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ヒドロキシアパタイトが生命の生みの親!?

  • プレスリリース

2017年9月25日

1. 発表者:

岡本 晃充(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)

2.発表のポイント:

  • 天然の鉱物であり、骨や歯を構成することでも知られるヒドロキシアパタイト(注1)が、核酸の構成要素であるリボース(注2)の合成を触媒することをみいだしました。
  • 宇宙空間を含めて天然に存在する炭素源が溶けた水溶液にヒドロキシアパタイトを加えて加熱すると五炭糖(注2)の混合物が生じ、その中の主生成物としてリボースが生成されることを確認しました。
  • 今回の研究成果は、核酸がなぜリボースを使っているのかという生命の起源に関する疑問に対する一つの答えを示唆しています。

3.発表概要:

生命を構成する主たる分子である核酸はヌクレオチド(注3)、タンパク質はアミノ酸からできあがっています。アミノ酸に比べてヌクレオチドは遙かに複雑な構造を持つ分子であり、どうやってこのような構造が遺伝情報伝達のための鍵分子として選ばれたのか未だにわかっていません。東京大学 先端科学技術研究センターの岡本晃充教授と大学院工学系研究科の宇佐美花穂大学院生は、宇宙空間を含めて天然に存在する炭素源が溶けた水溶液に天然リン鉱物であるヒドロキシアパタイトの粉末(図1)を加えて加熱することによって、核酸の主要構造リボースを含む五炭糖の混合物が生成することを見いだしました。このリボースが生じる反応は、古代にリボースが遺伝情報伝達のために核酸が用いられるようになった理由のひとつを示唆するものです。本成果は、英国科学誌「Organic & Biomolecular Chemistry」オンライン版に掲載されます。

4.発表内容:

生命を司る鍵物質として核酸(DNA・RNA)が知られています。ヌクレオチドが連続して核酸が構成されていますが、このヌクレオチドは単に化学物質の合成だけでは到底成しえないであろう複雑な分子構造を持っています。ヌクレオチドは、核酸塩基(グアニン・アデニン・シトシン・ウラシルもしくはチミン)とリン酸化したリボースからできています。現在天然に存在するさまざまな糖の中でなぜリボースが核酸に使われているのか、リボースが前生物学的な環境の中でどうやって生まれたのかについて、まだ明らかになっていません。リボースやヌクレオチドを簡単な炭素源から作り出す試みは数多く行われています。強塩基性条件下で炭素源を混合する方法や多段階反応を経由して合成する方法が既に示されていますが、タール状の生成物が生じたり、原料として高活性な炭素源が必要だったりといった問題点が指摘されています。

岡本教授らは、炭素源としてホルムアルデヒドとグリコールアルデヒド(注4)を含む水溶液にヒドロキシアパタイト粉末を加えて数日間加熱したところリボースを主成分とする五炭糖の混合物が生成することを見いだしました。また、ホルムアルデヒドとグリコールアルデヒドからリボースへ至る過程を核磁気共鳴分光法と質量分析法を用いて解析したところ、1861年にリボースの可能な生成過程として示唆され、その後1959年にそのメカニズムが提唱された「ホルモース反応」(図2)と呼ばれる、クロスアルドール反応(注5)とロブリー・ド・ブリュイン=ファン・エッケンシュタイン転位反応(注6)を2回繰り返す一連の反応がヒドロキシアパタイトの表面で引き起こされることがわかりました。さらに、ヒドロキシアパタイトの表面構造を解析すると、ヒドロキシアパタイトの表面のカラムナーカルシウムイオン(注7)が、反応を触媒するのに適切な間隔で配列されていることがわかり(図3)、それにより生成可能な五炭糖の中でも特にリボースが生成しやすいことが明らかになりました。これらの反応はどの段階でもヒドロキシアパタイト存在下でのみ生じていることから、ヒドロキシアパタイトが触媒として有効に機能していることが示されました。また、反応は中性~弱酸性の水溶液中で進行しており、これまでの強塩基性条件での方法において報告されていたタール状の生成物はほとんど観察されませんでした。

現時点では、ヒドロキシアパタイト存在下でホルムアルデヒドとグリコールアルデヒドからまだわずかにリボースが生成するだけですが、単に炭素源混合物を加熱するだけで生成されることおよび、さまざまな糖の中からリボースが選択的に生成されることが明らかになったことは、炭素源水溶液を高熱のリン鉱床の中を通すだけで核酸の原料が生じうることを示しています。まだリボースからヌクレオシドが生じる段階は明らかになっていませんが、今回ホルモース反応のメカニズムを明らかにしたことで、今後この反応を介して原始ヌクレオチドを作り出されることが期待されます。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Organic & Biomolecular Chemistry」
論文タイトル:Hydroxyapatite: Catalyst for a one-pot pentose formation
著者:Kaho Usami and Akimitsu Okamoto*
DOI番号:
10.1039/c7ob02051a別ウィンドウで開く

6.問い合わせ先:

東京大学先端科学技術研究センター 生命反応化学分野
教授 岡本 晃充(おかもと あきみつ)

7. 用語解説:

(注1)ヒドロキシアパタイト
リン酸カルシウムを基本構造とする天然に存在する鉱物。南アフリカなどで火成岩由来の鉱物として採掘されるとともに、世界各地でリン鉱床として堆積している。また、骨や歯を構成する物質としても知られている。

(注2)リボース・五炭糖
核酸構造骨格を構成する糖である。炭素原子5個を持つ(五炭糖、ペントース)。
五炭糖として他に立体異性体であるアラビノース、キシロース、リクソースなどが知られるが、今回の反応ではリボースが高い選択性で得られる。なお、グルコース、マンノース、フルクトースなどは六炭糖(ヘキソース)である。下図は、リボース。

1図

(注3)ヌクレオチド
リボースに対して核酸塩基(アデニン・グアニン・シトシン・ウラシル・チミン)および一つ以上のリン酸が結合した分子。下図は、ヌクレオチドの一つ、アデノシン一リン酸。

2図

(注4)ホルムアルデヒド・グリコールアルデヒド
ホルムアルデヒドは炭素原子1個だけを持つ炭素酸化物(C1)である。宇宙空間でも彗星のコマなどで存在が確認されている。グリコールアルデヒドは炭素原子2個を持つ物質(C2)であり、ホルムアルデヒドを放射線照射などで二量化することによって生じる。この物質も原始星(IRAS 16293-2422)形成のガス中に観測されている。下左図がホルムアルデヒド、下右図がグリコールアルデヒド。

3図

(注5)クロスアルドール反応
交差アルドール反応とも呼ばれ、異なる種類のカルボニル化合物(アルデヒドやケトン)の間で生じるアルドール反応のこと。酸もしくは塩基存在下でアルデヒドがエノールもしくはエノラートへ変換され別のアルデヒドへ求電子攻撃し、アルドールを得る。今回の全体の反応の中では、ホルムアルデヒド(C1)とグリコールアルデヒド(C2)からいったんグリセルアルデヒド(C3)が生じる段階、およびグリコールアルデヒドとジヒドロキシアセトン(C3)からリブロース(C5)が生じる段階でクロスアルドール反応が生じている。

(注6)ロブリー・ド・ブリュイン=ファン・エッケンシュタイン転位反応
α-ヒドロキシアルデヒドもしくはα-ヒドロキシケトンがジヒドロキシオレフィン構造を経由して元のアルデヒドもしくはケトンがアルコールへ還元される代わりにα位のアルコールがアルデヒドもしくはケトンへ酸化される反応。今回の反応の中では、グリセルアルデヒドからジヒドロキシアセトンへ異性化する段階、およびリブロースからリボースへ異性化する段階でこの反応が生じている。

(注7)カラムナーカルシウムイオン
ヒドロキシアパタイトは、リン酸イオン、水酸化物イオン、カルシウムイオンが結晶化してできあがっている(Ca10(PO4)6(OH)2)。ヒドロキシアパタイトには2種類のカルシウムイオンがあり、そのうちの1種類がカラムナーカルシウムイオンと呼ばれ結晶のc軸と呼ばれる側の表層に現れる。このカルシウムイオンのイオン間距離がおよそ5.4Åであり、この距離に配列されたイオンが一連の反応を触媒する。

8. 添付資料:

図1

(図1)ヒドロキシアパタイト粉末

  • 式1
  • 式2

(図2)ホルモース反応。

ホルムアルデヒド(formaldehyde)とその2量化分子グリコールアルデヒド(glycolaldehyde)からクロスアルドール反応を経由していったんグリセルアルデヒド(glyceraldehyde)が生じるが、ロブリー・ド・ブリュイン=ファン・エッケンシュタイン転位反応によって速やかにジヒドロキシアセトン(dihydroxyacetone)へ異性化する。ジヒドロキシアセトンは系中に残ったグリコールアルデヒドと加熱条件下でゆっくりとクロスアルドール反応を起こして直鎖のリブロース(ribulose)を生じ、もう一度ロブリー・ド・ブリュイン=ファン・エッケンシュタイン転位反応による異性化を起こしてリボース(ribose)を与える。リボースは速やかに環化する(右)。

図3

 

(図3)ヒドロキシアパタイトの構造。構造中の矢印で示されているのがカラムナーカルシウムイオン(Columnar Ca)。

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