ガラスの「ボゾンピーク」の正体を解明
―音波と“ひも状振動欠陥”の共鳴が生む普遍的振動異常―
- プレスリリース
2026年6月16日
東京大学
発表のポイント
- ガラスなどの非晶質固体に普遍的に現れる振動異常「ボゾンピーク」の微視的起源を解明しました。
- ボゾンピークは、音波(フォノン)と、粒子がひも状に協調して滑る新しい振動欠陥(ストリング滑り振動)との強い共鳴結合によって生じることを明らかにしました。
- 本成果は、長年議論が続いてきたボゾンピークの起源に明確な物理像を提示するとともに、ガラス材料の熱・音・力学特性を設計する新たな指針を提供します。

発表概要
東京大学先端科学技術研究センターの田中 肇 特任研究員/東京大学名誉教授、シー チン特任研究員、ワン インチャオ特任研究員らの研究グループは、ガラスや高分子、金属ガラスなどの非晶質材料に共通して現れる振動異常「ボゾンピーク」の起源を、分子・粒子レベルで解明しました。
ボゾンピークとは、ガラスの振動状態密度(注1)が、理想的な結晶に対して期待されるデバイ則(注2)から大きく逸脱して過剰に増大する現象であり(図1参照)、低温での比熱(注3)の異常、音波の強い減衰、熱伝導率の低下など、ガラス特有の多くの性質の根源に関わっています。しかし、その微視的起源については、準局在振動モード(注4)、弾性不均一性(注5)、ソフトポテンシャル模型(注6)など、複数の理論が提案されてきたものの、決定的な理解には至っていませんでした。

本研究では、この長年の未解決問題に対し、「音波(フォノン)が、ガラス中に自己組織化した振動欠陥とどのように相互作用するか」という観点からアプローチしました。大規模分子動力学シミュレーションを用いて、二次元および三次元のモデルガラスにおける振動モード、応力場、粒子変位の空間構造を詳細に解析した結果、ボゾンピーク近傍の周波数領域で、音波が特定の非フォノン振動(注7)と強く混成していることを発見しました(図1参照)。
この非フォノン振動は、ガラス中の粒子が準一次元的(注8)につながり、一本のひものような構造を形成して、その軸方向に協調的に滑るように振動するモードであり、本研究ではこれを「ストリング滑り振動」と呼びます。ストリング滑り振動は、局在した振動ではなく、有限の長さをもつ拡張的な欠陥として存在し、明確な固有振動数(注9)を持つことが特徴です。
解析の結果、音波の振動数がストリング滑り振動の固有振動数に近づくと、両者の間に強い共鳴結合(注10)が生じ、音波はもはや自由に伝播きなくなることがわかりました。この共鳴によって振動状態密度が過剰に蓄積され、これがボゾンピークとして観測されることを明らかにしました。同時に、この共鳴は音波の著しい減衰や異常な分散関係(注11)を引き起こし、ガラスに特有な音波伝搬異常の起源も自然に説明することができます。

さらに本研究は、ガラス中に存在する力学的欠陥に、少なくとも二種類の本質的に異なる欠陥が周波数帯ごとに異なる役割を果たしていることを示しました。非常に低周波数領域では、粒子が局所的に振動する準局在モードが支配的であり、これらは四極子的な対称性(注12)を持ち、力学的非線形応答(注13)やレイリー散乱(注14)と深く関係します。一方、ボゾンピーク近傍では、双極子的な対称性(注15)を持つストリング滑り振動が支配的となり、音波と強く結合することで振動異常を引き起こします(図2参照)。
このように、本研究は、従来様々なモデルが提唱され混沌としていた現象を、「音波と振動欠陥の共鳴」という共通の物理機構のもとで統一的に記述することに成功しました。ガラスの振動異常を、無秩序に起因する曖昧な効果としてではなく、明確な欠陥構造とそのフォノンとの共鳴的な相互作用として捉え直した点が、本研究の最も重要な成果です。
本成果は、ガラス材料の熱伝導制御、低損失材料の設計、フォノニック材料やメタマテリアルへの応用など、幅広い分野に新たな設計指針を与えると期待されます。
本成果は、2026年6月16日付でNature Materialsに掲載されました。

ー研究者からのひとことー
ボゾンピークはガラス物理の最大の未解決問題の一つでした。本研究は、音波とストリング状の振動欠陥との“共鳴”という極めて直感的な機構によって、この問題を統一的に理解できることを示しました。ガラスは無秩序でありながら、自ら秩序だった振動構造を生み出す、非常に豊かな物質だと言えます。
(東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員/名誉教授 田中肇)
発表内容
ガラスや高分子、金属ガラスなどの非晶質固体は、原子や分子が結晶のように周期的に並んでいないにもかかわらず、低温では固体として振る舞い、音波を内部に伝播させることができます。しかし、その音波の性質は結晶とは本質的に異なり、特定の周波数帯で音波が急激に減衰し、同時に振動状態密度が理論予測を大きく上回って増大することが知られています(図1参照)。この普遍的な振動異常が「ボゾンピーク」です。
ボゾンピークは、低温比熱が結晶よりも大きくなる、熱伝導率が異常に低下する、音波が短距離で散乱されるといった、ガラス特有の物性異常の根源に位置づけられてきました。その重要性にもかかわらず、ボゾンピークが「どのような実体」を持つのか、すなわち、どのような振動が、どこで、どのように生じているのかについては、40年以上にわたり統一的な理解が得られていませんでした。
これまで、ボゾンピークの起源としては、局所的に柔らかい領域に局在した振動(準局在モード)、ガラス中の弾性不均一性による音波の散乱、あるいは結晶におけるvan Hove 特異点(注16)に類似した効果など、さまざまな説が提案されてきました。しかし、これらの説明はいずれも、ボゾンピークがほぼすべてのガラスに共通して現れる理由や、音波の異常な減衰と振動状態密度の過剰増大が同時に起こる理由を、十分に説明するには至っていませんでした。
本研究では、この問題に対し、「ガラス中を伝播する音波(フォノン)が、どのような内部構造と相互作用しているのか」という視点から再検討を行いました。特に、ガラス内部に自発的に形成される微視的な力学的不均一構造に着目し、それらが音波とどのように結合するかを、粒子レベルで直接解析しました。その結果、ボゾンピークは、音波が通常とは異なる振る舞いを示すことによるピークと、ガラス中に潜む欠陥に起因するピークが重なって現れる現象であることが分かりました(図1参照)。
研究グループは、大規模分子動力学シミュレーションを用いて、二次元および三次元のモデルガラスを作成し、それぞれについて振動モードを解析しました。単に振動数分布を調べるだけでなく、各モードにおける粒子変位の空間構造、応力場(注17)との相関、対称性を詳細に調べることで、振動の「形」に基づいた分類を行いました。
その結果、ボゾンピーク近傍の周波数領域に現れる振動モードが、従来想定されてきた四重極状の局在振動とは明確に異なり、粒子が準一次元的につながった構造に沿って協調的に変位する、特異な運動様式を示すことを見出しました。これらの構造は、一本のひものような形状を持つため、本研究では「ストリング」と呼び、そこに沿って生じる振動を「ストリング滑り振動」と名付けました(図2参照)。
ストリング滑り振動の重要な特徴は、完全に局在しているわけでも、結晶のフォノンのように空間全体に広がっているわけでもない、中間的な性質を持つ点にあります。ストリングは有限の長さを持ち、ガラス中にランダムに分布していますが、その内部では粒子が強く相関して運動します。このため、ストリング滑り振動は明確な固有振動数を持ち、音波と選択的に強く相互作用することが可能になります。
解析の結果、音波の振動数がストリング滑り振動の固有振動数に近づくと、両者の間に強い共鳴結合が生じることが分かりました。この共鳴によって、音波はもはや自由に伝播できず、そのエネルギーは効率的にストリング滑り振動へと移行します。その結果、音波の寿命は急激に短くなり、同時に振動状態密度が過剰に蓄積されます。これが、ボゾンピークとして観測される振動異常の本質です。
この共鳴機構は、ボゾンピークにおける二つの代表的な現象――振動状態密度の過剰増大と、音波伝播の破綻――を、単一の物理機構によって同時に説明できる点で、従来理論に対する大きな進展を意味します。特に、ボゾンピークが「音波が失われる周波数帯」と一致する理由を、直感的かつ定量的に説明できることが重要な成果です。
さらに本研究では、ガラス中に存在する振動欠陥が一つのタイプではなく、周波数帯ごとに異なる役割を果たしていることを明確にしました(図2参照)。非常に低い周波数領域では、粒子が局所的に振動する準局在モードが支配的であり、これらは四極子的な対称性を持ち、非線形弾性応答やレイリー散乱の主要な起源となります。一方、ボゾンピーク近傍では、中心部分が双極子的な対称性を持つストリング滑り振動が支配的となり、音波と強く結合することで振動異常を引き起こします。
この明確な役割分担を示したことにより、これまで混同されがちであった「準局在モードがボゾンピークを生む」という解釈と、「音波の散乱が本質である」という解釈を統一的に整理することが可能になりました。すなわち、両者は同一の現象を異なる周波数領域から見ていたに過ぎず、ボゾンピークそのものは、音波とストリング滑り振動との共鳴によって支配されていることを示しました。
本研究は、等方的な相互作用ポテンシャル(注18)を持つ系を対象として、ボゾンピークが音波とストリング滑り振動との共鳴によって生じることを示しました。今後の重要な課題は、Si–O結合の方向性が支配的なシリカガラスのような異方的相互作用を持つ系においても、同様の振動欠陥と共鳴機構が成立するのかを明らかにすることです。これにより、ボゾンピークの起源が相互作用の詳細に依存しない普遍的な物理機構であるのか、それともネットワーク構造特有の修正を受けるのかが解明されると期待されます。
以上の結果は、ガラスが単なる無秩序な固体ではなく、内部に自己組織化した力学的欠陥構造を持ち、それらが集団的に振る舞う高度に構造化された物質であることを示しています。本研究は、ボゾンピークという長年の未解決問題に明確な物理的実体を与えると同時に、ガラス材料の熱・音・力学特性を根本から理解し、制御するための新しい概念的基盤を提供するものです。とくに、音波と振動欠陥との共鳴という視点は、低温での熱伝導率や音波減衰の制御、さらには防振・防音材料やフォノニック材料、メタマテリアルの設計において、微視的物理機構に基づいた材料設計を可能にすると期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学先端科学技術研究センター 極小デバイス理工学分野
田中 肇 特任研究員/東京大学名誉教授
シー チン 特任研究員
ワン インチャオ 特任研究員 (研究当時:現 浙江大学 教授)
論文情報
- 雑誌名:
- Nature Materials
- 題 名:
- String-sliding vibrational modes govern the boson peak and phonon anomalies in amorphous materials
- 著者名:
- Qing Xi, Yinqiao Wang, Hajime Tanaka* *責任著者
- DOI:
- 10.1038/s41563-026-02592-9

研究助成
本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援を受け実施されました。
用語解説
- (注1)振動状態密度
固体中で許される振動モードの数を、振動数ごとに数えた分布のことです。物質の比熱や熱伝導などの低温物性を決定する重要な量です。 - (注2)デバイ則
結晶中の音波(フォノン)が連続体として振る舞うと仮定した理論で、低振動数領域では振動状態密度が3次元では振動数の二乗、2次元では一乗に比例することを予測します。理想的な結晶ではよく成り立ちますが、ガラスでは大きく破れます。 - (注3)比熱
物質の温度を1度上げるために必要な熱量のことです。ガラスでは低温で結晶よりも比熱が大きくなる異常が知られています。 - (注4)準局在振動モード
空間的に完全には局在していないものの、限られた領域で特に大きな振幅を持つ振動モードのことです。ガラス中の欠陥的構造と関連すると考えられてきました。 - (注5)弾性不均一性
ガラス内部で弾性の硬さが空間的に不均一であることを指します。この不均一性が音波散乱や振動異常の原因になると考えられてきました。 - (注6)ソフトポテンシャル模型
ガラス中に存在する柔らかい自由度を持つ局所構造が、低温の振動異常や熱的性質を支配するという理論模型です。 - (注7)非フォノン振動
結晶のように空間全体に広がる音波(フォノン)とは異なり、ガラス特有の無秩序構造に起因する音波以外の振動モードの総称です。 - (注8)準一次元的
三次元空間の中で、主に一方向に沿って構造や運動が広がっている性質を指します。本研究では、粒子がひも状につながった構造を意味します。 - (注9)固有振動数
振動系が外部からの刺激なしに自然に振動する際に持つ特有の振動数のことです。 - (注10)共鳴結合
二つの振動モードの固有振動数が近いときに、エネルギーを強く交換し合う現象です。本研究では、音波と振動欠陥が強く混成する原因となります。 - (注11)分散関係
振動や波の振動数と波数の関係を表したものです。結晶では単純な関係を持ちますが、ガラスではボゾンピーク近傍で大きく乱れます。 - (注12)四極子的な対称性
振動や変形が四つの方向に対して対称な形を持つ性質です。局所的な振動欠陥に特徴的な対称性です。 - (注13)力学的非線形応答
加えた力に対して変形が比例しない応答のことです。ガラスでは小さな刺激でも非線形な応答が現れることがあります。 - (注14)レイリー散乱
波長よりも小さな不均一構造によって波が散乱される現象です。ガラス中の音波散乱の重要な機構の一つです。 - (注15)双極子的な対称性
二つの極を持つような対称性を指し、方向性を持った変形や振動に対応します。本研究で同定されたストリング滑り振動の特徴です。 - (注16)van Hove 特異点
結晶中の振動(フォノン)の分散関係に由来して、特定の振動数で振動状態密度が急激に増大する現象です。周期構造を持つ結晶では明確に定義されますが、周期性を持たないガラスにおけるボゾンピークとの関係は長年議論されてきました。 - (注17)応力場
物質内部で、各点にどの向き・大きさの力が働いているかを表す空間分布のことです。ガラスでは原子配置の不均一性により応力場が空間的に大きく揺らぎ、振動モードや音波伝播に強い影響を与えます。 - (注18)相互作用ポテンシャル
原子や分子同士の間に働く力をエネルギーとして表したものです。相互作用ポテンシャルの形状や対称性(等方的か異方的か)は、物質の構造や振動特性を決定する基本的要因です。
問合せ先
東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター
特任研究員 田中 肇(たなか はじめ)

