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第35回 知能工学分野 矢入 健久 教授

矢入 健久 教授人工知能の先端

皆さんこんにちは。知能工学分野の矢入と申します。先端アートデザイン分野の吉本先生からリレーのバトンを引き継ぎました。実は、吉本先生とは航空宇宙工学専攻の堀浩一研究室出身同士で同門になります。私は2019年4月に、前任の岩崎晃先生の後任として先端研に着任しました。約1年間かけて環境を整備して部屋も確保でき、スタッフも学生も一同に会して活動を行える状況が整った、と思った矢先にパンデミックが起きてしまい、ほぼ全員がリモートワークになってしまいました。オンラインでのミーティングやゼミも居場所や移動時間に捉われないという点は良いのですが。

さて、知能工学分野は1992年に先端学際工学専攻が設置された際に知識処理・伝達システム分野から改称されて現在に至っています。初代の大須賀節雄先生の時代から、人工知能を(工学的観点から)研究してきた研究室です。先端研および知能工学分野が出来た当時は、世界的には第2次AIブーム、国内的には第五世代コンピュータプロジェクトの時代でした。このことからも分かるように、30年前と今とでは「AI研究の先端」はかなり異なります。計算機の性能が桁違いに進歩したということもありますが、より本質的な違いは「知能」の「どこ」にフォーカスするかという点です。端的に言えば、当時は、「論理、推論、知識」が人工知能研究の主な関心であり先端だったのに対して、今は、「学習、ビッグデータ、特徴量抽出」などが先端と言えるでしょう。他の学問にも言えることだと思いますが、人工知能は時代により「先端」を変えてきました。ところで、皆さんに質問したいのですが、我々人工知能研究者は常に「先端」だけを追い求めていると思いますか?私は以下の2つの意味で「先端」以外にも目を向けるべきだと考えます。

第一に、人工知能では、当初は先端であってもその後普及して一般化した技術は、「人工知能」と呼ばれなくなるという伝統(というよりは宿命)があるからです。例えば、ほとんどの人がお世話になっているであろうカーナビや乗換案内などを人工知能と呼ぶ人は今はいませんが、これらのシステムの基盤となっているのは、かつて「人工知能」の代表であった探索やプランニングと呼ばれる技術です。つまり、人工知能は「先端」でなくなってからこそ社会での価値が問われるということです。つまり、今「先端」である人工知能をいかに社会に普及させるか(すなわち、非先端にするか)も大事なことです。

第二に、今は「先端」でなくても、将来「先端」になる人工知能があるかもしれないということです。実際、現在の人工知能を牽引している深層学習も、人工ニューラルネットワーク自体は1960年代から存在する技術で、その間かなり長い間、人工知能の主流ではありませんでした。今は「先端」でなくても、将来「先端」になり得ることを追求することも我々研究者に課せられた使命だと思います。特に、先端科学技術としての人工知能に求められる究極のゴールは、人類にとって未解決の課題に対する解決策を提供することです。例えば、コロナ禍や地球温暖化といった現在進行形の難問の解決に貢献することです。この点では、現在の人工知能の先端はまだまだ不十分だと言わざるを得ません。その一因として、現在の人工知能が学習・データ重視であり、訓練データに内包される問題に対しては非常に強いが、過去の経験が十分に無い問題には弱いということが挙げられます。個人的な見解ですが、そのような未知の問題を扱うには、論理と推論が不可欠だと考えています。つまり、古典的AIの関心事が再びAIの「先端」になり得ると思っています。

「先端」はその母体があってこその「先端」であって、「先端」だけで存在し得るものではありません。「先端」を目指しつつ常に母体である社会にも注意を払うことも大事だし、温故知新から「先端」が生まれることもあると考えています。

(2021年12月)

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