第26回 山崎 歴舟 特任講師

山崎 歴舟 特任講師

1000年残るIconを創る

2-3年くらい前であろうか、年末のテレビ特集「日本の職人」的な番組を、酒を片手に眺めていた。続々と登場する名高い宮大工や蒔絵士の仕事は、繊細でありながらダイナミック、そして無駄がない。長い蓄積の中で育まれた知識や技能、また五感をフルに使ったセンサー群の情報を用いて瞬時に最適解を導き、新たなモノをこの世に創造する職人の仕事は美しかった。そんな中、ひときわ私の目を捉えたのは京都の陶芸家の作品であった。今までにないようなモダンなデザインであるにも関わらず、そこには成熟した技術と伝統の奥ゆかしさが含まれ、伝統芸能でありながら明らかに新しいモノを創っている様子に胸を打たれた。インタビューの中で彼は、「伝統で育まれた型(かた)の裏には必ず意味性が含まれている。型を学ぶのはこの意味性を把握することであり、伝統を守るというのは型を守ることではなく新しい創造からその意味性を残すことにある」という趣旨のことを話していた。

空手や習字などでも日本人には馴染みの深い「型」だが、子供時代はなぜかこれらの型は太古の時代に空から降ってきて、ずっと昔から勝手に与えられているように感じていた。しかし、この陶芸家が言うように、型は先人の知恵の中から生まれてきたIconであり、伝統が引き継いできた意味性の形跡を、凝縮され抽象的な形でありながらもしっかりと今に残すものである。伝統工芸に限らず、茶道・華道や宗教儀式などの節々に同様の型が見受けられる。もてなしの精神に満ち溢れた作法や様式美、識字率が低い古代・中世に発明されたマニ車や教会のステンドグラスなどは、多くの人々にその恩恵を与え、今日なお生活スタイルの一部として根強く残されている。文明の進化や時代とともに我々の生活様式や習慣は大きく変わる。しかし、遥か昔の天才達はこのIconの中に普遍的とも思われるような重要な意味性を刻み込んできたのである。それは時代を超え人々に語り続ける。

教育や研究活動にも同じことが言えるのではないだろうか。私の専門としている物理学でも、(物理家系譜とでも訳されるのか)Physics Family Treeと呼ばれる物理学者の系譜がよく聞かれる。偉大な物理学者の弟子や孫弟子には素晴らしい研究をしている学者がしばしば連なっており、歴代でノーベル賞を受賞している例も頻繁に見受けられる。ノーベル賞は勿論同じテーマでは受賞できないため、これら優れた物理家系譜の多くは研究内容を大きく変えながら発展していった。この多様なテーマにおける大成は、技術や知識の伝承だけでは説明できないが、偶然ではないように私には思われる。優れた一人の物理学者から生まれたアイデアは教育方針・方法、研究体制・理念、など様々な形を通して、生きたIconとして代々引き継がれ、少しずつ形を変えながら新たな創造に向かう型となっているのではないだろうか。これらの系譜やそこに生きるIconは個人の業績には残らず、普段忘れられがちである。だが、この生きた伝統にこそ、本当の先端知の片鱗が見られるのではないだろうか。

各々の時代に先端は存在する。現代テクノロジーの急速な加速は、その先端の賞味期限さえも短くしつつあるように思える。今の先端と戦うことはもちろん必要である。しかし、1000年残るIconを創ることも、先端を生きる者の役目ではないだろうか。

(2019年2月)
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