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第3回 情報ネットワーク 分野 森川 博之 教授

 森川 博之 教授

研究室において、「ストーリーが重要」と常に話をしていることもあり、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授の「ストーリーとしての競争戦略」のタイトルに惹かれてしまった。
なぜこれほど売れているのか? ケーススタディの豊富さ、文章の切れ味の良さなどもあるが、成熟社会においてこそ面白いストーリーが重要となることを多くの人が気付き始めているからではなかろうか。経済や売上が右肩上がりの国や企業では、明確な戦略ストーリーがなくても、国民や社員の士気を保つことができる。「今より豊かに」というストーリーが原動力となるためである。国や企業の本当の戦略力は、成熟、衰退局面のときにこそ試される。 
研究開発も、同じではないだろうか。
今までは、性能を良くすることが、新たなユーザ体験の創出につながっていた。しかしながら、技術の進歩により、性能以外の軸でも新たなユーザ体験を提供できるようになってきた。
このような局面においてこそ、「面白いストーリー」が必要となる。性能や効率などといった従来の定量的な評価軸のみならず、うならせることができるか、驚かせることができるか、魅力的か否かなどといった定性的な軸への転換を図っていくことも大切だ。
では、どうすれば面白いストーリーを構築することができるのか。面白いストーリーには、法則や理論などがあるわけではない。サイエンスというよりアートに属するものである。そのため、面白いストーリーを構築するために必要なのは、スキルよりもセンスとなってしまう。
確実なことは、技術により社会を変えたいという強い「想い」が必須であることだろう。未来を創るにあたって、こうしたい、こうなって欲しい、これが必ず必要となる、必ずやってみせる、実現してみせる、などという強い「想い」が面白いストーリー構築の第一歩となる。
心の底からの強い「想い」があれば、努力も苦にならないし、自然にのめり込むことができる。また、自分の考えていることを、自然と人に伝え、共有したくなる。自分自身が面白いと思わないと、人が聞いて面白いと思うわけがない。
そして、強い想いを育むものが、我々の周りに転がっている種々の事象を強い好奇心で観察して「感じる」ことだろう。世の中には気づいていない面白いことがたくさんある。技術が成熟したと言われる分野でも、必ず新たな息吹があるし、表に出ないところでの胎動が必ず存在する。これらを感じて、強い想いにつなげていくことが重要だ。

情報通信技術は世の中を一変させることのできる分野である。
ドラッカーが蒸気機関を例に出して喝破したように、社会インフラである情報通信技術は産業構造、経済構造、社会構造の大きな変革につながる。
社会の大きな流れの中で沈思黙考して、面白いストーリーを創り出し、新しい産業と社会制度の確立に寄与していかなければならない。センスといった感覚的な能力も必要となるが、このような能力は磨くことができる。
「客にいくら尋ねても、自動車が欲しいという答えは返ってこない。なぜなら客は馬車しか知らないからだ」とは、ヘンリー・フォードの言葉である。未来を予測することは難しいが、未来を創ることはできる。変わりつつある時代の中で、10 年、20 年、50 年後を夢想するマインドでもって、産業、経済、社会が変わるプロセスに寄与していきたいものである。

森川研究室

左から:駒場研究室、地震モニタリング用センサデバイス、無給電無線センサデバイ スSolarBiscuit、
センサノード向けマルチコアCPU MULCO、リアルタイムワイヤレス

(2012年4月)
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