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アモルファス材料に潜む構造欠陥を解明
―機械的異方性の起源を粒子構造から明らかに―

  • プレスリリース

2025年6月19日

東京大学

発表のポイント

  • ガラス中の局所的な欠陥構造を初めて粒子レベルで特定し、それがガラス特有の低周波振動モードの発生源であることを明らかにしました。特に、2次元では4粒子から成る局所欠陥が機械的異方性の源であることを実証しました。
  • 従来困難とされていたアモルファス材料における機械的欠陥の定義を、振動モードと局所構造の対応により初めて明確化しました。ガラスの構造的等方性にもかかわらず、局所欠陥が顕著な異方性を誘起することを定量的に示しました。
  • ナノサイズのガラス材料における機械的性能のばらつきを低減するための新たな設計指針を提供します。欠陥制御により、メモリ材料やナノデバイスなどの高性能化が期待されます。
2 次元アモルファス固体の 4 粒子からなる欠陥の中心的な四角構造(左)とその振動モード(右) 。
2次元アモルファス固体の4粒子からなる欠陥の中心的な四角構造(左)とその振動モード(右)。

発表概要

 東京大学先端科学技術研究センター極小デバイス理工学分野の田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/同大学名誉教授と松山湖材料実験室のフー ユアンチャオ 教授の研究グループは、ガラスなどのアモルファス材料(注1)にひそむ局所的な「欠陥」の正体を世界で初めて粒子レベルで明らかにし、それが材料の壊れやすさや強さに大きく影響していることを発見しました。アモルファス材料は、内部構造がランダムで不規則なため、結晶のように目に見える形で「欠陥」を捉えることができず、これまでその正体は謎に包まれていました。
 本研究チームは、ガラス中で一部の粒子だけが大きく振動する「準局在モード(QLM)」(注2)と呼ばれる特殊な振動に注目し、その揺れの中心に4つの粒子が正方形に並んだ「中心的な四角構造」(上図左)(注3)が常に存在することを突き止めました。この構造では、対角線上の2つの粒子が内側へ、残りの2つが外側へ動くような特徴的な動きをしており(上図右)、それが周囲に力のゆがみを広げていることが分かりました。
 さらに、この4粒子の構造を固定すると、ガラス全体の力の伝わり方が均一になり、材料の「方向による壊れやすさ」がほとんど消えることが確認されました。つまり、この「中心的な四角構造」こそが、アモルファス材料の中に存在する「見えない欠陥」であり、材料の性質を左右する重要な役割を担っていたのです。
 この成果は、ガラスなどの材料がなぜ壊れやすいのか、どうすればより強くできるのかという長年の疑問に答えるものであり、将来的には、ナノデバイスやメモリ材料、超安定ガラスなどの高性能材料の開発に役立つと期待されています。

 本成果は2025年6月17日午前10時(英国夏時間)に「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されました。

ー研究者からのひとことー
ガラスは見た目には均一でも、その中には局所的に変形しやすい「隠れた弱点」が存在していました。今回、私たちはその正体を初めて粒子レベルで明らかにすることに成功しました。この発見は、アモルファス材料の壊れやすさや変形の起点となる欠陥の実体を捉えたものであり、より強く、壊れにくい材料設計への手がかりとなります。今後は、こうした欠陥の制御や除去により、次世代ナノ材料の性能向上を目指した応用展開を進めていきたいと考えています。(東京大学先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー 田中肇)

発表内容

 私たちの身の回りにはガラスのように規則的な構造を持たない「アモルファス材料」が数多く存在します。これらの材料は、見た目は透明でなめらかですが、その内部構造は非常に乱雑で、どこにも明確な秩序がありません。これに対して、ダイヤモンドや金属のような「結晶」は、原子が整然と並んだ構造を持ちます。結晶では、構造が乱れた「欠陥」の存在が材料の性質(強さ、変形のしやすさ、伝導性など)を大きく左右することが知られています。しかし、ガラスのように無秩序な材料では、ソフトスポット(注4)と呼ばれるQLMをもたらす柔らかい領域の存在は知られていましたが、微視的レベルで何が「欠陥」と呼べるのかが長い間はっきりせず、それが材料の壊れやすさや寿命を左右することは分かっていても、その正体を明確に微視的レベルで説明することはできませんでした。
 今回の研究では、ガラスの中にひそむ「揺らぎ」――具体的には、ごく一部の原子だけが弱く振動するQLMという特殊な振動現象――に注目しました。これらの振動はガラスの性質に深く関わっており、低温での熱伝導や変形の起点になることが知られています。このQLMが「欠陥」として機能している可能性を探るため、本研究チームはコンピュータ上でガラスを再現する分子動力学シミュレーションを行い、揺らぎの中心構造を解析しました。
 その結果、2次元系の場合、すべてのQLMの中心には「中心的な四角構造」(4つの粒子が正方形に並んだ構造)が存在することを発見しました。この4粒子は、2つが内向き、2つが外向きに動くという特徴的なパターンで振動しており、その動きによって周囲に歪み(力の偏り)を生み出しています。この構造の振動は、ただの小さな動きにとどまらず、ガラス全体の中で「力の通り道」や「壊れやすい方向」をつくり出す原因となっていました。この中心的な四角形は、微視的なエシェルビー型包含体(注5)とみなすことができます。実際にこの4粒子だけを動かないように固定すると、材料全体の力の伝わり方が均一になり、ガラスの中にあった「方向による強さの違い(力学的異方性)(注6)がほとんど消えることが分かりました(図1)。つまり、この小さな構造が、材料全体の強さを左右する重要な欠陥だったのです。

図 1:欠陥により誘起されるせん断異方性。
図1:欠陥により誘起されるせん断異方性。
(左)欠陥を含む2次元ガラスおける角度依存せん断弾性率G(θ)の極座標で表示。5種類の測定結果を内側から外側に向かって示す:(薄青)ピン留めなしの通常状態、(赤)中心的なストリング原子を固定、(黄)中心的な四角構造原子のみを固定(赤とほぼ重なる)、(青)中心的な四角構造原子とθ依存ストリングを固定、(橙)中心的な四角構造原子とすべての隠れたストリングを固定。(右)角周波数ω=0.8±0.4における粒子レベルの横方向状態密度(注7)。マゼンタ色の原子は、θ依存のストリングと中心的な四角構造原子の和集合を示す。

 さらに、この「中心的な四角構造」は単体で存在するのではなく、その周囲には「中心的ストリング構造」(一列に並んだ振動しやすい粒子たちの列)が自然に形成されることも確認されました。これらの粒子列は、材料の方向によって異なる動きを見せるため、材料が受ける力の向きによって、あるときは変形の原因になり、あるときはならないといった挙動を見せます。このような構造の「方向依存性」が、ガラスがどの方向に壊れやすいかを決める鍵であることも分かりました。
 面白いことに、この中心的な四角構造はガラスだけでなく、空孔(欠けた部分)を持つ結晶の中でも観察されました(図2)。つまり、このような「揺らぎから生まれる欠陥構造」は、構造が無秩序なガラスだけでなく、ある程度秩序のある結晶にも共通する「普遍的な力学的欠陥」である可能性があるのです。
 従来、「欠陥」とは、整った構造が乱れた部分であるという考え方が主流でした。しかし今回の研究では、そもそも構造に秩序がないアモルファス材料の中にも、力の不均衡を引き起こす「振動パターン」としての欠陥が存在し、それが材料の強さや変形のしやすさを左右していることが示されました。これは、アモルファス材料の理解にとって、まったく新しい視点を提供するものです。
 この成果は、材料科学や物性物理の基礎研究として重要であると同時に、応用面でも大きな可能性を持っています。たとえば、ナノスケールのガラス材料(光学素子やメモリ材料など)では、構造は等方的でも、実際の力の伝わり方が方向によって異なることで、力学的には強い異方性を持つ可能性があり、特にナノスケールの材料では思わぬ性能のばらつきが生じることがあります。本研究で明らかになったような局所欠陥を特定・除去・制御する技術が確立されれば、ガラスの「弱点」を設計の段階であらかじめ取り除き、より高性能で安定した材料をつくることが可能になります。
 また、今回の成果は、最近注目されている「超安定ガラス」や「メカニカルメモリ材料」の研究にも波及効果を持つと考えられます。たとえば、物理蒸着による高密度ガラスの形成や、機械的な刺激を与えることで材料の内部構造を「学習」させる技術(メカニカルトレーニング)に応用することで、欠陥の少ない強靭な材料設計が可能になると期待されます。

図 2:表面に誘起された結晶化の核生成速度。
図2:表面に誘起された結晶化の核生成速度。
(左)原子スケールの振動感受率(注8)の可視化。2つの空孔欠陥は、4つの赤い粒子で示されている。
(右)欠陥を含む結晶における角度依存せん断弾性率G(θ)を極座標で表示。内側の青い曲線は通常(ピン留めなし)の状態でのG(θ)を、外側の赤い曲線は4つの中心的原子をピン留めした場合のG(θ)を示している。

 本研究は、アモルファス材料に対する従来の見方を根本から覆し、「欠陥は存在しない」という常識に対して、「力の不均衡があれば欠陥は形成される」という新たな理解をもたらしました。今後は、より現実的な材料モデルや3次元システムへの拡張、温度効果の導入、さらには複数の欠陥構造の相互作用による変形のダイナミクスなど、さらに広い視点からの研究が期待されます。

参考文献
1 H. Tong, H. Hu, P. Tan, N. Xu, H. Tanaka, Revealing Inherent Structural Characteristics of Jammed Particulate Packings, Phys. Rev. Lett. 122, 215502 (2019);
東京大学生産技術研究所プレスリリース(2019年6月3日)「ぎゅうぎゅう詰めにされた粒子群の構造的特徴」
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3121/.別ウィンドウで開く

発表者・研究者等情報

東京大学先端科学技術研究センター 極小デバイス理工学分野
 田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授

松山湖材料実験室
 フー ユアンチャオ 教授

論文情報

雑誌名:
Nature Communications
題 名:
Unveiling hidden particle-level defects in glasses
著者名:
Yuan-Chao Hu*, Hajime Tanaka* *責任著者
DOI:
10.1038/s41467-025-60781-7別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援を受け実施されました。

用語解説

  • (注1)アモルファス材料
    原子や分子が不規則に並んでおり、結晶のような明確な構造を持たない固体。ガラスや高分子材料、金属ガラスなどが代表例である。構造が乱雑なため、欠陥の定義や力の伝わり方の理解が難しい。
  • (注2)準局在モード(QLM)
    ガラスのような不規則な材料中で、一部の粒子のみが局所的に揺れる振動モード。振動は全体には広がらず、中心付近に限定されているため「準局在」と呼ばれる。低温の熱伝導や変形の起点として重要な役割を果たす。
  • (注3)中心的な四角構造
    QLM の中心に見られる、4 粒子が正方形状に並び、2 つが内向き・2 つが外向きに揺れる特徴的な構造。この振動により局所的な体積変化と四方へのせん断場が生じ、ガラスの機械的性質に大きな影響を与える。
  • (注4)ソフトスポット
    外部からのわずかな力に対しても変形が起こりやすい「弱い場所」 。ガラスなどのアモルファス材料においては、QLM と重なる位置に存在しやすく、破壊や流動の起点になることが知られている。
  • (注5)エシェルビー型包含体
    固体中に局所的な変形源があると、その周囲に弾性的なゆがみが広がる現象を理論的に記述したモデル。本研究では、中心的な四角構造がこのような変形源として働き、力学的欠陥として振る舞うことが示された。
  • (注6)力学的異方性
    材料が方向によって異なる性質を示すこと。例えば、せん断のしやすさが方向によって変わる場合、機械的異方性があるとされる。構造的には等方的に見えるガラスでも、欠陥の存在により力学的な異方性が生じうる。
  • (注7)横方向状態密度
    物質中の振動モードのうち、せん断(横方向)の変形に対応する成分のエネルギー分布を示す物理量です。特にアモルファス材料では、局所的なせん断振動の存在や分布を把握するのに有効で、材料の柔らかさや欠陥の位置と強く関係しています。
  • (注8)振動感受率
    各粒子が微小な熱励起にどれだけ応答しやすいか(つまりどれだけ振動しやすいか)を表す指標です。ゼロ温度極限での熱的揺らぎの大きさに基づいて計算され、高い値を持つ粒子は機械的に柔らかく、局所的に不安定な環境にあることを示します。これは、ガラス中の隠れた欠陥や弱点を特定する手がかりとなります。

問合せ先

東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター
シニアプログラムアドバイザー(特任研究員) 田中 肇(たなか はじめ)

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