1. ホーム
  2. 先端研について
  3. 先端研30周年
  4. 先端研30周年記念式典 特別講演

先端研30周年記念式典 特別講演

量子的飛躍 ― Quantum Leap
量子情報物理工学分野 中村 泰信 教授
中村教授

ご紹介いただきました中村泰信です。よろしくお願いいたします。私は量子情報物理工学分野という研究室を運営しておりまして、量子力学、量子情報科学といった分野の研究をしております。量子の世界では不連続な状態の変化、量子飛躍というものが普遍的に起こっているわけですけれども、本日は先端研の将来に向けて、大きな飛躍を期待してお話ししたいと思います。

まず、祝30周年ということで、私が30年前何をしていたかと考えますと1987年、学部2年生で駒場のキャンパスにおりました。それでたまたまですけれども、先端研のすぐ目の前の代々木上原の商店街に下宿をしておりました。ちょうど1987年という年は高温超伝導フィーバーという物理学の世界では非常に大きなイベントがあった年で、実は私も学生の時は高温超伝導体の研究をしておりました。私は今、工学系研究科物理工学専攻科の還流という立場で先端研に来ているのですが、先輩方には伊藤良一先生、白木靖寛先生、宮野健次郎先生という方々がいらっしゃいまして、例えば伊藤先生には、私は量子力学の講義を受けた覚えがありますし、白木先生にはセミナーに呼んでいただき、先端研に招いていただいたこともあります。宮野先生には前任の先生として、大変ご指導をいただきました。昨年度より、私は先端研におきまして、科学技術振興機構のご支援を受けまして「巨視的量子機械プロジェクト」というプロジェクトを運営しております。本日はそれに関してご紹介したいと思います。

年代はだいぶ昔に戻りますけれども、量子力学が生まれた最初のきっかけ、量子というものが発見されたのは1900年頃です。マックス・プランクという人が、溶鉱炉の温度をモニターするという非常に工学的な観点からの研究をしているときに、実はその光のスペクトルを説明するには光のエネルギーが離散化してなければいけないということを見出したのです。それに続いて、有名なアインシュタインが、光を当てられた金属から電子が飛び出す光電効果の説明として、やはり光が離散的なエネルギーを持っているということを主張しました。これらが、いわゆる量子というものの発見のきっかけになったわけです。それは、いわゆる光の量子ですから、光子ですね。皆さんももちろん光子というものの名前には少なくともおなじみだと思いますが、ご存知のように光は高速で伝わります。質量はゼロと言われていますが、例えば、そのサイズ、あるいは形というものを皆さんご想像されたことがありますか? 例えば「光子ってどれくらい小さいものか」と問われればば、電子ぐらいの小ささなのか、遺伝子ぐらい小さいのか、それともビー玉ぐらいの大きさなのか…わからないですよね。

こんな状況を考えてみましょう。原子が1つあります。実は、原子もその後の量子力学の発展で離散的なエネルギー状態を持つということがわかったのですが、例えば、励起状態からエネルギーの低い状態に、原子の状態が不連続に飛び移るときに、光子を1つ放出します。で、その放出された光子は原子の周りに飛び出すわけですが、実はそれは原子の周り四方八方に、全てに広がっていくわけですね。放出の瞬間は小さい範囲かもしれませんが、高速ですから1秒後には30万kmの範囲にわたって広がっていきます。ある意味、光子はその時点で非常に大きくなっているわけです。ところが、ある所に観測者がいて検出器でその光子を検出した瞬間に、そこに光子が来たとわかる。半径30万kmの周囲に広がっていたものが一瞬にして1カ所に収束してしまう。これがいわば量子飛躍と呼ばれるもので、量子力学の原理の中でも非常に不思議というか、ミステリアスなところであります。

歴史的には、そういった光子の発見に続き、ボーアらの原子模型は原子が不連続なエネルギー準位を持っているということを示し、さらにその後のシュレーディンガー、ハイゼンベルクといった人たちは、いわゆる量子力学の理論体系を確立したわけです。そのため、1920年代~30年代の頃には、量子力学は非常に確固たる学問分野になりました。

量子力学は、その後の発展において20世紀の科学を本当に全部ひっくり返したというか、全てを変えたと言っても過言ではありません。まさに素粒子のレベルから原子のレベル、トランジスタやレーザーといった半導体デバイスのレベル、それから宇宙全体に広がる電磁波輻射の揺らぎのレベルまで、全て量子力学の原理に則って説明されているわけで、20世紀の科学において非常に大きな役割を果たしたと言ってもいいかと思います。現在のエレクトロニクス、あるいは光エレクトロニクスといったテクノロジー、社会を支えている科学のほぼ全てが量子力学の原理に則って記述されています。そして、今のところ何もその欠陥は見つかっていない。非常に偉大な成果だと思います。

20世紀、我々は量子力学を発見し、それを使いこなしてきました。しかし、例えばトランジスタの中の電子の運動は量子力学で記述されますが、トランジスタの動作としては別に誰も量子力学を気にすることはなく、単に普通の0と1のスイッチだと思っていればよかったわけです。

ところが20世紀の終わり頃から今世紀にかけて、量子情報科学という分野が生まれてきました。量子情報科学というのは量子力学の不思議な原理、重ね合わせの原理や不確定性などといった原理をもっとあらわに利用して、縁の下の力持ちではなく情報処理という表舞台のレベルで量子力学を利用しようという学問です。有名なファインマンさんがそういったアイデアを出し始めた一人のわけですけれども、80年代頃から徐々に同様な考えが広がってきました。90年代になると、特にショアという人の素因数分解アルゴリズムという、量子力学を使うと普通のコンピュータよりもはるかに優れた情報処理ができるというアイデアの例が出てきまして、以前に増してこの分野の研究が活発化してきたというわけです。そうなってきますと、そのアイデアをどう実現するのか、物理的にどのように作るのかという研究が瞬く間に広がってきました。

実は私もそういう研究に携わっておりました。これはもう20年近く前ですけれども、電気回路の上、特に超伝導体でできた電気回路の上でうまくデバイスを作ると、量子力学の特性を持つようなデバイスができるという研究です。普通のトランジスタのように0あるいは1というだけではなく、0の状態と1の状態を重ね合わせられるデバイスができるということを見出しました。例えば、こちらのデバイスでは小さな電極の中に電子のペアが1つ出たり入ったりします。入っている状態と出ている状態の重ね合わせ状態ができます。また、こちらのデバイスでは、数ミクロンのサイズの超伝導ループの中に磁場の基本単位である量子化磁束というものが出たり入ったりします。その入っている状態、出ている状態を0と1とみなし、0と1の重ね合わせ状態が実現できます。現在そういうことが可能になっています。

超伝導量子ビット1999~

その後、ここ10年~20年の間にその分野の研究は非常に発展しておりまして、例えば最近では、このようなデバイスを2,000ビット集積化して量子アニーリングマシンというものが開発されております。これはカナダのD-Waveというベンチャー企業がここ10年あまりの研究で実用化し、すでに市場に売り出しています。量子アニーリングという量子力学の原理を利用しながら最適化問題に対する効率的な計算を目指すという機械で、これもある意味、量子機械というものの1つです。ただ、これが量子力学の原理に基づく全てのパワーを利用しているかどうかというと、まだ多くの議論があるところです。

もう1つ、量子コンピュータと呼ばれる方向の研究も現在行われております。特にここ2~3年ですけれども、この分野ではIBMやグーグル、インテルなどのようなまさに世界のトップ企業の研究グループが非常に力を入れ始めました。ここに示しましたように、デバイスの集積レベルというのは5ビット、9ビット、16ビットと今のコンピュータに比べれば微々たるものですけれども、それでもそういうレベルで基本実証が始まりまして、現在、非常に活発に研究が行われている状況です。近い将来に、今のスーパーコンピュータでも計算できないような問題を小さなシステムでも乗り越えることを目指して、研究が行われています。

このような機械の上で何が行われているかを手短かにご説明しますと、計算機ですから、その上で情報処理を行うということです。今の機械と同じように素子がたくさん並んでいるところで情報処理を行うわけですが、実は量子力学の世界には非常に難しい問題があります。量子状態というのは非常にもろくて、計算をしている途中でポロポロとエラーを起こして、最終的には計算が動かなくなってしまうというものです。我々が取り組まなければいけないことは、その計算の過程でところどころに起きるエラーをうまく排除して、全体としてコンピュータがちゃんと動くように保たなければいけない。それを「誤り耐性量子計算」や「量子誤り訂正」といわれる技術を使って誤り耐性を持たせた機械と言います。

誤り耐性量子機械

言い換えるならば、量子力学がある機械の中で働いている状況を永久に保ち続けるために、能動的にその誤りを直していくということです。われわれの分野の今のターゲットは、そのような機械を開発していくことです。

どのように誤り訂正を行うのかについて、もう少し詳しくご説明します。このように、2次元格子状に情報を保有する「データ量子ビット」というものをたくさん並べてあります。そして、その周りに緑や青の十字で示している「診断用量子ビット」というものも並んでいます。量子力学のまた難しいところは、状態を観測するとその観測された状態を壊してしまう、すなわち、エラーが起こるかどうかを直接見てはいけないという制約があることです。そこで、ここではエラーが起こったかどうかを周りの診断用量子ビットを観測することで、データ量子ビットを直接見ることなしに判定します。それがこの右側のゲームみたいに見えるかもしれません。つまり、どこかに隠れている爆弾を、それを直接見ることなしにエラーがある場所を見出して処理する、取り除くということを行います。我々のグループでも現在この方向に向けて集積回路を開発しようと、プロジェクトに取り組んでおります。

誤り耐性量子計算

この量子情報科学というのは、今お話ししたような量子計算の他にも量子暗号通信ですとか、それからセンシングですとか、さまざまな分野で優れた性能を示すと期待されておりますが、実はそういう応用だけではなくて、もっと深い物理の世界、例えば未解決の量子重力の問題や、複雑な材料物質に関する問題を、量子情報科学という新しい言語を使って革新するというような試みも行われております。

最後になりますが、ここまでお話ししましたように、量子力学というのは20世紀の初頭に生まれて、まさに、その20世紀の科学を全て塗り替えたと言ってもいいと思います。21世紀は、今度は量子情報科学というものがその量子力学の見方を変えつつ、応用の分野でも貢献するだろうと期待して研究しております。そのような量子力学の不連続性を利用するこの研究と同様に、先端研の将来においても不連続な飛躍を目指していきます。ありがとうございました。

ページの先頭へ戻る