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マイクロ波光子を吸収せず検出することに成功
~マイクロ波単一光子の量子非破壊測定を実現~

  • プレスリリース

2018年3月13日

1.発表者:

中村泰信(東京大学先端科学技術研究センター 量子情報物理工学分野 教授)

河野信吾(東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 博士課程2年)

越野和樹(東京医科歯科大学教養部 准教授)

2.発表のポイント:
  • 超伝導回路上の量子ビット素子(超伝導量子ビット素子、注1)を反射型の検出器として用いて、マイクロ波単一光子(注2)を吸収することなく、その飛来を検知することに成功しました。
  • 従来の検出器では、マイクロ波光子をエネルギーとして吸収することにより検出を行うため、検出後にそのマイクロ波光子を直接利用することができませんでした。
  • 本研究成果は超伝導量子ビット素子間で量子情報をやりとりする量子ネットワーク技術や量子計測・センシング技術などへの応用が期待されます。
3.発表概要:

電磁波のエネルギー最小単位である光子の測定や検出は、次世代のコンピュータとして期待される量子コンピュータの制御に関わる基盤技術として注目されています。東京大学先端科学技術研究センターの中村泰信教授、東京大学大学院工学系研究科河野信吾大学院生、および東京医科歯科大学教養部越野和樹准教授らの研究グループは、理化学研究所創発物性科学研究センターとの共同研究により、マイクロ波単一光子の量子非破壊測定に世界で初めて成功しました。

従来型の光子検出器は、飛来した光子を吸収してそのエネルギーを電気信号に変換し、検出します。この従来型検出方法では光子自体が検出と同時に消滅してしまうため、それを光子の検出以外に利用することはできません。そのため、光子の飛来の有無の情報のみを取得し、光子を吸収せずに反射する、「量子非破壊測定」と呼ばれる方法が提案されています。光子の量子非破壊測定は、近赤外光子(注3)において2013年に実証されましたが、相対的にエネルギーが4~5桁小さなマイクロ波光子の測定はこれまで実現されていませんでした。

今回、本研究グループは、飛来するマイクロ波単一光子の有無を超伝導回路上の量子ビット素子に蓄えられる量子情報に変換することにより、マイクロ波単一光子の量子非破壊測定を実現しました。

今後、本研究で開発した技術は、超伝導量子ビット素子間で量子情報をやりとりする量子ネットワーク技術や量子センシング技術につながると期待されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「ERATO中村巨視的量子機械プロジェクト」(課題番号:JPMJER1601、研究総括:中村泰信)、日本学術振興会 科学研究費助成事業および文部科学省「博士課程教育リーディングプログラム」事業「フォトンサイエンス・リーディング大学院」による支援を受けて行われました。本成果は、2018年3月12日(英国時間)に英国科学誌「Nature Physics」オンライン版に掲載されました。

4.発表内容:
<研究の背景>

情報は「光子」を媒介として伝達されることが一般的であり、光を用いた遠距離通信や計算機ノード間情報転送などがすでに実現し、今日の情報社会を支えています。その光子を検出する技術に関しては、さらなる高度情報化社会を支える必須要素技術として、様々な形での研究技術開発が盛んに進められています。

従来型の光子検出方式は、飛来した光子を検出器で吸収し、そのエネルギーを電気信号に変換するものでした。この方式では、検出した光子をその後に利用することができないという問題点がありました。そこで、飛来した光子の有無のみを情報として取得し、光子を吸収せずに検出することを可能にする、「量子非破壊測定」と呼ばれる方法が提案されました。エネルギーの高い光の領域では単一光子検出技術が発展しており、光共振器中の単一原子を用いた赤外光光子の量子非破壊測定も2013年に実現されています。一方、エネルギースケールが小さいマイクロ波光子に関する単一光子検出技術はほぼ未開拓でした。近年、研究技術開発が加速的に進んでいる超伝導量子回路、特に超伝導量子ビットを利用した検出実験が行われるようになってきたものの、伝搬するマイクロ波単一光子の量子非破壊測定は実現されていませんでした。

本研究グループは、これまで量子コンピュータの基盤技術として開発してきた超伝導回路上の量子ビット素子を検出器として用いて、マイクロ波単一光子検出技術の研究開発を行ってきました(関連プレスリリース)

<研究手法と成果>

本研究グループは、入射するマイクロ波単一光子が伝搬するための伝送路(同軸ケーブル)と超伝導量子ビットを、マイクロ波空洞共振器を介して結合させました(図1)。まず、超伝導量子ビットの初期状態として、基底状態と励起状態の適切な重ね合わせ状態(「+」状態と呼びます)を用意します。マイクロ波単一光子が飛来し、共振器に反射されると、共振器の内部に置かれた量子ビットの基底状態と励起状態の重ね合わせ状態が変化し、初期状態と直交した状態(「-」状態と呼びます)をとります(図2)。その直後に、超伝導量子ビットの状態が「+」状態なのか、「-」状態なのかを判別することにより、マイクロ波単一光子の飛来の有無を確認することができます。この方式では、光子の存在が明らかになる一方で、その光子は反射されて伝搬し続けるので、これを「量子非破壊測定」と呼びます。本研究グループは、高感度なジョセフソンパラメトリック増幅器(注4)を用いることにより、光子の反射によって誘起された量子ビットの状態変化を検知しました。これにより、検出効率84%のマイクロ波単一光子検出を実現し(図3)、さらに検出された光子が破壊されることなく反射されていることを実験で確認して(図4)、量子非破壊測定を世界で初めて実証しました。

<今後の展開>

本研究成果は、超伝導回路上の量子ビット素子間で量子情報をやりとりする量子ネットワーク技術に欠かせないものです。今後、マイクロ波単一光子の伝搬制御や状態操作を自在に行うための回路コンポーネントを開発していくことで、量子ネットワーク技術が深化し、より大きな規模の量子コンピュータ開発などへ応用されることが期待されます。またマイクロ波領域においてこれまで存在しなかった、高い感度と低い暗計数(注5)を持つ単一光子検出器は、未知の素粒子の検出など様々な計測・センシングへの応用が期待されます。

5.発表雑誌:
雑誌名:
Nature Physics (オンライン版)
論文タイトル:
Quantum non-demolition detection of an itinerant microwave photon
著者:
Shingo Kono*, Kazuki Koshino, Yutaka Tabuchi, Atsushi Noguchi, Yasunobu Nakamura*
DOI:

10.1038/s41567-018-0066-3別ウィンドウで開く

6.問い合わせ先:
<研究に関すること>

東京大学 先端科学技術研究センター 量子情報物理工学分野
教授 中村 泰信(ナカムラ ヤスノブ)

東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻
博士課程学生 河野 信吾(コウノ シンゴ)

東京医科歯科大学 教養部
准教授 越野 和樹(コシノ カズキ)

7.用語解説:

(注1)量子ビット素子、超伝導量子ビット素子:量子情報の最小単位。従来の情報の取扱量の最小単位としてビットを用いるのに対し、量子情報では 量子力学的2準位系の状態で表現します。古典ビットは0か1かのどちらかの状態しかとることができませんが、量子ビットは0と1だけでなく、0と1の状態の量子力学的重ね合わせ状態もとることができます。超伝導量子ビット素子は、超伝導電気回路上に実現する、人工的に作られた量子力学的2準位系です。ジョセフソン接合と呼ばれる2つの超伝導体電極の間に絶縁体バリアが挟まれたトンネル接合を用いた電気回路上で実現されます。

(注2)マイクロ波単一光子:マイクロ波領域(波長が数cm)のエネルギーを持った光(=電磁波)の量子。

(注3)近赤外光子:近赤外領域(波長が約1μm)のエネルギーを持った光。マイクロ波領域の光と比べて、エネルギーが4~5桁大きいので、室温環境下においても量子情報を保持したまま転送できます。

(注4)ジョセフソンパラメトリック増幅器:共振回路において、コイルやコンデンサーなどの回路パラメータを共振周波数の2倍の周波数で変調したときに起こる「パラメトリック増幅」という現象を利用した増幅器をパラメトリック増幅器と呼びます。ジョセフソン接合を用いたパラメトリック増幅器(ジョセフソンパラメトリック増幅器)では、ジョセフソン接合の持つインダクタンスにマイクロ波磁場で変調をかけることにより、パラメトリック増幅を起こします。この方式では、非常に高感度かつ低雑音の信号増幅を実現できます。

(注5)暗計数:光子が飛来していないのに、誤って検出してしまう状態で、誤信号を発する数(検出のノイズとなる)。

8.添付資料:
超伝導量子ビット素子とマイクロ波空洞共振器を結合したシステムの写真

図1:超伝導量子ビット素子とマイクロ波空洞共振器を結合したシステムの写真

超伝導量子ビットを介した非吸収型単一マイクロ波光子検出器の原理

図2:超伝導量子ビットを介した非吸収型単一マイクロ波光子検出器の原理。 マイクロ波単一光子が共振器で反射すると、共振器内部の超伝導量子ビットの、基底状態と励起状態の重ね合わせが、初期状態(「+」状態)から変化し、初期状態と直交した状態(「-」状態)をとる。

マイクロ波単一光子の検出効率および暗計数確率(光子が飛来していないのに、誤って検出してしまう確率)の推定結果

図3:マイクロ波単一光子の検出効率および暗計数確率(光子が飛来していないのに、誤って検出してしまう確率)の推定結果。赤破線の傾きが検出効率、切片が暗計数確率に対応している。

マイクロ波単一光子の量子非破壊測定の実験結果。

図4:マイクロ波単一光子の量子非破壊測定の実験結果。左側の図は、マイクロ波パルスの電場振幅を表す。右側の図は、反射された光子数の存在確率を示す。光子が検出されなかったときは、反射された光子のない状態(真空状態)、光子が検出されたときは、反射された状態は高い確率で1光子状態であることを示す。

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