010:矢入 健久 教授

矢入 健久 教授

矢入 健久教授

矢入 健久 教授

知能工学 分野

公開日:2020年11月16日

「正解のない問い」に、人工知能はどう答えを出すか
宇宙工学や重工業で、人工知能に求められること

ECサイトのレコメンドシステムやスマートフォンに搭載された音声アシスタント。あるいは、ビデオゲームに登場するキャラクターの意思決定やソフトウェア開発時のテストなど。人工知能はさまざまな産業で実装され、現在の私たちの生活の隅々まで浸透しつつある。
研究者としてのキャリアを航空宇宙分野からスタートさせ、今では人工知能や機械学習を研究する矢入健久教授。その特徴は、機械学習や確率的推論を活用し、人工衛星や深宇宙探査機の運用支援、そして製油所などの大規模なプラントにおけるデータ駆動型健全性監視システムへの実装を前提にしていることにある。そこでは、既存のデータを使用した「教師あり学習」よりも、機械が自律的に学習し、正解のない問いに答える「教師なし学習」の人工知能が重要な役割を果たすという。

航空宇宙分野から人工知能研究へ――

矢入教授は、学生時代に宇宙工学を専攻しており、当時はロケットや人工衛星を開発する仕事に就くことを希望していたという。惑星探査ローバーの研究に携わるべく、修士課程から知能工学研究室(堀浩一教授)に入ったが、徐々に宇宙工学よりも人工知能研究に関心が向かったのだそうだ。
「ローバーがどのように周りの環境を認識して最適な行動を計画するのかに興味を持ちました。こっちへ行ったら危ない、こういう行動をしたら最善ではないかということを、経験から学習する知能の部分に関心を寄せるようになったのです」

惑星探査ローバーにも人工知能は利用されているが、宇宙空間で人工知能を活用するには、宇宙ならではの難しい課題がある。人工知能を使用したことで、現地探査が失敗してしまった場合、地球から遠く離れた場所であるがゆえに取り返しがつかないことになるからだ。
機械の自動化や自律化、知能化に対しては、人間と同等の的確な判断ができるかという信頼性の壁があり、宇宙探査の現場は、一般から想像すると意外なほどに、人工知能の利用に対して消極的であるという。理論的には人工知能に任せて良い仕事であっても、期待通りの作動ができるかの事前テストも困難であるため、より安全を取って、人間が確認をして操作する習慣が今も残っている。
しかし、人工知能を補助的に使用することで、エンジニアの負荷を減らす、あるいは対応が手遅れにならないように自律的なオペレーションを実行することもある。
「例えば火星と地球の間であれば、往復で数分くらいのタイムラグがあるため、人間の判断を待っている間に致命的な状態になってしまう場合があります。その場ですぐに反応しなければならないことに関しては、人工知能が自律的に対応するのに向いています。一方で、人間の判断を待っていても問題がなく、かつ重要な判断をする場合は、地上にいる科学者やエンジニアが判断してコマンドを送るようにしています」

矢入教授
宇宙工学出身の矢入教授は、もともと航空宇宙分野の“手段”として人工知能の研究を始めた。次第に、人工知能研究の面白さに魅せられ、人工知能の“応用先”としての航空宇宙分野の研究に取り組んでいるという。

大規模システムの「健康診断」を、人工知能が担う

現在、矢入教授が注力しているのは、「データ駆動型のシステム健全性監視」と呼ばれているテーマである。工場やインフラ系の設備など、大規模かつ複雑な人工システムを正常で安全に、また効率的に働いているかを監視するために、機械学習を活用するというものだ。
これらのシステムは、従来は人間の専門家が24時間体制でデータを監視していた。もちろん、そのコストや労力を軽減するために、さまざまな工夫がとられてはいた。専門家が作ったルールベースで運用する、あるいは、システムの挙動をモデル化したシミュレーションとリアルタイムで出てくるデータの一致を確認するなどだ。
だが、システムが複雑化するにつれて、人力できめ細かな対応をすることが困難になっていった。その後、IoT技術の発展により、過去の挙動に関するビッグデータを機械学習させることで、データをチェックするモデルを作ることが可能になった。

IoT技術の発展により、膨大なセンサーデータの取得が可能になった。矢入教授は、それを機械学習させることで、大規模システムの異常を検知する研究に取り組んでいる。

その次のステップとして矢入教授が取り組んでいるのは、蓄積された過去のデータの有効利用である。システム正常時の挙動のデータを学習し、統計分布や線形代数的なモデルなどで処理することで、新しいデータの正常・異常を判定するというものだ。
「人間で言えば、過去のデータに基づいた健康診断のようなものです。例えば医療の現場では、検査結果の数値がこの範囲に入っていれば心配ないけれど、この範囲を超えたら要注意ですねという具合に、過去の膨大なデータから正常値を推定することが行われています。それに近いことを、人工のシステムに対して行っています」

急速に発展する宇宙産業で、人工知能に求められること

矢入教授の研究成果の実装例のひとつが、人工衛星の健全性監視を人工知能で行うサービス「BISHAMON」である。
矢入教授は、人工衛星を対象としたデータ駆動の健全性監視の研究を20年近く続けてきた。そして2018年度に、「人工衛星群のための運用支援・健全性監視サービス」のプロジェクトが、JST(科学技術振興機構)による大学発の技術の事業化を支援するプログラムSTARTに採択されたことを受けて、BISHAMONの開発が始まった。

近年、宇宙に関わる事業を行うスタートアップが国内外を問わず増えている。小型人工衛星を多数打ち上げ、地上を監視し続けて自然災害発生の兆候を検知したり、地球上のどのような場所でもインターネットの使用を可能にしたりするサービスの実装が進められている。そのため人工衛星が、1社につき数十機、数百機の単位で打ち上げられるようになり、地球の周辺を周回する人工衛星の数が爆発的に増えつつある。
「これまでJAXAやNASAが作ってきた衛星は、数も少なく1基あたりに割ける予算も豊富でした。そのため、24時間人を張り付けて監視することができました。しかし、大量の人工衛星をベンチャー企業が打ち上げるとなれば、人力による衛星の監視ではコストに見合わなくなるため、過去のデータを使って自動で監視するシステムのニーズが生じてきています」

プロジェクトの背景(メガコンステレーションの台頭)説明図
急速に増える小型人工衛星。その健全性をどう監視するかは宇宙産業における大きな課題となっている。©ウエルインベストメント

2020年代のうちに、稼働する人工衛星は、現在運用されている衛星の10倍、1万~2万基になると言われている。そのため、人工衛星同士の衝突や、スペースデブリと呼ばれる宇宙ゴミの問題への対応も国際的に求められるようになる。矢入教授らも、経年劣化による寿命や不具合によって機能が停止してしまう前に、運用方法の変更によって延命を図ったり、自ら軌道を変えたりするなどの対応ができるよう、その兆候を早めに発見するモデルの開発を行っている。
「人工衛星同士は、相対速度で言うと1秒間に数キロメートルというスピードで行き交うため、衝突すると木っ端微塵になってしまいます。さらにその欠片が他の衛星にも衝突することで、連鎖的にとんでもない事故が起きる可能性もあります。そのため、できるだけ早めに不具合を見つけることが重要になってきます」

プロジェクトの背景(新興宇宙産業の発展)説明図
近年、宇宙産業は急速な発展を遂げている。それを支える技術が求められている。©ウエルインベストメント

「正解のない問い」に、人工知能はいかにして答えを出すか

BISHAMONの開発において重要となったのは、機械が自律的に学習し、正解のない問いに答える「教師なし学習」である。
「教師なし学習」とは、「教師あり学習」と対になる機械学習の方法論だ。「教師あり学習」とは、正解が付された過去の膨大なデータから学習することで、例えば漢字の書き取りや計算問題のように、正誤の判断を明確につけられる類いの問題を解く機械学習のことを指す。
一方で「教師なし学習」は、例えば、自由に作文をしたり絵を描いたりといった、評価の基準が明確ではない問題に対応するものである。正解のある問いに精度よく答えるのが「教師あり学習」、正解のない問いで何らかの答えを導き出すのが「教師なし学習」と言えるだろう。難易度としては、正解のない「教師なし学習」の方が高い。
「人工知能の研究者としては、難しいからこそ『教師なし学習』にチャレンジしたいと思います。なぜAI研究者にとって教師なし学習が魅力的なのかと言えば、人間が言葉や概念を身につけ、それらを使って思考できるようになった理由を考えることと関連しているからです」

矢入教授
「『教師なし学習』は、人間が言語や概念を学び思考するプロセスに似ている。だからこそ面白い」と矢入教授は語る。

BISHAMONのプロジェクトで「教師なし学習」を重視するもう一つの理由は、「教師あり学習」を使いたくても使えない事情があるからだという。
「教師あり学習」で、システムの挙動の異常を正確に検知するには、過去の正常時のデータのみならず、未来に起こり得る異常すべてのパターンのデータも必要となる。だが、未知の異常を事前にすべて学習させておくことは理論的に不可能だ。また、人工衛星や工場のような大規模システムでは、そもそも異常が発生することが稀だ。そのため、異常時のデータが少なく、「教師あり学習」によって、正常・異常の境界を正しく学習することは困難だ。
この問題を回避するための手法が、「教師なし学習」だ。膨大な正常データに対して「教師なし学習」を適用し、そこから著しく乖離するデータが出た場合に、「異常と断定はできないが、異常である可能性が高い」と判定する。このようにして、「教師なし学習」によって、今後起こり得る異常を類推する思考力を、BISHAMONに実装しているのである。

しかし、「教師なし学習」を活用して異常を検知できたとしても、検知内容の意味を理解するには専門知識が必要という課題もある。過去と違うパターンを見つけた時に、それが本当に異常なのか、今までとは異なるだけで正常とみなしていいものかは、データを見ただけでは区別がつかない。さらに、それが異常だと判断した場合であっても、深刻さの度合いを見積もるには、やはり専門家の知識や経験が必要となる。
「今のところ、検知したものを専門家に見せて判断してもらっています。さらに高度な推論をしていくためには、従来の知識や専門家のノウハウ、モデルなども組み合わせ、ハイブリッドな方法でアプローチしていく必要があります。まずは膨大なデータの監視を自動化して疑わしい事象を広く検知し、必要があれば専門家が介入する。専門家とユーザーからのフィードバックをサービス全体で蓄積し、将来に向けてノウハウ化ができればと思います」
専門家の知識を、機械学習の結果を評価するフィードバックという形でラベル情報として活用することで、システム自体が賢くなり、「教師なし学習」から「弱教師あり学習」、「教師あり学習」へと進化させることが可能だ。それにより、最終的には専門知識を持たない人でも扱えるサービスとなるだろう。

BISHAMONプロジェクト室のホワイトボード。

さらには、あるタスクの結果を他のタスクに転用する「転移学習」と呼ばれる技術を実用レベルまで進化させて実装することも、人工衛星健全性監視サービスの質の向上に向けた重要な課題である。人工衛星は、個体ごとにハードウェアやセンサー、データの構成も大きく異なるからである。
人工衛星は個体差が大きいため、従来であれば、他の衛星のデータをそのまま使用したり、データから学習したモデルを共有したりするのが困難であった。また、衛星から取得したデータは、運用会社内部のみに蓄積され、外部と共有することもなかった。それらをBISHAMONで預かり、機密を保持しつつ解析し、サービスにフィードバックすることができれば、ある衛星の健全性監視の経験と知識を、他の衛星にもシェアすることができるようになるだろう。
「今のクラウドサービスも、そういうところがありますよね。プライバシーの問題もありますが、SNSやブラウザで得たユーザーのデータを使用することで、より最適化されたサービスをユーザーに提供することができます。我々は人工衛星で、それと同じことを目指しています」

ドローン
本稿では触れられなかったが、矢入教授は、人工知能研究の“応用先”として、ドローンの研究にも取り組んでいる。写真は、研究室の卒業生であり、現在はBISHAMONプロジェクトの特任研究員であるリュー・ジュンフイ氏が博士課程研究の一環で開発したドローン。

人工知能の広がる応用先

矢入教授は、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」のチームとの共同研究にも取り組んでいる。探査機が小惑星に着陸する際には、カメラの画像から正確に相対位置を逐次推定する技術が必要である。従来の方法では、事前にターゲットの小惑星のランドマークを決めておき、その座標を可能な限り正確に人間が計算しておくことで、そのランドマークとカメラからの画像を手動でマッチングさせていた。これを交代しながら常に数人ずつで担当しているため、運用室の技術者・専門家の負荷が非常に大きいという問題がある。
この一連の作業を自動化するため、矢入教授は、画像認識や状態推定などの技術を活用した。そうすることで、小惑星の特徴点の地図を、人間よりも遙かに詳細に作ることができる。また、その地図を目印にして相対的な位置を推定することもできる。作成された三次元の地図を使用して、着陸時に接近する際、特徴点同士をマッチングしながら相対位置を計算していく一連のプロセスの自動化を提案した。将来の小惑星探査ミッションでは、宇宙探査の技術者の作業負担を軽減することが期待される。

画像特徴(ランドマーク)
探査機の着陸時に、画像特徴を指標に相対位置を推定する。小惑星Ryuguの画像データ(図中の3枚)は、JAXAの「はやぶさ2」チームより提供されたもの。

また、矢入教授は、人工衛星以外の分野でも、さまざまな企業と協働して「データ駆動型の健全性監視」の研究に取り組んでいる。例えばエネルギー関連企業とともに、プラントの計測データや工場内に取り付けたマイクで取得した異音から、製油所の不具合を見つけるための共同研究を行っている。
「正常時の音は豊富にあるので、まずは正常モデルを作成し、そのデータとの差分の大きさで異常の兆候を見つけ出します。具体的には、信号処理をしてから、条件付き変分オートエンコーダを使用することでデータを再構成し、オリジナルデータとの差が大きい場合は異常の兆候があると判定しています。他にも鉄鋼会社や建設会社などとの共同研究も行ってきました」
大規模で大掛かりなシステムを扱う重工業や建設会社との共同研究が多いのには理由がある。大量生産をするメーカーであれば、過去の不具合の事例がたくさん出てくるため、そのデータを使用した「教師あり学習」ができるが、重工業では事故が稀であるためデータも少ない。必然的に「教師あり学習」は使用できなくなるため、「教師なし学習」を使用したアプローチが有効となるのである。

プラント(製油所)異音探知(提出方法)説明図
条件付き変分オートエンコーダを使用した異音検知の仕組み。正常時の音データから、異音の兆候を見つけ出すのがカギとなる。©矢入研究室
矢入 健久(やいり たけひさ)
矢入教授

1971年生まれ。1994年東京大学工学部航空学科卒(宇宙工学コース)。1996年同大学院工学系研究科修士課程修了。1999年同博士課程修了。博士(工)。同大学先端科学技術研究センター助手、工学系研究科講師、准教授などを経て、2019年より同大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻教授。専門は、機械学習・確率推論、異常検知・診断、およびそれらの航空宇宙分野などへの応用。

ページの先頭へ戻る