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研究内容

大見出し 研究者として、先端研所長として
新たな道を創る

インタビュアー:教授 伊福部 達

中見出し 光と物質
未解明の領域を探って

聞き手所長のお立場と研究者との両立でお忙しい毎日だと思いますが、今日は先生のこれまでの研究や研究に入られた動機などについて伺いたいと思います。まず、先生の現在のご研究をわかりやすくご説明いただけますか。
大きな括りとしては物性科学、物性物理学の実験分野だと思います。物性(物質の性質)に関する分野はサイエンスもエンジニアリングもあって、あまりはっきりとした境界がありませんが、応用を考える場合はエンジニアリング、なぜそうなっているかという原理を調べる場合はサイエンスになります。
一例を挙げると、既に亡くなっていますがジョン・バーディーンという物理学者はノーベル物理学賞を2個とっていて、ひとつ目はトランジスタの発明という実用に関して、二つ目は超伝導に関する理論での受賞でした。このように役に立つか立たないかということと、興味のある物質かどうかということは少なからず関係があるので、その境界はあまり明確ではありません。
今、物性科学の一つの流れは、強相関という言葉で表される現象です。物質は全て電子の状態で決まっていて、電子と電子が互いに相関しあう程度が強いのが強相関ですね。その逆は相関が無いということで、言い換えると、電子が物質中であたかも孤立した粒子として振る舞う状況のことを言います。
現在、ほとんどのエレクトロニクスはその相関がなくてもいい、考えなくてもいい、という現象を使うことで説明されています。しかし他方、相関が強い場合には、例えば光を当てれば絶縁体になったり金属になったりする。通常は起こらない現象ですが、非常に特殊かというと意外にそうでもなくて、これまでわけがわからないから研究されてこなかったものが、研究手法や実験手法が広がってきたことと、理論的枠組みが広がってきたという、その両方の効果によってサイエンスの対象になってきたんですね。
磁性は最も古くから知られている電子相関の現象で、しかし昔は電子相関というキーワードで認識されていなかった。つまり、これまで磁性と一般に言われていたものが実は強相関そのものであった、という新しい認識の仕方をするようになったというのが多分、正しいんだと思います。
その一番のきっかけは、今から21年前に高温超伝導が発見された時。あれは当時の物理では全く理解不能なことだったわけですが、そこから実験手法や理論的な枠組みが進んで、今はその流れの延長線上で仕事をしているというわけです。
聞き手例えば金属から絶縁体に移る、あるいは絶縁体から金属に移る、というのは水(液体)が水蒸気(気体)や氷(固体)になるのと同じ相転移ですね。この現象は強相関があるから起こるのでしょうか。
水が氷になるのは分子同士が、自分の隣に来る分子がわかっているから固体になる。ところがそれがわからなくてもいいのが水=液体なんですね。電子も同様で、電子も自分のすぐそばに別の電子があるのが重要なのか、どうでもいいことなのか、という二つの状態がありえるわけです。通常、金属中の電子は自由な状態にあって、スイッチを切らないと止まらない(=絶縁にならない)わけです。ところが、電子同士が自分たちで示し合わせてポンと止まることを決めるような状況が仮にあるとすれば、電子の都合で金属になったり絶縁体になったり、ということが起こり得るわけです。
これが今の物性科学のひとつの大きな潮流で、そういうものを理解したいと思っているのですが、まだあまり理解できていなくて最初の発端になった高温超伝導も相変わらずわからない。今まであった普通の超伝導は、ある式に則って量子力学的な説明ができることがわかったんです。ところが高温超伝導はその道筋がわからず、非常に複雑な系なんです。さまざまな要素が入り乱れて相互作用していて、その作用が全て分かり合っていないとできない系なので、基本的に複雑系なんですね。その記述の仕方が少なくとも今のところわからない、ということです。もちろん、ルールはあるわけなんですが。
聞き手将来、この強相関による相転移を光でコントロールできるようになった場合、どのような応用分野が考えられますか。
電流をある方向に流すと金属になって、逆の方向に流すと絶縁体になるという現象が強相関の中にはあって、そういうものは非常に単純なメモリーになります。つまり、電極をつければいいだけなんですけれども、今の半導体のメモリーが10の6乗回、書いたり消したり出来るのと比べると、太刀打ちできないわけですね。ですから、面白い現象ではあるんですけれども、経済的には多分、成り立たない。そういう意味では応用がどこにあるのかは私にはわかりません。

中見出し 内なる世界の構築を求めて――
小説家志望から物理工学の道へ

聞き手先生の研究はわれわれから見ると実証できるクリアな分野という意味でうらやましいな、と思う面もあるんですが、先生は小説家を志していたこともあったとか。実証とは無縁の小説とこの研究とは対極にある世界に思えるんですが。
私は基本的に一人でいることが好きなんですね。それで、能力があれば数学者になりたかったんです。数学者は自分の中に完璧な世界がある職業だろうと勝手に思っていたわけです。小説家もそれに似たところがあって、ある種の世界を自分ひとりで構築できるということがあるんですね。ただ、小説家で生計を立てるのは難しいな、とある時に思い直しまして。もうひとつ小説家を断念した理由は、日本文学史に出ているものを年代順にすべて読もうとして、自然主義の田山花袋や正宗白鳥あたりで辟易してしまったわけです、自分を告白することの何が面白いんだと。その時に自分は小説家には絶対になれないと思いましたね。それでも、筆で立ちたいという気持ちは持っていたので、文芸評論家にはなれるかなと考えたんですが、高校生のときに小林秀雄の『様々なる意匠』という文章を読んで、文芸評論家もこんなに頭が良くないとなれないんだと非常に強く感じてこれは自分には無理だと。
それでサイエンスも小さい頃から好きで、小学4年生のときに自分で石鹸を作るという今から思うととても危ない実験もやっていました。ある種の世界を見つけて、自分で楽しむという点でサイエンスにも興味があったので、新聞の科学記者にならなれるだろうと思って理科Ⅰ類を受けたのが、成り行きでここまできてしまったという感じです(笑)。
聞き手ところで、物理工学を卒業されてからすぐ外国に出られていますね。この動機は?
ちょうどその頃いわゆる大学紛争がありまして、日本の先生たちがあまり毅然としていないことに非常に物足りなさを感じて。それで就職しようと思って先生に伝えたら、「君は会社はつとまらないね」と言われて、それでアメリカに行きなさいって。もちろん、やりたい研究はあったんですが、その時に何も言われなかったら就職していたと思います。
聞き手日本と海外の違いをどのようにお感じになりますか。
学問としては、ほとんど差が無い。外国の人が日本に来ても、日本の人が外国に行ってもまったく違和感が無いと思います。
良い悪いを言えば、日本の良いところは、過度の競争社会ではないということ。私はアメリカにいた間、ずっと胃が痛かったんですけれども、帰国したら全く無くなりました。明示的に何かがあるかどうかは別にして、いつもプレッシャーがあったんでしょうね。どんな社会でも、クビを切られる場面があるわけです。米のアルゴンヌ国立研究所にいた頃は、ポスドクは、ラボのグループ長が「あなたはおしまい」といえばそれでクビ。助教は研究所のディレクター、准教授の場合はその上ともちろん切りにくくなりますが、必ず解雇は出来るんです。人間を働かせるには、「いつクビになるかわからんぞ」と言っているのが一番いいんですね。それでアメリカの研究者はめちゃくちゃ働くんですが、その結果いい研究ができるかどうかはまた別の問題なので(笑)。その意味では日本に帰ってきて良かったなと思いました。
逆に、日本は明らかに組織に対して不利益を強いている人がいても、何もいえないということがあって、それは良くないところですね。アメリカだったら絶対にいないような人がい続けられるのは組織として非常に難しいですね。
聞き手日本もアメリカの競争主義的な面を取り入れようとしています。評価はどのようにされていたのでしょうか。
アルゴンヌは研究者が4~5,000人いる大きな研究所なんですが、研究科のようなディビジョンがあって、そのディレクターが一存で決められます。ペーパーの数や、組織運営への貢献度、招待講演の回数などが基準で給料もそれで査定されます。

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