COP16からCOP17に向けた日本の立場と課題
カンクンから帰国した山口光恒特任教授に聞く
- 先端研ニュース
2010年12月27日
[COP16にて]
今回の主たる目的は、COP16のサイドイベントで講演を行うことにありました。経団連と地球産業文化研究所(GISPRI)主催で、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本の立場からそれぞれどう考えるかを主題に、私は「パラダイムシフト」について話をしました。今回は非常に日本が注目を浴びていたこともあり、聴衆は300名はいたのではないでしょうか。同時刻にOECDのサイドイベントと国連事務総長潘基文氏のスピーチがあったことを考えると、成功の部類であると思います。
<参考資料>
A paradigm shift and Post‐Kyoto international framework:‐Japanese approach‐
昨年のCOP15(於:コペンハーゲン)でパラダイムが転換して何が変わったか。わかりやすい言葉でいうと「世界全体の気温上昇を産業革命から2℃以内に抑えるよう、今後の排出総量を定めてこれを国別に割り当て、各国は自国の目標遵守に法的拘束力を負う(達成不能の際には国民の税金で他国から排出権を購入する)」というトップダウンから、「各国が出来ることを誓約し、それを他国がレビューする」というボトムアップに変わった、ということです。つまり、2℃に抑えるということは2050年に先進国の一人当たり排出量をゼロにしても(これ自身実現可能性がほとんどありませんが)、途上国の排出量を現在の2.2t(トン)から1.6tにしなければならないという計算で、これから経済発展をする途上国は、これには合意が出来ない。それでpledge and reviewになりました。
当初は今回のCOPで誰も成果を期待していませんでした。ところが、2012年に京都議定書の数値目標期限が来て、COP15で各国が出した法的根拠の無い数値しかなくなることにEUが危惧を覚えた。EUは域内で排出権取引をしていて将来はアメリカを中心に広めようとしていたんですが、オバマ政権下で法律が通らず中間選挙でも民主党が敗北したため、アメリカでの排出権取引はこの2年は無い。となるとEU内がもたなくなる。そこでEUにとっては京都の枠組が必要になり、EUと途上国と共に京都の延長を求め、日本はロシア、カナダと共に対抗する、という様相になりました。
[今回の評価]
評価は大きく二つ。まず京都議定書作業部会(AWG-KP)の言っていた京都議定書の延長について、日本は絶対に反対という立場を最後まで貫いて、先送りになったこと。今後一年間、日本に圧力がかかると思いますがここで妥協してはいけない。アメリカや中国が義務を負わない枠組で、かつEUよりも遥かに日本のコストが高いという枠組では日本だけが競争力を失って沈没してしまうので主張を曲げてはいけない。
もうひとつの成果は、AWG-KPとは別にアメリカも入っている気候変動枠組条約における将来の枠組を検討する作業部会(AWG-LCA)があるんですが、そこで昨年、コペンハーゲン合意が出来て各国がそれぞれの数字を入れることになりました。それを今回のカンクンではひとつステータスをあげて、国連の気候変動枠組条約の下で同じことが行われた。ここにはアメリカも、中国も、インドも数字をあげています。法的義務は今後の検討課題ですが、世界全体でやるということに意味があると思います。
法的義務を課せないのはアメリカ議会が絶対に承認しないということ、またリーマンショック後の経済不況が影響しているなどが理由で、問題は山積しています。それでもstrong weak agreementの方がweak strong agreementよりもベターだという言い方があって、前者は確かにカッコいいことは書いていないけれどもきっちり守られる。片や後者は凄いことを言っていてもそれが破綻してしまうと意味が無い。今あるものは前者に近いですね。
[日本の立場と課題]
今後の日本については先述したとおり、京都議定書は絶対ダメだという立場を頑として貫く必要があります。Kyoto killer、京都を殺すのかと言われるかもしれませんが、そのときは、あなた達は気候自体をkill、殺しているんだと言い返せばいい。日本が絶対にぶれないことが重要です。
一方のAWG-LCAについては日本に問題が多い。日本は前提条件つきで▲25%を主張していますが、そもそもその前提条件は絶対に満たされない。「公平で実効的な全ての国が参加する国際的な枠組でかつ意欲的な目標」という前提は無理。ところが前提が満たされなかったらどうするのか、という問いに対する国会答弁は「その場合の日本の目標はありません」と。それはおかしいので、日本としてどこまで出来るかという検討をすべきです。
加えて2℃目標自体が見果てぬ夢なので見直すべきだと、私は今回のメキシコでも繰り返し訴えましたが特段の反論はありませんでした。世界が合意している温暖化対策の究極目標は、2℃という数字ではなく、温室効果ガスを危険じゃない濃度に安定させるということです。但し条件が三つあって、1.生態系が適応する、2.食糧生産が脅かされない、3.経済の持続可能な発展 が阻害されない期間内に危険でない濃度で安定化するということです。あまりに時間がかかると生態系や食糧生産に悪影響が出ますが、他方で余り急速に対策を進めると経済に悪影響が大きく、持続可能な発展が阻害される、つまり、対策不足も過度な対策もまずいわけです。その中で生態系も破壊されず、また持続可能な経済発展も可能なバランスのとれた対策について日本で研究し、世界に発信するべきだと私は考えています。
更に言えば、これまでは二酸化炭素の排出を抑える議論ばかりでしたが、温暖化は不可避であるという想定のもと、適応について日本がリーダーシップをとることも出来るのではないでしょうか。例えば島嶼諸国の海面上昇問題。温暖化だけが原因ではないでしょうが、海面があがってきたら沈んでしまうわけで、その対策として世界中が明日から悔い改めて二酸化炭素を出さないようにするということはあり得ない。でも倫理的な責任はある。そこで私は以前から細菌のついていない土を運んで島を高くするということを提案して、海運会社にも話を持ち込んだりしています。現地の人たちがそこに住み続けられるような適応策を考えることも日本が貢献できることのひとつではないでしょうか。
最後に、英語での発信をもっとやるべきだと思います。政府の審議会は日本語でしかやっていませんが、あんなに素晴らしいことをしている審議会は世界をみてもあまりない。そしてワシントンポストやフィナンシャルタイムズといった世界の一流紙の記者に対してどんどん発信して英語で書いてもらう。必ずしも好意的に書いてもらう必要ななく、但し今は間違いだらけなので事実を正しく書いてもらう。そういうことですね。
(インタビュー実施:2010年12月24日)