遺伝子改変マウス作製を高効率化する新技術
―初代個体での迅速な遺伝子機能解析を実現―
- 研究成果
2026年7月30日
滋賀医科大学
筑波大学
東京大学
大阪大学
研究のポイント
- ほぼ全ての初代個体が外来遺伝子をもつ、高効率なトランスジェニックマウス作製法を開発
- 細胞ごとの遺伝子導入のばらつきを高解像度に解析する手法を確立
- ゲノム編集技術と組み合わせ、初代個体で組織ごとの遺伝子機能を迅速に調べることに成功
- 医学・生物学分野の研究効率化が期待されるとともに、実験動物数の削減にも貢献
概要
滋賀医科大学動物生命科学研究センター、筑波大学、東京大学、大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe)、京都大学、ブリティッシュコロンビア大学らの共同研究グループは、外来遺伝子をマウスのゲノムへ高効率に導入する新しいトランスジェニックマウス※1の作製技術を開発しました(図1)。
トランスジェニックマウスは、遺伝子の働きや病気の仕組みを調べるために広く用いられています。しかし、従来の方法では、目的の遺伝子が導入された個体を得られる効率は、高くても約20%にとどまり、最初に得られる初代個体※2で直接表現型を解析することは容易ではありませんでした。そのため、交配を経て次世代を得てから解析する必要があり、研究に時間がかかることや、多くの動物を必要とすることが課題でした。
本研究では、DNAをゲノムに挿入する性質をもつ「トランスポゾンシステム※3」を用いたトランスジェニックマウス作製法を改良し、ほぼ全ての初代個体に外来遺伝子を導入できる条件を見出しました。また、この方法で作製した個体において、外来遺伝子が、発生の早い段階で導入されることを、次世代シーケンサーを用いた新しい解析法により明らかにしました。
加えて、本技術とゲノム編集を組み合わせ、初代個体で組織ごとの遺伝子機能を迅速に調べる手法を開発しました。従来の方法では解析までに1年以上を要することがありますが、本手法では、初代個体を用いることで、数週間から数か月程度で表現型を評価できることが見込まれます。
本成果は、疾患モデルマウスの作製や遺伝子機能解析を効率化し、研究期間の短縮に貢献することが期待されます。また、目的に合わない個体を減らすことで、動物実験における使用動物数の削減にもつながる可能性があります。
本研究成果は、2026年7月6日付で国際学術誌iScienceに掲載されました。

研究の背景
遺伝子を改変した動物は、病気の原因を調べたり、新しい治療法や薬の候補を評価したりするために欠かせない研究基盤です。中でもトランスジェニックマウスは、他の生物由来または人工的に設計した遺伝子(外来遺伝子)を体内で発現させることにより、遺伝子の働きや細胞・組織の機能を調べるために広く利用されています。
トランスジェニックマウスの作製には、受精卵の前核へDNAを注入する前核注入法が長く用いられてきました。しかし、この方法では目的の遺伝子がゲノムに導入される効率が十分でない場合があり、最初に得られる初代個体だけで解析に必要な数をそろえることは困難でした。
より効率のよい方法として、遺伝子を能動的に移動させる能力をもつトランスポゾンシステムを用いる方法が知られていますが、それでも初代個体での解析に十分な効率を安定して得ることは課題でした。また、トランスポゾンを用いて作製したトランスジェニックマウス個体において、外来遺伝子が体内の細胞にどのように分布しているかを詳しく評価する方法も限られていました。このような理由から、多くの場合、得られた個体から次世代を作り、遺伝子導入の状態を確認してから解析を行うことが一般的です。
もし初代の世代で効率よくトランスジェニックマウスを作製でき、さらに外来遺伝子が全身の細胞に広く導入されて発現すれば、初代個体での表現型解析が可能となり、研究の効率化や使用動物数の削減に貢献できる可能性があります。
特に、特定の組織だけで遺伝子を働かなくする「条件付きノックアウトマウス※4」は、生体内での遺伝子機能を調べるうえで重要ですが、従来法では複数の遺伝子改変マウス系統を作製し、交配を重ねる必要があります。そのため、表現型解析に必要なマウスを得るまでに1年以上を要することがあります。
こうした背景から、初代個体で高効率に遺伝子導入を行い、そのまま表現型解析につなげられる技術の開発が求められていました。
研究手法・成果
本研究では、piggyBacと呼ばれるトランスポゾンシステムを用いて、トランスジェニックマウス作製法の最適化を行いました。具体的には、受精直後のマウス胚にpiggyBacトランスポザーゼ※5mRNAをエレクトロポレーション※6で導入し、その後、目的遺伝子を含むDNAを前核へ注入する方法を検討しました(図2)。これにより、トランスポザーゼを受精直後から利用できる状態にし、外来DNAがより早い発生段階でゲノムへ導入されることを狙いました。その結果、初代個体のほぼ全てで外来遺伝子を導入できる高効率な条件を確立しました。

次に、研究グループは、外来遺伝子が初代個体のどの細胞にどの程度導入されているかを詳しく調べるため、DNAバーコード※7とシングルセルRNAシーケンス※8を組み合わせた新しい解析手法を開発しました。その結果、本手法による遺伝子導入は主に胚発生の早い段階で起こり、外来遺伝子が全身の細胞に広く分布して発現することが明らかになりました。(図3)

さらに、研究グループは、この高効率なpiggyBac技術とゲノム編集を組み合わせ、初代個体で条件付きノックアウトに相当する表現型を調べるScKiP法※9を開発しました。ScKiPでは、組織特異的にCreを発現させる仕組みとgRNAをpiggyBacにより導入し、Cre依存的にCas9を発現するマウスと組み合わせることで、特定の組織で標的遺伝子を破壊することを目指します(図4)。
本研究では、とある遺伝子を対象とした実験により、初代個体で目的とする表現型を観察できることを示しました。これにより、ScKiP法を用いることで、従来よりも短期間で組織ごとの遺伝子機能を調べることが可能となり、候補遺伝子の機能解析を効率化できると期待されます。

今後の展望
本技術により、トランスジェニックマウスの作製効率が向上し、初代個体での表現型解析が進めやすくなることが期待されます。これにより、疾患モデルマウスの作製や、遺伝子機能解析に要する時間を短縮できる可能性があります。
また、従来は多数の個体を作製して目的の個体を選別する必要がありましたが、本手法により目的の遺伝子改変をもつ個体を高効率に得られれば、使用する動物数の削減にもつながります。これは、る動物実験における3Rs※10、特に使用動物数の削減という観点からも重要です。
今後、さまざまな遺伝子、組織、実験条件で活用を進めることで、疾患モデル作製、発生生物学、再生医学、創薬研究など、幅広い医学・生物学研究への応用が期待されます。
研究支援
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費)(課題番号:21K05988、23H03860、20K22611、21H02388)、JST創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR221H)、AMED生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)(課題番号:JP25ama121016)などの支援を受けて実施されました。
発表論文
- 雑誌名:
- iScience
- タイトル:
- Highly efficient and low-mosaicism piggyBac transgenesis platform for rapid founder phenotyping
- 著者:
- :Eiichi Okamura, Shoma Matsumoto, Eiji Mizutani, Kazuya Murata, Yoko Tanimoto, Tra Thi Huong Dinh, Hayate Suzuki, Akihiro Kuno, Woojin Kang, Natsuki Mikami, Tomoka Ema, Kento Morimoto, Kanako Kato, Tomoko Matsumoto, Nanami Masuyama, Yusuke Kijima, Genta Nagae, Masanaga Muto, Toshifumi Morimura, Hideto Mori, Fumihiro Sugiyama, Satoru Takahashi, Hiroyuki Aburatani, Knut Woltjen, Nozomu Yachie, Seiya Mizuno, Masatsugu Ema
- DOI:
- 10.1016/j.isci.2026.116648

用語解説
- ※1 トランスジェニックマウス
外来遺伝子をゲノムに導入したマウス。遺伝子の働きや病気の仕組みを調べるための研究に広く使われる。 - ※2 初代個体
遺伝子改変操作を行った受精卵から直接得られる最初の世代の個体。通常は次世代を作ってから解析することも多いが、初代個体で解析できれば研究期間を短縮できる。 - ※3 トランスポゾンシステム
特定のDNA配列をゲノムへ挿入することができる遺伝子導入システム。トランスジェニック動物作製に利用される。piggyBacは蛾で発見された代表的なトランスポゾンシステムの1つ。 - ※4 条件付きノックアウトマウス
特定の組織や時期に限って遺伝子の働きを失わせる方法。全身で遺伝子を失わせると致死になる場合でも、組織ごとの遺伝子機能を調べることができる。従来法では、標的遺伝子にloxP配列を導入したマウスと、特定の組織でCreを発現するマウスをそれぞれ準備し、交配を行う必要がある。 - ※5 トランスポザーゼ
トランスポゾンシステムにおいてDNAをゲノムへ挿入する働きをもつ酵素。本研究では、piggyBacトランスポザーゼのmRNAを受精卵に導入し、胚内で酵素を作らせた。 - ※6 エレクトロポレーション
細胞に短い電気刺激を与えることで、DNAやRNAなどを細胞内へ導入する方法。本研究では、piggyBacトランスポザーゼmRNAを受精卵へ導入するために用いた。 - ※7 DNAバーコード
細胞や導入された遺伝子を識別するために付ける短いDNA配列。本研究では、外来遺伝子がどの細胞集団に導入されたかを追跡するために用いた。 - ※8 シングルセルRNAシーケンス
細胞1個ごとに、どの遺伝子がどの程度働いているかを調べる解析技術。本研究では、DNAバーコードと組み合わせて、初代個体における遺伝子導入のばらつきを評価した。 - ※9 ScKiP法
single-step cKO mouse production with piggyBacの略。本研究で開発した、piggyBacを用いて初代個体で条件付きノックアウトに相当する表現型を迅速に評価するための手法。 - ※10 動物実験における3Rs
動物実験を適正に行うための国際的な基本原則。Replacement(代替)、Reduction(削減)、Refinement(改善)の3つを指す。Replacementは動物を用いない方法への置き換え、Reductionは使用する動物数の削減、Refinementは動物の苦痛や負担の軽減を意味する。
研究者情報(研究当時)
(()内は兼務先または現在の所属)
国立大学法人滋賀医科大学
岡村 永一、松本 翔馬、武藤 真長、守村 敏史、依馬 正次(国立大学法人京都大学)
国立大学法人筑波大学
水谷 英二、村田 知弥(現:国立大学法人岐阜大学)、谷本 陽子、Dinh Thi Huong Tra、鈴木 颯、久野 朗広、
康 宇鎭、三上 夏輝、依馬 朋香、森本 健斗、加藤 花名子、杉山 文博、高橋 智、水野 聖哉
東京大学先端科学技術研究センター
永江 玄太(現:筑波大学医学医療系生命医科学域分子病理学教授)、油谷 浩幸
大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe)
森 秀人
国立大学法人京都大学
松本 智子、Knut Woltjen
ブリティッシュコロンビア大学
増山 七海(学校法人慶應義塾 慶應義塾大学)、木島 佑輔、
谷内江 望(東京大学先端科学技術研究センター、大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe))
問合せ先
東京大学名誉教授
東京大学先端科学技術研究センター
特任研究員 油谷 浩幸(あぶらたに ひろゆき)
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