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ビッグデータと機械学習を用いた「感性的なもの」の自動抽出手法の提案―デジタルテクノロジーで『街並みの美学』を読み替える―

  • プレスリリース

2022年12月15日

1.発表者

  • 吉村 有司(東京大学先端科学技術研究センター 共創まちづくり分野 特任准教授)
  • 高橋 哲也(東京大学大学院工学系研究科 都市工学専攻 修士課程)
  • 青田 麻未(群馬県立女子大学文学部 美学美術史学科 講師)

2.発表のポイント

  • 芦原義信が『街並みの美学』で提唱した建築の第一次輪郭線・第二次輪郭線を機械学習で定量分析することにより、都市景観における「感性的なもの」の自動抽出手法を開発した。
  • 街路景観を構成している「非感性的なもの/非美的なもの」を抽出しマッピングすることを試みた。
  • 建築の第一次輪郭線や第二次輪郭線を空間クラスター分析することにより、個々の建築ファサードの類似性とその連続性を「景観の連なり」として定量化する手法を開発した。

3.発表概要

建築家の芦原義信が著書『街並みの美学』(注1)のなかで「ヨーロッパの都市景観は美しく、なぜ日本の都市景観はこれほど醜いのか」と疑問を呈しました。その設問に答える為に、街路に沿って展開する建築物の外郭線を第一次輪郭線(注2)、その建築物の屋上や壁面に設置されている看板類や広告物を第二次輪郭線(注2)と定義し、都市の景観を美しく保つ為には第二次輪郭線をできるだけ少なくし、第一次輪郭線で構成される景観を目指すべきだと主張しました。芦原は日本の街並みを撮影し、人の手と目によって第一次輪郭線、第二次輪郭線を抽出しましたが、人力に頼った分析手法では複数の街路や他地区へのスケーリングが難しいという問題やヒューマンエラーが混入する可能性があります。また理論的側面からも、これまで美学分野で積み上げられてきた学術研究の蓄積が、建築・都市計画・まちづくり分野で取り上げられてきた都市美研究や都市景観研究に反映されていないという問題点も挙げられます。特に近年の美学分野では「美」に限らず、感性によって捉えられる様々な種類の「美的性質」を研究する方向性が打ち出されており、環境美学(注3)も同様の傾向を持っています。

これらを踏まえ、東京大学先端科学技術研究センターの吉村有司特任准教授らのグループは、機械学習モデルを用いることによって都市景観における第一次輪郭線、第二次輪郭線を自動的に特定・抽出し、都市における「非美的なもの」(注4)を自動マッピングする技術を開発しました。また、景観とは個々の建築物の連なりが創り出すものであるため、それらの連なりを空間クラスター分析の適応によって定量化する枠組みをも提示しました。さらに今回得られた知見や手法を美学分野に学術的に文脈づけることにより、両分野の融合を試みました。

本研究成果は、社会技術として発展してきた都市計画、そしてそれによって形成されてきた日本の街並みを議論する一つの契機となり得ると期待できます。今後の都市計画やまちづくりに必須である、能動的市民によるボトムアップ的なまちづくりを行う基盤となると確信しています。 本研究成果は、国際雑誌「Psychologia」に掲載されました。

4.発表内容

[研究の背景]

都市計画は社会技術として発展してきた歴史的経緯を持っています(注5)。建築家や都市プランナーは都市空間で行われる人々の活動を自身の頭のなかで想像しながら都市を創造してきました。しかし近年の技術の進歩は我々の時空間での諸活動をかなりの粒度で時系列のビッグデータとして蓄積しつつあり、それらを科学的に分析することによって、これまでは捉えることができなかった都市の背後にある様々な秩序やパターンが発見されつつあります。本研究は「これまでは技術の問題だった都市計画にとって科学とはどんな意味を持つのか、そんな都市の科学にとって美とはいったい何なのか」という大きな問いの枠組みのなかに位置付けることができます。

本研究では芦原義信の『街並みの美学』を導き手としながらも、機械学習を適応することによって都市の街路空間を構成している空間要素を自動抽出してマッピングする技術を確立しました。また、街並みを構成している個々の建築物の連なりが創り出す街並みを定量分析するために、空間クラスター分析手法の適応を試みました。これらは美学の分野で議論されてきた「非美的なもの」に分類されます。

本研究で検証したのは以下の3点です:

  1. 芦原の理論に基づき、都市景観を構成する建築の第一次輪郭線と、そのファサードに設置されている看板類や広告類(第二次輪郭線)の自動抽出モデルの作成。
  2. それら単体の建築から抽出された属性情報が空間的に連続しているか否かを判定するために、空間クラスタリングの統計手法の適応。
  3. 建築家や都市プランナーによって行われてきた「都市美」の議論の美学分野への文脈づけ。
[研究内容]

本研究では前述の3つの設問に答える為に、機械学習を用いて建築の第一次輪郭線と第二次輪郭線の自動抽出モデルの提案を行いました。第一次輪郭線の抽出には既存の機械学習モデルを採用しましたが、広告や看板などは日本の都市景観に特有なものであるため、欧州で整備された既存のデータセットが利用不可でした。このような文化的な背景から日本の街並みについては我々自身で動画を撮影しそれを写真として切り出したうえで(図1)、都市景観のどこが広告や看板なのかを一枚一枚確認していくアノテーション(注6)作業が必要でした。こうして第二次輪郭線を抽出する独自の機械学習モデルを作成し、街路に沿って2メートル間隔という高粒度で分析を実装しました(図2、3)。

これらの分析から得られた数値を、類似した数値が集積しているエリアを特定し、それが偶然によるものではないという統計的な判定をするために空間クラスタリング分析を実装しました。街路を形成している景観は、元々は別々に作られた個々の建築が連なることによって連続する街並みを創り出しています。それらの連続性や統一感を定量化する枠組みと手法を示しました。また、人の手と目に頼っていては達成不可能だった複数の街路への分析の適応や他地区への適応、さらには2メートル間隔といった高粒度で広範囲に街路分析が行えることも実証しました。

また、建築・都市計画・まちづくり分野で議論されてきた都市美の概念を、美学分野で研究されてきた流れのなかに位置づけました。これまで都市の美や景観美は、各々の分野で別々に議論されてきており、両者が相互に省みられることは少ない状況でした。本研究は両者を繋ぎ、各々の分野で達成されてきた業績を一つの流れのなかにまとめることで、都市景観の美を構成する基礎的な要素である「非美的なもの」をデータで示すという新基軸を打ち出すことができました。

[社会的意義・今後の展望]

今後の建築、都市計画、まちづくりでは、ビッグデータや人工知能(AI)を用いた方向性を目指していると考えられます。また、近代の都市計画が志向した機能優先の都市計画・まちづくりだけではない、美しさや住みやすさ、ウェルビーイングを高める街が求められています。我々はこの分野にビッグデータを持ち込むことによって、これまでは専門的すぎるがゆえに解読しにくかった街の状況をデータの分析や可視化によって誰にでも分かりやすく提示しました。本研究で開発した研究手法や方向性を契機として、自身が住んでいる街の景観を能動的に考える市民がこれまで以上に育ち、街で起こる様々な問題を自分ごととして捉え、ボトムアップ的で共創的なまちづくりが促進されるものと期待されます。このことが我々の都市をより一層美しくするものと確信しています。

5.発表雑誌

雑誌名:
Psychologia
論文タイトル:
Quantifying the aesthetic for streetscapes: Application of deep learning to Ashihara’s aesthetic townscape
著者:
Yuji YOSHIMURA, Tetsuya TAKAHASHI, Mami AOTA
DOI番号:
10.2117/psysoc.2021-B022別ウィンドウで開く

6.問い合わせ先

東京大学 先端科学技術研究センター 共創まちづくり分野 特任准教授 吉村 有司(よしむら ゆうじ)

7.用語解説

  • (注1)『街並みの美学』:芦原義信1979、岩波書店
  • (注2)第一次輪郭線、第二次輪郭線:Sibley, F. (1959) Aesthetic Concepts, in: The Philosophical Review, vol.68, No.4. 美学の分野からSibley(1959)が美的概念を「美的なもの」と「非美的なもの」に分類している。「非美的なもの」は物の形や大きさ、それらの配置などであり、それらを認識した個人が内的メカニズムを経て「美的なもの」を感知するという構図である。この構図に従うと、芦原が提示した第一次輪郭線・第二次輪郭線は「非美的なもの」に分類される。
  • (注3)環境美学:青田麻未『環境を批評する-英米系環境美学の展開』2020、春風社
  • (注4)「非美的なもの」:芦原が提唱した建築の外郭線(第一次輪郭線)や看板・広告類(第二次輪郭線)は、美学分野においてフランク・シブリー(Frank Sibley, 1923-1996)が提唱した美的概念のなかの「非感性的なもの(non-aesthetic:景観を構成している要素や形、配置など物的なもの)」に分類される。非美的性質は、美しさのような「美的性質」を人々が認識する際の基礎となるものである。対象の物理的特徴である非美的性質の知覚と、個々人の持つ属性や心的状態が合わさることで、美的性質を認識することになる。そのため、同じ非美的性質を目にしても、皆が同じ美的性質を認識するとは限らない。このような概念整理のもと、本論文では街路景観を構成している「非感性的なもの/非美的なもの」を抽出しマッピングすることを試みた(「非美的なもの」=「美しくないもの」ではないことに注意したい)。
  • (注5)社会技術としての都市計画:吉村有司(編)『a+u9月号:アーバン・サイエンスと新しいデザインツール』2021、新建築社
  • (注6)アノテーション:人工知能(AI)に学習させたいデータに情報を付与する作業のこと。本研究では都市景観において看板や広告といった第二次輪郭線という情報を付与する作業をした。

8.添付資料

  • 風景写真とダイアグラム
  • 図1 (a) オペラ通り(パリ市)の街路風景、(b) 日本の街路風景、 (c)第一次輪郭線と第二次輪郭線のダイアグラム
  • 機械学習モデルのためのデータセット
  • 図2 機械学習モデルのためのデータセット
    都市景観のどこが広告や看板なのかを一枚一枚確認していくアノテーション作業を行った。こうして第二次輪郭線を抽出する独自の機械学習モデルを作成し、街路に沿って2メートル間隔という高粒度で分析を実装した。
  • 機械学習モデルのためのデータセットの一部
  • 図3 機械学習モデルのためのデータセットの一部

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