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研究成果:3次元量子ドット構造の形成実現によるInGaAsナノ円盤構造を世界で初めて観察
—バイオテンプレート極限加工により次世代量子ドットマイクロLEDの実用化に道—

  • 研究成果

2019年9月2日

東京大学大規模集積システム設計教育研究センター(VDEC)の肥後昭男特任講師、北見工業大学の木場隆之助教、北海道大学大学院情報科学研究院の村山明宏教授、東北大学材料科学高等研究所(AIMR)および流体科学研究所(IFS)の寒川誠二教授、東京大学先端科学技術研究センターの杉山正和教授、東京大学大学院工学系研究科の中野義昭教授らは、バイオテンプレート技術と融合して低欠陥のナノサイズの低濃度のインジウムガリウム砒素/ガリウム砒素(InGaAs/GaAs)円盤構造(量子ドット)注1)を有する柱状構造(ナノピラー構造)を作製することに成功しました。 さらに、有機金属気相成長法を用いて、ナノサイズのInGaAs/GaAs円盤構造を有するナノピラーをガリウム砒素での埋め込み再成長に成功し、ドライエッチングで作製した世界最小のInGaAsナノ円盤構造の作製に成功しました。フォトルミネッセンスの温度依存性測定により、ドライエッチングで作製したInGaAsナノ円盤構造からの波長幅の広い発光を実現しました。

ガリウム砒素などの化合物半導体はシリコンに比べて光の発光効率や吸光効率が極めて高く、特に化合物半導体量子ドットは、ナノスケールの構造から生じる量子効果によって、より単色化され高強度な光を低消費電力で温度の影響少なく発光するため、単一光子光源などに応用が期待されています。有機金属気相成長法または分子線エピタキシー法で作成される従来の量子ドットは高いインジウム濃度(50%以上)でのみ量子ドットが形成できます。また、従来のドライエッチングでは、微細化に限界があるばかりではなく、脆弱な化合物半導体では激しく欠陥が生成されるため、発光効率が大きく劣化してしまうという問題点がありました。

本研究グループは、鉄などの金属微粒子を内包したたんぱく質が、特殊な処理をした表面に自発的に規則正しく配列した構造を作る性質を用いて、金属微粒子を化合物基板の上に高密度に間隔20nm程度で配置しました。その後、たんぱく質だけを除去して金属微粒子を加工マスクとして中性粒子ビーム 注2)による低損傷エッチングと有機金属気相成長を行うことにより、ナノメートルオーダの欠陥の少ないInGaAs/GaAsナノ円盤構造が20 nm(ナノメートル)間隔で配列した構造を実現しました。 本研究により作製された低欠陥のInGaAs/GaAsナノ円盤構造は、近年、注目をあげている低消費電力マイクロLEDや半導体レーザへの展開が期待できます。本研究成果は、ACS Applied Electronic Materialsに掲載されました。

【研究の背景】

化合物半導体量子ドット発光ダイオード 注3)(LED: light emitting diode)および量子ドットレーザ 注4)は低消費電力光素子として、また超高速光変調素子として、飛躍的に高まる通信需要に応えユビキタス情報化社会を支える重要な技術であり、広く実用化されています。これらのデバイスを実現するにはナノメートルオーダでサイズや密度、位置などの制御された量子ドット構造を作製することが求められますが、従来のトップダウン型のリソグラフィ技術とエッチング技術に依存した微細加工技術では大きな困難が予想されます。現状のリソグラフィ技術では光源やレンズ系の設計において22nmよりも微細なパターン形成することは技術的・経済的に大きな壁があります。また、プラズマエッチング 注5)では、ナノメートルスケールの構造形成においてはプラズマからの紫外線照射による表面欠陥生成が大きな問題となっています。特に化合物半導体はシリコンに比べて不安定な材料でプラズマに対して脆弱であるため、プラズマエッチングによる欠陥のないナノ構造作製は不可能であると言われてきました。一方、ボトムアップ法で量子ドットを形成する手法としては、格子ひずみを利用した自己形成量子ドット作製法が一般的ですが、この手法では寸法のばらつきを十分に抑えることができない、ドットの密度に限界(109-1010cm-2)がある、サイズに制限がある(数十nm程度)、材料を自由に選択することができない、ひずみに伴う格子欠陥が不可避であるなどの問題があります。そのため、十分な性能の量子ドットレーザやLEDの実現には、良好な量子効果を持つナノ構造の再現性のよい欠陥の発生しない作製技術の確立が急務となっています。

現在、その最有力な手法として、ボトムアップ技術とトップダウン加工技術の融合(プロセスインテグレーション)が注目され、多くの提案がされつつあります。ボトムアップ技術の中でも、バイオテクノロジーは極めて急速に進歩しており、奈良先端技術大学院大学の山下一郎教授らは遺伝子操作により改質されたフェリティン変異体などを用いてナノサイズの金属を内包したたんぱく質を作製し、それらの自己組織化によるナノ構造作製を実現しています。一方、トップダウン加工技術では、プラズマから放射される電荷や紫外線を抑制し、低損傷で高精度のエッチングを可能とする中性粒子ビームの技術を世界で初めて寒川教授が開発し、その効果を、最先端超LSIを用いて実証していました。

【研究の内容】

東京大学大規模集積システム設計教育研究センター(VDEC)の肥後昭男特任講師、北見工業大学の木場隆之助教、北海道大学の村山明宏教授、東北大学材料科学高等研究所(AIMR)および流体科学研究所(IFS)の寒川誠二教授、東京大学先端科学技術研究センターの杉山正和教授、東京大学大学院工学系研究科の中野義昭教授らは、次世代の高効率マイクロLEDあるいはレーザの実用化に道を拓く技術としてバイオテンプレートと中性粒子ビームエッチングを組み合わせることで、インジウムガリウム砒素/ガリウム砒素(InGaAs/GaAs)構造の超低損傷・超高アスペクトエッチングの実現に成功しました。さらに、有機金属気相成長法を用いてガリウム砒素の埋め込み再成長に成功し、InGaAsナノ円盤構造の作製に成功しました。さらに、フォトルミネッセンスによる幅広い線幅の発光を実証しました。

本研究では、バイオテンプレート極限加工法により化合物半導体(InGaAs/GaAs)の低損傷エッチングを実現することで、室温にて量子効果を示す厚さ9nm、直径20nm程度のナノピラー構造を、低欠陥、均一、高密度(1011cm-2以上)、間隔(20nm程度)で2次元配置できることを示しました。有機金属気相成長装置(MOVPE)注6)を用いて、InGaAs/GaAsウェハをバイオテンプレートと中性粒子ビームの組み合わせで極限加工することで、InGaAsのナノ円盤構造を有する高さ100nm程度のナノピラーを欠陥なく作製することに成功しました。さらに、MOVPE装置を使ってガリウム砒素バリア層を再成長させ保護膜を形成(パッシベーション)することで高品質界面の実現に成功し、世界で類をみないトップダウンエッチングで作製したInGaAsナノ円盤構造の形成に成功をしました。設計したナノ円盤構造の発光波長に対応する960nm付近から明瞭な発光が確認できました。ナノ円盤構造は、通常の量子井戸構造あるいは量子ドット構造では困難であった幅広い線幅の発光を実現ができ、あらゆる波長帯域を実現できる高効率な量子ドットLEDおよびレーザを実用化できる構造として極めて有望であるといえます。

【今後の展開】

中性粒子ビームによる加工・表面改質・材料堆積技術は、現在の半導体業界が直面している革新的ナノデバイスの開発を妨げるプロセス損傷を解決する全く新しいプロセス技術であると考えられます。また、本技術を用いた装置はプラズマプロセスとして実績がありもっとも安定した装置において用いられているプラズマ源をそのまま用い、中性化のためのグラファイトグリットを付加するだけで実現できることから、今後、数十nm以下のナノデバイスにおける革新的なプロセスとして実用化されてゆくこともおおいに期待されるものです。中性粒子ビーム技術は既に均一大面積プロセスを実現できるプラズマ源を基盤に装置が実現できるため、極めて実用的であり、今後、最先端ナノデバイス製造プロセスにおいて中性粒子ビーム加工技術のみならず、中性粒子ビームを用いた表面改質・修飾技術の研究開発を進めて実用的なデバイス開発を大いに推進していく予定です。今回、ナノ円盤構造の作製に成功し、発光を確認することに成功したことで、実用化に向けて大きく前進しました。既に、大手装置メーカーと装置化への検討も進んでおり、近い将来の実用化に向けてさらに研究を進めていきます。

【参考図】

図1
図1 バイオテンプレートと中性粒子ビームを用いた量子ドット作製技術
 
図2
図2 中性粒子ビームエッチング技術
 
図3
図3 今回試作をしたナノ円盤構造のプロセス概略図
 
図4
図4 バイオテンプレートと中性粒子ビームによるInGaAs/AlGaAsナノピラー構造のSEM写真およびTEM写真
 
図5
図5 作製したInGaAsナノ円盤構造による発光特性
 

【用語解説】

注1)ナノ円盤構造(量子ドット)
主に半導体において、電子の持つド・ブロイ波長(数nm~20nm)程度の大きさの粒状の構造を作ると、電子はその領域に閉じこめられる。閉じ込め方向を1次元にしたものを量子井戸構造、2次元のものを量子細線、そして3次元全ての方向から閉じ込めたものを、ナノ円盤構造(量子ドット)と呼ぶ。量子ドットは、その特異な電気的性質により、単電子トランジスタ、量子テレポーテーション、量子コンピューターなどへの応用が期待されている。また、大きさを変えることでバンドギャップエネルギーが制御でき、光の吸収や発光の波長を変化させることができるため、量子ドット太陽電池や量子ドットレーザへの応用も期待されている。これらを実現するためには大きさのそろった量子ドットを作製する必要があり、本研究ではバイオテンプレート法を用いたナノ円盤構造を提案している。

注2)中性粒子ビーム
寒川教授が世界で初めて開発したエッチング技術であり、プラズマからの高エネルギーイオン・紫外線照射を大幅に抑制することで、様々な材料の超低損傷エッチングに実績を持つ。

注3)発光ダイオード
発光ダイオードは、半導体を用いたpn接合と呼ばれる構造で作られている。発光はこの中で電子の持つエネルギーを直接、光エネルギーに変換することで行われ、巨視的には熱や運動の介在を必要としない。電極から半導体に注入された電子と正孔は異なったエネルギー帯(伝導帯と価電子帯)を流れ、pn接合部付近にて禁制帯を越えて再結合する。再結合時に、バンドギャップ(禁制帯幅)にほぼ相当するエネルギーが光として放出される。放出される光の波長は材料のバンドギャップによって決められ、これにより赤外線領域から可視光線領域、紫外線領域まで様々な発光を得られるが、基本的に単一色で自由度は低い。ただし、青色、赤色、緑色(光の三原色)の発光ダイオードを用いることであらゆる色(フルカラー)を表現可能である。また、青色または紫外線を発する発光ダイオードの表面に蛍光塗料を塗布することで、白色や電球色などといった様々な中間色の発光ダイオードも製造されている。

注4)量子ドットレーザ
量子ドット中の電子を用いた半導体レーザ。日本で発明された。ナノテクノロジーの進展により、10nm近くの立体構造の形成が可能になってきた。この構造の中では、電子の波は3次元的に閉じ込めを受け、運動の自由度がなくなる。このような量子ドットを半導体レーザの発光部(活性層)として用いると、その特性を飛躍的に向上させることができると期待されている。21世紀の半導体レーザ。

注5)プラズマエッチング
固体、液体、気体につづく第4の状態であり、電離した気体のことを一般的に示す。プラズマ中には高エネルギーのイオン、電子、中性粒子が存在する。特に半導体産業においては微細加工の手法としてプラズマを用いたエッチングが使われている。

注6)有機金属気相成長装置
原料として有機金属やガスを用いた結晶成長方法、およびその装置である。化合物半導体結晶を作製するのに用いられ、原子層オーダで膜厚を制御することができるため、半導体レーザを初めとするナノテクノロジーといった数nmの設計が必要な分野で用いられる。代表的な半導体結晶成長装置である分子線エピタキシー法 (MBE) と比較し、面内での膜厚の偏差が少なく、高速成長が可能であるほか、超高真空を必要としないために装置の大型化が容易である為、大量生産用の結晶成長装置としてLEDや半導体レーザを初めとした光デバイスの商用製品の作製に多く用いられている。

【論文情報】

今回の研究成果につきましては、ACS Applied Electronic Materialsに掲載されました。

論文題目 : Photoluminescence of InGaAs/GaAs Quantum Nanodisk in Pillar Fabricated by Biotemplate, Dry Etching and MOVPE Regrowth
DOI番号:
10.1021/acsaelm.9b00432別ウィンドウで開く

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