1. ホーム
  2. ニュース
  3. 先端研ニュース
  4. 数千個の細胞から狙った1細胞を回収するマイクロピペットを開発! ―大きさや運動性が異なる細胞に対応し、任意の細胞を回収して遺伝子解析へ―

数千個の細胞から狙った1細胞を回収するマイクロピペットを開発!
―大きさや運動性が異なる細胞に対応し、任意の細胞を回収して遺伝子解析へ―

  • 研究成果

2026年9月18日

九州大学
東京大学先端科学技術研究センター

ポイント

  1. ①多数の細胞の中から狙った1細胞を回収する技術は、細胞を詳細に解析する上で重要ですが、例えばマイクロピペット(※1)などを、大きさや運動性が異なる細胞へ幅広く適用することは困難でした。
  2. ②本研究では、マイクロ流体チップ(※2)を搭載したマイクロピペットを開発しました。マイクロ流体チップを対象に応じて交換可能とすることで、速く遊泳する藻類から大型の藻類まで、1つずつ回収することに成功しました。さらに、動物細胞を対象として、抗体の分泌状態に基づいて任意の細胞を回収し、その遺伝子発現を解析することに成功しました。
  3. ③顕微鏡観察技術と遺伝子解析技術を橋渡しし、さまざまな細胞集団の不均一性を明らかにする、より詳細な単一細胞解析への応用が期待されます。

概要

 多数の細胞の中から狙った1細胞を回収して解析する技術は、細胞集団の中にある細胞ごとの違いを明らかにするため、生物学や医療の分野で重要な技術となっています。しかし、例えばマイクロピペットなどを、大きさや運動性が異なるさまざまな細胞へ、幅広く適用することは困難でした。
 本研究では、交換可能なマイクロ流体チップを搭載した高速・高精度なマイクロピペットを開発しました。
 九州大学大学院工学府の木山誠啓博士課程大学院生、九州大学大学院工学研究院の齋藤真助教、山西陽子教授、株式会社ライブセルダイアグノシスの山岸舞代表取締役、東京大学先端科学技術研究センターの白崎善隆准教授、九州大学大学院工学研究院の佐久間臣耶准教授の研究グループは、膜の変形と流体の応答を予測する理論モデルに基づき、半径が1、2、3 mmの3種類の円形膜構造を有するマイクロ流体チップを設計しました。これにより、最短2.7 ms(約0.003秒)の高速応答を実現しました。また、理論上、0.15 pLという極めて小さい体積から最大104 nLまで、約70万倍に及ぶ幅広い液量制御を可能にしました。
 開発したマイクロピペットを用いて、高速に遊泳するユーグレナや大型のボルボックスを1つずつ回収することに成功しました。さらに、動物細胞を対象として、顕微鏡で可視化した抗体の分泌状態に基づいて任意の細胞を回収し、遺伝子発現を解析することに成功しました。
 本成果により、大きさや運動性の異なるさまざまな細胞について、顕微鏡で観察した形や動き、分泌状態と、回収後に調べた遺伝子発現との関係を同じ細胞で対応付けることが可能になります。細胞集団を構成する一つひとつの細胞の違いを明らかにする単一細胞解析への応用が期待されます。
 本研究は、2026年9月10日(現地時間)に国際学術雑誌「Sensors and Actuators B: Chemical」のオンライン版で公開されました。

研究の背景と経緯

 細胞の形や動き、物質を分泌する量やタイミングなどの特性は、細胞の種類によって異なるだけでなく、同じ種類の細胞からなる集団の中でも一つひとつ異なり、時間とともに変化します。そのため、顕微鏡で細胞を継続して観察し、注目した1細胞を回収して遺伝子発現を調べることは、細胞の多様性を理解する上で重要です。
 顕微鏡で観察した細胞を回収する方法の1つが、マイクロピペットです。マイクロピペットは、観察中の細胞を、その場で少量の液体とともに操作することができます。しかし、対象とする細胞の大きさや運動性は、種類によって大きく異なります。速く泳ぐ細胞を捉えるには高速な応答が、周囲の細胞を誤って吸い込まずに小さな細胞を回収するには微細な液量制御が、数十~数百µmの細胞を扱うには広い液量範囲が求められます。
 従来のマイクロピペットでは、これらの性能を同時に満たすことが困難でした。空気圧式や電気浸透流式では、圧力や電圧で流量を調節し、動作時間を変えることで幅広い液量を扱えますが、大きな液量ほど時間がかかるため、高速な吸引・吐出には限界があります。一方、ピエゾアクチュエータ式(※3)では、高速かつ微細な液量制御が可能ですが、1回の動作で扱える液量がポンプの構造によって決まるため、液量範囲が限られていました。このため、高速応答、微細な液量制御、広い液量範囲を実現することが課題となっていました。

研究の内容と成果

 本研究では、マイクロ流体チップを搭載したマイクロピペットを開発しました。図1に示すように、マイクロ流体チップ内に円形膜を作製し、外部のピエゾアクチュエータで膜を押す・戻すことで、ガラス毛細管の先端に吸引・吐出の流れを発生させます。さらに、マイクロ流体チップを対象に応じて交換可能とすることで、高速応答と微細な液量制御を維持しながら、1回の動作で扱う液量の範囲を変更できる構造としました。
 マイクロ流体チップの設計と流体制御の指針を得るため、膜の変形と流体の応答を理論的に解析し、膜の半径や厚さ、硬さ、入力信号の変化時間が、制御体積(※4)や応答速度(※5)に与える影響を明らかにしました。この設計指針に基づき、代表例として膜半径が1、2、3 mmの3種類のチップを作製しました。
 図2に、各チップの流体制御性能を評価した結果を示します。ピエゾアクチュエータへの入力電圧と、ピペット先端付近に配置したトレーサー粒子(※6)の移動量から制御体積を求めました。入力電圧1 V当たりの制御体積は、膜半径1、2、3 mmのチップで、それぞれ83、334、832 pLでした。チップを交換することで、同じ入力電圧で扱える液量を約10倍の範囲から選択できることを確認しました。また、電気系のばらつきから算出した理論上の体積分解能(※7)は、それぞれ0.15、0.60、1.50 pLでした。応答速度は2.7 msであり、振動を抑えながら、数~十数msで吸引・吐出できることを確認しました。
 次に、図3(a, b)に示すように、2種類の微細藻類を用いて回収実験を行いました。速く泳ぎ回るユーグレナには、応答の速い膜半径1 mmのチップを使用し、30~80 µmの対象を1つずつ回収しました。一方、ユーグレナよりも大きなボルボックスには、扱える液量が大きい膜半径3 mmのチップを使用し、60~230 µmの対象を回収しました。回収後の生存性を分裂の有無によって評価したところ、ユーグレナでは96.6%、ボルボックスでは93.3%で分裂が確認されました。
 最後に、図3(c)に示すように、動物細胞を対象として、顕微鏡観察に基づく1細胞の回収と遺伝子解析を行いました。抗体を分泌するハイブリドーマ細胞と、抗体を分泌しないJurkat細胞を混合し、LCI-S(※8)を用いて抗体の分泌状態を蛍光画像で可視化しました。その分泌状態に基づいて任意の1細胞を回収し、解析用チューブへ移して凍結した後、RT-qPCR(※9)によって遺伝子発現を解析することに成功しました。
 以上により、マイクロ流体チップを交換することで、速く遊泳する藻類から大型の藻類まで、1個体ずつ回収することに成功しました。さらに、動物細胞を対象として、顕微鏡で観察した抗体の分泌状態に基づいて任意の1細胞を回収し、その遺伝子発現を解析することに成功しました。

今後の展開

 単一細胞解析は、細胞集団を構成する一つひとつの細胞の違いを明らかにし、生命現象の理解や病態の解明、創薬に貢献する重要な解析技術です。しかし、顕微鏡で捉えた細胞の形や動き、分泌状態と、その細胞の遺伝子発現との関係を明らかにすることは容易ではありませんでした。本研究で開発したマイクロピペットは、顕微鏡で狙った1細胞を回収できるため、観察時の特徴と回収後の遺伝子発現との関係を調べることができます。これにより、細胞集団に存在する一つひとつの細胞の違いをより詳しく明らかにする、単一細胞解析への応用が期待されます。
 また、本研究で提案したマイクロピペットは、装置本体や駆動源を変更することなく、マイクロ流体チップを交換するだけで、回収対象に応じて扱う液量の範囲を変更できます。これにより、対象ごとに装置全体を作り直す必要がなくなり、さまざまな細胞や細胞凝集塊、微生物を1つずつ回収する技術への展開が期待されます。今後は、回収対象に応じたチップと電圧条件の最適化に加え、画像認識、ピペットの位置決め、吸引・移送・吐出の自動化を進め、幅広い研究分野で利用できるシステム構築を目指します。

参考図

(図1)交換可能なマイクロ流体チップを搭載したマイクロピペットのコンセプト図。
(図1)交換可能なマイクロ流体チップを搭載したマイクロピペットのコンセプト図。
(a)交換可能なマイクロ流体チップを搭載したマイクロピペットの構成図。(b) マイクロピペットの動作原理。(b-1)周囲流体の吸引、(b-2)流体の吐出。
(図2)異なる膜半径のポンプ構造を有するマイクロ流体チップを用いた流体制御の検証実験。
(図2)異なる膜半径のポンプ構造を有するマイクロ流体チップを用いた流体制御の検証実験。(a)ピペット先端に配置したマイクロビーズの様子。(b)吐出操作時の印加電圧と制御体積の関係。(c)吐出・吸引操作における電圧印加後の作動流体の応答。(c-1)膜半径1 mmおよび(c-2)3 mmのポンプ構造を有するマイクロ流体チップを使用した際のビーズ変位の計測結果。
(図3)細胞操作の検証実験。
(図3)細胞操作の検証実験。(a)ユーグレナおよび(b)ボルボックスの回収過程。(a-1、b-1)標的細胞へのピペット先端の位置決め、(a-2、b-2)標的細胞のピックアップ、(a-3、b-3)搬送、(a-4、b-4)吐出、(a-5、b-5)単離後の様子。(c)抗体分泌活性に基づく1細胞の回収。(c-1)培養中の細胞の明視野像、分泌抗体の蛍光像、およびそれらの重畳像、(c-2)標的細胞へのピペット先端の位置決め、(c-3)標的細胞のピックアップ、(c-4)チューブへの回収。
写真
写真:左から、木山誠啓博士課程学生、齋藤真助教、山西陽子教授、山岸舞代表取締役、白崎善隆准教授、佐久間臣耶准教授

用語解説

      
  • (※1) マイクロピペット
    先端の細いガラス毛細管などを用いて、微量の液体や微細な試料を吸引・吐出する器具。
  • (※2) マイクロ流体チップ
    マイクロメートルスケールの微細な流路やポンプなどを基板上に形成した小型デバイス。微量の液体や細胞の混合、反応、分取、検出などを行うことができる。
  • (※3) ピエゾアクチュエータ式
    電圧を加えると伸び縮みする圧電素子の変形を利用して、液体の吸引・吐出を行う方式。応答が速く、微細な動きを制御できる特徴がある。
  • (※4) 制御体積
    1回の吸引または吐出操作によって、ピペット先端から移動する液体の体積。本研究では、ピペット先端付近に配置したトレーサー粒子の移動量から算出した。
  • (※5) 応答速度
    電圧をピエゾアクチュエータに印加してから、流体変位が定常値に到達するまでの速さを示す指標。本研究では、ピペット先端付近に配置したトレーサー粒子の移動量から計測した。
  • (※6) トレーサー粒子
    流体の流れに追従して移動する微小な粒子。粒子の動きを観察することで、目に見えない流体の流れや移動量を計測できる。
  • (※7) 体積分解能
    理論上、制御できる液量の最小の変化幅。値が小さいほど、液量をより細かく調節できる。本研究では、入力電圧のばらつきと、電圧に対する制御体積の変化量から算出した。
  • (※8) LCI-S
    Live-cell imaging of secretion activity(分泌活性の生細胞イメージング)の略。細胞から分泌される抗体などを蛍光によって可視化し、生きた細胞の分泌活性を評価する技術。
  • (※9) RT-qPCR
    Reverse transcription quantitative polymerase chain reaction(逆転写定量PCR)の略。細胞内のRNAをDNAに変換した後、目的の遺伝子に対応するDNAを増幅して定量することで、遺伝子発現を調べる方法。

謝辞

本研究の一部は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2157)およびJSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2217-4-1、JPMJMS2217-4-2)の支援を受けて実施されました。

論文情報

掲載誌:
Sensors and Actuators, B: Chemical
タイトル:
Micropipette integrated with exchangeable membrane-pump chips for imaging-guided single-cell isolation
著者名:
Nariaki Kiyama, Makoto Saito, Yoko Yamanishi, Mai Yamagishi, Yoshitaka Shirasaki, and Shinya Sakuma
DOI:
10.1016/j.snb.2026.140767別ウィンドウで開く

問合せ先

東京大学先端科学技術研究センター 光量子イメージング分野
准教授 白崎 善隆(しらさき よしたか)

関連タグ

ページの先頭へ戻る