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中見出し 先端研が変わり、東大全体が変わり、
日本全体が変わっていく状況を目指して

聞き手ユニークな先端研と、東大の一機関である先端研というお話がありました。東大全体の中で、先端研がやっていることはどのように見られているのでしょうか。
私が所長になって、東大本部の会議や外部で驚きをもって感じるようになったことは、東大の内と外での先端研の評判のギャップですね(笑)。
東大以外では先端研は東大らしくない革新的なことをやるおもしろい機関として評価が高いんですが、東大内では東大らしくない、「何だかわからないけれど、先端研だからいいんじゃない」といった少し冷ややかな雰囲気、といった感じでしょうか。東大の外で東大らしくないことが評価されているわけですから、東大内の異分子として評判が悪いのは当然でしょう。とはいえ、そのギャップの大きさには驚いています。もちろん、本部や他部局に迎合する必要はありませんが、先端研のミッションをしっかりと認識してもらった上で、ほかの部局では出来ないような活動や制度運営、あるいは研究分野を扱っている組織としてよりポジティブに認知してもらうよう努力することが、重要なのではないかな、と思っています。
今、東京大学の本部に向けてある提案をしています。それは、東京大学の中にさまざまな制度を作ってもらって、各部局はオプションで採用できるようにしてもらいたい、ということです。例えば先端研が採用したオプションがうまくいけば他部局へも波及する、というような、画一的ではない制度を導入して欲しいと考えています。
聞き手オプション型というのはよくわかります。先端研が勝手なことをやって、いつの間にかなくなってしまったとなるよりも、ある種の枠組みの中で一番自由な制度を使いたい、ということだと思うんですよね。それが、東大の中で先端研を認知させていく一番の近道だと思います。
今でも先端研の存在感は非常に東大内で大きいのですが、その存在感が「先端研は変わっているところ」というのも事実なんですね。それが先端研の良さでもあったわけですが、法人化以降、そのスタンスは変わっていくのではないかなという気もします。これは先端研にとってひとつのチャンスであるともいえるわけで、先端研がこれまで挑戦してきたことが全体的に広がっていくような、われわれだけが変わればいいのではなくて、東大全体が変わって、ひいては日本全体が変わっていくようなそのような状況になっていくのかな、という気がしますね。
聞き手そのひとつの表れが、特任教員の制度でしょう。先端研が始めて、それが他大学へ広がっている状況ですね。その特任制度を象徴していたのが、戦略的研究拠点育成事業であって、それがいよいよあと一年になりました。これについても簡単にお話いただけますか。
戦略的研究拠点育成事業は4年前の2001年に始まって、科学技術振興調整費によって約10億円の予算がつきました。当時のセンター長だった南谷先生がリーダーで、その10億円弱の予算の7割近くを人件費に使うことにしたわけですが、実はこれは画期的で、文部科学省の想定外だったようです。その予算で定員外の教員として特任制度を導入し、今では60名ほど特任教員がいます。これは、交付金で雇用されている定員内の教員数とほぼ同じですので、先端研はこの戦略的研究拠点開始時から規模が約2倍に膨れ上がったわけです。つまり2倍のパワーを得たということで、実際に戦略的研究拠点が始まってから外部資金の獲得額は2倍になっています。
それでは、残り少なくなってどうするか。この事業が終了後に2倍になったものが元に戻ってしまったら意味がないわけで、いかにこのパワーを維持するのかが我々に課されたミッションであり、義務でもあると思っています。といっても、人の固定化を目的にしているわけではありません。ですから、60人の特任教員がここで育って出て行くという人の流れと、その間に培われた新しい研究分野の発展、というふたつが今、最も大きな課題だと思っています。先端研が特任制度を始めたわけですから、特任の先生方がいい形で次の活躍の場に移っていただくことで、この制度が本当に定着していくことになるんだと思うんですね。そのためには、先端研としてそれを斡旋するような機能を考えています。
そしてもうひとつ。外部資金が2倍になり、いろいろな分野が出来たわけですから、先端研が核となってその新しい分野が世の中に定着していくための拠点形成に向けて一生懸命、努力するということを今後進めていきたいと思います。戦略的研究拠点についている科学技術振興調整費がなくなって、多少のシュリンクはしたとしても、大きなものは先端研に残っていく、ということだと思うんですね。ぜひ、御厨先生にもご協力をいただいて……(笑)。
聞き手(笑)。最後になりますが、所長の一日、あるいは所長の一週間というのはどのような感じでしょうか。
私はこれまで研究の第一線でやってきた人間なものですから、所長に任命されたときにその両立についてずいぶん、悩みました。いざ引き受ける段になったときに、時間配分として5割が研究業で5割が所長業が理想だなと思いつつ、現実には7割が所長業で3割が研究かな、と考えていたんですね。ところが今は9割8分くらいが所長業で、研究は2分くらいでして、私には大きな誤算でした(苦笑)。3年間の任期の2年がもうすぐ終わりますが、研究の現場から2年離れるというのはすごく大きくて、あと1年間この状態が続くと自分は研究者として終わってしまうのではないかという不安が常にあります。先端研が非常に大きな変革期に差し掛かっているので頑張らなくてはいけない、という思いと、使命を与えられるとのめりこんで一生懸命やってしまうという研究者の性なんですね。そこまでするつもりもなかったんですが、実際にはのめりこんでしまっています。
今の生活はというと、所長室にいるのが3割、霞ヶ関や民間企業などの所長業としての外出がやはり3割、さらに本郷なども含めた会議が3割程度。大体、3分の一ずつ、といったところです。もともと私は夜は遅いのですが、結局毎晩、研究室に戻れないまま23~24時頃までこの所長室にいる、というなんとも悲しい生活をしているので、皆さん、哀れんでください(笑)。
(2005年6月1日)

見出し 略歴

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1978年3月
東京大学理学部化学科卒業

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1980年3月
東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了

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1980年4月
分子科学研究所技官

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1984年2月
分子科学研究所助手

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1989年9月
東京大学工学部講師

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1991年11月
東京大学工学部助教授

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1993年10月
神奈川科学技術アカデミープロジェクトリーダー兼任

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1997年6月
東京大学大学院工学系研究科教授

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1997年7月
東京大学先端科学技術研究センター教授

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