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大見出し バキュロウイルスを利用した
膜蛋白質の発現とその応用技術

プロテインディスプレイプロジェクト/TBIプログラム
教授 浜窪 隆雄

中見出し プロジェクトの目的

ヒトゲノムが解読され、ヒトを構成するすべての蛋白質のアミノ酸配列がわかるようになった。遺伝子の総数は3万~4万個といわれ、そこから合成される蛋白質の種類は10万個程度と予測されている。アミノ酸の疎水性データによりその蛋白質が細胞膜に存在しているかあるいは細胞質に浮かんでいるかという予測がある程度できる。細胞膜に存在するいわゆる膜タンパク質であれば、細胞の外側に向いている部分をターゲットとして特異抗体を作製すると、細胞の外側からこの分子ひいてはそれを特異的に発現している細胞を認識するツールができることになる。
例えば、癌細胞に特異的に多量に発現されているこのような膜タンパク質に対する抗体を作製できると、この抗体を用いて免疫反応による癌細胞壊死を導くか、あるいは抗ガン剤の特異的デリバリー(DDS ; drug delivery system)に用いて治療に役立てることが可能となる。すなわちこのような抗体を作製する新技術を開発して、ゲノム情報を新しいメディシンに結び付けることがこのプロジェクトの目的である。

中見出し 1.膜蛋白質に対する抗体作製

膜蛋白質は疎水性の部分が多いため、凝集しやすい。また立体構造が特に重要で、各アミノ酸残基が空間的に正しい配置をとれないと全く機能しない蛋白質となる。良い抗体を作製するには、まずよい抗原を作ることが重要である。特に、現在、創薬の最大の標的となっているG蛋白質共役型受容体(GPCR)のような多数回膜貫通型の膜蛋白質に対して、特異的認識抗体を作製するためには、まず立体構造が正しい膜蛋白質を多量に合成する系がないと良い抗体が作製できないということになる。言い換えると機能的膜蛋白質発現系の開発ということになる。
本プロジェクトでは、バキュロウイルスという昆虫に感染するウイルスを用いてGPCRなどの膜蛋白質を発現させ、マウスに免疫して抗体を作製する(図1)。今回、コア技術であるバキュロウイルスを用いた膜蛋白質発現のシステムとその応用について紹介する。
図1:
バキュロウイルスを用いた膜蛋白質発現技術と相互作用解析

中見出し 2.バキュロウイルスへの膜蛋白質の発現

バキュロウイルスは昆虫など節足動物に感染するウイルスである。ウイルスゲノム中に目的蛋白質遺伝子を挿入し、Sf9昆虫細胞に感染させると、昆虫細胞により、目的蛋白質が大量に産生される。
バキュロウイルスは、その感染サイクルの中で、核内封入体を作る形の封入体型ウイルスの他に、感染の際に細胞外へ出る発芽型ウイルス(budded virus、BV)の形をとる。我々は、種々の膜蛋白質をバキュロウイルスの発現系で発現させたとき、これらの外来膜蛋白質がSf9細胞の膜だけでなく、発芽型ウイルス上にも発現していることを見いだした(図2)。Sf9細胞膜に発現されているものに比べウイルスに回収される蛋白質は分解が少なく、また凝集などの変性の度合いも少ない。大腸菌や酵母、培養細胞等種々の蛋白質発現系が開発されているが、膜蛋白質を機能的にかつ大量に調整できるという点で、このバキュロウイルスの系は優れている。さらに、次に述べるように、膜蛋白質の機能を100%発揮する上で非常に重要な、複合体形成というより高度で複雑な生体制御機構に対しても、この発現系は有力なツールとなる。
図2:
発芽型バキュロウイルスの電顕写真(左)と模式図(右)
発芽型ウイルスは、長さ200~300nmのマッチ棒型をしていて、表面に生体膜からなるエンベロープを持っている。エンベロープにはgp64と呼ばれる感染に必要な糖蛋白質があり、エンベロープ上にあるウイルス由来の膜蛋白質はこのgp64ただ一種類である。発芽型ウイルス上に外来膜蛋白質を発現させることができる。

中見出し 3.GPCRの再構成系への応用

G蛋白質共役型受容体(GPCR)は7回膜貫通型の膜蛋白質である。ヒトゲノム上800~1000個と大きなファミリーを形成していて、神経伝達物質、ホルモンやにおい、味、光などの受容体として生理的に重要であり、創薬のターゲットとして注目されている。GPCRは三量体G蛋白質と共役(カップリング)することにより細胞内にシグナルを伝達する。G蛋白質はα、β、γの3つのサブユニットからなり、αサブユニットがGTPあるいはGDPと結合することからその名前がついた。G蛋白質αサブユニットはGPCRのリガンド結合によってGDP結合型からGTP結合型に変換し、βγから離れて、エフェクター蛋白質と相互作用して、活性化させる(図3)。バキュロウイルスの発現系では、GPCR受容体発現ウイルス、G蛋白質発現ウイルスを別々に作製しておき、それらを一度に細胞に感染させると、各々の蛋白質が同じ細胞内で一挙に合成され、再構成されて発芽ウイルスにディスプレイされるという現象が起こる(図4)。すなわち、ウイルス上に機能的な蛋白質複合体を再構成させることが可能である。
本プロジェクトでは、炎症メディエーターであるロイコトリエンB4(LTB4)の受容体BLT1(図でR)、およびBLT1が共役するGi三量体G蛋白質のα、β、γサブユニットをそれぞれバキュロウイルスに組み込み、Sf9細胞に共感染させたところ、高親和性の受容体・G蛋白質複合体をウイルス上に再構成することができた。
図3:
G蛋白質共役型受容体(GPCR)とG蛋白質によるシグナル伝達
GPCRは細胞膜で三量体G蛋白質(Gαβγ)と会合する。GPCRへのリガンドの結合に伴って、G蛋白質αサブユニットはGDP結合型からGTP結合型に変換し、βγから離れて、エフェクター蛋白質と相互作用して、活性化させる。
図4:
発芽型バキュロウイルス上での受容体(R)・三量体G蛋白質複合体のコンビナトリアルな再構成
GPCR受容体発現ウイルス、G蛋白質発現ウイルスを別々に作製しておき、それらを一度に細胞に感染させると、各々の蛋白質が一つの細胞で一挙に合成され、複合体として再構成されて発芽ウイルスにディスプレイされる。ウイルス再構成系を用いて、G蛋白質のアイソフォームをいろいろ換えて共感染させることにより、ある特定の受容体について様々なアイソフォームを介する反応に応用することができる。すなわちコンビナトリアルな再構成が可能である。

中見出し 4.モノクローナル抗体の作製

膜蛋白質を発現するウイルスをそのままマウスに免疫することにより、膜蛋白質に対する抗体が作製できると期待された。ウイルスタンパク質はマウスにとってかなり強い免疫源として作用する。これを逆に利用して、可溶性の蛋白質の一部をgp64に連結した融合蛋白質を作製してウイルスに組み替えて免疫すると、通常の合成ペプチドによる免疫よりも良い反応性の抗体が得られる。この方法で核内受容体48種、その他転写因子等に対する抗体を作製している(図5)。この技術は、先端研TLOから、ペルセウスプロテオミクス(株)に技術移転され、すでに10種類以上の抗核内受容体抗体が商品化されている。
図5:
gp64融合蛋白質ディスプレイシステムを用いた、核内受容体の抗体作製
核内受容体蛋白質の一部をgp64との融合蛋白質として発現するバキュロウイルスを樹立し、マウスに免疫してモノクローナル抗体を作製する。
更に、目的の抗体以外にウイルス由来の蛋白質、特にgp64に対する抗体が産生されるのを避ける目的で、gp64の遺伝子を発現するgp64トランスジェニック(tg)マウスを作製して免疫に用いた。このマウスは生まれながらにgp64タンパク質を自己の蛋白質として発現しているため、gp64に対する免疫反応を起こさない。アルツハイマー症原因蛋白質と考えられているニカストリンという1回膜貫通型蛋白質をディスプレイしているウイルスをgp64tgマウスに免疫することにより、抗ニカストリン抗体の作製に成功した。また、従来、動物種間で構造が良く保存されているために抗体作製が困難であったGPCRに関しても、ある特定のGPCR遺伝子を発生工学的に破壊したノックアウトマウスとgp64tgマウスを交配したマウスにGPCR発現ウイルスを免疫し、特異的抗体産生を誘導することに成功した(この場合、このGPCRノックアウトマウスでは自己の蛋白質としてもはやそのGPCRを持っていないため、外来性に投与されたGPCR蛋白質に対してよりよく免疫反応を起こすと考えられる)。得られた抗体はこのGPCRの作用を阻害する中和抗体であった。これは、その受容体の正しい立体構造を認識する抗体を作製することができたことを示唆している。すなわち、この技術はGPCRをターゲットとした治療用抗体の作製に有効であると考えられる。

中見出し 5.その他の応用―チップ技術への応用の可能性

GPCR(特ににおい受容体)も含めて膜蛋白質の中には他の強制発現系では発現が困難なものも多く、バキュロウイルスの発現系はその意味でも優れていると考えられる。このような特徴を生かして、ウイルス上に機能的な膜蛋白質複合体を発現させ、ハイスループットアッセイ系を起ちあげることができる。通常のリガンド結合アッセイ系であれば、1リットル培養からほぼ1万アッセイ分のウイルスが回収される。つまり通常の動物細胞を用いたアッセイ系より低コストである。
またウイルスを一種のバイオ素子と考えれば、基板上に集積させ高密度のバイオチップを構成することができる。これまでに、ウイルスを1cm×1cmの基板上に1000スポットで固定化することに成功している。ウイルスには、例えばにおい受容体などをディスプレイできるから、においリガンドが受容体に結合したときにそのシグナルを検出することができれば、かなり高感度なバイオチップが可能である。このようなバイオチップを実現するため、リガンド結合シグナルをFRET(fluorescence resonance energy transfer)技術を用いて光の信号に変換する検出系の開発を先端研フォトニクス材料分野の宮野教授らと進めている(図6)。このシステムを確立することができれば、ゲノム上機能未知の遺伝子のリガンド同定も含めて様々な目的に有用なツールとなるであろう。
図6:
FRETを用いたシグナル検出系

G蛋白質にYFP(yellow fluorescent protein)、エフェクター蛋白質にCFP(cyan fluorescent protein)を組み込んだものを作製し、受容体と共に発現させる。リガンドが受容体に結合しなければ、433nmの励起光照射によってCFPの475nmの蛍光が観察される。リガンドが結合すると、Gαが活性化されエフェクター蛋白質と相互作用を起こし、近接するため、433nmの励起光エネルギーがCFPからYFPに転移し、YFPの蛍光が観察される。

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