今回は研究者ではなく、先端研所長としての橋本先生にお話を伺います。2004年4月の国立大学法人化と時期を同じくして所長になられたわけですが、まず独法化が先端研に与えているインパクトについてお聞かせください。
まずひとつは、先端研は法人化と同時に制度を変え、教授会の権限、具体的には予算権、人事権、面積という非常に大きな3つの権限を所長に移したことが変化として上げられます。これは、東大の中ではここしかないだろうし、全国でも所長にそこまで権限を移した例は無いと思います。そもそも、法人化の基本的な考え方として総長が上述のような権限・権利を持ち、その判断で運営していくということです。先端研はそれを先取りして、ボトムアップ型で利害調整するのではなくトップダウンで物事を決めて、社会に対して責任を持って最良の組織運営をすることを所長の権限にしました。その代わり、所長がダメならクビになる、そういうことにしたわけですね。
この大きな変革は、先端研だから出来たという面があります。というのも、先端研に所属する先生は研究分野が多岐にわたるので、利害関係がぶつからないため、大きな抵抗も無く制度が導入出来たわけです。今まで教授会にあった機能を所長に移したわけですから、所長の采配でかなり自由に動かせてしまう、という重大な制度改革です。そこで、新たに、所長、副所長、所長補佐、人事担当教授、経営戦略担当教授、事務長(これまでは教員と事務が分かれていたので、事務方が入ったのは画期的なことなのですが)の計7人による経営戦略会議を設置し、集団指導体制で運営していく、但し責任は所長にある、ということにしました。所長の責任の大きさをひしひしと感じています。
二点目は、法人化とは実は東京大学がひとつの法人になる、ということで先端研のような部局はその一機関に過ぎないわけです。これまでもそうだったのですが、法人化以後はその位置づけが、よりはっきりしたような気がしますね。今までは、特に先端研は、東京大学の中で一歩先を走り、後から東京大学がついてくるという運営もできたわけですが、これからは東京大学という明確な法人の枠組みの中にあるので、本部との連携をとらずに独走してしまうと、サポートしてもらえなくなることも出てくるかもしれません。かといって、連携を強くしすぎると先端研の特徴がなくなってしまうというジレンマの中で、いかに本部に理解してもらいながら先端的に走るのかにいっそう留意しています。
産学連携もこれまでは先端研が先端的に走ってきた面があるわけですが、最近は安易な産学連携に警鐘を鳴らし、先端研はしっかりとした基礎の上に産学連携をやろうという舵取りをしているように、見受けられます。いかがでしょうか。
おっしゃるとおりです。産学連携について先端研は東大の中で、あるいは日本の大学の中で、CASTIやASTECといった関連組織を作ったりしながら常に先端を走ってきました。私自身、1990年代から積極的に産学連携に取り組んできて、東京大学を含めて日本の大学はもっと産学連携をちゃんとやるべきだとずっと思っていました。ところが最近は、行き過ぎのようにも思います。
実は、かつて産学連携は良くないことで、1990年頃は企業の人たちとディスカッションするにも土曜日の夕方こっそりと隠れてやっていたんですね。それが95年頃からでしょうか。産学連携が前向きにとらえられ始めて、先端研は画期的なこととしてCASTIを作ったりしたわけです。そして今、大学法人化と日本経済が落ち込んでいる状況下、大学への国の投資が増え、その投資額に見合ったアウトプットを出せという風潮も重なって、産学連携をして大学も稼ぎなさい、社会に還元しなさい、と言われるようにまでなってきました。それ自身は悪くないんですが、ただ大学の本分は別の所にあると私は思っています。
すなわち大学にとって教育を通じた人材育成が一番、先端的な学際研究が二番で、産学連携はあくまでもそのひとつに過ぎません。「どれだけ世の中に役立つか」ということは、ひとつの評価軸ではありますが、大学全体の中では小さいもののはずです。「いくら稼げますか」とまでなってくると完全に本末転倒です。大学に収入が入ること自体はいいですが、収入を目的にすると企業と同じになり、その方向は非常にまずいと思っています。
先端研に話を戻すと、先端研は今までとは違った形で産学連携をとらえたい。具体的には次の二つのことを考えています。ひとつ目は、共同でやることがお互いにとってメリットになるような実態ベースでの産学連携に絞るということ。ふたつ目は、お金を稼ぐ産学連携ではなく、産学連携を通じた人材育成です。人材育成の対象の一方は学生で学生が産学連携を通じて産業界のことを知り、卒業後は産業界で活躍すること。そしてもう一方は産業界の人材が大学に来て、研究したり教育を受けたりすることで、大学でしか学べないことを身につけてまた企業に戻っていく。このように人材育成に産学連携をシフトさせていくのが先端研の次の使命なのではないかと思っています。
もうひとつの先端研の特徴として任期付教員という制度があります。任期の間にきっちりと研究をして、元の場所に戻るなり新天地を求めていくというこのシステムは、今後は他の大学でも採用されていくと思いますが、先端研は将来的にどのように考えていますか。
これは非常に大きな問題で、先端研内でもまだ議論を重ねているところですが、基本は先端研のミッションは何なのか、ということだと思うんですね。2004年の法人化とともに先端研は、これまでの全学の共同利用施設から附置研究所というステータスに変りました。共同利用施設は流動性が必然だったわけですが、研究所となると目新しいことを求めるだけでなく、設立当初の使命を確実に果たすということが求められると思うんです。そこで、あらためて先端研のミッションとは何なのかについて意識しなければならない。
私はミッションは二つあると思います。ひとつは、先端研では常に先端的なことをやり、ある程度芽が出てきたら他に移植して先端研は新しいものに移る、つまりひとつのインキュベーション施設であるということです。人材面では、たとえば他部局から来る教員には先端研の自由な雰囲気で研究してもらって、それを花開かせてもとの部局に持ち帰ってもらう、というようなことですし、他大学から招へいした教員の場合は先端研で新しい分野を開拓し、その研究を分野ごと次に持っていってさらに発展させてもらう。先端研は常に育てる場であるというミッションのとらえ方があると思います。
もうひとつは、研究所として特徴的な大きなミッションである文理融合の推進です。例えば、先端研には御厨先生がリーダーをつとめ、様々な分野の研究者が関わっている「人間と社会に向かう安全・安心プロジェクト」があります。その「人間と社会」というキーワードをベースに他の研究所にはない切り口できちっとミッションを定めて名実ともに文理融合を果たしていく、ということですね。御厨先生のように政治学がご専門の先生と私のように物理・化学の人間が同じ研究所にいる、ということは普通はありません。言い換えると先端研という組織自体がユニバーシティ、小さな総合大学なわけです。そういう特徴を生かした研究所を目指していくというようなことですね。