鶏が先か、卵が先か
―ブリッジRNAの生成メカニズムを解明―
- プレスリリース
2026年8月18日
東京大学
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
- 大腸菌ゲノムに存在するIS621転移因子から、IS621リコンビナーゼとブリッジRNAが産生されることを明らかにした。
- IS621リコンビナーゼ–ブリッジRNA複合体は、IS621因子のゲノムからの切り出しおよびゲノムへの挿入の両方を触媒することを明らかにした。
- IS621リコンビナーゼ–ブリッジRNA複合体の立体構造を決定し、挿入反応では基質DNAがU字型に折れ曲がって複合体に結合するのに対し、切り出し反応では直線状のDNAがX字型に配置されることを明らかにした。
- ブリッジRNAと基質DNAの間の塩基相補性や複合体中の基質DNAの立体構造の違いによって、挿入反応に比べて切り出し反応が抑制されていることを明らかにした。

概要
東京大学先端科学技術研究センターの西増弘志教授らの研究グループは、アーク研究所(Arc Institute)のパトリック・スー(Patrick D. Hsu)博士らの研究グループとの共同研究により、IS110ファミリーに属する大腸菌由来のIS621転移因子(注1)が、ゲノムから切り出される分子メカニズムを明らかにしました。
本研究グループは2024年、IS621リコンビナーゼ(注2)がブリッジRNA(注3)と協働し、環状DNA中間体であるドナーDNAをゲノム上のターゲットDNAに挿入する分子メカニズムを報告しました(関連プレスリリース)。一方、ゲノムに存在するIS621因子が環状DNA中間体として切り出される仕組みは不明でした。特に、ブリッジRNAは環状DNA中間体から産生されるため、最初の切り出しに必要なブリッジRNAがどのように供給されるのかという「鶏が先か、卵が先か」という問題が残されていました。
本研究では、ゲノム上のIS621因子から少量のブリッジRNAが産生されており、IS621リコンビナーゼと複合体を形成し、切り出し反応を促進することを明らかにしました。さらに、切り出しと挿入の反応効率を調べたところ、IS621リコンビナーゼ–ブリッジRNA複合体は切り出し反応よりも挿入反応を効率よく触媒することが明らかになりました。さらに、クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析(注4)により、切り出し反応中のIS621リコンビナーゼ–ブリッジRNA–DNA複合体の立体構造を決定しました。2024年に報告した挿入反応中の複合体ではドナーDNAとターゲットDNAがU字型に折れ曲がって複合体に結合していたのに対し、切り出し反応複合体では直線状のDNA基質がX字型に配置されており、この基質DNAの立体構造の違いが挿入に比べて切り出しが抑制されている一因であることが明らかになりました。
本成果は、IS110ファミリー転移因子の転移メカニズムの理解を深めるとともに、ブリッジRNAを利用したゲノム改変技術の基盤を提供するものです。本研究成果は、2026年8月12日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature」に掲載されました。
前回の研究では、ブリッジRNAによってDNAが「挿入」される仕組みを明らかにしました。今回は、その逆向きの反応である「切り出し」の仕組みを解明しました。同じ酵素とブリッジRNAを使っているにもかかわらず、DNAは挿入時にはU字型、切り出し時にはX字型という、全く異なる配置で認識されていました。さらに、この2つの反応のバランスが、ブリッジRNA中の2つの短い「ハンドシェイクガイド」によって巧みに制御されていることにも驚きました。本成果が、ブリッジエディティング技術の発展につながることを期待しています。
(東京大学大学院工学系研究科 平泉将浩 助教)
転移因子にとって、ゲノムから切り出された後に速やかに新しい場所へ挿入されることは、自らが失われることなく生き残るための重要な戦略です。本研究により、IS621因子では、ブリッジRNAの発現レベル、ハンドシェイクガイドの配列、DNAの構造的な配置の違いなどが複合的に作用することで、この「挿入が優先される」という性質が支えられていることが明らかになりました。特に、原子レベルで解明した立体構造から、生物学的な戦略まで理解できたことは、大変興味深く構造生物学の醍醐味だと感じました!
(東京大学大学院工学系研究科 辻本栄介 大学院生)
ブリッジリコンビナーゼが触媒する反応は非常に複雑で、論文をまとめるのにとても苦労しました。模式図などの図もどれも複雑で、腱鞘炎になるほどでしたが、美しい論文として発表できて大変うれしく思います。学生時代の厳しい合宿に比べればほとんどのことが楽に感じられるように、この論文を書いてからは他の論文を書くのが楽に感じます。
(東京大学先端科学技術研究センター 西増弘志 教授)
発表内容
挿入配列因子は、原核生物のゲノムに存在する「動く遺伝子」の一種です。一般的な挿入配列因子は、自身がコードするトランスポザーゼ(注5)のはたらきによってゲノムから切り出され、別のゲノム領域に挿入されます。一方、IS110ファミリーの挿入配列因子は、ゲノムDNAから環状DNA中間体として切り出された後、別のゲノム領域に挿入されるという特徴をもちます(図1)。本研究グループは2024年、IS110ファミリーに属するIS621因子がコードするIS621リコンビナーゼが、ブリッジRNAと命名したRNAと協働して、環状DNA中間体であるドナーDNAをターゲットDNAに挿入する仕組みを明らかにしました(関連論文1・2)。しかし、ゲノム上のIS621因子がどのように切り出され、環状DNA中間体を形成するのかは不明でした。特に、ブリッジRNAの発現に必要なプロモーター(注6)は、IS621因子が切り出されて環状化した後、RE–LE接合部に形成されるため、「IS621因子がゲノムから切り出されるためにはブリッジRNAが必要である一方、ブリッジRNAの産生にはIS621因子がゲノムから切り出される必要がある」という、いわば「鶏が先か、卵が先か」という問題が残されていました。さらに、天然のIS621システムでは切り出しが抑制されている理由や、IS621因子が切り出される分子メカニズムも不明でした。

まず、ゲノムの3か所にIS621因子をもつ大腸菌Mach1株からRNAを抽出し、RNA-seqを用いて発現しているRNAを網羅的に解析しました(図2a)。その結果、IS621部位の周辺から少量のRNAが転写されており、その一部はブリッジRNAを含むことがわかりました(図2b)。さらに、大腸菌Mach1株から抽出したDNAに環状DNA中間体が含まれることを確認しました(図2c)。一方、IS621因子をもたない大腸菌BL21(DE3)株のDNAには環状DNA中間体は含まれませんでした。また、大腸菌Mach1株の3つのIS621部位すべてにおいて、切り出し後に形成されるLT–RT接合部が検出されました(図2d)。これらの結果から、通常の生育条件でも、ゲノム上のIS621因子の周辺から少量のブリッジRNAが転写されており、IS621因子の切り出しが起きうることが明らかになりました。

(b)3つのIS621部位周辺から産生されるRNA。灰色は、配列の類似性のため由来部位を特定できないリードを示す。三角形は予測転写開始点を示す。
(c)環状DNA中間体の検出。大腸菌Mach1株から抽出したDNAを鋳型として、環状DNA中間体のRE–LE接合部をPCRで増幅した。IS621因子をもたない大腸菌BL21(DE3)株をコントロールとして用いた。
(d)LT–RT接合部の検出。3つのIS621部位について、切り出し後に形成されるLT–RT接合部をPCRで増幅した。
次に、精製したIS621リコンビナーゼ、ブリッジRNA、基質DNAを用いて切り出しと挿入の反応効率を試験管内で比較しました。先行研究から、ハンドシェイクガイド(HSG)と命名したブリッジRNAの2か所に存在する2塩基(計4塩基)がDNAと塩基対を形成し、DNAのトップ鎖の交換反応の後にHSG–DNA塩基対が増える場合に挿入反応が促進されることがわかっていました(図3a)。そこで、HSGの異なるブリッジRNAを用いて切り出しと挿入の反応効率を調べたところ、どちらの反応もトップ鎖交換後にHSG–DNA塩基対が増加する場合に反応が促進され、減少する場合には反応が抑制されることがわかりました(図3b)。また、切り出しと挿入では、同じHSGに対する反応効率が逆の傾向を示しました。以上の結果から、HSG–DNA塩基対が両反応の進みやすさを制御していること、および、切り出しと挿入においてブリッジRNAと基質DNAの間の塩基対形成のパターンが異なることが明らかになりました。

(b)切り出しと挿入におけるHSG配列の影響。HSG、ハンドシェイクガイド;TS、トップ鎖;BS、ボトム鎖;Δbp、トップ鎖交換に伴うHSG–DNA塩基対の数の変化。
さらに、クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析により、切り出し反応中のIS621リコンビナーゼ–ブリッジRNA–基質DNA複合体についてトップ鎖交換の前後の状態の立体構造を決定しました(図4)。いずれの複合体も、4分子のIS621リコンビナーゼ、ブリッジRNA、切り出し反応の基質となる左側接合部(LH)および右側接合部(RH)の2本のDNAから構成されていました。構造解析の結果、LHとRHは、それぞれブリッジRNAと塩基対を形成し、X字型をとって複合体に結合していることがわかりました。トップ鎖交換後の構造では、切断されたDNAのトップ鎖が互いに入れ替わり、相手側のDNAと結合した状態が捉えられました。

以上の生化学解析と構造解析から、天然のIS621システムにおいて切り出しが抑制されている理由が明らかになりました(図5)。まず、HSG–DNA塩基対の違いです。切り出し反応では、HSG-DNA塩基対が4塩基対から3塩基対に減少するのに対し、挿入反応では3塩基対から4塩基対に増加します。このため、天然のHSG配列は、切り出し反応よりも挿入反応を促進すると考えられます。次に、IS621リコンビナーゼ–ブリッジRNA複合体内における基質DNAの立体構造の違いです。切り出し反応複合体では2本の基質DNAが伸びた状態で交差しX字型に配置されるのに対し、挿入反応複合体ではドナーDNAとターゲットDNAがそれぞれU字型に折れ曲がって配置されます。挿入反応では、DNAのトップ鎖が交換される際、折れ曲がった状態から直線状へ変化するため、エネルギー的に進みやすいのに対し、切り出し反応では、DNAが直線状から折れ曲がる必要があるため、エネルギー的に不利だと考えられます。したがって、HSG–DNA塩基対パターン、および、複合体に結合したDNAの立体構造の違いによって、天然のIS621システムでは切り出しが抑制されていると考えられます。

本研究により、IS621因子の転移サイクルの全体像が明らかになりました。まず、ゲノム上のIS621因子の上流から少量のRNAが産生され、切り出しに必要なブリッジRNAとIS621リコンビナーゼが供給されます。その結果、IS621リコンビナーゼ–ブリッジRNA複合体がIS621因子を低い効率で切り出し、環状DNA中間体が形成されます。環状DNA中間体はRE–LE接合部にブリッジRNAの発現を促すプロモーターをもつため、ブリッジRNAの産生が促進され、IS621リコンビナーゼ-ブリッジRNA複合体による環状DNA中間体(ドナーDNA)の標的部位(ターゲットDNA)への挿入が進むと考えられます。このようなブリッジRNAの産生効率の低さに加え、HSG-DNAの塩基対パターン、および、複合体中のDNAの立体構造によって切り出し反応の効率が低いため、天然のIS621システムでは切り出しが抑えられていると考えられます。しかし、IS621因子の転移が常に低頻度で起こるのか、あるいは何かしらの刺激によって活性化されるのか、またIS621因子の生理的意義そのものも不明であり、さらなる研究が必要です。
ブリッジリコンビナーゼとブリッジRNAを用いることにより、大規模なDNAの挿入、切り出し、反転などが可能であるため次世代のゲノム改変技術「ブリッジエディティング」として期待されています(図6)。実際に、ヒト細胞において大規模なゲノム再編が可能であることが報告されています(関連論文3)。本研究で得られた構造情報とブリッジRNAの設計原理は、目的に応じて挿入または切り出しを促進し、ブリッジエディティングの効率や改変の安定性を高めるための重要な指針となります。

発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科
平泉 将浩 助教
辻本 栄介 大学院生(修士課程)
塩尻 南美 大学院生(修士課程、研究当時)
長畑 直人 大学院生(博士課程)
先端科学技術研究センター
山下 恵太郎 准教授
西増 弘志 教授
兼:東京大学大学院工学系研究科 教授
Arc Institute
Januka S. Athukoralage
Nicholas T. Perry
Patrick D. Hsu
論文情報
- 雑誌名:
- 「Nature」オンライン版8月12日(英国夏時間)掲載
- 題 名:
- Structural mechanism governing the directionality of bridge recombination
- 著者名:
- Masahiro Hiraizumi*, Januka S. Athukoralage*, Nicholas T. Perry*, Eisuke Tsujimoto*, Nami Shiojiri*, Naoto Nagahata, Lauren Lee, Gwanggyu Sun, Matthew G. Durrant, Sita S. Chandrasekaran, Silvana Konermann, Keitaro Yamashita, Patrick D. Hsu**, Hiroshi Nishimasu** (*共同筆頭著者 **責任著者)
- DOI:
- 10.1038/s41586-026-10903-y

研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業「CREST(課題番号:JPMJCR23B6)」、「ACT-X(課題番号:JPMJAX232F)」、日本医療研究開発機構(AMED)「UTOPIA若手研究者育成プログラム(課題番号:JP223fa627001)」、「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)(課題番号:JP21am0101115、支援番号:6464)」、日本学術振興会(JSPS)科研費(課題番号:JP26H01563、JP26K01944、JP21H05281、JP25H00436)、武田科学振興財団、稲盛財団InaRISフェローシップなどの支援により実施されました。
用語解説
- (注1)IS621転移因子
IS110ファミリーに属する挿入配列因子の1つで、大腸菌などのゲノムに存在する「動く遺伝子」。左端(LE)、ブリッジRNAをコードする領域、IS621リコンビナーゼ遺伝子、右端(RE)から構成される。ゲノムから環状DNA中間体として切り出された後、別のゲノム領域に挿入される。 - (注2)リコンビナーゼ
DNA分子の間の組換え反応を触媒する酵素。IS621リコンビナーゼはブリッジRNAと複合体を形成し、ブリッジRNAと相補的なDNA配列の間の組換えを触媒する。 - (注3)ブリッジRNA
IS110ファミリーの転移因子から転写される非コードRNA。ターゲットDNAと結合するターゲット結合ループ(TBL)と、ドナーDNAと結合するドナー結合ループ(DBL)をもち、2つのDNAを橋渡しする。各ループに含まれるガイド配列を変更することで、組換え対象となるDNA配列を指定できる。 - (注4)クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析
タンパク質や核酸などの試料を急速凍結し、電子顕微鏡で撮影した多数の分子像から立体構造を決定する解析手法。 - (注5)トランスポザーゼ
転移因子の移動を触媒する酵素。一般的なトランスポザーゼは、転移因子の両端の塩基配列を認識してDNAを切断し、別のゲノム領域へ挿入する。 - (注6)プロモーター
RNAの転写を開始するために必要なDNA配列。IS621因子が環状化すると、RE–LE接合部にブリッジRNAの発現を促すプロモーターが形成される。
関連情報
関連プレスリリース(2024年6月27日):
「非常識にもほどがある!ブリッジRNAが橋渡しするDNA組換えメカニズム」
URL:https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20240627.html
IS110システムの説明動画(英語)
URL:https://www.youtube.com/watch?v=hJ7zvZTxgT4
関連論文1:Durrant, M. G. et al. Bridge RNAs direct programmable recombination of target and donor DNA. Nature 630, 984–993 (2024).
関連論文2:Hiraizumi, M. et al. Structural mechanism of bridge RNA-guided recombination. Nature 630, 994–1002 (2024).
関連論文3:Perry, N. T. et al. Megabase-scale human genome rearrangement with programmable bridge recombinases. Science 391, eadz0276 (2026).
問合せ先
東京大学先端科学技術研究センター 構造生命科学分野
教授 西増 弘志(にします ひろし)
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