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先端研30周年記念式典 特別講演

身体の未来
身体情報学分野 稲見 昌彦 教授
稲見 昌彦 教授

2016年の4月に着任いたしました身体情報学分野の稲見と申します。始めに少し宣伝させていただきたいのですが、実は、明後日に先端研オリンピックという所内のイベントが開催されます。その中で、「先端研発の超人スポーツ」を体験できる種目がございます。なぜこんなことを先端研でやるに至ったかという話を、少しご紹介させていただければと思います。

私自身の紹介としましては、実は今から20年くらい前、ちょうど1996年から99年の間、先端研にある先端学際工学専攻の舘研究室に所属しておりました。ちょうど10周年の辺りだったかと思うのですが、残念ながら10周年の記憶はあまりございません。そこでテレイグジスタンスという研究を行っておりました。今の14号館のカフェがある所に研究室がありまして、そこに寝泊まりしながら大越先生の3次元画像工学とか勉強させていただきながら博士をいただきました。ちなみに舘教授は今、テレイグジスタンス株式会社というスタートアップの会社を始めて、元気に活躍されていらっしゃるようです。

私は現在、先端研の身体情報学分野で檜山講師と一緒に研究を続けております。実は檜山講師も先端学際出身です。私は東京の葛飾出身でよく寅さんを見ますが、寅さんは「帝釈天で産湯を使い…」と言いますが、私や檜山講師は研究者として先端研で産湯を使ったと思っております。ちなみに、先ほどの蒲島知事の祝辞で紹介されたとおり、檜山講師は熊本県のくまラボフェローというものに就任しました。実は、檜山講師は熊本出身、熊本高校出身でもあり、熊本県でいろいろ活躍しております。さらに私どもの研究室ではバーチャルリアリティを研究していますので、“バーチャルくまモン”も学生たちと一緒に作製し、これでくまモンが世界どこにでも行けるようになったかもしれません。

このバーチャルリアリティ、昨年「バーチャルリアリティ元年」と言われ始めまして、この後どんどんVR技術というのも進んでいくかもしれない。現在、情報革命と言われておりますが、その情報革命後、我々はどのような働き方になってしまうのでしょうか。せっかく直立二足歩行ができるようになったというのに、机の前に座っているだけなのか。この先どんどんAIが進んでいった時に、我々がやるべきことは全て機械に任せればいいのか。決してそうとは限らないと思っております。おそらく、やりたくないこと、もしくは危険なことというのはどんどんロボットや人工知能に任せればいいと思いますが、それでも我々人間にはやりたいことが必ず残っています。どんな状況になっても、テクノロジーの力でやりたいことを実現できないか。人馬一体ならぬ人と機械が一体となった新しい技術、もしくは新しい、人と組み合わさった情報システムはできないか。それが人類の未来の姿かもしれないと思い、人間拡張工学と名付けました。

例えば、人間の目が透視能力を持ったかのように、車の内装を透かして外の様子を安全に見ながら、死角をなくして運転するような技術。もしくは触覚を拡張するような技術…これはゆで卵を切っているところですが、実はロボットの力を借りて、操作する人は黄身の部分だけがクルミのように硬くなったように感じるため、フリーハンドで切るだけで白身の部分だけを切ることができる技術とか、こういったこともできるようになってきております。このようなテクノロジーによって、現在、社会では “情報化”や“ソサエティ5.0”と言われ始めているように、我々が生活する社会が変わってきています。そういった新しい社会と我々の心をつなぐインターフェースは、実はわれわれの身体に他なりません。生得的な身体だけではなく、新たな身体像というのをテクノロジーの力で獲得し、そのことによって、情報化社会に流されるのではなく新たな身体に対峙していく。そういった準備が必要ではないかと思っております。

Human Augmentation 人間拡張工学

人の理想としての新たな身体像。これは考えると切りがありませんが、もしかすると、神様や仏様というのも人間の理想の1つだったかもしれません。例えば、千手観音。これは今のテクノロジーでは難しくても、阿修羅ぐらいはできるかもしれない…ということで試しにつくってみました。これは、脚にセンサーを付けまして、その脚のセンサーと肩に付けた手のロボットの動きを同期させています。そして脚にもセンサーを付けてロボットの指と同期させています。これは、触覚のフィードバックを脚に返してあげると、だんだん錯覚によって自分の脚がこのロボットにつながっているような感覚がしてきます。付けて5分ぐらい練習すると、いとも簡単にモノを持って動かしたり、脚が操作した手によって保持されたり、フリーハンドで絵を描いたり、ハンダ付けをしてみたりというようなことも、今ではできるようになりました。こういったことを我々は「身体性の編集」と呼んでいます。私の指導教員だった舘暲教授は「テレイグジスタンス」という技術で人間の存在を離れた場所にいるロボットに転写することに成功しました。これはある意味、今度は、人間の身体部位を体の中の任意の位置に動かすことができるのかもしれない。そのような技術と捉えることができるかもしれません。「身体性を編集」という技術を使うことによって、我々は新たな身体像を設計できるようになるかもしれないのです。

身体性の編集

第一部の式辞の中で五神総長は、今後の仕事の方向性として「遠隔と分散と結合、その3つが大切な要素」とお話しされました。これは、もしかするといまお話した技術を応用することによって、身体性のレベルで実現できるようになるかもしれない。こういった提案をしましたところ、先ほどお話しされた中村泰信先生に続き、今年JSTのERATOに採択していただきました。このプロジェクトをより進めていきたいと思っております。

さて、少し話は変わりますが、3年後の2020年に日本でオリンピックが開催されます。パラリンピックは前回の東京五輪で初めて普通のオリンピックと合同開催されましたので、その意味でも東京でのオリンピック・パラリンピック開催というのは大切な存在であると思います。残念ながら、東大の学生でオリンピック選手というのはあまり聞きませんが、数学オリンピックや物理オリンピックの選手になると、メダリストの学生が数多くいます。一方で、「オリンピックでパラリンピックがあるならば、数学パラリンピックってなぜないんだろう?」と、ふと学生が言っていたんです。そのことを少し考えてみると、よく分からない存在になってしまいます。このことが何を指しているかと申しますと、オリンピックとパラリンピックを今の時代に無理やり分ける必要はあったのだろうか、ということです。もしかすると、テクノロジーの力を使うことによって新たな、インクルーシブな競技というのができるかもしれない。そういう思いで、実は「超人スポーツ協会」というのを立ち上げました。敢えてテクノロジーを使った「人機一体のスポーツ」を日本発で創造できないか。そして、2020年に競技会を開催できないか。情報学環の暦本順一教授や慶應大学の中村伊知哉教授をはじめ50人以上の方々と一緒にプロジェクトとして進め、これまでにいろいろな活動を行ってきました。

エアバッグとハイジャンプできるようなメカシューズ、それを使ったハイテク相撲と申しましょうか「バブルジャンパー」という競技や、拡張現実感を使って、手からビームを出してしまうような新しいテクノスポーツ「HADO」、これはスタートアップの会社としてもうまくいき始めているようです。さらにこれは、わざとドリフトする(滑る)ように「方向性スグレ車輪」というものを取り付けた電動車いすです。すると、今まで身体の状態が良くない時の乗り物だった車いすというものが、むしろ脚が悪くなくても乗ってみたいカッコイイ乗り物にも生まれ変わるかもしれない。そういう可能性を感じさせるようなものもつくっています。

スライドドリフト

そのほか、地域と協力した活動も行っています。今年は岩手県の達増知事の肝いりで岩手発の超人スポーツを開発したり、横浜ベイスターズと一緒に新しい野球をつくろうという「超野球プロジェクト」では、横浜スタジアムを借りて剛速球を投げられるような第3の腕などを開発したり(笑)。昔、『アストロ球団』という漫画がありました。2020年には難しいとは思いますが、遠い将来には、今まで見たことのないような野球もできるかもしれません。これはもちろん日本だけでやっていては駄目ですので、世界にも展開していこうということで、実は2018年にオランダのデルフト工科大学の方々を中心とした超人スポーツの国際デザインチャレンジというのを行う予定で、最終的には2020年にも開催しようと思っています。ご存知の方も多いと思いますが、東京大学には先端研を含む15もの研究科や研究所が参加する「スポーツ先端科学研究拠点」という全学横断型組織が設置されています。東京大学としても新たなスポーツ・健康科学の研究を深めるということですので、新たなスポーツをつくっていくことも含めて、さまざまな形で2020年に貢献できるところも多いのではないかと考えております。

先ほどの基調講演で堺屋先生が「産業革命というのは規格大量生産だ」とおっしゃっていました。その意味では、産業革命以降の20世紀というのは、物や人をどう標準化していくかという世界だったのかもしれません。物を標準化し、場合によっては人間も標準化しなくてはいけなかった。それに対して、今起きつつある情報革命というのは、今度はコトと人を、標準化ではなくいかに多様化していくか、それが重要なキーであると思っています。しかし、その多様化した人をどのようにつなげばよいかというところで、私はまさにそのテクノロジーが大きく貢献できると思っています。

本日ご紹介したような人間を拡張するテクノロジーで、いろいろなジェネレーションの方々、いろいろな立場の方々が、どの年齢になっても社会で活躍できる。そのことによって多様性を支援できるのではないか。そしてまた、先ほど堺屋先生がおっしゃっていた「楽しい日本」というもの、いろいろな立場の人たちが出会い、その違いこそが新しい価値を創造していくことでより楽しい日本ができるのではないか、という思いに至っております。そのような世の中を、先端研の皆様と先端研を応援してくださる皆様のお力を拝借しながら実現していきたい。そのように思っております。ご静聴ありがとうございました。

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