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もっと、生きやすく、暮らしやすく 牧野 麻奈絵さん

  • 牧野麻奈絵さん

    SNSでは日本手話とアメリカ手話で動画を投稿中。「写真は『R』という指文字で『U』を描き『ユーザーリサーチャー』という手話をしたところです」

  • 牧野麻奈絵さん 熊谷研究室(当事者研究分野)ユーザーリサーチャー(学術専門職員)

    まきの まなえ 埼玉県出身。先天性感音性難聴のため補聴器を装用。第一言語は手話、使用言語は日本手話、日本語、アメリカ手話、英語。国際手話は日常会話レベル。2012年米国カリフォルニア州立Ohlone Collegeに留学、ろう教育資格を取得。2015年同校を卒業後、米国Hawaii School of the Deaf and the Blindに教員補佐として勤務。2016年に帰国。日英翻訳、アメリカ手話・英語指導等を経て、2019年2月より現職。2021年、機内エンターテインメントの字幕付与に関する研究で、日本渡航医学会「第9回マルコ・ポーロ医学賞」を受賞。

    飛行機の機内エンターテインメント(IFE)。実は、映像コンテンツの字幕があまり充実していない。日本語の映像には字幕なしも多く、あっても英語か中国語だ。「IFEに日本語字幕がないという困りごとは聴覚障害者の間でよくあることですが、これまで当事者の視点で調べた研究はありませんでした。そこで、独自に機内快適性尺度を開発し、IFEに限らず、何が聴覚障害者の機内快適性を損ねているのかを包括的に調査しました」。ろう者である牧野さんは、2018年度から東京大学にトライアル導入されたユーザーリサーチャー - 当事者視点で研究を行う障害当事者 - だ。米国留学時、一時帰国のフライトで困った経験がこの研究につながった。「聴者と聴覚障害者を比べると、聴覚障害者のほうが快適性が低いことがわかりました。手話話者は広いパーソナルスペースが必要だという論文もあり、これから行う自由回答の分析と併せて、何が見えてくるか楽しみです」

    牧野さんが米国へ留学した理由は、『ろう者学』を学ぶため。「日本で学びたくても学ぶ場が少ないです。日本はアメリカより30年遅れている気がします」。熊谷研究室のユーザーリサーチャー採用面接で、ろう者学への思い、ろう教育資格取得の経緯、そして将来の夢について話した。「熊谷先生が『そのことをテーマに研究してみませんか?』とおっしゃって。え、私が?と。人生で最も緊張した面接でした」。研究は未経験。研究とは何か、からスタートした。「知ることが好きなので、先生方に教えていただきながら地道に努力しました。以前は読むだけだった論文も、実践を通して学ぶと理解が格段に深まります。頭の中で電球がポンと点灯する感覚があって、学びの一つひとつがすごく面白いです」。他のユーザーリサーチャーからは「自分助け」のスキルも学んだ。「トラウマや過去を思い出して苦しくなった時に自分を助ける方法です。私自身、研究室でのさまざまな活動を通して柔軟に考えられるようになり、昔より生きやすくなったと感じています」

    それでも、米国生活が懐かしくなるという。「多様な人が暮らすからか、誰も手話を気にしません。日本で手話を使うと一斉に視線を浴びて、落ち着かないです」。その“暮らしにくさ”を変えることが、牧野さんの原動力だ。「最近SNSでオーディズム(聴能至上主義)が話題です。聞こえるようになるべきだ、声を出して話すべきだという抑圧が今でもある現実、私の幼少時代から何も変わっていない現状に衝撃を受けました」。この思いが、自由に意見交換できる当事者研究ワークショップを開催する、障害当事者の経験をエピソードバンクとして可視化・蓄積する、という次の目標へと向かわせる。「一人じゃない。仲間がいると知ってほしい。次世代の聴覚障害者が生きやすい社会をつくりたいです」

     

    ※この取材は、熊谷研究室・佐藤晴香学術専門職員の手話通訳を介して行われました。

    (広報誌『RCAST NEWS』116号掲載)

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