単一元素金属がガラス化する仕組みを解明
―結晶化と準結晶化の競合がガラス形成を促進する―
- プレスリリース
2025年9月10日
東京大学
発表のポイント
- 単一元素(金属)のガラス形成能力(ガラス化のしやすさ)が、結晶化と準結晶化の競合によって決まることを明らかにしました。
- タンタルでは、結晶様の事前秩序化や階層的な二十面体秩序によって促進される非古典的な経路を通じて結晶化と準結晶化の強い競合が生じ、その結果ガラス化が促進されることを発見しました。
- 本成果は、単一元素金属のガラス化や準結晶の形成メカニズムを統一的に説明するものであり、ガラス材料や次世代金属ガラスの開発に新たな指針を与えます。

発表概要
東京大学先端科学技術研究センター極小デバイス理工学分野の田中肇シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/同大学名誉教授は、松山湖材料実験室のフーユアンチャオ教授らと共同で、単一元素(金属)がガラス化するメカニズムを大規模シミュレーションにより解明しました。ガラスは原子が不規則に並んだアモルファス固体(注1)であり、強度や耐食性、電気的特性から次世代材料として注目されていますが、その多くは複数元素の合金に限られ、単一元素のガラス化は極めて稀でした。
本研究では、ガラス化するタンタル(以下、Ta)と結晶化しやすいジルコニウム(以下、Zr)を対象に、過冷却液体(注2)における構造変化や結晶化速度を分子動力学シミュレーションで比較しました。その結果、Taでは液体中に二十面体構造(原子が二十面体状に配列した局所的な秩序)(注3)が連結した中距離秩序(注4)が形成され、これにより結晶化が阻害されガラス化が促進されるという「非古典的経路」(注5)の存在を見出しました。一方、Zrでは二十面体構造が乏しく、その結果結晶化は阻害されることなく液体から直接結晶化が進行することが示されました。
これにより、単一金属原子のガラス形成は「結晶化と準結晶化の競合」によって制御されるという新たな物理的原理が提示されました。この成果は、単一元素のガラス化の機構についての長年の謎を解明するとともに、金属ガラス(注6)や準結晶(注7)、さらには相変化材料や電池電極材料など幅広い先端材料の設計指針となることが期待されます。
本成果は2025年9月10日午前10時(英国夏時間)に「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されました。

ー研究者からのひとことー
1種類の元素だけでできた金属がガラスになるという現象の物理的メカニズムは長年の謎でした。本研究では、結晶化と準結晶化の間の微妙な競合がガラス化を導くという物理的な仕組みを初めて明確にしました。この知見は、新しいガラス材料の設計や、準結晶や相変化材料の理解にもつながると考えています。(東京大学先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー 田中肇)
発表内容
ガラスは、原子や分子が不規則に並んだアモルファス材料であり、透明ガラスや高分子材料だけでなく、金属ガラスやセラミックスなど多岐にわたり利用されています。特に金属ガラスは、結晶性金属にはない高強度や耐食性、優れた加工性などの特性を持ち、次世代構造材料や電子デバイス材料として注目されています。しかし、その多くは複数元素からなる合金系に限られており、単一元素(金属)がガラス化する例は極めて稀でした。単一元素のガラス化は、材料科学における基礎的な問いとして長年注目されてきましたが、その物理的メカニズムは未解明でした。
本研究では、超高速冷却下でガラス化するTaと、同様の条件でも結晶化するZrを比較対象とし、過冷却液体状態からの結晶化・ガラス化過程を大規模分子動力学シミュレーションによって詳細に解析しました。まず、結晶化速度を評価したところ、Zrは極めて短時間で結晶化が進行する一方、Taではその速度が2桁以上遅く、ガラス化しやすいことが確認されました(図1)。さらに、Taでは結晶化と準結晶化がほぼ同じ時間スケールで進行し、両者の秩序化が拮抗しながら競合していることが明らかになりました(図1)。
この結晶化挙動の違いの起源を探るために液体構造の局所秩序を解析したところ、Taの過冷却液体では二十面体構造が高密度に形成され、これらが相互に連結して中距離秩序を構築していることが分かりました(図2)。この二十面体構造は結晶の規則構造と相容れず、結晶核形成の界面エネルギーを増大させることで結晶化を阻害します。しかし同時に、この秩序は準結晶的な中間構造の形成を助ける作用を持ちます。シミュレーションでは、Taの準結晶形成が準結晶的中間相の形成を経由する非古典的な結晶化経路を通じて進行する様子が観察されました。すなわち、液体中に形成された二十面体構造群は濡れの効果によって界面エネルギー(注8)を低下させ、準結晶的な中距離秩序の発達を促します。その結果、結晶化が阻害されてガラス化が進む場合や、準結晶相の形成へとつながる場合があります。
一方で、Zrでは二十面体構造の形成が極めて少なく、液体から直接、結晶核が生成・成長する古典的な結晶化過程が支配的であることが明らかになりました(図2)。この比較により、ガラス形成には結晶化と競合する局所構造秩序が不可欠であることが実証されました。
さらに、研究チームは結晶化速度を決定する要因を詳細に解析しました。結晶化における駆動力(自由エネルギー差)や拡散速度はTaとZrで大きな差がなく、決定的な違いは液体と結晶界面のエネルギーに起因することが判明しました。特にTaでは、液体中の二十面体秩序が界面エネルギーを高め、結晶化を抑制すると同時に準結晶核の形成を促進する役割を果たしていました。この結果は、結晶化・準結晶化・ガラス化が界面エネルギーと局所秩序のバランスによって統一的に理解できることを示しています。
本研究により、単一元素のガラス化という現象は「結晶化と準結晶化のバランスした競合」という新しい視点で説明できることが明らかとなりました。さらに、このメカニズムは金属ガラスの形成のみならず、準結晶の成長や安定化、さらには相変化メモリ材料やリチウム・ナトリウム金属電池電極におけるアモルファス構造の形成原理の解明やガラス形成能(注9)の制御にも応用可能であり、材料科学における広範な基礎・応用研究に波及効果をもたらすことが期待されます。


発表者・研究者等情報
東京大学先端科学技術研究センター 極小デバイス理工学分野
田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授
松山湖材料実験室
フー ユアンチャオ 教授
バイ ハイヤン 教授
ワン ウェイファ 教授
華南理工大学
ジャイ J. T. 博士
リウ レーフア 教授
チャン W. W. 教授
論文情報
- 雑誌名:
- Nature Communications
- 題 名:
- Monatomic glass formation through competing order balance
- 著者名:
- Yuan-Chao Hu*, J. T. Zhai, Le-Hua Liu*, W. W. Zhang, Hai-Yang Bai, Wei-Hua Wang, Hajime Tanaka* *責任著者
- DOI:
- 10.1038/s41467-025-63221-8

研究助成
本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援を受け実施されました。
用語解説
- (注1)アモルファス固体(ガラス)
原子や分子が不規則に配置された固体で、結晶のような周期的な秩序構造を持たない材料。ガラスや高分子、金属ガラスなどが代表例。透明性や成形性、耐食性などの特性を持ち、日常的なガラス製品から先端工業材料まで幅広く利用される。 - (注2)過冷却液体
融点以下まで冷却されても結晶化せず、液体状態を保った物質。過冷却状態は結晶核形成の駆動力が高まり、結晶化やガラス化の研究において重要な状態である。 - (注3)二十面体構造
20枚の三角形の面で構成される多面体(正二十面体)の頂点に原子が配置された局所構造。液体金属やガラス中に自発的に現れやすいが、結晶構造とは幾何学的に相容れないため、結晶化を妨げる要因になると考えられている。ガラス形成における「局所秩序」の代表例。 - (注4)中距離秩序
中距離秩序とは、原子や分子が数個から数十個程度のスケールで示す秩序構造を指す。局所的な短距離秩序(最近接原子間の配置)と、結晶のような長距離秩序(周期的な構造)の中間に位置する概念。ガラスや過冷却液体では、原子がランダムに並んでいるように見えても、局所的には二十面体構造などの短距離秩序が形成され、それらが連結することで中距離秩序が現れる。この中距離秩序は結晶化を阻害する要因となるほか、ガラス特有の力学的・熱的性質を決定づける重要な構造要素と考えられる。 - (注5)非古典的経路
古典的核形成理論では、結晶化は液体中の粒子がランダムに集まり、臨界サイズの結晶核が形成されて進行するとされる。これに対し、非古典的経路では、液体中に現れる局所秩序や中間相(準結晶など)を経由して結晶やガラスが形成される複雑な経路を指す。 - (注6)金属ガラス
金属でありながら結晶構造を持たないアモルファス材料。高強度や耐摩耗性、耐食性などに優れ、成形性が高い。多くは合金系で作製されるが、単一元素での金属ガラス化は極めて難しく、材料科学における基礎的な課題となっていた。 - (注7)準結晶
結晶とアモルファスの中間的な秩序を持つ固体。長距離秩序はあるが周期性を欠く特徴を持ち、五回対称性など通常の結晶では許されない対称性を示す。1980年代に発見され、ノーベル化学賞(2011年)でも注目された。ガラス化過程での中間相としても現れる。 - (注8)界面エネルギー
液体と固体(結晶)など、異なる相が接する界面でのエネルギー。結晶化の際には核形成の障壁となり、その大きさが結晶化速度やガラス化のしやすさを決定する。液体中の局所構造が界面の「なじみやすさ」を変化させ、結晶化や準結晶化に影響を及ぼす。 - (注9)ガラス形成能
ある物質がガラス化しやすい性質を指す指標。一般的には、融点から冷却した際に結晶化せずガラス状態に移行できる臨界冷却速度で評価される。GFAが高い物質ほど低い冷却速度でガラスが得られる。
問合せ先
東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター
シニアプログラムアドバイザー(特任研究員) 田中 肇(たなか はじめ)

