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たった1つの光子が持つ圧力によって制御された音波の実現
~振動の量子制御の課題克服へ一歩前進~

  • プレスリリース

2020年3月17日

1.発表者:
野口 篤史
(東京大学 大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授)
中村 泰信
(東京大学 先端科学技術研究センター量子情報物理工学分野 教授 / 理化学研究所 創発物性科学研究センター チームリーダー)
2.発表のポイント:
  • 電磁波の輻射圧が極めて小さいことが量子制御の課題だが、超伝導回路に蓄えられた電磁波に巨大な輻射圧(注1)を持たせることに成功した。
  • たった1つの光子の輻射圧で、物体表面に局在化した音波に十分に大きな影響を与えることができた。
  • 音波の量子状態制御や、それを利用した量子エレクトロニクス技術の発展につながり、量子コンピューティングや量子ネットワーク構築に必要な量子技術としての応用が期待される。
3.発表概要:

光をはじめとする電磁波は輻射圧を持っており、物体によって反射されるとき、その物体に運動量を与えることが知られています。しかしながら、伝搬する電磁波が持つ輻射圧は極めて小さく、その影響をより強く物体に及ぼしたい場合には共振器に電磁波を蓄えることで輻射圧を増強します。このように増強された輻射圧によって物体の運動を制御する技術を共振器オプトメカニクスと呼びます。

これまでの共振器オプトメカニクスの研究では、たとえ共振器によって電磁波を増強しても、光の粒子としての光子1つの輻射圧があまりに小さいため、強い電磁波を入射し多数の光子を用いることによって物体の運動を制御してきました。今回、東京大学 大学院総合文化研究科の野口 篤史 准教授、同大学先端科学技術研究センターの中村 泰信 教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター・チームリーダー)らの研究グループは、超伝導回路の特性を利用することで、超伝導共振器に蓄えられた電磁波(マイクロ波)に巨大な輻射圧を持たせることに成功しました。これにより、マイクロ波光子1つの輻射圧によって音波の制御を可能とする新たな共振器オプトメカニクスを実現しました。この技術と超伝導量子回路によるマイクロ波の量子制御技術を組み合わせることで、音波やその他の物理系の量子制御が可能になり、量子メモリや量子中継器といった、量子コンピューティングや量子ネットワーク構築に必要な量子技術への応用が可能になると期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「量子の状態制御と機能化(研究総括:伊藤 公平)」の研究課題「表面弾性波を使ったエレクトロメカニクスの量子制御(研究者:野口 篤史)」および総括実施型研究(ERATO)「中村巨視的量子機械プロジェクト」(研究総括:中村 泰信、JPMJER1601)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(26220601)による支援を受けて行われました。

本成果は、2020年3月17日(日本時間19時)に「Nature Communications」オンライン版に掲載される予定です。

4.発表内容:

<背景>
共振器オプトメカニクスの分野では、近年、電磁波によって機械振動子の運動を量子基底状態にまで冷却する実験や、その運動の量子制御を行う実験が報告されています。また、1つの機械振動子を複数の電磁波によって制御することで、マイクロ波と光(可視光)という全く異なる波長の電磁波を互いに変換する量子変換器に関する研究も広く行われてきました。これらの先行研究では、たとえ共振器によって電磁波を増強しても、光の粒子としての光子1つの輻射圧があまりに小さいため、強い電磁波すなわち多数の光子を入射することによって物体の運動を制御していました。しかし、強い電磁波を入射することで、ノイズが増えてしまう問題や、サンプルの温度が上がってしまう問題がこれまで指摘されてきました。そこで、この輻射圧をいかに増強し、弱い入射電磁波での制御を可能にするか、また究極的には1つの光子の輻射圧のみによって物体の運動を制御する単一光子量子領域共振器オプトメカニクス(注2)を実現できるかが課題となっていました。

<研究内容>
物体の振動や音波といった力学的な振動系を量子制御の対象とする場合、その振動の寿命の長さが性能の良さを表します。そういった観点で、近年、物体中の弾性波、特に表面に局在化した表面弾性波(注3)と呼ばれる音波を利用した共振器が注目されています。また、この表面弾性波共振器と量子コンピュータの基本素子でもある超伝導量子ビットを結合させる実験が多数行われており、その量子状態制御に関する実験も次々と報告されています。本研究でも、この表面弾性波共振器に着目し、それを超伝導共振器に蓄えられた電磁波の輻射圧によって制御する共振器オプトメカニクス系を開発しました。

共振器オプトメカニクスでは、機械振動子の運動を通じて電磁共振器の周波数が変化することにより、振動子の運動が共振器のエネルギーを変化させます。その反作用として振動子は共振器内の電磁波から輻射圧を受けることになります。つまり、この「周波数変化」をいかに大きくするかが重要になります。

本研究で野口准教授らは、ジョセフソン接合(注4)と呼ばれる超伝導素子を複数組み合わせた、電流によってインダクタンスが変化する回路構成を用いることで、外部からの交流電場によって周波数が大きく振動的に変化する超伝導共振回路を開発しました。一方で、圧電効果を持つ基板上に電極を形成すると、表面弾性波は交流電場を発生させます。この電場を上記の超伝導回路に印加することで、表面弾性波によって周波数が大きく振動的に変化する超伝導共振器を構成することができます(図1)。この性質により、表面弾性波共振器はマイクロ波から輻射圧を受けます。超伝導回路は水晶基板上のアルミニウム電極によって構成されており、同じく超伝導電極によって表面弾性波共振器が作られています(図2)。回路のパラメータを適切に調整することで、1つのマイクロ波光子の存在によって表面弾性波が大きな変化を受けるほど輻射圧を増強することに成功しました(図3)。この巨大な輻射圧により、単一光子量子領域にある共振器オプトメカニクスを実現することができました。

<展望>
本研究では、超伝導量子回路を用いて系の非線形応答を制御する技術を、異なる量子系が結合したハイブリッド量子系に応用することで、音波の制御が可能な大きさの輻射圧をたった1つのマイクロ波光子に持たせることに成功しました。この技術は、超伝導回路をうまく設計することで、電磁波の性質を人工的にデザインし、新たな機能を創出したということができます。また、制御する対象となる物理系は音波以外にもさまざまに変更できるため、この技術によりこれまで難しかった物理系の量子制御が可能になります。さらに、超伝導量子ビットによる高い量子制御技術を組み合わせることで、シュレーディンガーの猫に例えられるような巨視的な振動子の量子重ね合わせ状態の制御などの基礎研究や、また量子メモリや量子中継器といった、量子コンピューティングや量子ネットワーク構築に必要な量子技術としての応用が可能になると期待されます。

5.発表雑誌:

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Single-photon quantum regime of artificial radiation pressure on a surface acoustic wave resonator
著者:Atsushi Noguchi*, Rekishu Yamazaki, Yutaka Tabuchi, Yasunobu Nakamura
DOI番号:10.1038/s41467-020-14910-z

6.問い合わせ先:

<研究に関すること>
東京大学 大学院総合文化研究科
准教授 野口 篤史(ノグチ アツシ)

東京大学 先端科学技術研究センター
教授 中村 泰信(ナカムラ ヤスノブ)

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)

科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
古川 雅士(フルカワ マサシ)

7.用語解説:

(注1)輻射圧(ふくしゃあつ)
電磁波は運動量を持っており、物体に吸収・反射される際に、運動量保存により物体に力を作用させる。この力を電磁波の輻射圧と呼ぶ。電磁波を量子化することで生じる光子は、それぞれが持つその波長によって、異なる特有の運動量を持っている。

(注2)単一光子量子領域共振器オプトメカニクス
たった1つの光子が持つ輻射圧によって機械振動子の運動状態が劇的に変化し、単一光子によってその量子状態を制御できる共振器オプトメカニクス系。

(注3)表面弾性波
物体の表面に局在化した音波。その中でも、物質中の他の音波に比べて音速が最も遅い音波をレイリー波と呼ぶ。音速が遅いために、他の音波に変換されることがなく、音波の寿命が非常に長いという性質がある。

(注4)ジョセフソン接合
2つの超伝導体で絶縁体薄膜を挟んだ素子。絶縁体障壁を通して両側の超伝導体の間に超伝導電流が流れるというジョセフソン効果を発現する。この素子は、超伝導量子ビットや超伝導量子回路の基本的な要素である。

8.添付資料:
図1
図1:本研究における共振器オプトメカニクスの概念図。物体表面に局在化した音波(矢印方向に伝搬)の振動が、圧電効果を通して電気回路のインダクタンスを変調している。
図2
図2:本研究で用いた超伝導回路の光学顕微鏡図。中央の鉤状の構造が超伝導共振器、中央下部の構造が表面弾性共振器、上部の導波路は外部からの信号線である。
図3
図3:単一光子量子領域共振器オプトメカニクスの実現を示す実験結果。縦軸は超伝導共振器と表面弾性波の結合の強さ(協調係数)、横軸は入射したマイクロ波の平均光子数を表す。挿入図は、入射するマイクロ波の平均光子数が少ない領域の拡大図である。データ点が網掛け部分を越えた領域に存在しており、たった1つの光子でも表面弾性波との十分な結合強度が得られ、光子1つの輻射圧によって量子状態を制御する単一光子量子領域共振器オプトメカニクスが実現したことを示している。

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