1. ホーム
  2. ニュース
  3. プレスリリース
  4. 不純物輸送が拓く結晶成長の二つの道

不純物輸送が拓く結晶成長の二つの道

  • プレスリリース

2025年4月15日

東京大学

発表のポイント

  • 単一粒子レベルで不純物の輸送を可視化し、結晶成長が「連続成長」と「溶融・再結晶化」に分岐することを発見した。
  • 結晶成長モードの分岐が、結晶成長と不純物の排除能力のバランスによって決まり、大きな結晶粒では融解と再結晶化が生じることを発見した。
  • 本研究は、結晶化における不純物輸送に関する物理的理解を深めるとともに、不純物輸送の制御による結晶成長の制御の道を開き、材料設計や製造技術の最適化に貢献すると期待される。
2種類のタイプの結晶成長の様子
 
2種類のタイプの結晶成長の様子

発表概要

 東京大学先端科学技術研究センターの田中肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授、復旦大学 ホアン ガオ キョン 博士、ファン ファン 博士、シャン ドン 博士、チェン イェンシュアン 博士、タン ペン 教授の国際共同研究グループは、単一粒子レベルで不純物の輸送を可視化し、結晶成長のダイナミクスに対して不純物がどのような影響を与えるかについて、研究を行いました。これまで、不純物の輸送が結晶成長に及ぼす影響を粒子レベルで理解することは、結晶化が物理科学や工業分野において重要なプロセスであるにもかかわらず、実験的に困難でした。
 研究グループは、コロイド分散系(注1)を用い、共焦点レーザ顕微鏡(注2)により一粒子レベルの分解能で基板表面での不均一核形成(注3)により形成された結晶の成長過程をリアルタイムで観察しました。これにより、不純物が比較的高濃度に存在する環境で、単一粒子レベルの結晶化を可視化することに成功しました。
 その結果、結晶成長が「連続成長」と「溶融・再結晶化」という2つの異なる成長モードに分岐することを発見しました。本研究により、結晶の初期核形成が粒径や成長界面の形状を決定し、それが不純物の輸送に大きな影響を与えることが明らかになりました。小さな結晶粒では不純物が粒界に効率的に排斥され、連続的な成長が促進されます。一方、大きな結晶粒では不純物が結晶成長界面に蓄積し、局所的な溶融と再結晶化が繰り返されることが分かりました。特に、溶融・再結晶化は結晶化とガラス化の競合によって生じる「脱ガラス化」(注4)の一形態であることが示されました。
 本研究の成果は、結晶成長の制御に新たな視点を提供し、高純度結晶の製造や合金の微細構造制御への応用が期待されます。不純物の輸送を最適化することで、より効率的な材料開発が可能になると考えられます。

本成果は2025年4月15日(火) 18:00(日本時間)に「Nature Physics」のオンライン速報版で公開されました。


ー研究者からのひとことー

本研究では、コロイド分子の動的構造をリアルタイムで可視化することで、結晶化において、不純物が成長モードを左右することが明らかになりました。本研究では、結晶の初期構造が不純物の輸送を決定し、それが「連続成長」と「溶融・再結晶化」の分岐を生むことを発見しました。結晶成長のダイナミクスを明らかにすることで、高純度結晶の製造や合金微細構造の制御など、新たな材料設計の可能性が広がることを期待しています。今後は、実験とシミュレーションの両面からさらなる研究を進め、より詳細な理論モデルの構築や産業応用への展開を目指していきたいと考えています。(東京大学先端科学技術研究センター 田中肇シニアプログラムアドバイザー)
 

発表内容

 結晶成長は、材料科学や工業プロセスにおいて極めて重要な現象であり、その成長過程を適切に制御することは、高性能材料の設計や製造に直結します。しかしながら、成長環境における不純物の影響は非常に複雑であり、従来の研究ではその詳細なメカニズムが十分に解明されていませんでした。本研究では、不純物が存在する環境下での結晶成長の様子を単一粒子レベルで詳細に可視化し、不純物の輸送メカニズムの違いが結晶の成長モードを決定する要因であることを明らかにしました。具体的には、「連続成長(Continuous Growth: CG)」と「溶融・再結晶化(Melting and Recrystallisation: MR)」という二つの成長モードが存在し、それぞれのメカニズムが不純物の輸送経路によって大きく変化することを発見しました。
 小さな結晶粒(グレイン)の場合、不純物は主に横方向へ輸送され、粒界に集まることで成長前線から除去されます。この結果、不純物の蓄積が抑制され、安定した連続成長が可能となります(図1)。一方で、大きな結晶粒では、不純物が成長前線に蓄積し、不純物濃度が一定の閾値を超えると局所的な溶融が発生し、その後再結晶化が起こることが観察されました(図2)。両者の結晶成長のダイナミクスの違いは、結晶成長面の基板からの高さの時間変化の様子から明確に観察されます(図3)。この「溶融・再結晶化モード」は、結晶化とガラス化の競争によって生じる「脱ガラス化現象」の一形態であると考えられます。すなわち、成長過程において局所的な非晶質領域が形成され、一度溶融した後に再び結晶化することで成長が継続するというメカニズムが示唆されました。この発見により、不純物の蓄積が結晶構造の安定性や成長速度に与える影響を定量的に評価することが可能となり、今後の材料開発における重要な知見となると考えられます。

図 1:連続成長モードの動的経路。
 
図1:連続成長モードの動的経路。
成長前線の形態と異物粒子の分布の変化を示しています。上段は、成長前線の上方4層に存在する異物粒子(ピンクの球)を示し、下段は、粒内における異物粒子の分布(青い球)を示しています。カラーバーは、固体の局所的な高さを表しています。

図2:溶融・再結晶成長モードの動的経路。
 
図2:溶融・再結晶成長モードの動的経路。
成長前線の形態と異物粒子の分布の変化。上段:成長前線上部4層に存在する異物粒子(ピンクの球)。下段:結晶粒内部における異物粒子の分布(青の球)。カラーバーは局所的な固体の高さを示し、溶融領域はマゼンタの点線で囲まれています。

図3:二つの結晶成長モード。
 
図3:二つの結晶成長モード。
連続成長モード(左)、融解・再結晶化成長モード(右)それぞれについて、特徴的な結晶領域の高さ ⟨h⟩(左パネル)および平均粒径 L(右パネル)の時間変化を示しています。挿入図は、xy平面およびxz平面における模式的な形態を示しています。

 さらに、本研究では、基板の表面に形成された初期の核形成の分布がその後の結晶成長過程に大きな影響を与えることも明らかになりました。核の分布が均一な場合には、多数の小さな結晶粒が形成され、不純物の輸送が容易になることで連続成長が促進されます。一方、核の分布が不均一な場合には、大きな結晶粒が成長しやすくなり、その結果として不純物が成長前線に蓄積しやすくなります。これにより、局所的な溶融が発生しやすくなり、溶融・再結晶化モードが優勢となることが確認されました。このように、結晶成長の初期構造が不純物の輸送経路を決定し、それが最終的な結晶形態を大きく左右することが示されました。
 本研究の成果は、結晶成長における不純物制御に関する物理的な理解を深めるだけでなく、結晶成長における不純物制御の新たな戦略を提供するものであり、高純度結晶の製造や合金の微細構造制御において重要な示唆を与えます。たとえば、半導体や光学材料などの高純度結晶の製造において、従来の方法では不純物の完全な除去が困難でしたが、本研究で明らかになった「溶融・再結晶化メカニズム」を利用すれば、成長過程における初期構造を適切に調整することで効率的に不純物を除去できる可能性が示されました。また、合金の微細構造制御にも応用できると考えられます。具体的には、適切な核形成条件を設定することで、不純物の局所的な蓄積を抑制し、望ましい微細構造を実現することで材料の強度や靭性を向上させることができると期待されます。
 さらに、不純物の輸送と結晶成長の関係をより詳細に理解することで、ガラス形成やアモルファス材料の特性制御にも応用が可能になると考えられます。例えば、ガラス化を抑制し、制御された結晶成長を実現することで、より均一な微細構造を持つ機能性材料の開発が可能となります。また、液体の過冷却状態における不純物の挙動を考慮することで、ガラス転移の制御や動的異方性の解析にも寄与できると期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学先端科学技術研究センター
 田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授

復旦大学
 ホアン ガオ キョン 博士
 ファン ファン 博士
 シャン ドン 博士
 チェン イェンシュア 博士
 タン ペン 教授

論文情報

雑誌名:Nature Physics
題 名:Impact of impurities on crystal growth
著者名:Qiong Gao, Huang Fang, Dong Xiang, Yanshuang Chen, Hajime Tanaka*, and Peng Tan*  *責任著者
DOI:10.1038/s41567-025-02870-4別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援により実施されました。

用語解説

  • (注1)コロイド分散系
    ここでは、大きさ2μm程度の大きさの揃った球形の固体粒子が液体に分散したもの。
  • (注2)共焦点顕微鏡
    共焦点顕微鏡(共焦点レーザー走査顕微鏡)は、レーザー光を用いて試料を一点ずつ照射し、その反射光や蛍光をピンホールを通して検出する顕微鏡です。ピンホールにより焦点面以外の不要な光が除去されるため、高いコントラストと解像度が得られます。また、焦点を変えながら多数の画像を取得し、三次元再構成が可能な点も特徴です。生物学や材料科学の分野で、細胞内部の観察や微細構造の解析に広く利用されています。
  • (注3)不均一核生成
    不均一核形成とは、結晶が形成される際に、液体中の不純物や容器の壁面、基板などの異種界面を核として結晶化が始まる現象です。これに対し、均一核形成は液体内部の熱揺らぎによって自発的に核が形成されるプロセスを指します。不均一核形成は界面の存在によりエネルギー障壁が低下し、核形成が促進されるため、多くの実際の結晶成長プロセスで支配的な役割を果たします。
  • (注4)脱ガラス化
    脱ガラス化(devitrification)とは、ガラス状態の物質が再結晶化し、結晶構造を形成する現象です。これは加熱や圧力変化、外部からの刺激によって引き起こされ、結晶核の成長に伴ってガラスのアモルファス構造が次第に失われます。脱ガラス化は材料の機械的・光学的特性に影響を与え、ガラス製品や金属ガラス、ポリマーの安定性や加工性に関わる重要なプロセスです。

問合せ先

東京大学 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター
 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)田中 肇(たなか はじめ)

ページの先頭へ戻る