プロジェクトの背景、問題意識
日本社会は戦後の高度成長を経て、一定の成熟段階に達した。しかし同時に、これまで日本がある程度実現してきたと思われる安全・安心な社会が、明らかに変質してきているのも事実だ。対策の強化を欺くかのようなテロの頻発、「ならずもの国家」を巡る緊張と混乱、新興・再興感染症の脅威、日本国内における年を経るごとの治安の悪化、従来の秩序感と真っ向から対立するような犯罪の激増、都市災害の恐怖など、次々と安全・安心を脅かす事象が思い浮かぶ。日常生活のどこにでも安全・安心を脅かす要因が潜んでいる社会という認識を、国民のすべてが持ち始めているのではないだろうか。
たとえそうであっても、国や公共団体がその現状に対応しうる仕組みを常に用意してくれているはずと、国民がアプリオリに思い込むのがこの国のこれまでの慣例であった。しかし、今回の「安全・安心」に限っては決してそんな保障はない。もちろん、個々の対策はある。コトが起こった時のパッチワーク的対応は、日本の最も得意とするところだからである。しかし、広域化、深刻化するリスクに迅速かつ的確に対応していくためには、これまでのような個別分野での努力に加え、全体を俯瞰しながら、各分野に散在し、容易には結びつかない知恵を目的にあわせて体系化させる力が必要になってくる。日本には、個別分野に従事する人材こそある程度豊富に存在するが、様々な領域にわたる安全・安心の問題を想定した上で全体像を把握するという試みや、各分野のネットワークの構築はなされていない。その結果、国としての対応も個別分野の問題解決の積み上げ以上にはなっていない。
さらには、安全・安心に対する国民のリテラシーの問題がある。日常生活の安全・安心は、行政や安全をサービスとして提供する事業者だけで実現できるものではなく、国民一人一人の危機意識、いざというときの機敏な対応に依存せざるを得ない。しかし、これまでのあるレベルでの安全・安心の達成や近代以来の歴史的理由を背景に、日本にはまだ、安全・安心に対する主体的な意識と、それに基づく行動規範が根付いていない。また、ジャーナリズムの側も、社会に潜在する危険を発見し、状況の改善に向けて世論を形成するという本来の使命を、おろそかにしてきたといわざるを得ない。
すなわち、21世紀初頭の日本は、もはやかつてのような安全・安心ではない社会になったにも関わらず、そうした社会の変化に対応しうるパラダイム・チェンジはもとより、それを現実化するための仕組み、人材、土壌が十分に用意されてはいない。以上のような問題意識の上に立って、文部科学省のバックアップを得て、5年間の「安全・安心を実現する科学技術人材養成」プロジェクトを東京大学先端科学技術研究センターに立ち上げるにいたった。当プロジェクトでは「安全・安心」分野における人材養成と基盤となる学問の構築を行うことをその使命とする。