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障害者ニーズと研究者シーズを結ぶ

研究内容 障害者ニーズと研究者シーズを結ぶ バリアフリー 特任教授 中邑 賢龍

障害に対してテクノロジーが助けになることを知っていることが大切

「表に宛名が書かれ、切手も貼られている郵便物が目の前に落ちていたらどうしますか」。こんな風に中邑教授との話は始まりました。「ポストに投函する」「郵便局に届ける」ではなく、どうすればいいのかわからない人たちが存在します。その他にも、数学的能力は人並みはずれて高いのに、読み書きが出来ないために職に就けないのではと不安を持つ、あるいは仕事をする能力はあるのに、対人コミュニケーションが苦手であるがために職場で居心地が悪くなってしまう、といった人たちもいます。彼らは知能が低いわけではないのに、知能を構成する能力に大きな偏りが生じています。学習障害*1、注意欠陥/多動性障害*2、アスペルガー症候群*3など発達障害と言われる障害をもつ人たちの中にはこういった偏りがあるために社会に適応しづらくなってしまう人たちがいます。私たちが気がつかないだけで、実は周囲にこういった人がたくさんいると中邑教授は指摘します。

発達障害の人に対し、時としてテクノロジーが助けになることを知っているのは大切です。例えばノイズキャンセリングヘッドホン。これは一般に市販されているもので、よりクリアなオーディオ音を楽しむために作られているものです。研究室で実際にかけてスイッチを入れると、室内のプリンターやコピー機のノイズがほとんど聞こえなくなりました。障害を持つ人の中には、このノイズに耐えられずに、落ち着かなかったり外に出て行ってしまったりしてサボっているように思われることがあるのですが、このヘッドホンをかけることで仕事に集中出来るのだそうです。

  • ヘッドフォン
  • あるいは時間を量として目で認識できるように作られた時計があります。これは実際に障害児を持つ父親が手作りしたものが評判を呼び、全世界で10万個も売り上げたヒット商品だそうです。一体どのように使われるのでしょうか。例えば、「もうしばらく仕事をして下さい」といわれたら一般には5分、あるいは20分と場合に応じて「もう少し」を判断して仕事をします。ところが、それがわからずに手が止まってしまう人もいるのです。その時に、この時計を使って「もうしばらく」をセットしておけば、落ち着いて仕事が出来るというわけです。

障害のために読み書きが出来ない子供たちが大学に入れるような仕組みを作る

  • 中邑賢龍先生の写真
  • これらはいずれも先端技術ではないので、工学系の研究者にとっては残念ながら研究業績になりにくいものです。仮に技術的に物凄いものが作れても利用者の意識やスキルがついていかないのが実情です。そこで「技術を利用する」という観点からの研究がますます重要になります。単に工学的な領域だけでなく、障害に対する投薬(医学)、機器利用に対する態度(教育)、技術使用の注意(倫理)、さらには心理や経済などの様々な領域が融合してプロジェクトを作って障害を持つ人にとって最良の解を導き出すこと。ノイズがなくなれば集中できる、見通しを視覚的に見せれば落ち着く、といった知見を提供することに加えて、利用者を徹底的に研究して足りない材料や技術のニーズと、シーズを持つ研究者とを結びつける役割を先端研という場で果たしたいと中邑教授は言います。

そんな中邑教授の2007年の抱負を何でしょう。

「障害のために読み書きが出来ない子供たちが大学に入れるような仕組みを作ること。」米シアトルにあるワシントン大学が障害を持つ学生向けに、取り組んでいる「DO-IT: Doing Opportunities Internetworking Technology」というプログラムがあります。これはテクノロジーを活用して障害のある若者達が大学進学できるようその準備をサポートするもので、この日本版を今夏、先端研で実施したい考えです。そして、そのプログラムから日本社会を変えていく新しい障害者リーダーを育成したい、そのようなシステムを社会のインフラとして作り上げることが将来の目標です。そう中邑教授は力強く、そして楽しそうに答えて下さいました。

*1 学習障害(LD:Learning Disabilities/Disorders)
基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を示すものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接的な原因となるものではない。

*2 注意欠陥/多動性障害(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)
年齢あるいは発達に不釣り合いな注意力、及び/又は衝動性、多動性を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものである。また、7歳以前に現れ、その状態が継続し、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。

*3 アスペルガー症候群
知的発達の遅れを伴わず、かつ、自閉症の特徴のうち言葉の遅れを伴わないもの。

聞き手:神野智世子

(2007年1月9日)

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