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結晶のような新しいガラスの秩序状態を発見
―対称性を破らずに結晶の性質をもつ「理想非結晶」を実現―

  • プレスリリース

2026年2月13日

東京大学

発表のポイント

  • 結晶でも準結晶でもない、新しいガラスの秩序状態「理想非結晶(Ideal Noncrystals)」を発見しました。対称性を破らないにもかかわらず、長距離にわたる非自明な構造相関をもつ固体状態を実現しました。
  • 理想非結晶は、結晶とほぼ同様の振動・弾性特性を示すことを明らかにしました。ガラスに普遍的とされてきたボゾンピークが消失し、振動状態はデバイ則に従い、弾性応答も結晶的(アフィン)になります。
  • 本成果は、ガラス転移の本質的秩序パラメータの候補を提示するとともに、結晶の異方性をもたない高安定材料設計への新たな指針を与えると期待されます。
粒子の詰まりやすさを表す、新しい秩序指標「局所的パッキング能」の最適化
粒子の詰まりやすさを表す、新しい秩序指標「局所的パッキング能」の最適化

発表概要

 東京大学端科学技術研究センターの田中 肇 名誉教授らの研究グループは、中国科学技術大学、復旦大学などとの国際共同研究により、従来の「結晶―非晶質(注1)」という枠組みを超える新しいガラスの秩序状態「理想非結晶(Ideal Noncrystals)」を発見しました。固体は通常、周期構造をもつ結晶か、無秩序な構造をもつガラス(非晶質)に分類されます。1980年代には、周期性をもたないにもかかわらず長距離方位秩序(注2)をもつ準結晶(注3)が発見され、物質の秩序概念が拡張されました。しかし、通常の意味で対称性を破らずに、結晶のような物性を示す状態が存在するかどうかは、長年未解決の問題でした。本研究では、粒子同士の局所的なパッキング効率を定量化する秩序パラメータ、「局所パッキング能」に着目し、この秩序を極限まで最適化する新しい数値的手法を開発しました。その結果、結晶化も準結晶化も起こらず、非周期的でありながら、長距離の構造相関をもつ二次元の理想非結晶状態が実現することを示しました。
 さらに、理想非結晶では、低周波振動が結晶と同じデバイ則(注4)に従う、ガラスに特有なボゾンピーク(注5)が消失する、弾性応答がほぼ完全にアフィン(結晶的)(注6)になる、密度ゆらぎが抑制され、ハイパーユニフォーム状態(注7)に近づく といった、従来のガラスとは本質的に異なる物性が現れることが示されました。
 これらの結果は、「秩序=対称性の破れ」という従来の常識を覆し、エントロピー(注8)駆動による新しい秩序原理の存在を示すものです。

 本成果は2026年2月13日(金) 10時(英国時間)に「Nature Materials」のオンライン速報版で公開されました。

ー研究者からのひとことー
ガラスでありながら、結晶と同じように振る舞う固体が本当に存在するのか――これは長年、理論的にも概念的にも未解決の問題でした。今回、パッキングに関する秩序を極限まで高めることで、対称性を壊さずに結晶的性質をもつ「理想非結晶」が実現できることを示しました。本成果は、ガラス転移の理解だけでなく、等方的で安定な新材料設計にもつながると期待しています。
(東京大学先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー 田中肇)

発表内容

 物質は、その内部構造の秩序の違いによって、結晶とガラス(非晶質)に大別されてきました。結晶は原子や粒子が周期的に並び、並進対称性や回転対称性を破ることで明確な秩序を持ちます。一方、ガラスはそのような対称性を持たず、無秩序な構造を特徴とします。1980年代には、周期性を持たないにもかかわらず長距離方位秩序を示す準結晶が発見され、物質の秩序概念は大きく拡張されました。しかし、対称性を破らないにもかかわらず、結晶のような物性を示す固体が存在するのかという問題は、これまで未解明のままでした。
 本研究では、この根本的な問いに対し、数値シミュレーションを用いて新しい答えを提示しました。研究チームは、粒子同士の「局所的なパッキング効率」や局所的な幾何学的最適性を定量化する秩序パラメータ「局所パッキング能」に着目しました。これは、結晶構造か否かに依らず、粒子配置がどれだけ効率的に空間を埋めることが可能かを評価できる指標です。これまでの研究から、この局所パッキング秩序がガラス形成や動力学の低下を支配していることが示唆されていましたが、その極限状態がどのような構造を持つかは分かっていませんでした。
 本研究では、ガラス化しやすい多分散(注9)粒子系を用い、まずスワップモンテカルロ法(注10)によって低温まで十分に平衡化した状態を作製しました。その後、局所パッキング能が最大となるよう粒子サイズを微調整し、構造を最適化する手法を開発しました。この操作は結晶化や相分離を引き起こさず、系を熱力学的に安定な方向へと導くものです。その結果、結晶でも準結晶でもない、非周期的な構造でありながら、局所パッキング能がほぼ完全に最適化された新しい固体状態が得られました。研究チームはこの状態を「理想非結晶(Ideal Noncrystals)」と名付けました(図1参照)。

図1:局所パッキング能の発達に伴う結晶秩序を伴わないガラス状態構造の変化
図1:局所パッキング能の発達に伴う結晶秩序を伴わないガラス状態構造の変化
異なる平衡化温度𝑇𝑝から得られた固有状態(注11)構造における局所パッキング能Θを可視化しています。平衡化温度の低下とともに、局所パッキング秩序が上がり、理想非結晶状態(iv)では、ほぼ最適化され一様状態になっていることがわかります。挿入図は、粒子配置の周期性を調べる指標を確認するための二次元静的構造因子を示しており、結晶特有の鋭いピークは見られないことから結晶的な秩序が存在しないことがわかります。

 理想非結晶の構造を解析すると、並進対称性や回転対称性(注12)の破れは見られません。しかし、粒子配置の中には、三角形構造が連なった「コヒーレントパス」と呼ばれる幾何学的なつながりが系全体に張り巡らされていることが分かりました。研究チームは、この特徴を捉えるために、従来の秩序パラメータではなく、経路に沿って構造の乱れを積算する新しい相関関数を導入しました。その結果、理想非結晶では長距離にわたる構造相関が存在し、液体や通常のガラスとは本質的に異なる秩序が形成されていることが明らかになりました。
 さらに、理想非結晶の物性を調べたところ、驚くべき特徴が見いだされました。通常のガラスでは、低周波振動状態にボゾンピークと呼ばれる異常が現れますが、理想非結晶ではこれが消失し、振動状態は結晶と同じデバイ則に従うことが分かりました(図2参照)。また、弾性応答を解析すると、ガラスに特有な非アフィン変形が抑制され、結晶と同様にアフィンな変形が支配的になることが示されました。さらに、長波長の密度ゆらぎが大きく抑制され、ハイパーユニフォーム状態に近づくことも確認されました。
 これらの結果は、「秩序とは対称性の破れによってのみ実現する」という従来の常識を覆すものです。理想非結晶は、対称性を破らず、エントロピーに基づく構造最適化によって実現する新しい秩序状態であり、新しいカテゴリーに属する、ある意味で理想的なガラス状態と言えます。また、本研究は、局所パッキング秩序パラメータがガラス転移を記述する本質的な秩序変数となり得ることを強く示唆しています。
 本成果は、ガラス物理の基礎理解を深めるだけでなく、結晶の異方性を持たず、かつ高い機械的・熱的安定性を備えた新材料設計への道を拓くものです。将来的には、コロイド材料や顆粒系、さらには先端加工技術を用いた人工構造体において、理想非結晶の実験的実現と応用が期待されます。

 
図2:理想非結晶に近づく過程における振動モードの変化。
図2:理想非結晶に近づく過程における振動モードの変化。
a–c, 立体秩序Θの異なる系に対する振動状態密度(注13) D(ω)(a)、対応する参加率(注14) p(ω)(b)、および積分振動状態密度 I(ω)(c)を示しています。aにおける矢印は、デバイ理論により予測される理想非結晶における最初の平面波モードの周波数を示しており、実線はアモルファス固体に特徴的な D(ω)∼ω4のスケーリングを示しています。cにおける二本の実線は、それぞれアモルファス固体に典型的な I(ω)∼ω5と、結晶に典型的な I(ω)∼ω2の振る舞いを表しています。対応する平衡化度が T=2×10-3,10-3,5×10-4,2×10-4,10-6となるにつれパッキング秩序Θが小さくなります。d,図1eに対応して、局所パッキング秩序の異なる構造における最低周波数振動モードの可視化を示しています。理想非結晶状態に近づくにつれて、欠陥構造が消え振動モードは結晶の音波(フォノン)に近づいていきます。

発表者・研究者等情報

東京大学先端科学技術研究センター 極小デバイス理工学分野
 田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授

中国科学技術大学
 シンユー ファン 博士
 ディン シュウ 博士
 ジエンホア ジャン 博士
 ニン シュウ 教授
 フア トン 教授

安徽大学
 ハオ フー 教授

復旦大学
 ぺン タン 教授

論文情報

雑誌名:
Nature Materials
題 名:
Ideal noncrystals: A new class of ordered states without symmetry breaking
著者名:
Xinyu Fan, Ding Xu, Jianhua Zhang, Hao Hu, Peng Tan, Ning Xu*, Hajime Tanaka*, Hua Tong* *責任著者
DOI:
10.1038/s41563-026-02496-8別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援を受け実施されました。

用語解説

  • (注1)非晶質(ガラス)
    原子や分子が不規則に配置された固体で、結晶のような周期的な秩序構造を持たない材料。ガラスや高分子、金属ガラスなどが代表例。透明性や成形性、耐食性などの特性を持ち、日常的なガラス製品から先端工業材料まで幅広く利用されます。
  • (注2)方位秩序
    方位秩序とは、原子や分子、粒子などが空間中でどの向きを向いて配置されているかに関する秩序のことです。位置が周期的に並んでいなくても、粒子同士の向きや結合の方向に一定の規則性が保たれている場合に、方位秩序が存在するといいます。例えば、結晶では粒子の位置が規則正しく並ぶと同時に、結合の方向もそろっており、強い方位秩序が存在します。一方、液体では粒子の向きは時間とともに変化し、方位秩序はごく短い距離に限られます。ガラスでは長距離の位置秩序はありませんが、近接した粒子間では局所的な方位秩序が残る場合があります。このように、方位秩序は結晶、液体、ガラスなどの物質状態を区別し、その構造や物性を理解するうえで重要な概念です。
  • (注3)準結晶
    結晶とアモルファスの中間的な秩序を持つ固体。長距離方位秩序はあるが周期性(並進対称性)を欠く特徴を持ち、五回対称性など通常の結晶では許されない対称性を示します。1980年代に発見され、ノーベル化学賞(2011年)でも注目されました。
  • (注4)デバイ則
    デバイ則とは、結晶中の原子の集団的な振動(フォノン)の振る舞いを記述する理論で、低い振動数の領域では、振動状態の数が振動数のべき乗に比例して増加することを示します。三次元の結晶では、振動状態密度は振動数の二乗に比例すると予測されます。この関係は、結晶のように規則正しい構造をもつ固体に普遍的に成り立つ基本法則であり、低温での比熱や熱伝導などの性質を理解する基礎となっています。通常のガラスやアモルファス固体では、このデバイ則からのずれが生じることが知られており、その違いは固体の内部構造の乱れを反映しています。
  • (注5)ボゾンピーク
    ボゾンピークとは、ガラスやアモルファス固体において、低振動数領域に現れる振動状態の過剰な増大を指します。結晶では振動状態はデバイ則に従って増加しますが、ガラスではその予測よりも多くの振動状態が存在し、これがスペクトル上の「ピーク」として観測されます。この異常な振動状態は、ガラス特有の無秩序な構造や局所的なゆがみに起因すると考えられており、低温での比熱や熱伝導率など、ガラスの特異な物性と深く関係しています。ボゾンピークは、結晶とガラスの構造的な違いを反映する代表的な指標の一つです。
  • (注6)アフィン(結晶的)変形
    アフィン(結晶的)変形とは、物質に変形や力を加えたときに、内部の原子や粒子が空間全体の変形に従って一様に動く性質を指します。結晶では、規則正しい構造をもつため、外から加えた圧縮やせん断に対して、すべての粒子が同じ割合で整然と移動します。このような変形の仕方をアフィン変形と呼び、結晶に典型的な挙動です。一方、ガラスやアモルファス固体では、構造の乱れのために粒子の動きが不均一となり、局所的に大きくずれる非アフィン変形が生じます。したがって、アフィン(結晶的)な応答が現れることは、結晶に近い秩序や力学的安定性をもつことを示す指標の一つとなります。
  • (注7)ハイパーユニフォーム状態
    ハイパーユニフォーム状態とは、物質中の密度のゆらぎが非常に強く抑えられた状態を指します。通常の液体やガラスでは、観測する領域の大きさが大きくなるにつれて、粒子数や密度のゆらぎも増加しますが、ハイパーユニフォームな系では、長い距離スケールにおいてこれらのゆらぎがほとんど生じません。
  • (注8)エントロピー
    エントロピーとは、系の中にどれだけ多くの状態の取り方があるか、言い換えると、物質の「乱雑さ」や「自由度の大きさ」を表す物理量です。エントロピーが大きいほど、原子や分子の配置や運動の可能性が多く、熱力学的に安定になりやすいとされています。物質の状態は、エネルギーだけでなくエントロピーも含めた自由エネルギーによって決まります。そのため、一見すると規則的に見える構造であっても、粒子がより多く動ける空間を確保できる場合には、エントロピーが増大し、熱力学的に有利になることがあります。本研究で扱うようなエントロピー駆動の秩序形成は、結晶とは異なる新しい秩序状態が生まれる重要な要因となっています。
  • (注9)多分散
    ここでは、多分散とは、系を構成する粒子の大きさが一様ではなく、ばらつきをもって分布している状態を指します。すべての粒子が同じ大きさをもつ場合を単分散と呼びます。
  • (注10)スワップモンテカルロ法
    スワップモンテカルロ法とは、コンピュータシミュレーションにおいて、粒子の位置の移動に加えて、粒子同士の性質(例えば粒子サイズ)を入れ替える操作を取り入れた計算手法です。通常の方法では、温度を下げると粒子の動きが遅くなり、平衡状態に到達するまでに非常に長い時間がかかりますが、スワップ操作を用いることで、構造の再配置が効率的に進み、低温でも平衡状態を実現しやすくなります。この手法は、特にガラス形成物質の研究において有効であり、従来は到達できなかった低温・高秩序の状態を数値的に調べることを可能にしました。本研究では、理想非結晶状態に近い構造を実現するための重要な手段として用いられています。
  • (注11)固有状態
    固有状態とは、原子や粒子の配置に含まれる熱的な揺らぎを取り除き、エネルギーが最小となる安定な構造のことを指します。具体的には、ある温度で得られた構造を計算上でゆっくりと緩和させ、最も近いエネルギー極小状態に落ち着かせたものです。
  • (注12)並進対称性・回転対称性
    並進対称性とは、物質の構造を空間内で一定の距離だけ平行移動しても、見た目や配置が変わらない性質を指します。一方、回転対称性とは、ある点や軸のまわりに一定の角度だけ回転させても、構造が同じに見える性質のことです。
  • (注13)振動状態密度
    振動状態密度とは、固体の中で原子や粒子がどの振動数でどれだけ存在しているかを表す量です。すなわち、ある振動数の範囲に、どれだけ多くの振動モードが含まれているかを示します。結晶では、原子が規則正しく並んでいるため、振動状態密度は理論的に予測されるデバイ則に従います。一方、ガラスやアモルファス固体では、構造の乱れにより、低振動数領域で振動状態密度が過剰に増加することがあり、これはボゾンピークとして観測されます。振動状態密度は、固体の低温熱物性や力学的安定性を理解するための基本的な指標です。
  • (注14)パーティシペーションレシオ(参加率)
    パーティシペーションレシオ(participation ratio)とは、振動モードや変形において、どれだけ多くの粒子がその運動に関与しているかを表す指標です。値が大きい場合は、多くの粒子が広い範囲で協調して動いており、そのモードが空間的に広がった性質(非局在的)をもつことを示します。一方、値が小さい場合は、限られた少数の粒子だけが動いており、運動が局所的に閉じ込められている(局在的)ことを意味します。

問合せ先

東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター
特任研究員 田中 肇(たなか はじめ)

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