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第10回 生命知能システム 分野 神崎 亮平 教授

神崎 亮平 教授

中継ぎの「先端」研究

自分の進めている研究は、ある意味「先端」と思っている。どんな研究か。虫の脳を作っている。進化の過程で生まれた脳は作ることはできるのか。その仕組みは理解できるのか。どうすれば作ることができ、また理解できるのか。生物はスペック(要求仕様)に基づいて設計されていない。ところが、立派に機能を果たし、自身の安全を確保し、種を維持する能力を持っている。これはたまたまであり、地球という環境のなかでの長い進化の過程で獲得された結果だ。

一方で、最近話題の自動運転のような賢い(知能を持った)クルマを作るとき、技術者はまずぶつからないように設計する。そして、さまざまなシーンを思い描き、それぞれのシーンごとに対応策を練る。そしてそれをクルマに作り込んでいく。シーンがすべて想定内なら安全は確保できそうだが、シーンは1つ1つが独立しているわけではなく、複雑に組み合わさる。1つの障害物が接近するシーンでは、それを避けるようにプログラムすることはできそうだ。では2 つの物体が接近したときは?そのシーン用に対応すればすむ。では、100 個が接近したときは? これでは、さまざまな方向にヒトが行き交う渋谷のスクランブル交差点をぶつからずに無事に渡り切ることなどとてもできそうにない。ヒトがモノを作るときは、どのようなモノを作るか、あらかじめスペックを考えて、これまでの知識(数学や物理など)を駆使して作り込む。

地球上には多様な生物が生存し、ヒトはそれらの生物と共存する必要がある。これまでヒトはさまざまな機械システムを作り出してきた。このような機械システムなしに人類の生存は危うくなり、生物同士の共存だけではなく、ヒトは機械とも共存する必要が生まれてきたわけだ。共存のためには、機械も生物のように賢く振る舞ってほしい。機械を知能化するのはそのためだ。では、自動運転と同じアイデアで知能化を図るのか。生物のように振る舞う賢い機械を多くのエンジニアは理想としてきた。理想としながら、これまでの設計論から逃れられず、要求仕様を充足することで機械を賢くしようとする。これではヒトと機械の共存はうまくいきそうにない。

これまでにも生物の構造をまねて優れた機能をするモノは作られてきた。しかし、生物の仕組みを使ったモノはまだ作られたことはない。ヒトが生物機能にインスパイヤされ、それをこれまでの知識を利用して設計したにすぎない。ではどうすればそれを作れるのか。生物の理解なしにそれはない。では、生物を理解するとはどういうことか。生物の賢さを生み出すのに重要なのは脳だ。だから、生物を理解するために、これまでのやり方はやめて、「京コンピュータ」に脳をニューロンから作ることにした。虫の脳なら10 万ニューロン。作れないわけではない。遺伝子操作でニューロンを動かしたり止めたりすることも自由にできるようになってきた。まずは、ニューロンを組み上げて脳を複製できれば、そこから理解の扉が開くかもしれない。昆虫の脳をつくるニューロンのデータベース化を行っている。脳をジグソーパズルの絵とすると、ニューロンはピースにあたる。このような研究は、すぐには結論はでない。先は長いが、信念を持って続けていくしかない。この研究がないと、生物進化がつくった脳の理解はないし、その仕組みの利用はないという信念だ。そして何よりも大事なのは、それが次代につながるように真摯に研究を続けることだ。形にして残しておけばわたしができなくても、次代の若者がそれを引き継いでくれる可能性がある。
先を目指しながらも、中継ぎの「先端」研究もあってよい。

(2014年1月)

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