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航空決戰必勝の鍵 白鷗會 〔復刻版〕
昭和十八年八月二十日

三、航空決戰必勝の鍵

4 航空に関する科學技術研究上の宿題

次に航空に関する研究上特に緊急必要にせまられて居る問題につき二、三申し上げます。

(1)成層圏飛行

先づ成層圏飛行の問題です。地上から空に向つて昇つて行くと色色の変化が起こります。

第四図の説明

先づ気圧が線図の如く減少致します。5,500米で1/2、10,000米で1/4、16,000 米では実に1/8となります。從つて空気の濃さも線図の如く遞減致します。又水蒸気が線図の如く減少して11,000米以上になりますとほとんど零になります。即ち11,000米以下では水蒸気がありますから雲が有り、雨、雪も降り上下東西南北の風も吹きます。この範圍を學問上對流圏と呼び、11,000米以上を成層圏と呼びます。而してこの對流圏と成層圏との境界を圏界面と申します。又7,000米位より圏界面迄を特に亜成層圏とも呼んで居ります。
成層圏に於ては水蒸気が有りませんから雲がありません。從つて四六時中天気晴朗、風も地球の自転に依る西風が10米/秒~20米/秒吹く程度になります。それから気温が線図の如く降下し圏界面に於ては実に-565℃と云ふ低温になり、これからはずつと一定になります。

扨て、それではどうして成層圏飛行を考へるか? 先づ第一に諸君が考へられるだらう事は、前述の如く四六時中天気晴朗でしかも風は一定で気象條件が良好だから、飛行機に動揺等が起らず誠に乘心地がよく快適な飛行が出来ると云ふ事です。併しこの外に我々には次の三つの目標が考へられて居るわけです。

(イ)速度の向上
  圏界面に於ては空気の濃さが約1/4に減少する事は前述の通りです。而して飛行機が或速度で飛行する時に受ける空気の抵抗は空気の濃さに正比例致しますから、ほかの事を総て不変と考へますと飛行機の速度は地上附近の速度よりも25%増加するわけであります。即ち地上附近で時速600粁の飛行機が圏界面迄上昇すれば、時速750粁になるわけです。これが一つのねらひです。

(口)軍事上
例へば爆撃機の場合、若し對流圏を進めばそこには聽音機が有り探照燈が有り、高射砲が有り、又防空戰闘機が待機して居る。爆撃機は何もこの様なものを相手にする必要はなく、唯目的物を爆碎して帰つて来ればよいのですから、この様な防禦武器の聞かない程に高度を高めて敵の目をかすめて隠密に目的地に浸入出来ればこの上ないわけである。これが即ち第二のねらひです。

(ハ)長距離飛行が可能である。

併しこのねらひは外の事柄を一切考へずに我々の慾ばかりを考へたねらひでありまして、他にたくさんの困難な問題が出て参りまして我々のこのねらひを極度に妨げるのです。

即ち第一に考へられる事は気圧の減少の爲に発動機の能率が悪くなり、馬力が減少して参りますから其の對策としては空気を発動機に押し込んでやらなければなりません。この役目をするのが即ち過給器で、之は要するに空気圧縮機でしかも一度で所要の圧縮空気が得られませんので、二段、三段と圧縮せねばなりませんのでこの過給器の爲に機体其のものの重量増加を来し、之を動かす動力はやはり発動機の馬力を食ふと云ふやうな事になりますと、仲々我々の計算通りのねらひは出て来なくなります。

又空気の濃さが減少する事は空気抵抗が減じて大変好都合と思ひましたら、同時に飛行機の最も大事な揚力も同じ様に減少して来るのです。之を防ぐ爲には大分大きな仰角で飛ばねばならず、そうすると又抵抗が増して来ると云ふ様なわけで、色々と次から次と関係的に困難な問題が出て参るのです。

更に高空を飛ぶに從つて搭乘員の医學上の種々困難な問題が起つて参ります。

第五図の説明

(イ)搭乘員は3,000米(3/5気圧)位は永い時間でも平気である。
(口)酸素吸入をすれば更に8,000米位迄昇れる。
(ハ)気密服と云つてゴム布製の飛行服を着て服の中に3,000米と同じ状態に空気を押し入れてやり、更に寒冷に對しては防寒服又は電熱服等を着れば17,000米位迄は昇れる。

併しこうなると身体の自由がきかなくなるし、又これ以上昇ると気密服がパカパカになつてしまつて愈々自由がきかなくなるから、どうしても気密室といふものが必要になつて来る。これはつまり空気が絶對にもれない様に出来た飛行機の胴体と考へればよい。それに暖いよい空気を押し込んで気圧も3,000米附近と同様にし、古くなつた悪い空気を放出する様にすれば実にこれ程居心地のよいものはない。併しこれも若し空中戰で一発気密室に穴でもあけられたらそれこそ大変、数秒といふ短時間に急降下して安全圏5,000米以下に脱出せねばならず、又気密室とする爲の機体構造上にも更に困難な問題が生じて来るわけです。

之を要するに我々のねらひに對して誠に容易ならざる伏兵が次から次にひそんで居るわけで、これ等の伏兵を関係的に絶滅して其の目標を獲得する爲には、今後大なる努力を必要とするわけであります。

(2)特殊推進機構(ロケット)

次は特殊推進機構の問題であります。之は西暦1856年(今より約80年前)米國の或文士が“月の世界旅行記”と云ふ小説を書いてから世人の注目を引き、更に西暦1881年(今より約60年前)やはり米國の學者が之を科學的に研究を始めて以来、科學者の夢として世人の好竒心を呼んで居りましたロケット飛行に構想を得たものでありまして、今次の科學戰に於ける最新鋭の兵器たる航空機に此の構想を取り入れて、急速に実理化しやうと世界各國が競つて研究を進めて居る問題であります。

而して之のねらひは勿論速度の飛躍的向上にあるわけです。

飛行速度の世界記録は独逸のメッサーシュミット109R型陸上機に依る時速755粁で昭和十四年四月に樹立されたものであります。其の後戰爭の爲に各國共この様な記録を爭つて居る暇が無くして公認記録はこゝに止つて居りますが、現用の各國の戰闘機の内には或はこの記録を破る最高時速を出すものが出来て居るかもわかりません。

扨て茲で飛行機の速度は一体どの位まで上るものだろうか? 之は既に○○君が話されたやうに現在の形式に依る飛行機の速さは既に峻しい峠に近づいて居るのです。

空中を飛ぶ物の速さは音波の傳播速度と密接な関係があるのです。音波速さは諸君が既に物象でお習ひの通り地表にて秒速約330米時速に換算すると約1,200粁となります。飛行機の速さがこの速さに近づいて来ますと冀の前端に衝撃波と云ふ空気の波が生じて参りまして、飛行機に對する空気抵抗が急激に増大致しまして、一寸やそつとの馬力の増加では速さを増す事が出来なくなるのです。

それからもう一つの問題はプロペラです。プロペラの羽根は飛行機の冀と同じ様な性質の断面を持つて居り、其の羽根で風を切つて推進力を出して居りますので、この羽根の速さが音速に近づきますとやはり衝撃波が生じて参りまして空気抵抗が急増し、爲に我々の欲するプロペラの効率と云ふものが激減し、從つて求むる推進力の増大は得られなくなつてしまひます。而して○○君も述べられた様に現在のプロペラは毎分2,000回と云ふ様に早く回転して居りますので、其の先端の円周速度は既に音波の速さ近くに達して居りますので、茲にも速さに對する峻しい峠が目前に来て居るわけです。

又この外この様な衝撃波を生づる近くの速さになりますと飛行機に特殊の振動が発生し易くなり、其の爲に我々の技術が敗れて機体の空中分解といふ様な事故を起す原因を生じて来る恐れが出て参ります。

之を要するに飛行機の速さを現在以上飛躍的に向上させる爲にはこの音速の難関を突破しなければなりません。それには圧縮波の生ずる状態に於ける空気の流れ(流体)の力學を理論的に究明して、其の抵抗を最小ならしめるやう飛行機各部の形を工夫しなければなりません。茲に圧縮性流体力學と云ふ基礎的研究が必要になつて来るわけです。

そしてもう一つの工夫としては茲に取り上げましたプロペラに依らない特殊推進機構の研究が登場して来るわけであります。この機構の原理は火藥とか或は液体燃料とか爆発性の燃料を燃焼室に詰め込んで之に点火爆発させて生ずる瓦斯体を後方に噴出させ、その反動を以て飛行機を推進させやうと云ふのです。

ニュートンの法則に依れば動有れば必ず反動あり。而して其の方向は相反し、大きさは等しい。之も諸君既に物象で習得せられた事でせう。即ち前述の瓦斯噴出の速さは毎秒数千米、時速にして実に一万数千粁、驚くべき速さです。之を技術的に飛行機に結びつければ、凄い速さで飛べるだらうと云ふ事は前述ニュートンの法則に照して諸君も可能であるとお考へになりませう。しかもニュートンの法則は空気中だけの法則ではないのですから、空気が薄くなつても或は無くなつても飛べるわけで、科學者の夢であつた“月の世界探見”も今次の科學戰の必然的要求に依つて現実の問題化される可能性が見えて来たわけです。

併しこんな事は兎も角この機構の技術的解決が遂げられた時、兵器としての航空機がどんな偉力を発輝出来るか? 恐らく想像に余りあると思ひます。先んずれば人を制する、必ず敵に先んじて之を解決しなければなりません、科學の力、技術の力が期待される所以であります。諸君も自分は物象は苦手だなどと云はずに大いにこの方面の勉強をはげまれるやう切望致します。

(3)航空無線(特に超短波の應用)

次は航空無線の問題であります。今次の大戰が過去のどの戰爭よりも著しく進歩的に其の戰闘方式を異にして居る事は諸君既に御気付きと存じますが、其の最も大きい特徴は航空機と無線通信の活用にあるとされて居ります。誠に空の王者航空機と姿なき怪物電波との結合による恐るべき威力は戰闘上に於ける不可能と云ふ文字を消してしまはふとして居り、苛酷熾烈なる現代科學戰の白熱的焦点はこの辺に火花を散らすだらうと云ふ事は想像するに難くないのであります。されば各國共にこの電波の研究については以前より大なる努力を績けて居るわけでありますが、我が國に於きましても二、三年前に文部省内に電波物理研究所なるものが新設せられて、軍官民の權威者が研究に専念致して居る次第です。

では電波とはどんなものか? それは電気振動により発生する圧縮波(電磁波)を云ふのです。

第六図の説明

傳播速度・・・・・3億米/秒
    之は一秒間に地球を七周半する速さ

波長 =3億米/周波数

周波数 =3億米/波長

  

長波   波長  3,000m以上
中波   〃   200~3,000m
中短波  〃   50~200m
短波   〃   10~50m
超短波  〃   1~10m
極超短波 〃   1m以下

この電波は其の波長に依り夫々異る特性を持つて居りますので、其れ等の特性を我々の目的に取り入れて之を実用に供するのが無線工學であり、これを航空と結びつけるのが即ち航空無線であります。

而してこの航空無線工學は更に其の目的に依り次の二つに分れます。
 (イ)航空無線通信工學
 (口)航空路無線工學

(イ)は航空機と基地或は航空機同志の通信連絡に関する無線で、之は云はば飛行機の耳であります。之には主として中波及び中短波あたりが使はれて居ります。

(口)は恰も盲人を道案内する様に飛行機の航路を定めるとか、盲目着陸と申しまして全然見透しのきかぬ霧の中とか暗夜などでも安全に着陸出来るやう嚮導するとか云ふ様な事に関する無線で、云はば之は飛行機の目であります。之には現在主として短波或は超短波更に最近に於ては極超短波の利用迄実用化されんとして居ります。

(イ)の裝置を持たぬ飛行機は唖者であり(口)の裝置を持たぬ飛行機は盲者であるわけで、この様な片輪者がいくら大空は広いとはいへ時速数百粁といふ汽車の数倍もの速度で飛び迴つたとしたら、其の危険たるや誠にゾツと致します。

さればかつての時代には世界各國共に飛行機の不時着とか墜落とか霧の爲に高い山に激突したとか、或は方向を誤つて行方不明になつたとか頻々たる事故が起つたのでしたが、この航空無線の発達、特に航空路無線のすばらしい発達はこの様な事故を極度に減少致して参り、更に最近になつて從來技術的困難の爲顧みられなかつた超短波及び極超短波等の研究が急速に進歩致しました結果、航空路の問題に関する限り霧の中でも暗夜でも又茫々たる大洋の空に於ても絶對間違ひなく航行出来ると云ふ様な状況に進みつゝありますことは誠に心強い次第であり、更に極超短波の研究進展の結果は對航空機兵器即ち防空用兵器に一新紀元を盡さうとさへ致して居りまする今日、この方面に對する科學技術者の飛躍的奮起を要望されて居りまする事は理の当然であります。

次に超短波及び極超短波の主なる特性と其の應用につき二、三申し上げて見ませう。

(イ)枠型空中線の指向特性

  • 枠型空中線ノ指向特性説明図 八字特性曲線ト云フ 無線航空路標識(ラヂオビーコン)
  • (第七図参照)AB、CDの二つの導体

    (眞直な銅棒又はアルミ棒)を使用しやうと云ふ電波の1/2波長の間隔をおいて図の様に接續して、之に其の波長の電波を出す様な振動電流を通すと此の空中線からは図の様な形の強さの波が発射されます。(8字特性曲線と云ふ)又受信の場合も受信電波の方向にこの空中線の面が平行になつた時に最大の感度を示し、直角になつた時は感度が零となる。之を枠型空中線の指向特性と申します。この特性が我々の航空無線に對して実に大きな動きをして呉れるのです。

    (口)何故超短波及び極超短波を使用するか?

    先づ

    第一、電波の波長が短くなる程光に似た性質を持つて来るので、途中防害がなければ曲らず又弱らず傳播するので比較的小電力で遠距離送信が可能である。

    第二、優秀なる空中線形を用ひる事が出来る、前述の如く二つの導体の間隔は1/2波長が理想的なので波長の短い程空中線が小型になり、種々の組合せも可能になるから要求を満たすべき空中線形を得易くなるわけです。

    第三、第二に依り空中線を種々組合せる事により指向性を鋭くする事が出来る。即ち光の抛物線鏡の如く電波を一定方向にのみ束にして送信する事が出来、又受信の場合他は一切受けず一定方向のみ受信する様にする事が出来る。この電波の束をビームと云ひビームを送信する空中線をビーム空中線と申します。

    第四、反射電波の利用が容易である。

以上の様な特性を應用し、技術的に組合せる事に依つて我々の限りない要求を充たして呉れる次々の裝置が考案されて来るわけであります。

(ハ)無線航空路標識(ラヂオビーコン)

二つの枠型空中線の8時特性曲線を組合して図の様に二つの波長の異なる電波を発信する。航空機は二つの受信機で之を受信し感度が等しい方向を飛べばよい。

(ニ)方向探知機、盲目着陸嚮導裝置等

(ホ)無線標定機(ラヂオロケーター)

(第八図参照)Iにより方向と距離を知り、IIによりて高さを知る事が出来る

(へ)無線警戒機(ラヂオデテーター)

 

原理は(ホ)と同様、唯距離だけ知ればよい。

  • 第8図 無線標定機(ラヂオロケーター) 原理 無線髙度計
  • (卜)無線高度計

    (第八図参照)

    以上原理だけを申し上げると誠に簡單明瞭で訳はないやうですが、これは我々に都合のよい特性だけを取り入れた考へであつて、之を実現化するについては同様に色々の邪魔が入つて来るのです。例へば以上の説明でもおわかりの様に波長はなるべく短い程我々の要求に近づくのですが、其の様な短い波長を出す爲には電子と云ふ物に對して物凄い速さの振動を与へなければなりませんので、其の様な速い振動を出させる発信裝置は目下の技術では到底得られないのです。即ち現在実用化の目標としては1米以下30糎位迄で、30糎以下は特にセンチメートル波とも云ひ、之以下は今の處全然未開の秘境です。又この様な電気になりますと使用する材料等も非常に六ヶ敷くなりますし、又電離層と云ふものから反射とか、地磁気の影響なども入つて参りまして、我々の欲する電波を弱めたり曲げたりして邪魔をするのです。

    之等の問題を征服して敵に先んじて之を実用化する事が科學技術者の責務であり、之等精巧なる器械の運用は今後搭乘員となり、地上勤務員となられる諸君の技倆に俟たねばなりません。この電波は其の波長に依り夫々異る特性を持つて居りますので、其れ等の特性を我々の目的に取り入れて之を実用に供するのが無線工學であり、これを航空と結びつけるのが即ち航空無線であります。

(4)霧及び闇の征服(ノクト・ビジョン)

次に霧及び闇の問題を申し上げます。昨年我が軍がガダルカナルを死守致して居りました当時、暗夜を利用して突撃を敢行しやうとジャングルを出ると敵陣から大砲を撃つて来る。それが又極めて正確で盲撃とは思へない。何か闇を見透す新兵器を使用して居るに違ひないと云ふので色々と調べ始めました。又今年五月我々一億國民の激奮の血を湧かしたあのアッツ島二千勇士の玉砕の当時、霧が濃くて全然機影を視る事が出来ないにも拘らず、敵は極めて正確な爆撃や陣地からの砲撃をやつて来たと申します。即ち霧を見透す新兵器を使用して居るに違ひないと云ふ事になりまして研究が始められたのです。その結果大体それは赤外線を利用した兵器らしいと云ふ事が究明せられました。

では赤外線とはどんなものか?(第九図参照)肉眼では全く見えないこの赤外線を発見したのは確か独國人と思ひますがウヰリアムハーシェルと云ふ學者で今より約200年位前のことです。即ち極めて鋭敏な寒暖計でプリズムで分光した各色の部の温度を測定した結果、色の異るに從って温度を異にする事を知り、更に肉眼に見えない赤の外側にも何か有るかも知らんと考へて、温度を測つて見たら赤よりも更に温度が高い事を知りました。之を赤外線と名づけたのです。

  • 第9図 赤外線説明図
  • 赤外線は可視光線に比し霧、雲等に吸収されたり、拡散される率が極めて少いから之等を透過して容易に遠方迄達するのです。又熱線ですから闇でも熱の存在する限りは放出されて居るわけです。赤外線を寫眞に應用する事は現在既に一般的になつて居りまして、霞んで居る遠くの山をはつきり寫した寫眞や、又航空寫眞などにて諸君既に御存知の事と存じます。又米國人のツオリキンといふ人は光電管と云ふ光を電流に変へるものの光電膜に、セルシュームと云ふ赤外線に依り作用する物質を用ひ、之に赤外線の像を結ばせそれから変成された電子線を寫眞のレンズで光をまとめる様に電気的にまとめて、之を螢光板と云つて電子が作用すると目に見える光を発する特殊な板上に像を作つて見る裝置を考案しました。之が現在我が國でも実用化して居る電子望遠鏡であります。尚この原理を現在既に実用化されんとして居るテレビジョン(遠視裝置)に組合せれば暗夜でも又霧の中でも容易に敵状を見る事が可能であると想像されるわけであります。この裝置を暗視裝置(ノクト・ビジョン)などと称して居ります。

    以上四項にわたって現下航空に関する科學技術研究上、特に緊急を要すると認められるものにつきお話申し上げたわけですが、先程より度々申し上げました如く今次の戰爭は科學戰又は技術戰と呼ばれて居りまして、交戰各國共所有する科學技術の粋を盡して激闘を續けて居る有様にて、今日唯今の唯一つの発明発見が直に戰況を有利に展開し得べき事は想像に難くないのでありまして、科學技術研究の飛躍的促進が如何に重大であるかが御わかりであらうと思ひます。

さればこそ政府におかれましても戰時財政上極度に經費の節減を致して居りまする折柄にも拘らず、科學技術振興の爲には多額の經費を惜みなく支出致して居らるゝのでありまして、我々と致しましても責任の重大なるを痛感し日夜粉骨砕心致して居る次第であります。

先程○○君の話にも有つた様に、ニュートンは風無きに林檎が地上に落ちた事から地球引力を発見し、ワットが鉄瓶の沸騰から蒸気機関を考案し、鳶の飛び方に着想して現用航空機も機構化した等の事を考へます時、我々の生活、我々の周圍には未だ未だ数知れぬ発明発見の種がひそんで居る事に思ひを致されまして、所謂“科學する心”の発揚を期せられ度いと存じます。

5 搭乘員に関する問題

次に搭乘員に関する問題につき申し上げます。優秀な性能を持ち精巧なる裝備を有する飛行機が如何に大量に生産されましても、之を操縱し運用して100%!! 否!! 場合に依つては100%以上に之を働かせる人、即ち搭乘員が之に伴なはなかつたらそれは單なる模型に過ぎません。この点今迄に於ける我が陸海軍航空部隊將士各位の確固たる精神力と卓越せる技倆とは、緒戰以来断然彼米英を圧倒致しまして、世界戰史不滅の数々の偉勲を打ち立てられて、大東亜戰勝利の基を築かれたのでありまして、我々一億國民感射敬服の極みであります。

併し乍ら今や戰局は決戰の期に進み、しかも敵が大消耗戰術を以て一大反攻を挑んで参りました今日、この偉勲を引継ぎ断乎敵の野望を破碎して最後の榮冠を克ち取る者は即ち君達青少年諸君であります。勲功に輝く君達の先輩諸兄は遠く南海の空又は大陸の空から君達の卒業を!! 雄々しき決意を!! 一日千秋の思ひで期待して居られるのであります。

扨てそれでは敵米國はこの問題についてどの様な對策を取つて居るでせうか?

  • 第10図 米国航空將校増員計画図
  • 先づ数の上から申しますと、將校級の搭乘員の員数に於て次の様な二段階に大増員計画を立てゝ居ります。(第十図参照)即ち昭和十四年第二次歐洲大戰勃発するや一躍從來の六倍に増員し、民間航空が非常に発達して居た國だけあつてこの計画は先づ計画通り行つた様ですが、大東亜戰爭が始まりますや更に三倍、即ち始めから申しますと十八倍の大増員計画を打ち立てたのであります。從つて之を急速に充足致しますのには従來の様な手ぬるい事では到底間に合はなくなりましたので、新徴兵法を発布して徴募制度にし又在學生の徴兵猶豫も撤廃致しまして、在學中の者をどしどし検査をして、お前は飛行機に乘るか?若し乘らないなら兵隊にとるぞ、と云ふ様なわけで否應なしに搭乘員にしてしまふ。即ち學校教育を受けた學生としてはどうせ徴募されるならば、唯の兵隊になるよりは最新の科學兵器である飛行機に乘った方がよいと云ふ彼等の自尊心から非常に優秀な者が徴募されるわけです。

    次に訓練の方はどうか。大東亜戰爭直前頃は大体一年半、約三百五十時間位の訓練飛行時間で実戰部隊に配属されて居たのですが、段々間に合はなくなり、十ヶ月となり、八ヶ月となり、最近に於ては六ヶ月足らずでどんどん前線に出動させて居る模様で、訓練飛行時間も最近では三百時間そこそこと云ふところの様です。飛行機操縱の技術は大体飛行時間と正比例すると云はれて居りますさうで、我が國に於ける少年航空兵出身の准士官級の者が大抵二千時間乃至三千時間と申すのに比べ、その技倆の程が伺はれるわけであります。彼等もこの欠陥を充分承知し乍らも前線からの要求はこれを如何とも致し方無く、之を補ふべく次の様な計画の下に中等學校に於ける航空教育の徹底を期すべく努めて居る模様です。即ち昨年九月以来全國約五千の中學校に米國教育委員會が決定した航空教科書(上級用、下級用併せて全巻20冊)を使用させ、全課目にわたり其の教程を改変して航空教育の徹底に力を致して居ると云ふ事は、新聞紙上に発表せられて居りますから諸君既に御承知の事と存じます。

ではこれに對處すべき我が國の用意はよいか? 去る四月、聯合艦隊司令長官の大任を背負はれし山本五十六大將が、我に績け!! と卒先垂範南海の空に散華せられしを聞き、北漠の地アッツ島に皇軍の精華を発場せる二千勇士玉砕の発表を聞いた一億國民は、米國断じて撃つべし!! とたぎる闘魂に燃え立ちました。特にこの時、南に北に来襲せる敵飛行機搭乘員の八割迄が學生出身である事を知つた日本全國の學生、生徒諸君が、山本元師に續け!! アッツ島勇士の仇は我等の力で!! と敢然立ち上り、期せずして空に行かう!! の合言葉を叫んで居ります事は誠に心強き極みであります。

米國の人口は一億二千万と申します。日本も人口一億と云はれて居るのですから外の数に於ては敵に一歩ゆづつても、この数だけは絶對に彼に追隨出来ぬ筈はありません。

しかも諸君が自ら蹶起せるに對し、彼等は政府に尻を押されいやいや乍ら出て来るのです。即ちこの数、この精神力に加へて卓越せる技倆、更に最新鋭なる航空機を配する時、我等の前には絶對不動なる勝利の榮冠が輝いて居るのです。

併し乍ら最近に於ける敵米國の徹底せる戰意は輕視を許さぬものが有ると云はれて居ります。最近南方で捕虜になつた一將校が我等は自由主義擁護の爲に戰つて居るのだと傲然言ひ放つたと云ふ事が或る雑誌に出て居たのを見ましたが、この様に確固たる戰爭への眞念を持つて居る者も相当有ると考へなければなりませんから、徒らな優越感と自負心は大禁物です。

“大敵たりとも恐れず小敵たりともあなどらず” この境地が絶對必要であると思ひます。三千年の傳統に輝く祖國の興亡を双肩に擔つて最新鋭の科學兵器たる航空機を自由に駆使し、果てしなき大空に好敵、米國學生と雌雄を決するも亦男子の本懐ではありませんか。切に諸君の自愛奮闘を祈ります。

<1996年1月発行 先端研探検団 第二回報告書38頁 掲載>

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