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第38回 インクルーシブデザインラボラトリー 並木 重宏 准教授

並木重宏 准教授人間のフロンティア

文化や年齢、性別、障害の有無などの違いにかかわらず、出来るだけ多くの人が利用できることを目指したデザインのことをユニバーサルデザインといいます。実際には、完全にすべての人が使えるデザインをつくることは大変難しいといわれています。例えば点字ブロックは、視覚障害者の安全な移動のために設置され、これに代わるものは無いといわれるしくみですが、杖歩行者の転倒の主な要因となっており、また点字ブロックの上では方向が定まらない、振動して安定しない、雨天時に滑りやすいなど、車いすの利用者にとってもバリアに感じられているようです。

90年代に英国で発展したインクルーシブデザインの考え方では、誰にでも使うことができる製品やしくみを最終的に目指しますが、平均的な特徴を持つ「普通」の人ではなく、現行のしくみを使うことができないある特定のユーザー(排除されているユーザー)に注目し、徹底的に解決策を検討していきます。重度の障害のあるユーザーを設計のプロセスで考慮することで、結果的に恩恵を受けるユーザーの数が増えると考えます。少し遠回りをするものの、ユニバーサルデザインと同じゴールを目指す、ポテンシャルのあるアプローチであるといえると思います。米国マイクロソフト社では、製品開発のプロセスにインクルーシブデザインを採用しており、2018年に障害者を含むチームによって開発されたゲーム機X-boxのコントローラーは、これまでゲームで遊ぶことができなかった人に、ゲームを楽しむ機会を提供したことで、インクルーシブデザインの代表的な事例とされています。

これまで排除されてきたユーザーが、社会に気づかれていない潜在的なニーズを新たに開拓することにより、社会全体で広く使われる製品の開発につながることも知られています。顕著な例としては、字幕があげられます。字幕は聴覚障害者のニーズに基づいて作られたしくみですが、現在字幕の世界のユーザーの8割は聴者であるそうです。外国語映画の鑑賞や、空港でのフライトの発着情報の確認、スポーツバーでの観戦など、多くの場面で使われています。この他には、電話(聴覚障害)・リモコン(肢体不自由)・自動運転(視覚障害)・ウォシュレット(入院患者)などの事例があります。

デザインをするとき、個々の人にとっての使いやすさを、精確に把握することは現在の科学技術では難しく、実際のユーザーの参加が必要になります。ユーザーはその課題についての専門家であり、ユーザー自身がデザインのプロセスに参加するということも、インクルーシブデザインの重要な要素の一つに挙げられています。障害や病気のある人が、生きて直面する課題に対して、これを解決する手段がまだ世の中に存在しないのであれば、その課題に向き合う人は、人間のフロンティアを拡げている存在といえるのではないでしょうか。今の研究が、そのような人たちの活動を応援する環境につながればと考えています。

(2023年 2月)

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