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超伝導量子ビットと磁石の球のコヒーレントな結合に初めて成功
―目に見える大きさでの量子力学的振る舞いを明らかに―

  • プレスリリース

2015年7月10日

1.発表者: 
中村 泰信 (東京大学先端科学技術研究センター 量子情報物理工学分野 教授 / 理化学研究所創発物性科学研究センター チームリーダー)
田渕  豊 (日本学術振興会 特別研究員 / 東京大学先端科学技術研究センター 量子情報物理工学分野 特任研究員:当時)
石野 誠一郎(東京大学工学系研究科 物理工学専攻 修士学生)
2.発表のポイント:
  • ミリメートルサイズの磁石が量子力学的に振る舞うことを明らかにしました。
  • 超伝導回路を用いた量子ビット素子(注1)と強磁性体中の集団的スピン揺らぎの量子とをコヒーレント(注2)に相互作用させることに成功し、磁化揺らぎの量子状態を自在に制御する方法を見出しました。
  • 今回明らかになった技術により、量子コンピュータと量子通信ネットワークの間で量子情報を受け渡す量子インターフェイスや、それを用いた量子中継器(注3)への応用が期待されます。
3.発表概要: 

我々の身近に存在する磁石の中では、多数の電子スピンが秩序をもって配向することにより大きな磁力が生み出されています。電子同士の相互作用が非常に強いため、単独の電子スピンが反転することは容易ではありませんが、多数のスピンが集団として一斉に微小な角度をもって歳差運動することは可能です。この現象は強磁性共鳴振動(注4)として古くから知られていますが、熱揺らぎの影響を排除した極限(量子極限)における振る舞いはこれまで調べられていませんでした。

東京大学先端科学技術研究センターの中村泰信教授、田渕豊特任研究員(当時)および石野 誠一郎修士学生らの研究グループは、理化学研究所創発物性科学研究センターとの共同研究により、超伝導回路を用いた量子ビット素子と強磁性体中の集団的スピン揺らぎの量子であるマグノン(注5)とをコヒーレントに相互作用させることに初めて成功しました。ミリメートルサイズの磁石の揺らぎが量子力学的に振る舞うこと、その揺らぎの自由度を制御する方法を明らかにしました。

本研究グループは、ミリメートルスケールの強磁性体結晶球をマイクロ波空洞共振器(注6)の中に配置し、強磁性体中のマグノンと共振器中のマイクロ波光子の相互作用を、初めてそれぞれ量子1個のレベルで実現し、量子力学的な振る舞いを確認しました。
さらに、超伝導量子ビット素子と強磁性体球をひとつの空洞共振器の中に配置することにより、空洞共振器中のマイクロ波光子の自由度を介して、超伝導量子ビットと強磁性体中のマグノンがコヒーレントに結合していることの証拠を見出しました。

本研究成果はスピントロニクス(注7)の分野でも注目を集めているマグノンの振る舞いの量子極限における研究を可能にし、さらに、量子インターフェイスや量子中継器への応用が期待されます。
本研究の一部は、情報通信研究機構 高度通信・放送研究開発委託研究「量子もつれ中継技術の研究開発」、文部科学省イノベーションシステム整備事業として行ったもので、成果は、2015年7月9日(米国時間)発行の米国科学誌「サイエンス」オンライン版に掲載されます。

4.発表内容: 
<研究の背景>

20世紀初頭に誕生した量子力学によって人類の歴史は大きく変わったといっても過言ではないでしょう。現代の科学技術において量子力学はあらゆる分野の基礎理論となっています。情報化社会を支える半導体集積回路や光通信の技術も、例外ではありません。しかし、例えば回路設計において量子力学の方程式を持ち出す必要のないことからもわかるように、これまで量子力学は専ら応用の縁の下の力持ちとしての役割を担ってきました。
一方、20世紀の終わりごろから発展してきた量子情報科学の分野では、情報処理の表舞台に量子力学の原理を利用して、従来の技術では到達しえないような高効率の計算や高セキュリティの通信を目指した手法が、現在盛んに研究されています。量子計算や量子通信を実現するためには、外部環境の影響を受けて乱されることのないように、系の複雑な量子状態を精確に制御する必要があります。約10 GHzのマイクロ波周波数で動作する超伝導回路を用いた量子コンピュータ技術や、光ファイバーを通して量子情報を伝送する光量子通信技術が、その代表的な例として挙げられます。
さらに情報処理と通信を統合し、量子情報ネットワーク技術へと昇華させようという提案もなされています。そのためには、互いの間で量子情報を授受するためのインターフェイスが必要となります。そこでは、マイクロ波と光という、ともに電磁波でありながらエネルギーが4桁も異なる量子の間で量子状態をコヒーレントに転写する必要があります。本研究ではそのための媒体として、マイクロ波とも光とも相互作用が可能な、強磁性体中の磁化揺らぎの量子であるマグノンに注目しました。
現在光とマイクロ波の転写技術を目指して、ナノ機械振動子や単独の電子スピン、あるいは常磁性電子スピン集団を用いた研究が盛んに行われていますが、強磁性体中のスピン集団に着目し、単一のマグノンを取り扱った研究はこれまでありませんでした。

 
<研究手法と成果>

本研究では、典型的な強磁性絶縁体であるイットリウム鉄ガーネット(YIG)単結晶球を用いて実験を行いました(図1)。直径1 mmのYIG球中では、およそ1019個もの電子スピンが強い交換相互作用により同じ方向を指して高密度で整列しています。このスピンの集団における熱揺らぎは、整列したスピン全体が調和しながら運動するエネルギー励起であり、その運動の量子をマグノンと呼びます。YIG結晶は、長いマグノン励起寿命と、光の偏光が磁化に対応し変化するという磁気光学効果を有し、さらに通信波長帯などの赤外光領域で吸収が小さく透明であるという特徴を持ちます。そのため古くから研究された材料であり、現在でもマイクロ波発振器やマイクロ波フィルター、光アイソレータなどに広く応用されています。

本研究の最初の実験では、YIG球を銅でできたマイクロ波空洞共振器の中に配置して、YIG球の中のマグノンと共振器の中のマイクロ波光子の結合について調べました。磁場を加えることでYIG球の強磁性共鳴周波数を調節して、空洞共振器の共鳴周波数(~10 GHz)と一致させると、両者の間の相互作用により、共鳴スペクトルに反交差が見られました(図2)。絶対零度に近い極低温環境(-273.14℃) のもと、熱揺らぎによるマグノン数・マイクロ波光子数がともに1以下となる量子極限において、この効果を観測することに成功し、両者のコヒーレントな結合を実証しました。巨視的なスケールの強磁性体球の中でスピン集団運動が量子力学的に振る舞い、マグノンと光子が結合したマグノンポラリトンと呼ばれる複合量子が形成されていると理解することもできます。

次に、ひとつのマイクロ波空洞共振器の中に、YIG球と超伝導量子ビットを配置して実験を行いました(図3)。量子ビットは、従来の情報処理におけるビットに対応して、量子情報処理の基本単位となるものです。物理の言葉では量子2準位系と呼ぶことができます。ここで使用した超伝導量子ビットは、ジョセフソン接合と呼ばれる、非線形インダクタとして働く超伝導トンネル接合素子を双極子アンテナと組み合わせた構成をしています。ミリメートルスケールの超伝導回路上の電子の集団運動が量子力学的に振る舞い、量子ビットとして動作します。実験では、空洞共振器中のマイクロ波光子の仮想励起状態を介した、超伝導量子ビットとYIG球上のマグノンの間のエネルギー量子のコヒーレントな相互作用の証拠を、真空ラビ分裂と呼ばれるエネルギー準位の分裂として観測することができました(図4)。これは量子力学的な基底状態(マグノンの「真空」)にある強磁性体中のスピン集団と、超伝導量子ビットの間でエネルギー量子をコヒーレントにやりとりできることを示しています。

<今後の展開>

超伝導量子ビットを用いた量子状態制御および観測の技術は近年大いに発展してきました。今後、本研究で示した超伝導量子ビットとマグノンの結合を用いて、強磁性体中の集団スピン励起の自由度であるマグノンの量子状態を自在に制御し、観測することができるようになることが期待されます。スピントロニクスの分野でも注目を集めているマグノンの振る舞いを、量子極限において研究することが可能になります。

また並行してマグノンと光通信波長帯光子との相互作用の研究も進めており、マグノンと光子の間のリンクを実現することにより、マグノンを介したマイクロ波と光の間の量子インターフェイスを実現することを目指しています(図5)。本研究が目指している複合量子系は、超伝導量子回路と強磁性体スピン励起の間で量子状態を受け渡すことを可能にし、量子コンピュータと量子通信ネットワークの間で量子情報を受け渡す量子インターフェイスや、それを用いた量子中継器(図6)への応用が期待されます。

5.発表雑誌: 
雑誌名:Science(サイエンス)
論文タイトル:Coherent coupling between a ferromagnetic magnon and a superconducting qubit
      (強磁性体マグノンと超伝導量子ビットのコヒーレントな結合)
著者:Yutaka Tabuchi*, Seiichiro Ishino, Atsushi Noguchi, Toyofumi Ishikawa, Rekishu Yamazaki, Koji Usami, Yasunobu Nakamura
DOI 番号:10.1126/science.aaa3693
6.問い合わせ先: 
東京大学 先端科学技術研究センター 量子情報物理工学分野
教授 中村 泰信(ナカムラ ヤスノブ)
 
日本学術振興会 特別研究員 
田渕 豊(タブチ ユタカ)
7.用語解説: 

(注1)量子ビット・超伝導量子ビット素子:
量子情報の最小単位のこと。従来の情報の取扱量の最小単位としてビットを用いるのに対し、量子情報では 量子力学的2準位系の状態で表現する。古典ビットは0か1かのどちらかの状態しかとることができないが、量子ビットは0と1だけでなく、0と1の状態の量子力学的重ね合わせ状態もとることができる。超伝導量子ビットは、超伝導電気回路上に実現する、人工的に作られた量子力学的2準位系。ジョセフソン接合と呼ばれる2つの超伝導体電極の間に絶縁体バリアが挟まれたトンネル接合を用いた回路の上で実現される。

(注2)コヒーレント:
量子力学の概念の上では物質も電磁波と同じように波のように振る舞う。波と波が干渉し、干渉縞が生じている様子をコヒーレントと呼ぶ。ミリメートルサイズの強磁性スピン集団の揺らぎは波のように振る舞い、また量子ビットも波の性質を持つ。本発表中ではこれらの二つの異種の波が干渉している様子を指す。

(注3)量子中継器:
量子通信において、光ファイバーの損失による量子状態伝送距離の制限に打ち勝つために用いられる技術。中継器の橋渡しにより、遠隔地点の間で量子もつれを共有することを可能にする。

(注4)強磁性共鳴:
スピン波の長波長極限の励起に相当する、試料全体の電子スピンが一様の位相をもって歳差運動することを強磁性共鳴振動と呼ぶ。その特性周波数に等しい周波数のマイクロ波を照射すると、共鳴的にスピン集団の歳差運動が励起される現象が強磁性共鳴である。この現象は、マイクロ波発振器やマイクロ波フィルターに応用されている。

(注5)マグノン:
強磁性体中で秩序を持って配向した電子スピンの集団を伝わるスピンの歳差運動の波をスピン波と呼ぶ。波は量子力学の概念上では波の振動数に対応する離散的なエネルギーの粒の集団と考えられており、スピン波の場合はエネルギーひと粒をマグノンと呼ぶ。

(注6)マイクロ波空洞共振器:
マイクロ波を長時間閉じ込めておける金属壁を持つ空洞の総称。一辺は波長程度の長さとなる。

(注7)スピントロニクス:
電子の持つ電荷の自由度の代わりにスピンの自由度を制御することで、低消費電力の情報処理など、新しい応用を目指す技術の総称。

(注8)複合量子系:
異種の物理系の量子力学的振る舞いを組み合わせて、互いの利点を活かした量子力学系として用いるものの総称。

8.添付資料: 
イットリウム鉄ガーネット
図1.直径1 mmのイットリウム鉄ガーネット(YIG)単結晶球

共振器中に置かれたYIG球

マイクロ波周波数対相対電磁場強度のグラフ
図2. (a) 銅製のマイクロ波空洞共振器中に置かれたYIG球。共振器の下半分に相当する部品のみ示している。 (b) マグノンとマイクロ波光子の相互作用により生じたエネルギー準位反交差。
模式図
図3.空洞共振器中に置かれたYIG球と超伝導量子ビットの模式図。共振器内の電界と磁界の分布が上下に分けて示されている。左上の写真は実験に用いた直径0.5 mmのYIG球。右下は、シリコン基板上に作られた超伝導量子ビットのアルミニウム製のアンテナ電極(白色部分)の写真と、その間にあるジョセフソン接合(中央重なり部分)の拡大電子顕微鏡写真。
量子ビット励起周波数対相対静磁場強度のグラフ
図4.強磁性体マグノンとの相互作用による超伝導量子ビットエネルギー準位の分裂
(真空ラビ分裂)の観測結果。
とy電動量子化色、マイクロ波共振器モード、強磁性体マグノン、光
図5.本研究の目指す量子インターフェイス方式の概念図
もつれ光子源と量子中継ノード
図6.本研究の目指す量子中継器の概念図

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