複雑対称性をもつ格子を自在に組み上げる新原理
―双対対称性誘導(Dual-Symmetry-Guided)法の確立―
- プレスリリース
2026年4月2日
東京大学
発表のポイント
- 複雑な回転対称性をもつ格子構造を、単純な等方的相互作用のみで自己組織化できる新原理「双対対称性誘導(DSG)法」を実証しました。
- 格子全体を固定するのではなく、対称性を担う部分格子のみを選択的に固定することで、構造安定化と欠陥の自己修復を両立できることを明らかにしました。
- 本成果は、アルキメデス格子および準結晶の普遍的設計指針を与えるとともに、フォトニック・フォノニック材料など機能性メタマテリアル創製への新たな道を開くと期待されます。

発表概要
東京大学先端科学技術研究センターの田中 肇特任研究員/東京大学名誉教授、復旦大学のタン ペン教授のグループ、南京大学のマー ユーチャン教授らとの国際共同研究により、複雑な回転対称性(注1)をもつ格子構造(注2)を、単純な等方的粒子間相互作用のみで自己組織化(注3)させる新しい理論原理「双対対称性(注4)誘導(Dual-Symmetry-Guided; DSG)法」を確立しました。
従来、複雑な結晶構造を安定化するには、相互作用そのものに方向性や多体性(注5)を組み込む必要があると考えられてきました。すなわち、「構造の複雑性は相互作用の複雑さに由来する」という前提が暗黙に受け入れられてきました。しかし本研究は、この常識を再検討し、複雑構造の形成において本質的なのは相互作用の詳細ではなく、幾何学的双対性に基づく対称性の選択であることを示しました。
本研究では、任意のアルキメデス格子(注6)が部分格子とその双対格子の和として表現できるという幾何学的事実に着目し、対称性を担う部分格子のみを選択的に固定する最小拘束戦略を導入しました。その結果、単純な双極子斥力(注7)のみで11種類すべてのアルキメデス格子を実現できることを実験的に示すとともに、準結晶(注8)構造へも拡張可能であることを明らかにしました(図1参照)。
本成果は、複雑構造形成における「相互作用中心」の設計思想から「幾何学・対称性中心」の設計思想への転換を提案するものです。構造安定化と動的可塑性(注9)を両立させるこの原理は、自己組織化の理論的枠組みを拡張し、機能性メタマテリアル(注10)設計に新しい基盤を与えると期待されます。

b アルキメデス格子に対する双対対称性誘導(DSG)法の概念図。赤点は選択的に固定する部分格子 {V₀}、青点と青円はその双対格子 D({V₀})を示す。青点は目標格子点と一致し、青円は目標外の双対点を表す。
c コロイド系によるDSG実験の概略図。油水界面に拘束された帯電コロイド単層が双極子斥力で相互作用し、光ピンセット(注11)により指定位置に時間平均的な調和型ポテンシャル(注12)を形成して部分格子を固定する。
d 音響光学偏向器(AOD)(注13)を用いた高速走査型光ピンセット装置の模式図。音波で駆動される透明結晶によりレーザーを回折し、直交する2つのAODによって二次元方向の高速走査とトラップ位置・強度の独立制御を実現する。
e 実験結果 DSG法により安定化されたアルキメデス格子の顕微鏡像。視認性向上のため輝度・コントラストを調整している。スケールバー:10 µm。
本成果は2026年4月1日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature」に掲載されました。

ー研究者からのひとことー
複雑な構造を作るには複雑な相互作用が必要だと考えられてきました。しかし本研究は、構造の複雑性が相互作用の複雑さではなく、幾何学的双対性の選択から生まれ得ることを示しました。構造を「どれだけ固定するか」ではなく、「どこを固定するか」が重要であるという視点は、今後の機能性材料設計に新しい方向性を与えるものと期待しています。
(東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員/東京大学名誉教授 田中肇)
発表内容
物質の機能は内部構造の対称性と幾何学に強く依存します。特にアルキメデス格子や準結晶のような複雑な回転対称性をもつ構造は、電子状態の特異性、光のバンドギャップ(注14)形成、異常な弾性応答(注15)やトポロジカルな波動伝播(注16)など、従来の単純な周期格子では得られない多様な物性を示すことが知られています。そのため、こうした複雑構造を自在に設計・安定化する方法の確立は、基礎物理学のみならず、フォトニクス(注17)や機械メタマテリアルなど応用分野においても重要な課題とされてきました。
しかし従来、複雑な構造を自己組織化させるためには、粒子形状に方向性を持たせたり、特異な相互作用を導入したりする必要があると考えられてきました。また、外部テンプレート(注18)により全格子点を固定する方法も提案されてきましたが、この場合、欠陥が一旦形成されると構造の安定性が低下し、自己修復機構(注19)が働かないという本質的な問題がありました。すなわち、「強く固定すれば安定だが動けない」「動けるようにすれば秩序が崩れる」という、安定性と可塑性の間のトレードオフが存在していました。
本研究では、この問題を幾何学的双対性という観点から再検討しました。任意のアルキメデス格子は、ある部分格子 {V₀} とその双対格子 D({V₀})の和として幾何学的に再構成できることに着目しました。この性質を利用し、格子全体を固定するのではなく、対称性を決定づける部分格子のみを選択的に固定するという設計原理を提案しました。具体的には、油水界面に拘束された帯電コロイド粒子系(注20)を用い、光ピンセットにより部分格子のみを時間平均的に固定しました。残りの粒子は拡散可能でありながら、双対点へと自発的に配置され、目標とする格子構造が形成されます。
その結果、単純な双極子斥力のみを用いて、11種類すべてのアルキメデス格子を実験的に実現できることを示しました。さらに数値シミュレーションにより、双対対称性条件を満たす場合には、8回・10回・12回対称をもつ二次元準結晶構造も安定化可能であることを確認しました。これにより、本原理が特定の格子に依存する経験的手法ではなく、幾何学に基づく普遍的設計指針であることが明らかになりました。
また、ピン止めした粒子の分率と固定パターンの選択により、移動可能粒子領域の連結性が制御できることも示しました。移動領域が連結している場合には、系は短時間では固体的に振る舞いながら、長時間では粒子が拡散可能な「超固体(注21)的」状態を示し、欠陥が自然に緩和されます。一方で、移動領域が分断されると欠陥緩和が抑制されることも確認されました。これは、構造の安定性と動的緩和機構を幾何学的に制御できることを意味します。
さらに、DSGにより形成される構造は理想的な幾何学配置からわずかな変位を伴いますが、この微小な幾何学的歪みがフォトニックおよびフォノニック応答の制御に利用できる可能性も示されました。すなわち、双対対称性の設計は単なる構造安定化にとどまらず、機能物性の微調整という新しい設計自由度を提供します。
本研究は、複雑構造形成において「相互作用の複雑さ」ではなく「幾何学的双対性の選択」が本質的役割を果たし得ることを示しました。構造安定化と動的可塑性を同時に実現するこの原理は、階層的構造設計や原子・分子スケールへの拡張にもつながる可能性を秘めており、今後の機能性材料設計に新しい理論的基盤を与えるものと期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学先端科学技術研究センター 極小デバイス理工学分野
田中 肇 特任研究員/東京大学名誉教授
復旦大学
タン ペン 教授
ファン ホアン 博士
リ シャオロン 博士
スン ウェンスー 大学院生
ワン チェンシン 大学院生
チェン ヌオ 大学院生
ガン イーニン 大学院生
ホアン ジーピン 教授
南京大学
マー ユーチャン 教授
論文情報
- 雑誌名:
- Nature
- 題 名:
- Dual-symmetry-guided assembly of complex lattices
- 著者名:
- Huang Fang, Xiaolong Li, Wensi Sun, Chengxin Wang, Nuo Chen, Yining Gan, Jiping Huang, Yuqiang Ma*, Hajime Tanaka*, Peng Tan*
*責任著者 - DOI:
- 10.1038/s41586-026-10364-3

研究助成
本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援を受け実施されました。
用語解説
- (注1)回転対称性
ある構造を一定角度だけ回転させたときに、元の配置と重なる性質を回転対称性といいます。例えば正六角形は60度回転で一致する6回対称性をもちます。結晶や準結晶の物性は、この回転対称性の種類と次数に強く依存します。 - (注2)格子構造
空間中で点(原子や粒子の位置)が一定の規則に従って周期的に並んだ構造を格子構造といいます。結晶ではこの格子が三次元的に繰り返されることで長距離秩序が生じ、物質の対称性や物性を決定づける基本的な枠組みとなります。 - (注3)自己組織化
自己組織化とは、外部から詳細な指示を与えなくても、粒子や分子が相互作用に基づいて自発的に秩序ある構造を形成する現象をいいます。自然界の結晶形成や生体構造の形成などにも見られ、材料設計における重要な概念です。 - (注4)双対対称性
双対対称性とは、ある格子構造と、その双対格子(各多角形の中心を結んで得られる格子)との間に成り立つ幾何学的対応関係をいいます。本研究では、この双対関係を利用して対称性を担う部分格子のみを選択的に固定することで、複雑な格子構造を安定化させています。 - (注5)多体性
多体性とは、粒子同士の相互作用が単純な2粒子間の関係だけでは記述できず、3体以上の粒子の配置や環境に依存して決まる性質をいいます。このような多体相互作用は、構造形成や相転移の挙動に大きな影響を与えることがあります。 - (注6)アルキメデス格子
正多角形のみで構成され、すべての頂点で同じ種類・順序の多角形が集まる二次元の半正則格子をアルキメデス格子といいます。全部で11種類が存在し、周期性を保ちながら複数の多角形が組み合わさる点が特徴です。 - (注7)双極子斥力
双極子斥力とは、正負の電荷がわずかに分離した「双極子」として振る舞う粒子同士の間に働く反発力をいいます。本研究のコロイド系では、油水界面に拘束された帯電粒子が像電荷効果により有効な電気双極子を形成し、その結果として距離に依存した斥力が生じます。 - (注8)準結晶
結晶とアモルファスの中間的な秩序を持つ固体。長距離方位秩序はあるが周期性(並進対称性)を欠く特徴を持ち、五回対称性など通常の結晶では許されない対称性を示します。1980年代に発見され、ノーベル化学賞(2011年)でも注目されました。 - (注9)動的可塑性
動的可塑性とは、全体としては秩序ある構造を保ちながら、構成粒子が時間とともに再配置や緩和を行える性質をいいます。これにより、欠陥が自発的に修復されたり、外部刺激に応じて構造が再編成されたりすることが可能になります。 - (注10)メタマテリアル
メタマテリアルとは、構成物質そのものの性質ではなく、内部の人工的な構造設計によって特異な電磁的・音響的・力学的特性を示す材料をいいます。自然界には存在しない負の屈折率や特異な弾性応答などを実現できることが特徴です。 - (注11)光ピンセット
光ピンセットとは、強く集光したレーザー光の力を利用して微小な粒子を捕捉・操作する技術をいいます。光の電場によって粒子に働く力を利用し、非接触で位置を精密に制御できるため、コロイドや生体分子の操作に広く用いられています。 - (注12)調和型ポテンシャル
調和型ポテンシャルとは、粒子が基準位置からずれるほど、そのずれに比例した復元力が働くようなポテンシャルのことをいいます。ばねの力に対応する最も単純なポテンシャルであり、粒子は平衡位置の周囲で安定に揺らぐことができます。 - (注13)音響光学偏向器
音響光学偏向器(AOD)とは、透明な結晶中に音波を伝搬させることで屈折率の周期的変調を生じさせ、レーザー光を回折・偏向させる装置をいいます。音波の周波数を変えることで光の進行方向を高速かつ精密に制御でき、光ピンセットの高速走査などに利用されます。 - (注14)光のバンドギャップ
光のバンドギャップとは、特定の波長(周波数)の光が物質内部を伝搬できなくなるエネルギー領域のことをいいます。フォトニック結晶など周期構造をもつ材料では、構造による干渉効果によりこのギャップが生じ、光の伝播や閉じ込めを制御することができます。 - (注15)弾性応答
弾性応答とは、物質に力を加えたときに生じる変形と、その力を取り除いたときに元の形に戻ろうとする性質をいいます。弾性率やポアソン比などで定量化され、内部構造や対称性に強く依存します。 - (注16)トポロジカルな波動伝播
トポロジカルな波動伝播とは、構造のトポロジー(位相的性質)により保護された波の伝わり方をいいます。このような波は欠陥や不規則性があっても散乱されにくく、一方向に安定して伝播するなどの特徴を示します。 - (注17)フォトニクス
フォトニクスとは、光(フォトン)の生成・制御・伝播・検出を扱う科学技術分野をいいます。半導体レーザーや光通信、光センサーなどに応用されており、材料の構造設計によって光の流れや閉じ込めを精密に制御することが可能になります。 - (注18)外部テンプレート
外部テンプレートとは、あらかじめ作製した基板やポテンシャルパターンを用いて、粒子や分子を特定の位置に配置・誘導する方法をいいます。リソグラフィー加工基板や光学トラップ配列などがこれに相当し、自己組織化を補助するために用いられます。 - (注19)自己修復機構
自己修復機構とは、構造中に生じた欠陥や乱れが、外部からの介入なしに自発的に緩和・回復される仕組みをいいます。粒子の拡散や再配置によって局所的な不整合が解消され、より安定な秩序状態へと戻ることが可能になります。 - (注20)帯電コロイド粒子系
帯電コロイド粒子系とは、液体中に分散した微小粒子が電荷を帯び、静電相互作用によって互いに作用する系をいいます。粒子の大きさや電荷量、溶媒条件を調整することで相互作用を制御できるため、結晶化や自己組織化のモデル系として広く用いられています。 - (注21)超固体
超固体とは、結晶のような位置秩序(固体的性質)を保ちながら、内部で粒子が流動できる性質(超流動的性質)をあわせもつ状態をいいます。秩序と運動性が同時に存在するという点が特徴で、量子系や人工構造系において研究が進められています。
問合せ先
東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター
特任研究員 田中 肇(たなか はじめ)

