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電荷調整が及ぼす荷電高分子の表面吸着現象への影響

  • プレスリリース

2024年5月30日

東京大学

発表のポイント

  • 荷電高分子の表面吸着が、酸と塩基が水中で協同的に解離または結合する「電荷調整」効果により大きく促進されることを見出した。
  • 従来の研究では、一定の電荷が仮定され電荷調整効果は考慮されてこなかったが、荷電高分子の吸着挙動に、この効果が劇的な影響を与えることを示した点に新規性がある。
  • 今回の荷電高分子の表面吸着に関する発見は、機能性材料の開発のみならず、生体分子と細胞膜の相互作用の理解などに貢献すると期待される。
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    荷電高分子の表面吸着挙動

発表概要

東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野の田中肇シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学名誉教授)とユアン ジャアシン特任研究員の研究グループは荷電高分子(注1)の表面吸着が、酸と塩基が水中で協同的に解離または結合する「電荷調整」効果により大きく影響を受けることを明らかにしました。
荷電高分子の移動と並行してイオン性基(注2)の電荷の動的間変化を正しく取り入れた高度なシミュレーションを実施することで、電荷調整の効果が荷電高分子の表面吸着を著しく促進することが示されました(図1左)。表面が荷電高分子と同じ電荷を帯びている場合、両者とも吸着時にイオン化の度合い(電荷)が時間とともに単調に減少します(図1右)。これにより、荷電高分子と表面との間の反発が弱まります。逆に、反対の電荷を持つ表面の場合は、電荷調整効果は荷電高分子と表面の電荷を強める方向に働くとともに、表面電荷の逆転を抑制し、やはり吸着を促進します(図2)。電荷調整がある場合荷電高分子の平衡イオン化度と表面基のイオン化度(図2右上図)が、一定電荷(図2右下図)の場合に比べ著しく増強されます。この研究は、荷電高分子の表面吸着における電荷調整効果の重要性を示したもので、ソフトマターにおける様々な電気的相互作用を理解する上で、相互作用する対象の直接の電気的相互作用に加え、電荷制御効果を考慮することが不可欠であることを強く示唆しています。この成果は、生物におけるタンパク質の膜表面への吸着現象の理解や、調整可能な表面特性を持つpH(注3)応答性コロイドの設計に役立つと期待されます。

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    図1:希薄溶液からの陰イオン性荷電高分子の弱酸性基(注4)でコーティングされた同じ電荷を帯びた表面への吸着
    αPEとαsurfはそれぞれ荷電高分子と表面のイオン化の度合いを示す。
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    図2:希薄溶液からの陰イオン性荷電高分子の弱塩基(注5)でコーティングされた正の電荷を帯びた表面への吸着
    αPEとαsurfはそれぞれ荷電高分子と表面のイオン化の度合いを示す。

本成果は2024年5月28日(米国東部夏時間)に「Physical Review Letters」のオンライン版で公開されました。

ー研究者からのひとことー

高分子やコロイドの電荷は、通常一定とみなされますが、実際には周囲の環境に応じて変化します。本研究では、この電荷調整効果が荷電高分子の荷電基板への吸着に劇的に影響することを明らかにしました。この成果が、応答性のあるソフト材料の開発や、生物のDNAやタンパク質の膜との相互作用の理解に貢献することを期待しています。(田中肇シニアプログラムアドバイザー)

発表内容

荷電高分子の表面吸着には、コロイド懸濁液(注6)の安定性制御から刺激応答性材料の設計に至るまで、さまざまな実用的な応用があります。また、膜とタンパク質の相互作用など、電荷を帯びた生体物質の理解のためのモデルシステムとしても注目されています。荷電高分子の吸着を理解することは、材料科学への応用だけでなく、生物現象の理解にも不可欠です。しばしば、荷電高分子と表面は、イオン性基の解離や結合によって電荷を帯びます。このプロセスは、他の帯電体が存在するとイオン性基のイオン化状態が変化するため、複雑な多体効果(注7)をもたらします。この電荷調整効果を理論モデルや計算モデルに取り込むには、表面電荷の動的な変化を考慮した煩雑な計算が必要となるため、これまでは一定の電荷を仮定して近似されてきました。しかし、この過程の妥当性は非自明であり、電荷調整効果が吸着現象にどのような影響を与えるかを研究する必要があります。

この構造と電荷分布の動的な結合を正しく扱うために、研究グループは、荷電高分子の運動を含みつつ、個々のイオン性基のイオン化を明示的に計算する大規模シミュレーションを実行しました。主に、同じまたは反対の電荷を帯びた平面表面と接触する希薄な荷電高分子溶液に焦点を当てました。同じ電荷の表面近くでの吸着については、荷電高分子と表面の間に短距離の引力を導入し、吸着が非静電的な引力相互作用によって駆動される状況も考慮しました。

研究グループは、従来の電荷一定のシミュレーションと比較して、電荷調整効果により、同じ電荷および反対電荷を帯びた表面近くでの荷電高分子吸着が著しく促進されることを明らかにしました。同じ電荷の表面近くでの荷電高分子吸着では、吸着プロセス中に荷電高分子と表面の両方が持つ電荷が減少することを示しました(図1)。この減少により、静電反発による障壁が著しく減少し、それによって非静電的な引力による吸着が促進されます。一方、反対の電荷を帯びた表面では、電荷調整効果を含めることで、荷電高分子と表面の間の静電引力が10倍以上増加し、吸着が強化されます(図2)。この基本的な機構の解明に加え、水と基板との誘電率の違いに起因する分極電荷効果に比べて、電荷調整効果がはるかに顕著であることを示しました。このように、荷電高分子吸着現象を正しく理解するには、電荷調整を慎重に考慮することが不可欠であることが示されました。

荷電高分子吸着における電荷調整の理解は、基礎物理としての重要性に加え、産業応用、タンパク質-膜相互作用においても重要です。これには、高分子構造、イオン分布、イオンの結合・解離の間の動的相互作用が含まれます。本研究の成果は、荷電高分子吸着の理論的な理解に貢献するとともに、コロイドやナノ粒子の表面特性の制御や、タンパク質の膜への吸着などの生物学的問題の理解を促進すると期待されます。荷電高分子とコロイド表面の電荷は通常、固定条件下で評価されますが、電荷調整機構の存在は、そのような情報が吸着現象の理解に不十分である可能性を強く示唆しています。

発表者

東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野

  • ユアン ジャアシン(特任研究員)
  • 田中 肇(シニアプログラムアドバイザー:特任研究員/東京大学 名誉教授)

論文情報

雑誌:
Physical Review Letters(5月28日)
題名:
Charge regulation effects in polyelectrolyte adsorption
著者:
Jiaxing Yuan and Hajime Tanaka*
*責任著者
DOI:
10.1103/PhysRevLett.132.228101別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(課題番号:JP20H05619)の支援により実施されました。

用語解説

  • (注1)荷電高分子
    荷電高分子は、化学的に帯電した高分子の一種です。通常、荷電高分子は、高分子鎖上にイオン性基(アニオンまたはカチオン)が配されており、それによって分子全体が帯電しています。これにより、荷電高分子は水溶液中で電気的に活性化され、周囲の溶媒や他のイオンと相互作用します。
  • (注2)イオン性基
    イオン性基は、化学物質中に存在する電荷を帯びた機能基です。これらの基は通常、分子内または分子間で電子を受け渡すことによって電荷を帯びます。イオン性基は、化学結合の性質や化学反応の速度などに影響を与える重要な役割を果たします。
  • (注3)pH
    pH(potential of Hydrogen)は、水溶液中の水素イオン(H⁺)の濃度を示す指標です。水溶液が酸性、中性、またはアルカリ性であるかを示すために使用されます。
  • (注4)弱酸性基
    弱酸性基とは、溶液中で水素イオン(H⁺)を放出する能力が比較的低い酸性化合物のことです。つまり、弱酸性基は溶液中でわずかな水素イオンを生成し、その溶液をわずかに酸性にします。一般的な弱酸性基には、酢酸やクエン酸などがあります。これらの化合物は、水溶液中で水素イオンを放出する反応が進行しますが、完全なイオン化が起こらず、水素イオン濃度が低いため、溶液は弱酸性となります。
  • (注5)弱塩基
    弱塩基は、溶液中で水素イオンを受け入れる能力が比較的低い塩基性化合物のことです。つまり、弱塩基は溶液中でわずかな水素イオンを受け入れ、その溶液をわずかにアルカリ性にします。一般的な弱塩基には、アンモニアやアンモニウム塩などがあります。これらの化合物は、水溶液中で水素イオンを受け入れる反応が進行しますが、完全なイオン化が起こらず、水素イオン濃度が低いため、溶液は弱アルカリ性となります。
  • (注6)コロイド懸濁液
    コロイド懸濁液は、微小な固体粒子が液体中に分散されている混合物です。これらの微粒子は一般的に直径が1ナノメートルから1マイクロメートル程度です。コロイド懸濁液の例としては、牛乳、インク、顔料などがあります。
  • (注7)多体効果
    多体効果は、物質中の多くの粒子が相互作用する際に生じる現象を指します。これらの相互作用は、個々の粒子の挙動や状態に影響を与え、系全体の振る舞いを決定します。

問合せ先

東京大学 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野
 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)田中 肇(たなか はじめ)

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