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航空決戰必勝の鍵 白鷗會 〔復刻版〕
昭和十八年八月二十日

三、航空決戰必勝の鍵

2 航空機の質(技術)に関する問題

次に航空機の質(技術)に関する問題について申し上げます。今次の戰爭は又科學戰或は技術戰と申されて居りまするが、航空決戰と叫ばれて居るこの科學戰、技術戰の現段階に於きましては、航空機が最も重要なる兵器であります以上、其の新鋭化に於て米英に對して一歩も譲らぬ事が航空決戰必勝の鍵である事は申す迄もありません。ところで之を運用すべき人の質に於ては大和魂に発する強烈なる精神力と、猛訓練に依る卓越せる技倆とを有する我が方が、世界の何れの國にも冠絶して居りまする事は今更申し上げる迄もありませんが、しかも之だけでは科學戰に圧倒的勝利を獲得する事は困難であります。茲に科學技術にたづさわる者の貴努の重大さがあるわけであります。

扨て、兵器としての航空機には技術上どのやうな事が要求されるか? 真の主要なるものは、飛行速度、操縱性(戰闘性能)、航續距離、飛行高度、及び裝備(裝甲)、武裝等であります。飛行速度飛行高度等の問題については項を改め後に申し述べますが、之等の要求を全部満足させると云ふ事は技術上絶對に不可能な事なのです。即ち速度と操縱性、裝備と航續距離、或は操縱性と裝甲等は何れも航空機設計上相反する要求であり、しかも例へば單座戰闘機の場合其の火器は前向に固定して居て前方しか撃てないから、一度敵機に向つて突入したら素早く急旋回して再び敵に向はなければなりませんから、舵が機敏で操縱性が良くなければならぬ、と云つて敵を追ひかけるのだから速度も勝れて居なければならぬ、云ふやうなわけでこの両者が何れを甲、乙と定め兼ねるのであります。さればと云つて之等の要求を不十分乍らも同時に取り入れて設計をすると云ふ事は、結局平凡な飛行機を作ると云ふ事でありまして、一瞬を戰ふ航空戰闘上賢明なやり方でない事は申す迄もありません。

從つて各國共其の戰闘方式又は使用目的等に依り或は空中戰士と設計者との協力等に依つて、或要求を犠牲にしても優秀な或る特徴を活かす様に設計上工夫をこらして居るわけでありまして、我々が目で見た形状や大小以外にも國に依り、又使用目的に依つて夫々異つた性能を持つ飛行機が出来て来るわけであります。而して一、二分間と云ふほんとうに一瞬間に勝敗を決する空中戰闘に於ては、これ等性能の紙一重の差が敵を落すか、敵に落されるかの岐れ目になる事を考へます時に、この決定が如何に重大であるかと云ふ事が御諒解がつくと思ひます。

我が國に於きましては十年も前から量の劣勢を質で補ふと云う決意のもとにこの様な技術に對しましても不断の精進を續けて参り、又支那事変数年の実戰に依つて敵米英が得難き体験を取り入れて参りましたので、この点に於きましては断然米英を凌駕致して居ります事は誠に心強い次第です。特に戰闘機に於きましては我が空中戰闘員各位が戰闘性能をよくする爲には、己の身も省みず裝備を切りつめ裝甲をさへ犠牲にし兼まじき熱烈なる態度を以て設計技術者にこの新鋭飛行機に配するに前述の精神力、技倆共に世界に冠絶せる搭乘員を以てする時、我が航空戰闘部隊の精強さは到底敵米英の比ではなく、てんで物の数でない事は私が今更申し上げる迄もなく、過去の我が第本營の戰果発を顧みて諸君成程と納得される事も存じます。

次に現在戰線に出撃して居ります米英飛行機の二、三について簡單に説明致します。

米國に於ける戰闘機は概して速度第一主義を取つて来た模様で現在出撃して来る主なるものの時速は次の通りです。

カーチス  P-40  最大速度 600粁以上
ロッキード P-38   〃   650粁   從來の物
 〃    〃    〃   700粁以上 最新の物
ベル P-39      〃   640粁
ヴォートシコルスキー
グラマン G-36

英國自慢の戰闘機、スピットファイヤーは20粁砲二門、79粁銃四挺と云ふ重武裝を施して居り、操縱性もすぐれて居ると称されて居りますが、米國戰闘機と共に我が戰闘部隊の好餌となって居ります事は諸君既に御承知の通りです。

又米國の爆撃機に致しましても最近出撃して参りますボーイングB-17.E,F及びコンソリデーテツトB-24などは我が戰闘機の偉力に恐れをなして超武裝及び重裝甲に致した様で、其の爲航續距離も最初の計算では七千粁以上と云つて居たのが実際は四千粁そこそこきり飛べないと云ふやうな有様です。即ち裝甲として前面の風防硝子の厚さは37粍、其の背部の鋼鉄板の厚さが13粍もあつて機銃彈も容易に通らない。又ガソリンタンクの消火裝置としてもスポンジと生ゴムで四重に包み、機銃彈が貫通しても其の熱でゴムが溶けて直ぐ穴を塞いでしまふ様なしかけになつて居る。しかもこのやうな重裝甲をやらないとこの飛行機に乘り手がなくなるから、設計者は他のより必要な要求を犠牲にしてもこの様にしなければならなくなるのです。我が空中戰士が戰闘性能の爲に裝甲を犠牲にして迄設計者に協力し、落下傘さへ持たずに一発でも多く彈丸を積み込むと云ふ其の心構へに比較致します時、勝敗の程は自ら明らかであります。〔注7〕

次に飛行機の検査の問題ですが、日本の航空機の検査は非常に嚴重で、機材に鵜に毛で突いた程の傷が有つてもそれが目で見えるものなら勿論のこと、見えない物でも顯微鏡で見たり又は磁気探傷機といふもので見たり、又材料の深部の傷はX線で調べたり致しまして、少しでもいかんものはどんどん不合格にして行く、特に人間の生命を預る飛行機の心臓たる発動機の部分品などは、些少の見逃しも絶對に許さぬなど嚴格に致して居ります。これあればこそ我が軍用機は第一線に出て機体にしろ発動機にしろプロペラにしろ何等の故障も起さず、搭乘員が絶對飛行機に信頼して思ふ存分に働けるわけであります。

これに對して米國の方は何でも世界一を誇る國だけあつて闇取引も世界一と云ふ様なわけで、検査官が賄賂を取つて不合格の物も通してやると云ふ風なそうで、南方で鹵獲した米英の飛行機を仔細に点検して、よくもこの様なものを第一線に送れたものだと其の非良心的なのに驚く程の物が有つたとのこと、こんな處でも今次戰爭に對する彼等の心構への相違が伺はれるわけであります。

以上質の問題につきましては前述の量の問題に比較致しまして、現在の處誠に心強い次第でありますが、米英の科學技術の底力と云ふものは決して侮るべからざるものであり、又我が國の現在に於ける航空技術が戰前迄の彼等の學術に依存した向が多分にありまする事を考へます時、諸外國に於ける研究上の門戸が固く閉鎖されました今後に於きましては、眞に大和民族独自の科學技術を確定し、この決戰が何年績きませうとも飽く迄現在に於ける技術的優秀性を確保致します事が航空決戰必勝の一つの鍵でありまして、航空技術にたづさはる者は勿論のこと諸君におかれましても徒らに現在の優位に樂觀することなく、更に褌を引きしめて今後の推移を注視していたゞきたいと存じます。

<1996年1月発行 先端研探検団 第二回報告書36頁 掲載>

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