液体が結晶の「タイプ」を選ぶ仕組みを解明
―結晶化前の液体の配向秩序が結晶多形の核生成を偏らせる―
- プレスリリース
2026年9月28日
東京大学
発表のポイント
- 銅、アルミニウム、レナード・ジョーンズ(LJ)液体の分子動力学シミュレーションにより、結晶が生まれる前の過冷却液体に一時的に形成される、結晶に似た配向秩序をもつ「前駆体」が、どのタイプの結晶が最初に現れやすいかを確率的に左右することを明らかにしました。
- 空間的に広がり、長く持続する前駆体ほど、その対称性と整合する結晶、または小さな構造再編成で到達できる結晶の核生成を促すことを示しました。これは、熱力学的に最も安定な結晶相が必ずしも最初に現れない理由を説明します。
- 核生成初期の多形選択と、その後の結晶成長・安定化を支配する原理が異なることを示し、前駆体の対称性、空間相関、寿命に基づく結晶化経路の予測・制御に向けた新たな指針を提示しました。

発表概要
東京大学先端科学技術研究センターの田中 肇 特任研究員/東京大学名誉教授、中国工程物理研究院 応用物理・計算数学研究所のアン スーミン博士、ソン ハイフォン博士らの国際共同研究グループは、結晶多形(注1)をもつ物質の過冷却液体(注2)から、どの結晶形が最初に核生成(注3)しやすいかを左右する微視的な仕組みを明らかにしました。
液体を融点以下まで冷やしても直ちに凍らない過冷却状態から結晶が生まれる際、熱力学的に最も安定な結晶とは異なる構造の結晶核(注4)が最初に現れることがしばしばあります。従来の古典核生成理論(注5)では、結晶相の自由エネルギー(注6)や液体―結晶界面自由エネルギー(注7)によって多形選択を説明しますが、同じ条件でも異なる多形が現れることや、準安定な結晶が先に生じることを十分には説明できませんでした(図1参照)。

研究グループは、大規模な分子動力学シミュレーション(注8)を用いて、銅、アルミニウム、および単純液体の代表モデルであるレナード・ジョーンズ(LJ)液体(注9)を調べました。その結果、原子間の結合方向がそろった結合配向秩序(注10)の高い領域が、結晶の周期的な並びである並進秩序(注11)が現れるより前に液体中に形成されることを見いだしました。これらの領域は、体心立方(bcc)型、六方最密(hcp)型、面心立方(fcc)型(注12)など、異なる局所対称性をもちます。
多くの前駆体(注13)は短時間で消失しましたが、一部は原子運動が遅く、配向秩序がより長距離に相関し、長時間持続する「安定前駆体クラスター(SPC)」(注14)を形成しました。最初の結晶核は、調べたすべての系でSPCの内部から生じました。一方、短寿命の通常前駆体クラスター(OPC、注15)は、結晶核が成長を始める前に液体へ戻ることが多いことが分かりました。
重要なのは、すべての系でfcc結晶が熱力学的に最安定であるにもかかわらず、液体中ではbcc型とhcp型の前駆体が優勢で、fcc型前駆体はまれだった点です。銅ではbcc型、アルミニウムとレナード・ジョーンズ液体ではhcp型の前駆体成分が、SPC内でより長距離にわたる空間相関と長い寿命を示しました。こうした前駆体は、その対称性と整合する結晶、または小さな構造再編成で到達できる結晶が核生成する確率を高めると考えられます。
さらに、前駆体と最初の結晶核の対称性は必ずしも一対一には一致しませんでした。bcc型前駆体からfcc結晶へ直接変換する経路など、並進秩序の制約がない液体中で起こる「異なる対称性間の変換」も観察されました。したがって、前駆体は完成した結晶の鋳型ではなく、結晶化に必要な構造再編成を小さくする、確率的な足場として働きます(図2参照)。
本研究は、結晶化の初期段階では、液体中でどの配向構造が生じやすく長く残るかが多形選択を偏らせ、その後の成長段階では、並進秩序の形成、バルク自由エネルギー、成長速度、固体内の構造緩和が最終相を決めるという二段階の物理像を示しました。この結果は、配向秩序と並進秩序という異なる秩序変数が階層的に結合することで、一次相転移が単一の跳躍ではなく、段階的な構造選択として進みうることを示しています。

本成果により、液体中の前駆体の対称性、配向相関長、寿命を測定・計算することが、どの多形が最初に核生成しやすいかを見通す手がかりになると期待されます。金属、分子結晶、医薬品、水、コロイドなど、複数の結晶構造が競合する物質の結晶化や機能制御に、新しい設計指針を与えることが期待されます。
本成果は、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(PNAS)に掲載されました。

ー研究者からのひとことー
結晶は、完全に無秩序な液体から突然生まれるのではありません。液体の中には、結晶になる前から、原子同士を結ぶ方向がそろった領域が絶えず生まれては消えています。本研究は、その中でも空間的に広く、長く生き残る前駆体が、最初に現れる結晶の「かたち」を確率的に選んでいることを示しました。液体の微細な秩序を操作できれば、望ましい結晶多形を選択的に作ることにつながると期待しています。
(東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員/東京大学名誉教授 田中 肇)
発表内容
物質が液体から固体へ変わる結晶化は、自然界から工業製造まで広く見られる代表的な一次相転移です。同じ化学組成でも、原子や分子の並び方が異なる複数の結晶構造、すなわち結晶多形が存在することがあります。結晶形が変わると、密度、硬さ、電気・磁気特性、溶解性、安定性などが大きく変化するため、どの結晶形が現れるかを理解し制御することは、金属材料、半導体、医薬品、食品、水の結晶化など多くの分野で重要です。
古典核生成理論では、液体の中に小さな結晶核(注4)が偶然生まれ、一定の大きさを超えると成長すると考えます。どの多形が選ばれるかは、結晶相のバルク自由エネルギーと、液体との界面を作るためのエネルギーコストの競争で説明されます。しかし実際には、最終的に最も安定な相とは異なる準安定相が先に現れる「オストワルドの段階則」や、同じ温度・圧力でも異なる多形が核生成する現象が広く知られています。これは、核生成前の液体を一様で乱れた秩序のない構造とみなす描像が不十分である可能性を示していました。
過冷却液体は見かけ上は無秩序ですが、原子の局所配置には大きな揺らぎがあります。特に、近接原子を結ぶ方向が一定の対称性に沿ってそろう結合配向秩序は、結晶の周期的な密度変調が現れる前から成長できます。従来の研究でも、このような前駆体が核生成を促すことは示されていましたが1,2、複数の対称性が競合するとき、前駆体のどの性質が最初の多形を選ぶのかは明らかではありませんでした。
研究グループは、熱力学的な最安定相がいずれもfccである銅、アルミニウム、レナード・ジョーンズ液体を選び、大規模シミュレーションを行いました。独立な計算を各材料で10回ずつ実行し、原子ごとの局所構造と時間変化を追跡しました。これにより、平均的な構造だけでなく、計算ごとの確率的な違いも評価しました。
局所構造の分類には、近接原子の方向分布を球面調和関数で表す結合配向秩序パラメータを用いました。配向秩序が高いものの、結晶として必要な多数の結合の整合性をまだ持たない原子を「前駆体」と定義し、その局所対称性をfcc型、hcp型、bcc型に分類しました。ここでいう前駆体は、完成した微小結晶ではなく、周期性を持たない液体状態の構造揺らぎです。また、本研究の「最初の結晶核」は、厳密に臨界核サイズを決めたものではなく、形成後に液体へ戻らず持続的に成長した最初の結晶核を指します。
シミュレーションを観察すると、配向秩序の高い原子は不規則なクラスターを作り、その形と位置は時間とともに変化しました。大部分はすぐに消えましたが、核生成に先立って長く存在する安定前駆体クラスター(SPC)がすべての系で確認されました。興味深いことに、最安定結晶がfccであるにもかかわらず、液体の前駆体はbcc型とhcp型が中心で、fcc型は非常に少数でした。これは、並進秩序を欠く液体の局所安定性の序列が、完成した結晶の熱力学的安定性の序列と一致しないことを意味します。
図1のAは、銅について、bcc、hcp、fccの結晶割合が時間とともにどのように変化するかを示します。銅では最初にbccやhcpを含む核が形成され、その後も複数相が残りました。一方、BとCが示すように、核生成前の液体ではbcc型・hcp型前駆体が支配的でした。したがって、最終的な結晶組成だけを見ても、核生成時に働いた選択原理を知ることはできません。 SPCと短寿命のOPCを比較すると、SPC内の原子は配向対称性を長時間保っていました。配向秩序の空間的な広がりを表す配向相関長ξ₆(注16)も、すべての材料でSPCの方が大きくなりました。さらにSPC内部を対称性別に調べると、銅ではbcc型成分、アルミニウムとレナード・ジョーンズ液体ではhcp型成分が局所的に優勢で、それぞれ最も長い相関長と寿命を示しました。絶対的な寿命の値よりも、核生成につながる前駆体が通常の構造揺らぎより系統的に長く持続することが重要です。
図2は、SPCから最初の結晶核が生じた代表例を示します。銅ではbcc型成分の多いSPCからbcc核が生じる例が多く、アルミニウムとレナード・ジョーンズ液体ではhcp型成分を多く含むSPCからhcpまたはfccを含む核が形成されました。ただし、同じ材料・同じ温度と圧力でも、独立な計算ごとにSPCの局所組成が異なり、最初の核の構造も異なりました。前駆体の対称性は結晶を一意に決める「鋳型」ではなく、競合する経路の確率を偏らせる因子です。
この選択は、構造と運動の不均一性が結びついた動的不均一性(注17)として理解できます。長距離にそろった配向秩序は原子運動を遅くし、前駆体が液体へ崩れるまでの時間を延ばします。その間に局所的な並進秩序が形成されれば、結晶核は持続的な成長へ移れます。反対に、OPCでは内部構造が再編成される速度が速く、結晶胚(注4)が安定化する前に配向秩序を失います。この時間尺度の分離が、なぜ多数の前駆体のうち一部だけが核生成サイトになるのかを説明します。
核生成経路を原子ごとに追跡すると、bcc型とhcp型の前駆体間では頻繁な相互変換が起き、両者が液体中で互いに移り変わりやすい配向状態であることが分かりました。一方、fcc型前駆体は孤立的で短寿命でした。また、bcc型前駆体からfcc結晶へ直接移る経路も複数の計算で確認されました。fccとbccには局所的な四面体配置に共通点があり、周期性に拘束されない液体では、小さな原子変位による集団的な再配列で異なる対称性へ移れると考えられます。ただし、この変換の自由エネルギー障壁を直接測定することは今後の課題です。
以上の結果は、SPCの形成と、その内部からの結晶核形成という二段階核生成・非古典核生成(注18)の一例として位置づけられます。第1段階では並進秩序を持たない液体中に、長寿命の配向秩序が形成されます。第2段階では、その環境の中で並進秩序が生じ、結晶核へ変化します。初期の多形選択では、前駆体と結晶の対称性が整合すること、または小さな構造再編成で互いに移り変われることが、実効的な界面コストを下げると考えられます。その後は、結晶相の自由エネルギー差と成長・緩和の速度が最終構造を支配します。
本研究は、液体状態の局所秩序を「結晶化の前史」として定量化する必要性を示しました。将来、温度、圧力、組成、添加物、外場、界面などを用いて特定の前駆体の寿命や空間相関を調整できれば、望む多形の核生成確率を高められる可能性があります。ただし、本研究は銅、アルミニウム、レナード・ジョーンズモデルを対象としたシミュレーション研究であり、個々の実材料で予測的制御を実現するには、自由エネルギー障壁の直接計算、より大規模な統計、実験による前駆体観察が必要です。それでも、液体の配向秩序と結晶の並進秩序を分けて考える枠組みは、多形競合を伴う広範な相転移に適用できると期待されます。
参考文献
1. T Kawasaki, H Tanaka, Formation of a crystal nucleus from liquid. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 107, 14036–14041 (2010).
2. H Tanaka, Bond orientational order in liquids: Towards a unified description of water-like anomalies, liquid-liquid transition, glass transition, and crystallization: Bond orientational order in liquids. Eur. Phys. J. E 35, 113 (2012).
発表者・研究者等情報
東京大学
先端科学技術研究センター/東京大学生産技術研究所 基礎系部門
田中 肇 特任研究員/東京大学名誉教授(責任著者)
中国工程物理研究院 応用物理・計算数学研究所
計算物理研究室
アン スーミン 博士(責任著者)
スン ボー 博士
リウ ハイフォン 博士
ソン ハイフォン 博士(責任著者)
北京計算科学研究センター
グアン ポンフェイ 博士
中国空間技術研究院
銭学森空間技術実験室
チャン シエン 博士
論文情報
- 雑誌名:
- Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
- 題 名:
- Liquid-state orientational precursors bias crystal polymorph nucleation(9月23日(米国東部時間)付掲載)
- 著者名:
- Simin An*, Pengfei Guan, Xian Zhang, Bo Sun, Haifeng Liu, Haifeng Song*, Hajime Tanaka* *責任著者
- DOI:
- 10.1073/pnas.2601278123

研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別推進研究(JP20H05619)および基盤研究(A)(JP26H02008)、中国国家自然科学基金(No. 5210011290)、中国博士後科学基金(No. 2021T140073)の支援を受けて実施されました。
用語解説
- (注1)結晶多形(ポリモルフ)
同じ化学組成を持ちながら、原子や分子の並び方が異なる複数の結晶構造のことです。構造が違うと、安定性、硬さ、密度、溶解性、光学・電気特性なども変化します。 - (注2)過冷却液体
融点より低い温度まで冷やしても、結晶化せず液体状態を保っている物質です。熱力学的には準安定であり、十分な揺らぎが生じると結晶化します。 - (注3)核生成
液体などの母相の中に、新しい相の小さな領域が生まれ、成長を始める過程です。結晶化においては、結晶構造を持つ微小な領域が形成される過程を指します。 - (注4)結晶核・結晶胚
結晶に似た構造を持つ小さな原子・分子集団です。小さいうちは液体に戻ることがありますが、十分に安定化すると持続的に成長します。本研究では、形成後に成長し続けた最初の結晶胚を「最初の核」と呼びます。 - (注5)古典核生成理論
新しい相の小さな球状核を仮定し、相転移によるバルク自由エネルギーの利得と、界面を作るエネルギー損失の競争から核生成障壁を記述する理論です。 - (注6)自由エネルギー
一定の温度・圧力などの条件で、物質の安定性や変化の起こりやすさを決める熱力学量です。一般に自由エネルギーが低い状態ほど安定です。 - (注7)液体―結晶界面自由エネルギー
液体と結晶の境界面を作るために必要な単位面積当たりの自由エネルギーです。核生成障壁を大きく左右し、液体と結晶の構造が似ているほど小さくなる場合があります。 - (注8)分子動力学シミュレーション
原子や分子に働く力を計算し、運動方程式を時間発展させることで、物質の構造変化や運動をコンピューター上で追跡する方法です。 - (注9)レナード・ジョーンズ(Lennard–Jones)液体
原子間のごく近い距離での反発と、それより遠い距離での引力を単純なポテンシャルで表した代表的なモデル液体です。液体、結晶、ガラスなどの基本現象を調べる標準模型として広く用いられています。 - (注10)結合配向秩序
ある原子と周囲の原子を結ぶ方向が、特定の対称性に沿ってどの程度そろっているかを表す秩序です。原子位置が周期的に並んでいなくても発達できます。 - (注11)並進秩序
原子や分子の位置が一定の間隔で周期的に繰り返す秩序です。通常の結晶を特徴づける基本的な性質で、液体には長距離の並進秩序がありません。 - (注12)体心立方(bcc)型、六方最密(hcp)型、面心立方(fcc)型
原子からなる物質に見られる代表的な結晶構造です。bccは体心立方構造、hcpは六方最密構造、fccは面心立方構造を指します。銅とアルミニウムの安定結晶は通常fccです。 - (注13)前駆体
結晶化に先立って液体中に一時的に現れる、比較的高い局所秩序を持つ領域です。本研究では、結晶としての並進秩序は持たないものの、結晶型の配向対称性が強い液体領域を指します。 - (注14)安定前駆体クラスター(SPC)
Stable Precursor Clusterの略です。通常の前駆体より長く持続し、原子運動が遅く、配向秩序がより広い範囲で相関する領域を、本研究で操作的にSPCと呼びました。独立した熱力学的相を意味するものではありません。 - (注15)通常前駆体クラスター(OPC)
Ordinary Precursor Clusterの略です。短時間で形成・消滅し、配向秩序や構成原子が頻繁に変わる前駆体領域です。多くは結晶核になる前に無秩序な液体に戻ります。 - (注16)配向相関長 ξ₆
結合配向秩序の相関が、空間的にどの距離まで及ぶかを表す長さです。値が大きいほど、広い領域で配向秩序が協調しています。 - (注17)動的不均一性
液体中で、原子や分子が速く動く領域と遅く動く領域が空間的・時間的に共存する現象です。過冷却液体やガラス形成液体に特徴的で、局所構造の違いと強く関係しています。 - (注18)二段階核生成・非古典核生成
一様な液体から結晶核が直接生じるのではなく、密度、組成、配向秩序などが異なる中間的な構造を経て結晶化する経路の総称です。本研究では、長寿命の配向秩序を持つ液体前駆体の形成と、その内部での並進秩序形成が二段階に対応します。
問合せ先
東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター
特任研究員 田中 肇(たなか はじめ)

