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閉じ込めで物質の結晶はどう姿を変えるか?

  • 研究成果

2024年1月12日

発表のポイント

  • 狭い閉じ込められた空間では、閉じ込め前と異なる結晶が見られることがある。閉じ込めの度合いを変化させることで、構造の同じ相が特定の順序で再び現れる現象(相再入現象)が見られることがあるが、その制御機構は未解明であった。
  • 閉じ込めによる相再入と固体の変形モードについて系統的に探索し、特定の層数以下での2つの異なる相再入のタイプの存在を特定するとともに、閉じ込めにより引き起こされるソフトな変形モードの重要性を明らかにした。
  • 本研究の成果は、様々な物質の薄膜結晶構造の理解と制御に新しい示唆を提供し、ナノサイエンスへの応用が期待される。
  • 傾斜セル(左)に閉じ込められたコロイド結晶の構造変化(右)の模式図
  • 傾斜セル(左)に閉じ込められたコロイド結晶の構造変化(右)の模式図

発表概要

東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野の田中肇シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学名誉教授)は、復旦大学のタン ペン教授、ナンヤン工科大学のニー ラン准教授らの国際共同研究グループと共同で、平行な平板間に閉じ込められた薄い結晶膜の結晶秩序と物理的な特性が、膜厚の変化によりどのように変化するかについて詳細な研究を行いました。
密度や温度などの熱力学的条件が変化するにつれ、特定の順序で異なる結晶相が繰り返し出現する現象が知られ、相再入(phase reentrance)現象と呼ばれます。この現象は、硬いセラミックから柔らかいコロイドまでさまざまな材料で観察され、結晶状態を外部変数により精密に制御する上で重要な現象として知られています。密度や温度に加えて、狭い空間に系を閉じ込めた場合には、幾何学的な拘束の度合いも相挙動に大きく影響します。たとえば、平行な平板間に閉じ込められた薄い結晶膜は、三次元と二次元の極限の間で、結晶構造とその物理的な特性が変化する転移現象を示すことが知られています。この現象は応用上の重要性にもかかわらず、その物理的な機構は十分に解明されていませんでした。
そこで、研究グループは、結晶の三次元構造や揺らぎを直接観察可能な荷電コロイド分散系(注1)の結晶をモデル系として用い、前述のイメージ図のようなわずかな角度で傾斜したセルを用い、薄膜の厚みの変化に伴う相再入について系統的に探索しました。その結果、空間的な拘束のないバルク状態(注2)体心立方晶(bcc)(注3)が安定な場合と、面心立方晶(fcc)(注4)が安定な場合のそれぞれに対して、特定の層数Nc以下での2つの異なる相再入現象の存在を特定することに成功しました。図1(左図)は、厚みの変化による5層のfcc構造から6層のbccさらには6層のfcc構造に変化している様子を示し、右図は面内の動径分布関数(注5)を示しています。また、シミュレーションにより、結晶の自由エネルギー(注6)が空間制約の程度に対する非単調に依存することが、主要な熱力学的な原因であることを確認しました。さらに、特定の層数Nk以下では、幾何学的な制約に適応して独自のソフトな固体変形モード(注7)が現れることがわかりました。これらの層数Nに依存する熱力学的および運動学的な振る舞いに関する発見は、薄膜結晶構造を理解し制御するための新しい洞察を提供しています。 応用面では、狭い空間に閉じ込められたさまざまな物質系の結晶の相挙動の普遍的なメカニズムを解明し、ナノテクノロジーにおける結晶の相制御への重要な寄与が期待されます。

  • 図1
  • 図1:相再入現象の一例
    左図:顕微鏡で観察されたコロイド結晶構造。5層のfcc構造から6層のbccさらには6層のfcc構造に変化している様子がわかる。上段は実験結果で、下段はシミュレーションの結果を示す。
    右図:対応する動径分布関数。実線は実験結果で、点線はシミュレーションの結果を示す。

本成果は2024年1月5日(米国東部時間)に「Physical Review Letters」のオンライン版で公開されました。

ー研究者からのひとことー

物質は通常、温度や圧力によって特定の結晶構造をとりますが、それを狭い空間に閉じ込めると、構造が変わることがあります。この研究では、特に柔らかい結晶ではこの効果が顕著であり、その物理的なメカニズムも解明できました。得られた知見が、例えばナノサイエンスの分野で役立つことを期待しています。(田中肇シニアプログラムアドバイザー)

発表内容

本研究では、二枚の平板間に挟まれた空間を用い、幾何学的な拘束下での結晶構造の変化について詳細な調査を行いました。粒子レベルでの直接三次元構造観察を行うため、荷電コロイド系を用い、その結晶挙動の共焦点レーザ顕微鏡(注8)観察を行いました。この系はコロイド粒子間の相互作用を制御可能であるという特徴を持ち、空間的な拘束がないバルクにおいて、相互作用が長距離の場合はbcc型の結晶を形成し、短めの場合にはfcc型の結晶を形成します。
実験とシミュレーションを組み合わせて研究することにより、幾何学的な制約によって誘発される相再入現象に2つの種類が存在することを見いだしました。一つは、bccがバルク状態で安定な系に特徴的なもので、もう一つはfccがバルク状態で安定な系に特徴的なものです。相再入挙動は、系の自由エネルギーの地形によって決定されます。例えば、長距離の相互作用が優勢な場合には、fcc型の再入相構造は存在しません。長距離の相互作用が剛体的な相互作用によるエントロピー(注9)の効果と競合する場合には、fccがバルク状態で安定であっても、bcc型の再入現構造が期待されます。これらの2つの種類の相再入現象は、電荷を持たないコロイド系では見ることはできません。
さらに重要なことに、薄膜状態の固体変形モードが相再入現象において重要な役割を果たしていることを明かにし、固体表面の存在に起因した界面エネルギーが支配的な場合とバルクエネルギーが支配的な場合の間で転移が存在することを見いだしました。具体的には、臨界層数Nk以下で、界面の影響が支配的になり、その幾何学的な制約が薄膜に特徴的な独自のソフトな変形モードを生み出します。これらの特性は、強い制約下での3次元のバルクでの応答とは本質的に異なります。例えば、bccがバルク状態で安定な系では、強い幾何学的な制約により、薄膜bcc状態がより変形しやすくなりますが、表面近くでの層構造形成の効果は薄膜fcc状態の安定性を向上させます。これが、図2に示したような膜厚の変化による結晶構造変化をもたらします。対照的に、fccがバルク状態で安定な系では、強い幾何学的な制約が粒子配置状態の変化を誘発しますが、密度の変化はわずかであることが明らかになりました。
これら多様な相挙動観察結果は、強く閉じ込められた系、つまりナノスケールの材料系などで、バルクな系の挙動からは想像できないような相挙動が現れ、新しい応用につながる可能性があることを示唆しています。したがって、これらの構造を相互作用のソフトさまたは長距離相互作用を介して調整することは、微小な空間における結晶を扱うナノサイエンスの分野に新しいパラダイムを提供すると期待されます。

  • 図2:厚みの増加に伴う体心立方型から面心立方型への連続的な構造変換の様子
    左図は、バルク状態での体心立方構造(上段)と面心立方構造(下段)をあらわしている。結晶構造の特徴的な長さD,a,bについては図中の定義を参照。 右図は、層数N = 4の場合の厚み変化によるxy面(基板と並行な面)の構造変化の様子を示す。左上から右下に向かって厚みが増えている。散布図(灰色の雲)は三次元結晶の粒子の熱的なゆらぎを二次元面に投影したもの。

発表者

東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野

  • 田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学 名誉教授)

復旦大学

  • リ シャオシャ リ 大学院生
    ファン ファン ポスドク
    リ ミンファン ポスドク
    チェン ヤンシュアン ポスドク
    ファン ジーピン 教授
    タン ペン 教授

ナンヤン工科大学

  • クロンタム サンカエトン ポスドク
    ニ ラン 准教授

論文情報

雑誌:
Physical Review Letters(1月5日)
題名:
Phase reentrances and solid deformations in confined colloidal crystals
著者:
Xiaoxia Li, Huang Fang, Krongtum Sankaewtong, Minhuan Li, Yanshuang Chen, Jiping Huang, Ran Ni*, Hajime Tanaka*, Peng Tan* *責任著者
DOI:
10.1103/PhysRevLett.132.018202別ウィンドウで開く

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援により実施されました。

用語解説

  • (注1)荷電コロイド分散系
    荷電コロイド分散系は、表面に電荷を帯びた微小な粒子やクラスターが液体中に分散している体系のことを指します。これらの粒子やクラスターは通常、ナノメートルからミクロメートルのサイズを持ち、その表面に電荷を帯びています。この電荷によって粒子同士が反発し合い、分散液中に均等に広がるように分布します。

  • (注2)バルク状態
    物質が微細なスケールや境界効果を超え、大規模で均質である状態を指します。ここでは、空間的に閉じ込められていない状態をさします。

  • (注3)体心立方晶(bcc)
    体心立方晶(body-centered cubic, bcc)は、結晶構造の一種であり、立方格子を持ち、格子点が各面の中央と1つの中央に配置されている構造です。具体的には、各辺に1つずつの原子が配置され、立方体の8つの頂点と立方体の中央にも原子が存在します。

  • (注4)面心立方晶(fcc)
    面心立方晶(face-centered cubic, fcc)は、結晶構造の一種で、各格子点が立方体の面の中心に位置する配置を指します。具体的には、立方体の各面の中央に1つずつ原子があり、各辺の中点にも1つずつ原子が配置されています。これにより、立方体の各面、各辺、各頂点に原子が配置され、非常に密に構まれた結晶構造が形成されます。fccは金属や多くの結晶物質で見られる一般的な構造の一つです。

  • (注5)動径分布関数
    動径分布関数は、物質中の粒子や分子が他の粒子や分子とどのように配列しているかを表すための指標です。具体的には、ある中心粒子から一定の距離にある周囲の粒子の存在確率を示します。

  • (注6)自由エネルギー
    ある系の自由エネルギーは、内部エネルギーとエントロピーの組み合わせとして表されます。内部エネルギーは系の全体的なエネルギーの総和であり、エントロピーは系の乱雑さや無秩序さを表す尺度です。自由エネルギーは、系が外部とエネルギーを交換するときに、その交換が行われやすいかどうかを示す指標として利用されます。例えば、系が低い自由エネルギーの状態に向かう傾向があるため、系は自然に低い自由エネルギーの状態を選好します。

  • (注7)固体変形モード
    固体変形モードとは、物質が外部からの力や温度変化などの影響を受けて、その構造や形状が変わる様式やパターンのことを指します。これは通常、原子や分子の配置が変化することによって生じます。物質が異なる相(結晶構造)間を変化する際、特定の変形モードが支配的になることがあります。例えば、結晶構造がbccからfccへの変換では、原子配置が変わり、それに伴って物質の性質も変化します。

  • (注8)共焦点レーザ顕微鏡
    共焦点レーザ顕微鏡は、微小なものや生体組織を拡大して見る特殊な顕微鏡です。レーザー光を用いて高い解像度で観察し、3D画像を作成できます。蛍光を使って特定の部分を目立たせ、生物学や材料科学などで広く活用されています。

  • (注9)エントロピー
    エントロピーは、熱力学や統計力学などの物理学の概念で、系の乱雑さや無秩序度を表す尺度です。

問合せ先

東京大学 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野
 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)田中 肇(たなか はじめ)

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