2006年4月、「量子ドットレーザ」の会社が設立された。1982年に荒川教授らが提唱した原理を使った技術が、いよいよ実用化されることになる。荒川教授にとっては会社に参加することも選択肢のひとつだったが、「やっぱり自分は学者が性に合っている」という。
10nmに電子を閉じ込める
「量子ドット」とは、たとえば氷のなかの気泡のようなイメージだろうか。電子がとどまりやすい物質の多数の小球が、別の物質で包まれている。そのひとつひとつに、自由に動き回っていた電子が閉じ込められる。
荒川教授が電子にたとえたのは、運動場を駆けまわる子どもたち。「2次元の平面である運動場に落とし穴をつくることによって、それぞれの子どもの動きを制御するんです」。前後にも左右にも上下にも移動できない、電子にとっての0次元が作られる。
すると、同じエネルギーの電子だけを並べることができ、同じ色の波長をもつレーザを非常に効率よく生み出すことができる。これが量子ドットレーザ。電子を制御することによって、光子も制御できるようになる。
実際の「穴」の直径は、およそ10nm(ナノメートル。ナノは10のマイナス9乗)。このくらいになると、「およそ原子30個」と、いまや原子の数を数えることができつつある
ここに、小さなナノの世界での「原子という限界」が見えはじめているという。環境問題で認識されたのが「無限大と思い込んでいた地球の有限性」であったように。この限界をいかに乗り越えるかが、これからの技術革新の大きなテーマである。
「人工的な自然」に挑む科学
原子は原子核の周りを電子が回っている。この量子ドットは、電子が10nmの空間に閉じ込められるわけだから、いわば巨大な「人工原子」ということができる。このように、自然界にはなかった物質を技術によって構成していく。それを研究することによって、科学の対象もさらに広がっていく。
「科学と技術の協働が必要です」と語る荒川教授は、もともと物理学や数学に興味があった。しかし「社会とのかかわりをもちたくて」、工学部に進学した。そのなかでも、電気電子の分野なら、もし気が変わったら物理に取りくめると考えた。実際、仁科芳雄もポール・ディラックも電気工学出身である。
すべてを見ながら次のことを
量子ドットレーザの実用化が目前に迫ったいまも、サイエンスとしての研究に携わりつづける。「大学にいると、大学院に入ってくる22歳の学生の素朴かつ本質的な視点を意識させられることがありますよね。そこから応用的な研究まで、すべてに関わることができるから、大学はおもしろいんです」。
そして今後も、「学者として、次のことを考えていきたい」と語る。
インタビュアー:住田朋久
(2006年3月31日)