てれば大体わかった70年代、それから80年代前半ぐらいと決定的に、政策決定の研究のやり方が違ってきている。
オーラル・ヒストリー研究を定着させていくとなると、やはり人材養成が必要になりますよね。
オーラルもね、昔は奥義として伝える面があって、先生のオーラルに同行して、後ろに座って実際の応答から様々なテクニックを吸収するという時代があってね。でもそういうやり方だと、なかなか人は育たない、時間もかかるし。そこで、僕はある程度マニュアル化できるんじゃないかと思うようになりました。それで2004年夏に、武田徹さんや永江朗さんとかいろんな人の助けを借りて「オーラル・ヒストリー夏の学校」を開いたんです。これは大学院クラスを想定して、夏休み7月末と、それから実習期間をおいて8月末、9月初めまでのおもに金曜、土曜の夜にやりました。募集をかけたら全国から30人近く応募があって、書類選考で15-6人に絞って、もちろん本学の大学院の人もいました。
とにかく自分でオーラルをやって論文に使いたいとか、インタビューやりたいと思っていたがなかなか機会がなかったとか、意欲の高い人たち、あるいは既に始めている人たちが集まってくれたので、非常に良かったです。実習の方もかなりやって、実際に速記をおこさせてみたり、テーマ別にお互いにインタビューして、それを記録してみたり、いろんな形を使って。宿題も出してね。夏休みにお盆の期間をはさんで実際に実習で、自分でインタビューしてくるというのをやったんですよ。いろいろ面白いのがあってね、例えばプロ野球の監督だった西本幸雄さんにインタビューに行った人がいましてね。最初は大丈夫かと思ったんですが、それが見事なインタビュー集を作ったんですよ。一種の野球文化史になってるんですね。こんなのができるとは、僕らは想像もしなかった。もちろん年季の問題が全然ないとは言えないけど、人と会って話をするのが心底嫌だって人以外は、まあある程度はできてしまう。だから、僕は素人さんがそんな形で意欲を持って、どんどん変わっていくプロセスが生まれてくるんじゃないかという気がしています。
オーラルの記録の部分に関して、何か課題があるでしょうか。
今、どんどんオーラルの記録ができてるんですけど、質の管理といいますか、実は喋ったことは全て本当とは言い切れません。喋ったことに関しても吟味をしないといけない。普通、文書資料に関しては資料批判の学問というのがあるのに、オーラルに関しては意外に甘かったりする。だから喋ったものを一生懸命活字にして、それがもう真実であるかのように使われてしまうんです。しかし、喋ったものがどれだけ真実かどうかは別の面からチェックしなくちゃいけない。オーラル・ヒストリーをそれ自体クリティークしていくようなことをやらなければと思っていまして。そのための研究フォーラムを間もなく発足させて、そこで発表してくれた人が、今度はそれをきちんと文字に書いて、どこかの印刷媒体に残せるような仕組みを作ろうと思ってましてね。そこをクリアしてこそ信頼に足る資料になると思うんですね。
オーラル・ヒストリーの関連で言えば、先端研でやっている記憶の研究会を新しく立ち上げたわけなんですけれども。
堀先生と橋本毅彦先生、伊福部先生、そして廣瀬先生と、2004年初めから月に一度くらい集まっています。長年僕が気になっていたのは、人にあることを喋ってもらう時に、どうやったら一番効率的に、しかも無駄なく本人の満足のいくように、記憶を蘇らせられるのかということ。そんな話をしたら廣瀬先生が「それは自分たちも考えている」と。今度は、出てきた記憶が仮にあるとすると、どの時点で補足して活字化していくのか、これは伊福部先生や堀先生の課題でもあるんだけれども。我々はテープレコーダーに記録させて、後日テープ起こしのプロフェッショナルが時間をかけて起こしてきたものを見るわけですね。ところが今はバリアフリーでできるようになっていて、喋るそばから活字化することができる。しかも90%以上間違いがないとなると、2時間オーラル終わった時に既に活字化された状態になる。そのように喋ったものが横ですぐ活字化されていく状況の中で記憶の再生をしている本人というのは、そうでない時とどういうふうに違うのか。即時に活字化した方が人間の記憶を引き出すのにいいんだろうか。それとも、まだ直せるゆとりがある中で思い出している方が本当の記憶が出てくるんだろうか。だから記憶の問題って、認知科学の問題に限りなく近づいていくんだけど、そういう問題も含めて少し議論をしたらどうかと。
廣瀬先生のところでやっているウェアラブルコンピュータは、要するに何かをしながら全部記録してしまおうというもの。だから「先生、オーラルやる時にウェアラブルコンピュータを着けてくれませんか」とも言われているんですよね。堀先生の研究室の赤石先生のシステムで面白いのは、こっちが出すある種のキーワードがいくつかあると、その言葉をコンピュータでつないでいって、どういう言葉のツリーが出来るかが視覚化されるんですよ。どうも、廣瀬先生や赤石先生は、もっとコンテンツを求めていて、一方、こちらはコンテンツはかなりのものを持ってるんだが、なかなか有効に形を変えることができない。そこで共同作業をすることによって、少し記憶について面白い研究ができるんじゃないかと今、お互いに模索しているところで、まさに先ほど言った文理融合ということになる。先端研の中でこれだけの先生が関わっているなら、先端研がアシストしてくれる研究として少し時間をかけて立ち上げたいと思っているんですがね。
政策の記憶の再生って結構難しくて。さっきも言ったように、組織としては忘れている。で、どうやって掘り出させるかというのがあるわけね。今までは仕方ないから、彼らの履歴書から、「その時代こんなことがありましたよね」とか振ると、「そうだね、万博の年だ」とか言って。今はコンピュータグラフィックスで、その当時の情景や役所とか、うまくシミュレーションできれば、すーっと気持ちが入っていけるかもしれない。「そうだ、あの時の俺は」って、20代当時の記憶を思い出した時に、「あ、俺が考えた最初のプランニングはこっちだったよ」と出てくればしめたもので。
アーカイブス研究もやっていらっしゃいますね。
アーカイブスって、これも定義をきちんとしているわけじゃないですが、オーラルも含め、文字資料やコンテンツをどうやってきちんと体系的に、しかも利用しやすく残していくかは、多分これからの大きな課題だと思うんですね。さっきの記憶の研究とつなげると、記憶と記録なんですよ。記憶をどうやって記録にして、我々はその記録をどうやったら、いかに手早く、効率的に活用できるようになるのか。先日、資生堂が「ハウス オブ シセイドウ」といって資生堂のある部分を全部、銀座という街もそうだけれど、資生堂が開発してきた匂い、香水なんかも全部アーカイブしたんです。我々も見に行ってそれでいろいろ議論しようと思っているんですが、今後もいろいろ変わった試みに実際に足を運んで、そこでどういうものを、どのように記録していこうとしているのか見ていこうと思っています。
実は先生が、一番力を入れられているのは教育プログラムなんではないかとも思うんですが。
先端研は駒場キャンパスが近いですから、我々は「自由研究ゼミナール」というのを教養学部の1・2年の学生に対して開いているんですね。僕がここに来た2003年10月からそれをやってまして。僕は専門が政治学ですから、政治学の本を1週間に1冊読ませて、ディスカッションペーパーを毎回提出させて、それを見ながら全員でディスカッションするゼミをやってるんですね。1週間に本を1冊読むのは最初は苦しいんだけど、段々飛ばし読みもできるようになる。手を抜くと歴然とペーパーに表れるし、しかもそのペーパーは全員に配布しますからね。だから絶対出したくない人に対してはオブザーバー資格を認めて、「提出しない人は来てもいいが、ただし発言権はない」と。だから大体出しますけどね。面白いもので、みんな徐々に成長していきますね。最初からある程度できる人はそれほど伸びないんだけど、むしろよくこれで東大入ってきたなというのが1年経つとすごく変わる。本を読んで要約して何か意見が言えるというのは学んでいく上で最低限必要なことだから、1・2年のうちにとことんやると。その連中がまたね、我々のいろんなプロジェクトに興味を持ってくれて、スクールをやる時にアルバイト募集すると結構手伝ってくれたりして。そういうつながりの中で、もちろん僕は政治学ですから、来る学生は理科系ではなくて文I、文II、文IIIの学生だけど、彼らにとって、先端研って何だろうと知ることのできる、唯一のチャンスなんですよ。文科系の学生に少しでも興味を持ってもらうことも、先端研にとって重要じゃないかと思っています。
(2004年10月20日)
著書
1980年
『明治国家形成と地方経営 1881~1890年』
(東京大学出版会)(東京市政調査会藤田賞受賞)
1996年
『政策の総合と権力 日本政治の戦前と戦後』
(東京大学出版会)(サントリー学芸賞受賞)
1997年
『馬場恒吾の面目 危機の時代のリベラリスト』
(中央公論新社)(吉野作造賞受賞)
2002年
『オーラル・ヒストリー』(中公新書)
2004年
『「保守」の終わり』(毎日新聞社)
1975年
東京大学法学部卒業
東京大学法学部助手
1978年
東京都立大学法学部助教授
1988年
東京都立大学法学部教授
1989年
ハーバード大学イェンチン研究所客員研究員(~91年)
1997年
政策研究大学院大学客員教授
1999年
政策研究大学院大学教授(~03年)
東京都立大学名誉教授
2002年
東京大学先端科学技術研究センター教授
2003年
東京大学先端経済工学研究センター教授
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