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神経堤細胞が心臓形成に寄与する仕組みを解明
―Hox遺伝子による領域性を書き換え、心臓特有の細胞へ運命転換―

  • プレスリリース

2026年9月15日

東京大学
熊本大学

発表のポイント

  • 神経由来の幹細胞(神経堤細胞)が咽頭弓から心臓へ移動し、弁や冠動脈平滑筋へ分化する過程を、一細胞マルチオーム解析や空間トランスクリプトーム解析を用いて詳細に解明しました。
  • 神経堤細胞の心臓への移動過程で、体の領域性を決めるHox遺伝子の働きが失われる一方、転写因子Meisが協調因子を切り替えて遺伝子ネットワークを再編成し、「領域性の書き換え」によって新たな細胞運命を獲得する仕組みを見いだしました。
  • eis2–Sox9–Scxによる遺伝子制御機構のもとで、一時的に形成される前駆細胞状態を同定しました。これらの成果は、縦隔発生の新たな視点を提供するともに、先天性疾患や心血管疾患の理解に新たな道を拓くことが期待されます。

概要

 東京大学アイソトープ総合センターの岩瀬晃康特任助教、栗原裕基特任教授(兼:熊本大学国際先端医学研究機構)らの研究グループは、神経堤細胞(注1)咽頭弓(注2)から心臓形成領域へ移動する際、体の基本設計を担うHox遺伝子(注3)の働きが低下するとともに、転写因子(注4)Meisが制御する遺伝子ネットワーク(注5)が大きく組み換わることを明らかにしました。その結果、神経堤細胞はいったん骨格形成に関わる前駆細胞に似た状態を経て、最終的に弁や冠動脈平滑筋など心臓特有の組織へ分化することが分かりました(図1)。本研究は、神経堤細胞が発生の途中で「領域性」を書き換え、新たな細胞運命を獲得する仕組みを示したものです。この成果は、先天性心疾患や縦隔の発生異常を共通の発生メカニズムから理解する新たな枠組みを提示するとともに、心血管疾患の病態解明や再生医療への応用につながることが期待されます。

図1:心臓発生における神経堤細胞のHox依存的領域性の喪失と新たな分化能の獲得
図1:心臓発生における神経堤細胞のHox依存的領域性の喪失と新たな分化能の獲得

発表内容

 心臓や大血管、胸腺、気管、食道などが存在する縦隔は、胎生期に様々な細胞が離合集散しながら複雑な組織器官を形成する「細胞種の坩堝」ともいえる領域です。なかでも神経外胚葉に由来する神経堤細胞は、顎顔面の骨軟骨、末梢神経、色素細胞などへ分化する多能性の幹細胞で、縦隔では大血管平滑筋や胸腺の形成に加え、心臓では弁や冠動脈平滑筋の形成にも重要な役割を果たしています(図2)。しかし、神経堤細胞が咽頭弓から心臓形成領域へ移動する過程で、どのような分子機構によって細胞運命を切り替えるのかは長年の謎でした。

図2:縦隔の発生と神経堤細胞
 
図2:縦隔の発生と神経堤細胞

 本研究では、一細胞レベルのマルチオーム解析(注6)空間トランスクリプトーム解析(注7)、遺伝子制御ネットワーク解析などを組み合わせることで、神経堤細胞が移動に伴って性質を変化させる過程を詳細に解析しました。その結果、咽頭弓領域の神経堤細胞は体の前後軸に沿った領域性を決めるHox遺伝子を発現し、それを維持した状態で大血管の平滑筋や大動脈と肺動脈を分ける中隔を形成するのに対し、心臓形成領域へ移動した神経堤細胞ではHox遺伝子の発現が急速に低下することが分かりました。それに伴い、Hoxと協調して働く転写因子Meisは結合するDNA配列や協調する転写因子を切り替え、制御する遺伝子ネットワーク全体を再編成していることが明らかになりました。つまり、心臓形成領域ではHox遺伝子の働きが失われることでMeisを中心とした遺伝子制御機構が組み換わり、神経堤細胞は新たな細胞運命を獲得していたのです(図1)。
 さらに、この過程で神経堤細胞はSox9やScxという遺伝子を強く発現する、一時的な中間状態を経由することが明らかになりました。この細胞は骨格形成に関わる前駆細胞によく似た遺伝子発現パターンを示しますが、骨や軟骨ではなく、半月弁や冠動脈平滑筋など、心臓に特有の組織を形成する細胞へと分化します(図1)。このような細胞の分化運命の変化を規定する遺伝子制御領域を同定するために、新たにCARTAというRパッケージを開発しました(図3)。CARTAを用いることで細胞状態を生み出す上で重要なSox9の制御領域を新たに見いだし、Meisがこの領域を介してSox9の働きを制御していることも明らかになりました。

図3:遺伝子制御領域同定を可能にするCARTAの開発
図3:遺伝子制御領域同定を可能にするCARTAの開発

 これらの結果から、神経堤細胞はHox遺伝子による領域アイデンティティーの喪失に伴って、転写因子同士の組み合わせを変化させながら遺伝子制御ネットワーク全体を再編成することで、新しい細胞運命を獲得していることが示されました。これは、「領域性の書き換え」による細胞運命決定機構という新たな概念を提唱するものです。
 今回明らかになった「領域性を書き換える」仕組みは、心臓だけでなく縦隔器官全体の発生を統一的に理解する新たな概念を提示するものです。また、22q11.2欠失症候群(注8)をはじめとする先天性疾患の病態理解に加え、冠動脈や心臓弁の石灰化など成人期の循環器疾患の発症機構を考える上でも新たな視点を提供します。さらに、神経堤細胞の運命を制御する分子機構の理解は、将来的な心血管再生医療や新規治療法の開発につながることが期待されます。
 なお、本研究は所属機関の機関承認のもと、「実験動物の飼育及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準」(環境省告示)、および「研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針」(文部科学省告示)、所属機関の動物実験の適正な実施に向けたガイドラインに則り実施されました。

発表者・研究者等情報

東京大学
 アイソトープ総合センター
  岩瀬 晃康 特任助教
   研究開始時:東京大学大学院医学系研究科 博士課程
  栗原 裕基 特任教授
   兼:熊本大学国際先端医学研究機構 卓越教授
   研究開始時:東京大学大学院医学系研究科 教授

論文情報

雑誌名:
The EMBO Journal
題 名:
Hox/Meis-dependent gene-regulatory transition underlies cardiopharyngeal neural crest diversification
著者名:
:岩瀬晃康1,2,*、内島泰信1、 瀬谷大貴1、来田真友子1、東山大毅1、 松井一悠1、 田口明糸2、原田恭弘3、Yunce Wang3、山本尚吾4(研究当時)、福田史朗4、野村征太郎5,6、興梠貴英7、宿南知佐8、秋山治彦9,10、関真秀11、金井昭教11、鈴木穣11、川村晃久3、中川修3,12,13,14、加藤洋人15,16、石川俊平15,16、和田洋一郎2、油谷浩幸4、栗原由紀子1,17、宮川-富田幸子1, 18、栗原裕基1,2,19,* (*共同責任著者)

1東京大学 大学院医学系研究科 代謝生理化学分野
2東京大学 アイソトープ総合センター
3立命館大学 生命科学部生命医科学科
4東京大学 先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス&メディシン分野
5東京大学 大学院医学系研究科 循環器内科
6東京大学 大学院医学系研究科 先端循環器医科学講座
7自治医科大学 附属病院 医療情報部
8広島大学 大学院医系科学研究科 生体分子機能学
9岐阜大学 医学系研究科 医科学専攻 病態制御学講座 整形外科学分野
10岐阜大学 One Medicine創薬シーズ開発・育成研究教育拠点
11東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
12立命館大学 総合科学技術研究機構
13国立循環器病研究センター 研究所 分子生理学部
14国立循環器病研究センター 研究所 病態ゲノム医学部
15東京大学大学院医学系研究科 衛生学分野
16国立がん研究センター 先端医療開発センター 臨床腫瘍病理分野
17日本栄養大学 栄養学部 代謝生理化学教室
18帝京平成大学 健康医療スポーツ学部 医療スポーツ学科 動物医療コース
19熊本大学 国際先端医学研究機構 多細胞動力学研究室

DOI:
10.1038/s44318-026-00886-x
URL:
https://link.springer.com/article/10.1038/s44318-026-00886-x別ウィンドウで開く

研究助成

 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」における研究課題「細胞動態の多様性・不均一性に基づく組織構築原理の解明」(研究代表者:栗原裕基、課題番号:JPMJCR13W2)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(科研費)(課題番号:19H01048、21K19519、22H04991〔研究代表者:栗原裕基〕、19K08308、22K07877〔研究代表者:富田幸子〕、22K20917、24K18996〔研究代表者:岩瀬晃康〕、24K11186〔研究代表者:栗原由紀子〕、17J11177、20H04858、20K15858〔研究代表者:東山大毅〕)、先進ゲノム支援(16H06279(PAGS)、22H04925(PAGS))、公益財団法人三菱財団、公益財団法人富岳財団(研究代表者:栗原裕基)、およびRIKAKEN HDライフサイエンス研究助成(研究代表者:岩瀬晃康)の支援を受けて実施した。

用語解説

  • (注1)神経堤細胞
    受精後の胚で神経(脳や脊髄)のもととなる組織の近くに生じる幹細胞の一種です。全身へ移動しながら、骨や軟骨、末梢神経、色素細胞のほか、心臓や大血管などさまざまな組織をつくる能力を持っています。
  • (注2)咽頭弓
    胚の首の部分に一時的に現れる左右対称の隆起です。魚類のえらの名残に相当する発生構造で、鰓弓(さいきゅう)とも呼ばれます。ヒトでは顎や顔面、耳、胸腺、大血管など多くの器官のもとになります。
  • (注3)Hox(ホックス)遺伝子
    体の前後方向に沿った「どの場所にどの器官をつくるか」という設計図(ボディープラン)を決める遺伝子群です。胚発生の初期に働き、細胞に位置情報(領域性)を与える重要な役割を担います。
  • (注4)転写因子
    DNAに結合して遺伝子の働きをオン・オフするタンパク質です。どの遺伝子をいつ働かせるかを調節することで、細胞の性質や運命を決定します。
  • (注5)遺伝子ネットワーク
    複数の遺伝子や転写因子が互いに影響し合いながら働く仕組みのことです。細胞の分化や機能は、一つの遺伝子ではなく、このネットワーク全体によって制御されています。
  • (注6)マルチオーム解析
    一つの細胞について、遺伝子の発現レベル(RNA)とDNAの状態など複数の生命情報(オーム)を同時に解析する技術です。細胞の性質や、その変化をより詳しく調べることができます。
  • (注7)空間トランスクリプトーム解析
    組織中で細胞が存在する位置を保ったまま、どの遺伝子が働いているかを調べる解析法です。細胞同士の位置関係と遺伝子発現を同時に理解することができます。
  • (注8)22q11.2欠失症候群
    22番染色体の一部(q11.2領域)が欠けることで起こる先天性疾患です。心臓や大血管、胸腺、顔面などの発生異常を伴うことが多く、神経堤細胞の発生異常との関係が知られています。

問合せ先

東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター
特任研究員 油谷 浩幸(あぶらたに ひろゆき)

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