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競争的相互作用が創り出すカイラル構造を内包した新しいゲル形成メカニズム

  • プレスリリース

2025年5月26日

東京大学

発表のポイント

  • 競合する相互作用の下での荷電コロイドの相分離がクラスター内で階層的な秩序形成を引き起こし、無秩序なクラスターからネットワーク、さらにカイラルな剛直クラスターへと遷移する「リエントラント現象」を発見した。
  • 異なるスケールの相互作用が「時間遅延型のフラストレーション」を生み出し、最終的なネットワークの持続性が「剛直構造のパーコレーション」によって支配されることを解明した。
  • 本研究成果は、ナノ粒子集合体や生体ゲルの自己組織化の理解を深め、適応型材料の設計や細胞構造の解明に貢献することが期待される。
荷電コロイドの相分離の様子
荷電コロイドの相分離の様子

発表概要

 東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野(研究当時、現:同センター極小デバイス理工学分野)の田中肇シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学名誉教授)、オプダムユーリ特任助教(研究当時)、舘野道雄特任助教(研究当時、現:カリフォルニア大学研究員)の研究グループは、荷電コロイド分散系(注1)における競合する相互作用がクラスターの階層的な秩序形成をどのように制御するかを数値的に解析しました。電荷のないコロイド系と荷電コロイド系で構造形成に顕著な違いがあることが明らかになりました(図1)。特に、短距離引力と長距離斥力が作用することで、クラスター内部に局所的な正四面体構造が形成され、その後、線状のカイラル構造(注2)へと遷移する過程を明らかにしました。この構造変化により、初期に形成されたネットワークが崩れ、無秩序なクラスターからネットワーク、さらに剛直なカイラルクラスターへと遷移する「リエントラント現象(注3)」が発生することを発見しました(図2)。
 また、最終的なネットワークの構造は剛直構造がネットワーク状に空間的につながる、「アイソスタティックパーコレーション(注4)」によって決定されることを示しました。これにより、分岐点が維持され、ネットワークの持続性が向上することが分かりました。この結果から、異なるスケールの競合相互作用が「時間遅延型のフラストレーション(注5)」を引き起こし、非平衡状態における秩序形成を制御する重要な要因となることが示唆されます。
 本研究の成果は、ナノ粒子集合体や生体ゲル、細胞骨格ネットワークなどのメソスケール(注6)における自己組織化の理解を深めるものです。また、適応型材料の設計や細胞構造の制御など、幅広い応用への貢献が期待されます。
 本成果は2025年5月26日午前10時(日本時間)に「ACS Nano」のオンライン速報版で公開されました。

ー研究者からのひとことー
本研究では、競合する相互作用が非平衡状態での秩序形成に与える影響を明らかにしました。特に、時間遅延型のフラストレーションが構造の変遷を引き起こすことを発見し、自己組織化の新たな視点を提供できたと考えています。今後は、この知見を活かして、適応型材料の設計や生体システムの構造制御への応用を目指したいと考えています。(東京大学先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー 田中肇)

発表内容

 本研究では、荷電コロイド系において、短距離引力と長距離斥力が競合することで、ゲル化の過程や最終的な構造がどのように変化するかを解析しました。電荷のないコロイド系と荷電コロイド系で構造形成に顕著な違いがあることが明らかになりました(図1)。コロイドゲルは、通常、粒子間の短距離引力による相分離を通じて形成され、ネットワーク構造を持つことが知られています。しかし、本研究では、長距離斥力を導入することで、従来とは異なるゲル化メカニズムが生じることを明らかにしました。具体的には、初期段階では短距離引力が支配的となり、ランダムなネットワークが形成されますが、その後、長距離斥力が作用することでネットワークが破壊され、独立したクラスターへと分解されていく現象を観察しました(図2)。このようなネットワークからクラスターへの逆経路(リエントラント現象)は、従来のゲル形成過程とは異なる非平衡ダイナミクスを示しており、競合相互作用が時間的に異なる影響を及ぼすことによって生じる「時間遅延型のフラストレーション」の一例と考えられます。
 さらに、競合相互作用の影響はゲルの局所構造にも大きな変化をもたらしました。本研究では、ゲルの枝状構造が「Bernal螺旋(注7)」に類似したカイラルな直線的配列を形成する一方で、分岐点は無秩序で柔軟なままであることを発見しました(図3)。特に、ゲル化の開始点がアイソスタティックパーコレーションの閾値によって決定されることを示し、局所的な秩序形成がパーコレーションに先行する従来のゲル化とは逆の順序で進行することを明らかにしました。この構造変化により、競合相互作用の強さや範囲を調整することで、ゲルの機械的特性や流体輸送特性を制御できる可能性が示されました。特に、ゲルの枝部分が剛直である一方、分岐点が柔軟であるという特徴的な構造は、ゲルの弾性や流動性の調整に重要な役割を果たすと考えられます。

図1:荷電コロイド系と非荷電コロイド系における大域構造の比較
図1:荷電コロイド系と非荷電コロイド系における大域構造の比較
(a) 研究対象とした荷電コロイド系における相互作用ポテンシャル U(r)を、粒子間距離r/σの関数として示しています。このポテンシャルは、荷電粒子間の長距離斥力と短距離引力の影響を反映しています。(b) 特性波数⟨q⟩の時間発展を、ブラウン運動時間(注8)スケールτBで正規化して示しています。荷電系(実線)と非荷電系(破線)を比較した結果、それぞれの凝集挙動に違いがあることが確認されました。黒線は推定されたスケーリング指数νを示しています。(c)、(d) t=105τBにおけるゲル構造のスナップショットを示しています。ϕ=0.2の体積分率において、非荷電系と荷電系のゲル構造を比較した結果、荷電系では枝の細いネットワークが形成されるのに対し、非荷電系ではより密な構造が見られました。色はシミュレーションボックス内の深さdを表しており、三次元的な構造を可視化しています。
図2:パーコレーション・デパーコレーション転移に伴う構造進化
図2:パーコレーション・デパーコレーション転移に伴う構造進化
(a) コロイド体積分率ϕ=0.125におけるシミュレーション系のスナップショットを示しています。時間の経過に伴う構造変化を観察するため、主要な解析で示された特定の時刻における状態を可視化しています。色は、クラスターの大きさを表しており、t2付近で巨大なクラスターが形成された後、クラスターが再び小さく分断されていることがわかります。視覚化のため、シミュレーションボックスの奥行きの0.2倍の範囲のみをスライス表示しています。この結果から、パーコレーションとデパーコレーション(注9)の転移に伴う微視的な構造変化が明らかになりました。
図3:最大剛体クラスターの局所構造
図3:最大剛体クラスターの局所構造
t=105τB時点におけるシミュレーション系の最大剛体クラスターの局所構造を示しています。四面体(テトラヘドラ)は、それぞれ以下の分類に基づいて色分けされています。右巻きのBernal螺旋に属するもの(黄色)、左巻きのBernal螺旋に属するもの(緑)、キラル欠陥の影響により、左巻き・右巻き両方のBernal螺旋に属するもの(紫)Bernal螺旋に属さないもの(灰色)。この可視化により、キラル欠陥が局所構造に与える影響や、螺旋構造の形成過程を詳細に理解することができます。

 また、ゲル化の進行において、局所的な構造秩序とネットワーク形成の時間スケールが異なることが、非平衡状態でのユニークなダイナミクスを生み出していることも示唆されました。従来の研究では、コロイドゲルの構造進化は大局的な視点で捉えられることが多かったですが、本研究では、粒子レベルでの微視的な秩序形成とその影響を詳細に解析しました。これにより、競合する相互作用がどのように局所的な構造を決定し、それがゲル全体の特性へと影響を及ぼすのかを理解するための新たな視点を提供しました。
 本研究の成果は、ナノ粒子集合体や生体ゲル、細胞骨格ネットワークといったメソスケールの自己組織化現象の理解を深めるだけでなく、適応型材料の設計にも貢献すると考えられます。特に、コロイドゲルの局所・大域構造を精密に制御することで、インク、化粧品、医薬品、エネルギー貯蔵デバイスなど、幅広い応用への展開が期待されます。さらに、生体内におけるタンパク質凝集や細胞内構造の形成などの現象にも、競合相互作用による秩序形成の遅延メカニズムが関与している可能性があり、今後の研究においてさらなる発展が期待されます。本研究で得られた知見を応用することで、より高度な機能を持つソフトマテリアルの設計や、生体システムにおける自己組織化の理解が進むと考えられます。

発表者・研究者等情報

東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野
 オプダム ユーリ 研究当時:特任助教
 舘野 道雄 研究当時:特任助教
  現:カリフォルニア大学 研究員
 田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授
  現:同センター極小デバイス理工学分野

論文情報

雑誌名:
ACS Nano
題 名:
Unraveling the impact of competing interactions on non-equilibrium colloidal gelation
著者名:
Joeri Opdam, Michio Tateno, and Hajime Tanaka* *責任著者
DOI:
10.1021/acsnano.5c03244別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)ならびにオランダ科学研究機構(NWO)のRubicon助成金(019.222EN.002)の支援により実施されました。

用語解説

  • (注1)コロイド分散系
    ここでは、大きさ2μm程度の大きさの揃った球形の固体粒子が液体に分散したもの。
  • (注2)カイラル構造
    カイラル構造とは、物体や分子がその鏡像と重ね合わせることができない、左右非対称な形状を持つ構造のことです。これにより、右巻きや左巻きといった異なる種類の対称性が生じ、特に生物学的システムや化学反応で重要な役割を果たします。
  • (注3)リエントラント現象
    リエントラント現象とは、物理系がある状態から別の状態に変化した後、再び最初の状態に戻る現象のことです。特に、温度や圧力の変化に伴い、物質が一度相転移してから再度元の相に戻るような挙動が見られます。
  • (注4)アイソスタティックパーコレーション
    アイソスタティックパーコレーションとは、物質のネットワークが、構造的に安定し、力学的に均衡した状態を指します。具体的には、ネットワークの各接続点(ノード)が最小限の自由度で結びついており、全体として剛体的な安定性を持つ状態です。この状態は、特に物質が力学的に安定している場合に重要です。
  • (注5)時間遅延型のフラストレーション
    時間遅延型のフラストレーションとは、システム内で相互作用が時間的に遅れを伴って影響を与え、初期の配置や状態が後の状態に予期しない形で影響を与える現象です。この遅延により、システムは一時的にエネルギー的に不安定な状態になり、最終的な平衡に達するまで時間を要することがあります。
  • (注6)メソスケール
    メソスケールとは、物質の構造や現象を説明する際に、原子や分子のスケール(ナノスケール)と、日常的に観察される大きさ(マクロスケール)の間に位置するスケールを指します。具体的には、数ナノメートルから数ミクロンの範囲で、個々の粒子や分子が集まり、集団的な挙動を示すレベルの構造や特性を扱います。
  • (注7)Bernal螺旋
    Bernal螺旋(バーナルらせん)とは、粒子が螺旋状に配置される構造の一種で、特にコロイドや分子システムにおいて見られます。右巻きまたは左巻きの螺旋状に並んだ粒子が特定のパターンを形成し、これにより系全体の特徴的な秩序が生まれる現象を指します。この構造は、特にカイラル性や高次の秩序を持つ系で重要な役割を果たします。
  • (注8)ブラウン運動時間
    ブラウン運動時間(ブラウン時間)とは、ブラウン運動を行う粒子が、周囲の媒質と相互作用しながら移動する際に、その粒子の位置が統計的に変化する時間スケールを指します。
  • (注9)デパーコレーション
    デパーコレーションとは、物質のネットワークが一定の条件下で構造的に崩壊し、全体が一体的な接続を失う現象を指します。特に、ネットワークの中で粒子や結合点が外れることで、最初に存在していたパーコレーション(連結したネットワーク状態)から、非連結な状態に移行する過程です。デパーコレーションは、物質の機械的特性や伝導性に大きな影響を与える場合があります。

問合せ先

東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター 極小デバイス理工学分野
シニアプログラムアドバイザー(特任研究員) 田中 肇(たなか はじめ)

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