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東京大学 先端科学技術研究センター

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プレスリリース

抗体医薬品設計の新しい戦略!
~役立たずの“アラニン”が抗体の力を強くする~

2019年1月7日

1.発表者:

山下 雄史(東京大学 先端科学技術研究センター 特任准教授)
溝端 栄一(大阪大学 大学院工学研究科 講師)
長門石 曉(東京大学 医科学研究所 特任准教授)
津本 浩平(東京大学 大学院工学系研究科 教授)

 

2.発表のポイント:
  • 肝臓がんや肺がんのがん抗原を認識し結合する抗体と抗原の結合を強めることに成功、結合強化の新しいメカニズムを分子レベルで見出しました。
  • 結合力を向上させたアラニン(注1)は極めて繊細な抗原抗体界面の調節で相互作用を強化しており、その相互作用には界面の水分子が重要であることを見出しました。
  • 本研究で明らかになった抗体の結合力の強化は、がん治療のための抗体医薬品開発につながり、合理的に抗体を設計していく指針になると期待されます。

 

3.発表概要:

  東京大学先端科学技術研究センターの山下雄史特任准教授、藤谷秀章特任教授、浜窪隆雄教授(研究当時、現:日本医科大学先端医学研究所 教授)、大阪大学大学院工学研究科の溝端栄一講師、大阪大学大学院薬学研究科の井上豪教授、東京大学医科学研究所の長門石曉特任准教授、渡部貴大大学院生(研究当時)および東京大学大学院工学系研究科の津本浩平教授らによる研究グループは、抗体が抗原を結合するメカニズムを新しい研究アプローチで究明し、その結合力を飛躍的に改良する手法の開発に成功しました。

  抗体医薬品は、がんをはじめとした疾病の治療薬として利用されています。がん抗原に強く結合してがん細胞を効率的に破壊する抗体を設計することは、抗体医薬品を開発する上で重要な課題です。本研究では、大型放射光施設「SPring-8」を利用して、肝臓や肺のがんに存在する抗原に結合した抗体の結晶構造を決定することに成功しました。構造情報に基づいて特定のアミノ酸をアラニンに置換した抗体と抗原の結合力についての精密な熱力学解析をおこなったところ、最大で30倍高めることに成功しました。さらに、スパコン「京」「TSUBAME」を利用した分子動力学シミュレーションにより、抗体の抗原認識の分子メカニズムの詳細を解明しました。本研究の成果は、人為的に抗体を改良するための新しい合理的設計戦略を提示するものであり、抗体医薬品の開発の加速化につながると期待されます。本研究は2018年12月27日付で米国の科学雑誌Structureオンライン版に掲載されました。

 

4.発表内容:

  抗体は、体の中の異物(抗原)を見つけて強く結合することで免疫機能を活性化します。近年、抗体と抗原の結合力を利用した医薬品の開発が活発に進められており、最近注目されているがん治療薬オプジーボ(ニボルマブ)をはじめとして、特に、がん治療のための抗体医薬品への期待は高くなっています。乳がん・胃がん細胞に発現するタンパク質HER2を抗原として強く結合するハーセプチン(トラスツズマブ:注2)や、大腸がん・頭頸部がん細胞に発現するタンパク質EGFRに結合するアービタックス(セツキシマブ:注3)などは、すでに医療の現場で使用されています。優れた治療効果を発揮するために、がん抗原によく結合する抗体医薬品の開発が期待されていますが、高機能抗体を人の手で効率的に設計するには、いまだ謎の多い抗原と抗体の結合力が生み出される分子メカニズムを詳細に解き明かすことが必要です。

  研究チームは、肝臓がんや肺がん治療への応用が期待される抗体B5209Bが、その抗原であるROBO1のIg5領域(注4、図1)に結合する能力を高めることに挑戦しました。最初に、B5209BがIg5領域を結合した状態の立体構造をX線結晶解析により決定し、どのアミノ酸残基が抗原と抗体の界面を形成しているかを特定しました。次に、界面に存在するアミノ酸残基の重要性を調べるため、界面を形成する抗体側のアミノ酸残基をアラニンに置き換えて結合力の変化を測る実験(アラニン・スキャン)を実施しました。

  その結果、アラニンに置換すると抗原と結合できなくなる重要なアミノ酸残基(ホット・スポット)を特定することができました。それと同時に、アラニンに換わると逆に抗原と強く結合する極めて珍しい役割をもつアミノ酸残基(コールド・スポット)を2つ(重鎖103番プロリンと軽鎖30番チロシン:注5、図2)発見しました。特に、重鎖103番プロリンは、アラニンへの置換によって、抗体の抗原結合力が30倍も上昇することがわかりました。これはこれまでに知られているコールド・スポットの中で、最も大きい上昇です。さらにその2種のアミノ酸置換がもたらす抗原結合力の向上はそれぞれ異なるメカニズムによるもので、重鎖103番プロリンの方ではエンタルピー駆動で、一方の軽鎖30番チロシンはエントロピー駆動で、結合力が生み出されていたことがわかりました。

  本研究では、さらに分子動力学シミュレーション(注6)を実施して、アラニン置換の効果を解析しました。その結果、重鎖103番プロリンをアラニン置換した場合、抗原と抗体との相互作用エネルギーが強まるシミュレーション結果が得られ、熱力学解析で示されたエンタルピー(エネルギー)的な効果と一致しました。そもそもプロリンもアラニンも強いエンタルピー的効果を生み出せるような側鎖は持たないため、一見、奇妙な結果ではありました。アラニン置換による、抗原と抗体の界面の微妙な変化によって3つ組のアミノ酸の相互作用が大きく強められることが、磁性体におけるフラストレーションと類似しており、3つ組のアミノ酸はクーロン相互作用版のフラストレーションを持つ系とみなせることがシミュレーションの解析からわかりました。一方、軽鎖30番チロシンをアラニンに置換したシミュレーション解析の結果からは、従来、重要であるとされてきた抗原と抗体の構造揺らぎには変化がなく、これでは説明できないことが分かりました。そこで、抗原-抗体界面に捕縛されている水分子がエントロピー変化に関わり、結果として抗原と抗体の結合力が強まっているのではないかと仮説を立てました。シミュレーションを再解析すると、実際に、チロシンがアラニンに変化することで、抗原-抗体界面に存在する水分子の数が予想通りに変化していることを見出しました。すなわち、軽鎖30番チロシンをアラニンに置換する変異は界面に捕縛される水分子の数を減少させるという分子レベルのメカニズムにより、結合力を強めていることが明らかになりました。

  本研究の成果は、B5209Bの解析を通して肝臓がんや肺がん治療の抗体医薬品開発に貢献すると同時に、明らかになった抗体機能を強化する分子メカニズムは、今後の抗体設計に寄与する指針となり、将来的に、抗体医薬品の合理的な設計や開発の加速につながるものと期待されます。

  本研究は、東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授(研究当時)を研究代表者とする内閣府・最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)『がんの再発・転移を治療する多機能な分子設計抗体の実用化(MDADD)』の一環として実施されました。

 

5.発表雑誌:

雑誌名:Structure (オンライン版:12月27日)

論文タイトル:Affinity Improvement of a Cancer-Targeted Antibody through Alanine-Induced Adjustment of Antigen-Antibody Interface

著者:Takefumi Yamashita, Eiichi Mizohata, Satoru Nagatoishi, Takahiro Watanabe, Makoto Nakakido, Hiroko Iwanari, Yasuhiro Mochizuki, Taisuke Nakayama, Yuji Kado, Yuki Yokota, Hiroyoshi Matsumura, Takeshi Kawamura, Tatsuhiko Kodama, Takao Hamakubo, Tsuyoshi Inoue, Hideaki Fujitani, and Kouhei Tsumoto

DOI番号:10.1016/j.str.2018.11.002

 

6.問い合わせ先:

<研究内容に関するお問い合わせ先>

東京大学 先端科学技術研究センター システム生物医学分野
特任准教授 山下 雄史(やました たけふみ)

大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻
講師 溝端 栄一(みぞはた えいいち

東京大学 大学院工学系研究科
教授 津本 浩平(つもと こうへい)

<広報担当者連絡先>

東京大学 先端科学技術研究センター  広報・情報室(担当:村山)

大阪大学 工学研究科  総務課 評価・広報係

東京大学工学部・大学院工学系研究科 広報室

 

7.用語解説:

注1:アラニン
アミノ酸の1つ。天然には側鎖が異なる20種類が知られているが、アラニンの側鎖は小さなメチル基1つだけで構成されており、大きな静電相互作用や疎水性相互作用は期待できない。このようなアラニンの無個性な性質を用い、アラニン・スキャンという実験では、系統的にタンパク質を構成するアミノ酸をアラニンに置換して親和性の変化を測ることで、そのアミノ酸の役割を特徴付けたり、重要な役割を持つアミノ酸を探したりすることができる。

注2:ハーセプチン(トラスツズマブ)
細胞増殖に関係するタンパク質HER2と強く結合する抗体医薬品。HER2が発現している乳がんや胃がんの治療などに用いられる。ハーセプチンは商品名。

注3:アービタックス(セツキシマブ)
細胞の増殖に関係するタンパク質EGFRと強く結合する抗体医薬品。EGFRが発現している大腸がんの治療などに用いられる。アービタックスは商品名。

注4:ROBO1のIg5領域
肝臓がんや肺がんなどの細胞膜表面に大量に発現している膜貫通型受容体タンパク質。細胞の外に8つの領域を持ち、細胞膜から遠い方から、Ig1(イムノグロブリン1)、Ig2、Ig3、Ig4、Ig5、Fn1(フィブロネクチン1)、Fn2、Fn3と名前が付けられている。今回の研究で用いた抗体B5209BはIg5領域を認識する。ROBO1は、SLITと呼ばれるタンパク質と結合することにより中枢神経系の発生と発達過程に重要な役割を果たしている。

注5:重鎖103番プロリンと軽鎖30番チロシン
抗体は重鎖・軽鎖と呼ばれる2つの部品で構成される。重鎖・軽鎖はそれぞれアミノ酸がペプチド結合に重合したものである。本研究で扱う抗体B5209Bの重鎖の103番目のアミノ酸はプロリン、軽鎖の30番目のアミノ酸はチロシンとなっている。プロリンは、強い電荷や大きな疎水基を持たないが、側鎖から主鎖の窒素原子へと直接の結合が存在することが特徴であり、主鎖の硬さに影響を与える。チロシンは、側鎖にベンゼン環と水酸基を持つため、周囲と疎水性相互作用や水素結合を形成しやすい。

注6:分子動力学シミュレーション
分子の運動方程式を計算機で解き、その分子の動きを再現するシミュレーション手法の1つ。本研究では、抗原と抗体およびそれらを取り囲む膨大な水に含まれるすべての原子の運動を解くことで、抗原と抗体の自然な動きを再現している。

 

8.添付資料:


ROBO1の構造

図1: ROBO1のIg5領域
 

 

B5209B抗体とIg5領域の結合構造

図2: B5209B抗体とIg5領域の結合構造

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