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暴力の世代連鎖は高齢者虐待にまで及ぶか?
―幼少期の逆境体験は、高齢者虐待のリスクを高めることが明らかに―

  • プレスリリース

2024年9月28日

東京大学

発表のポイント

  • 幼少期(18歳未満)に逆境体験がある人は、65歳以上の高齢者に対して暴力や暴言などを振るうリスクが高いことを検証しました。その機序には、心理的要因が最も寄与していることが示されました。
  • これまで、幼少期に逆境体験(子どもの頃に体験した事柄:虐待、ネグレクトや家庭内暴力、親との離別など)がある者は自分の子どもに暴力を振るう児童虐待のリスクが高くなることに対して「暴力の世代間連鎖」という言葉が使われてきました。今回、子どもではなく高齢者に対しても暴力を振るうリスクが高くなるのかを検証した点に新規性があります。
  • 暴力の連鎖はあらゆる弱者に及ぶ可能性が示され、高齢者虐待の社会・環境要因のリスク因子の一つが明らかになったのと同時に、暴力を予防する重要性が改めて示されました。

概要

東京大学先端科学技術研究センター減災まちづくり分野の古賀千絵特任助教の研究グループは、暴力の世代間連鎖は従来知られているこどもへの虐待だけでなく、高齢者虐待にまで影響を及ぼす可能性を明らかにしました(図1)。本研究では、JACSIS (The Japan COVID-19 and Society Internet Survey) が2022年に実施した調査に回答が得られた 32,000人のうち、年齢・性が欠損、高齢者に日常的に接する機会のない者を除外し、逆境体験の項目、虐待の項目へ回答した20歳から64歳の男女 13,318名を対象に分析を行いました。

  • 図1 幼少期の逆境体験の数と高齢者虐待加害リスクの関連
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    図1 幼少期の逆境体験の数と高齢者虐待加害リスクの関連
    交絡要因として、性別、年齢、教育歴の影響を除外。中間要因については、以下の項目を媒介分析にて同論文で結果を示している:同居家族、就労状況、婚姻状況、等価所得、主観的健康感、うつ、うつ以外の精神疾患、アルコール摂取の有無、外出頻度(月1以上)。

その結果、逆境体験が全くない者と比較し、1つある人でリスクが3.22倍(95%信頼区間(CI):2.74–3.79)、2つ以上ある人で7.65倍(95%CI:6.41–9.13)に及ぶことがわかりました。また逆境体験が高齢者虐待加害に関連する媒介要因として、うつや精神障害、主観的健康感などの心理的因子が特に寄与していることが明らかとなりました。
これらの研究成果から、暴力の連鎖はあらゆる弱者に及ぶ可能性が示され、暴力を予防することの重要性が改めて示されました。また、大規模データを用いて研究を進めることは、暴力疫学の発展にも寄与することが期待されます。


古賀千絵特任助教
 

ー研究者からのひとことー

本研究から虐待の世代間連鎖は、従来知られているように、逆境体験がある者の子どもへの虐待加害リスクだけではなく、高齢者虐待へも関連していることが明らかとなりました。しかし、すべての者で暴力が繰り返されるわけではありません。このような暴力の問題は、暴力を振るってしまった者の責任であるという自己責任とされることがあります。暴力を振るってしまう人を取り巻く社会・環境要因を特定していくことで、暴力を予防できる可能性があります。(古賀千絵特任助教)

発表内容

これまで「暴力の世代間連鎖」という言葉は、幼少期に逆境体験を受けた者のこどもへの虐待のリスクが高くなるという文脈で広く使われてきました。幼少期の逆境体験の影響については、近年ライフコース疫学と呼ばれる分野で注目を集め、多くの健康との関連が明らかとされてきましたが、まだ検証されていないことも多くあります。例えば、幼少期の逆境体験と高齢者虐待の加害リスクとの関連は、十分に検討されておらず、そのメカニズムも明らかにされていませんでした。そこで本研究チームは、幼少期の逆境体験のある者において、65歳以上の高齢者に対して暴力や暴言を行うリスクの関連を検証しました。
本研究では、JACSIS (TheJapanCOVID-19andSocietyInternetSurvey) が2022年に実施した調査に回答が得られた32,000人のうち、年齢・性が欠損、高齢者に日常的に接する機会のない者を除外し、逆境体験の項目、虐待の項目へ回答した20歳から64歳の男女13,318名を対象に分析を行いました。
結果、回答者のうち1,133人(8.5%)の参加者が高齢者に対する加害経験があると答えました。また、幼少期の逆境体験のない参加者と比較して、逆境体験が1つある参加者の加害リスクは3.22倍(95%CI:2.74-3.79)、2つ以上ある参加者の加害リスクは7.65倍(95%CI:6.41-9.13)になることが明らかとなりました(図1)。
さらに、媒介要因を分析した結果、大きな間接的効果を示した因子には、うつ病(オッズ比(OR):1.11;95%CI:1.10-1.13;媒介された割合(PM):22.7%)、うつ病以外の精神疾患(OR:1.11;95%CI:1.10-1.13;PM:22.2%)、および主観的健康感(OR:1.05;95%CI:1.03-1.06;PM:9.7%)と、特に心理的因子が寄与していることが明らかとなりました。

本研究で、虐待の世代間連鎖は、高齢者虐待の加害リスクと関連していたことが明らかとなりました。この研究は、幼少期の逆境体験が高齢者への加害に関連しているという負の影響を及ぼす可能性を示しており、高齢者虐待の社会・環境要因のリスク因子の一つが新たに明らかになったのと同時に、子どもの生育環境の重要性が示されました。さらに、暴力の連鎖があらゆる弱者に及ぶ可能性が示されたことから、暴力が発生してしまう原因について、個人的な要因だけでなく、社会・環境要因にも着目し、暴力予防のための研究を推進する重要性を示しました。

発表者・研究者等情報

東京大学 先端科学技術研究センター減災まちづくり分野

  • 古賀 千絵 特任助教

筑波大学 体育系

  • 辻 大士 助教

千葉大学 予防医学センター

  • 花里 真道 准教授
  • 中込 敦士 准教授

東北大学大学院 医学系研究科公衆衛生学専攻公衆衛生学分野

  • 田淵 貴大 准教授

論文情報

雑誌:
JAMA Network Open
題名:
Intergenerational Chain of Violence, Adverse Childhood Experiences, and Elder Abuse Perpetration(10月1日 論文題名更新)
著者:
Chie Koga*, Taishi Tsuji, Masamichi Hanazato, Atsushi Nakagomi, Takahiro Tabuchi
DOI:
10.1001/jamanetworkopen.2024.36150別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、以下の助成を受けています。日本学術振興会科学研究費助成事業 (21H04856; 20K10467; 20K19633; 20K13721, 24K16531)、科学技術振興機構科学研究費補助金 (JPMJPF2017)、厚生労働科学研究費補助金 (21HA2016)、横浜市立大学2021-2022戦略的研究推進事業 (No. SK202116)、東京財団政策研究大学院大学「ヘルスマトリクスを用いた健康政策の効果モニタリングと評価」研究プログラム。

問合せ先

東京大学 先端科学技術研究センター 減災まちづくり分野
特任助教 古賀 千絵(こが ちえ)

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